2015年9月26日土曜日

賃金を上げられない安倍晋三氏

 国民経済計算統計(財務相)のデータによれば、2013年の日本全体における「雇用者報酬」、つまり労働者が受け取った賃金所得はおよそ248兆円でした。国民所得(約400兆円)のおよそ62.5パーセントにあたります。国民粗所得は、この国民所得に減価償却費(固定資本ストックの減耗分)を加えたものであり、きわめてラフに言えば、500兆円ほどになります。2014年の数値もそれほど変わっていません。
 つまり、国民所得 賃金       248兆円
          利潤+混合所得  152兆円
          減価償却費  約 102兆円
 ちなみに、支出(有効需要)から見ると、粗投資は108兆円弱であり、これは減価償却費102兆円を除いた純投資がわずか6兆円ほどとなっていることを示しています。ほとんど純投資が行なわれていない状態ですが、その理由ははっきりしています。消費需要が増加しないので、企業は将来も消費が伸びないと「期待」(予測)して、生産能力を拡張するために積極的に設備投資をしないからです。
 ではなぜ、消費需要が拡大しないのでしょうか? それは雇用者報酬(賃金)が1997年の278兆円から2013年の248兆円までずっと低下したからです。言うまでもなく、賃金からの消費需要は消費需要の中で最も大切な部分です。
 ではなぜ、雇用者報酬が低下したのでしょうか? それは企業が様々な方法で(特に低賃金の非正規雇用の拡大によって)賃金を抑制してきたからです。
 もう少し詳しく言うと、21世紀に入ってからは、比較的高賃金の団塊の世代がごそっと退職したことも関係しています。これによって各企業は人件費負担が大幅に軽減され、企業経営がやり易くなると期待しました。個別企業(資本)の立場から見れば、たしかに人件費を削減できれば、その他の事情が変わらない限り(ceteris paribus)、製品価格を引き下げたり、それとも利潤を増やすことができたりと、あかるい展望が開けたように見えたのかもしれません。
 しかし、そうは問屋が卸しません。経済は複雑な生き物です。社会全体で見れば、賃金総額の減少は、有功需要、とりわけ消費需要の縮小を意味します。商品が売れなくなるという状況が生じます。
 しかも、現実の経済では、残念ながら、人々は経済をより悪化する方向に向かうという傾向(法則的とも呼ぶべき傾向)があります。上のように消費需要が抑制されたとき、企業はさらに賃金抑制でそれを切り抜けようとし、さらに結果的に賃金を抑制する政策が「改革」「構造改革」という名の下に政府によって推進されました。日本的雇用が批判の対象となり、労働市場・雇用の柔軟化が進められ、低賃金の非正規雇用、派遣労働が拡大されました。これは一時期きわめて人気のあった政策であり、実際には柔軟化の被害者までも構造改革を支持したと考えられています。その理由は、小泉純一氏が例の国民受けするキャッチコピーを用いて、「高給の」公務員批判などを行なったためです。昔からいう<国民は分割して統治せよ>(お互いを対立させなさい)という手法です。
 
 その上、ひとたびこのような状態が生まれてしまうと、元の景気回復の経路に戻すのがきわめて困難になるという問題があります。
 今日企業は消費不況の中で、そっせんして従業員の給与水準を引き上げようとはしません。むしろ逆でしょう。しかし、それが今度は社会全体で景気を抑制します。
 かといって、労働側には、昔のような賃金引き上げのための団体交渉力はありません。かつては、企業は労働側の力に押されて、いやでも、やむなく労働生産性の上昇に応じた賃金引き上げを行ないました。そして、それは日本全体の賃金総額を拡大し、その結果として消費需要を増加させました。まさに期せずして<景気の好循環>の社会的メカニズムが生じており、存在したのです。

 さて、現在、安倍政権の下では、どのような成長レジームが存在するのでしょうか?
 安倍晋三氏は本気で労働者の賃金率の上昇を実現しようとしているでしょうか? もしそうだとすると経団連に対する政治的圧力によって(つまり自由市場外のメカニズムによって)実現することになりますが、そんなことはありうるでしょうか? 常識のある人なら、そんなことはないと考えるでしょう。
 では、金融主導型の成長レジームでしょうか? つまり、株価を引き上げると、人々が「資産効果」によって豊かになったような錯覚に陥り、消費を増やすといったことがありうるのでしょうか? しかし、それは一時的には可能であっても、長期にわたって持続可能でないことは、現在では広く知れ渡っています。

 財政主導型の成長レジームでしょうか? しかし、日本の政府粗債務が巨額に達している状況では、それは難しいはずです。

 それとも1980年代の米国大統領、ロナルド・レーガンのように、巨大企業と富裕者を優遇すれば、自ずと貯蓄(企業の内部留保プラス富裕者の個人貯蓄)が増え、投資が行なわれるという図式にしがみつくつもりでしょうか? たしかにこのような思想は一部の日本の経済学者の間では信奉されており、日本の保守政治家の間でも主張されています。しかし、繰り返しますが、企業は将来消費需要が増えるという「期待」が成立しない限り、投資しないことは、1980年代のアメリカでもすぐに明らかとなったところです。そこで、供給側の経済学はあっと言う間に放棄されました。当初、純粋に理論的観点から供給側経済学やマネタリズムを信奉し、レーガノミックスを推進しようとしていた人々もすぐに(遅くとも1980年代末までには)誤りに気づき、様々に転向したことは米国ではよく知られているところです。それが成立しないことは日本でもまったく同じことです。

 要するに、安倍晋三氏は、2020年までにGDPを600兆円にするという新アベノミクスなるものを打ち出しましたが、その根拠はまったくありません。それは選挙目当ての宣伝でしかないというのが真相です。

 とりわけ99パーセントにとって重要jなことは、GDPではなく、賃金です。 
 あなたは、安倍晋三という人物が賃金の大幅な上昇を実現するために努力すると思いますか? 常識と正常な判断力を持つ人ならば、そんなことは考えないでしょう。それに彼はGDPを増やすとは言っていますが、賃金の引き上げを実現するとは決して言っていません。彼らが経済成長という一般論で有権者の関心を買おうとしているに過ぎないことは明らかといわざるをえません。

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