ケインズの『一般理論』に乗数(multiplier)が出てくるのは、この著書を読んだことのある人ならもちろん、経済の専門的研究者でなくても多くの人が知っているだろう。
ところが、ケインズ自身が否定した乗数理論の「波及論的」な理解(誤解)があいかわらず続いているようだ。
しかし、かつて伊東光晴氏が指摘したように、ケインズ自身は、正しく、乗数を「即時論的」に理解していた。
両者はどのように異なるのか?
出発的となる式は、次の通り。
Y=C+I (C:消費需要、I:投資需要)
ΔY=ΔC+ΔI (Δは前期からの増加分を示す。)
ここで、貯蓄性向および限界貯蓄性向を s とすると、
I=S=sY
ΔI=ΔS=s・ΔY
したがって、
C=(1-s)Y+I
ΔC=(1-s)ΔY+ΔI
これらの式を最初の式に代入し、変形すると、
Y=I/s (1)
ΔY=ΔI/s (2)
さて、この(1)式は、ある時期(t)に関するものであり、したがって(2)式も前期(t-1)と比べて当期(t)に投資が増えると、同じ時期に需要=産出=所得がどれほど増えるかも示したものである。それは当期の変化が当期の需要等に与える影響を示すもの(乗数関係)に他ならない。この期間は、一ヶ月であろうと、四半期であろうと、半年であろうと、一年であろうと、二年であろうと、同じことである。
ところが、波及論者は、この式をもって、当期( t)における投資が次期(t+1)にどのように波及効果を与えるかを示す式だと考えたいらしい。
たしかに当期の投資が次期の経済活動にどのような影響を与えるのか、これは私たちの関心をそそる経済学上の重要問題かもしれない。しかし、残念ながら、上の(1)式も(2)式もそれに答えるものではない、ことだけは確かである。長期の変動を知るには、もっと複雑な諸条件を導入しなければならない。
このことは、物理学者がやるように、上式のY、C,I、ΔY、ΔC、ΔI などに、時間(期間)を示すtなどの添え字をつけてやれば、よくわかる。ΔYt はあくまで ΔIt の関数である。
もう一つのよくある誤解は、政府の財政支出にこの乗数関係を使おうというものである。
しかし、これも正しくない。(続く)
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