今朝の東京新聞にアベノミクスのブレーンの一人、浜田宏一氏のインタビュー記事が載っている。
私に言わせてもらえば、浜田氏の話していることはかなりいい加減だが、それでもマスコミの絶賛で始まった「アベノミクス」が効を奏せず、失敗に終わったことは、はっきりと示している。本人も(また浜田氏以上に、それにのせられた黒田日銀総裁も)本当は困っており、黒田氏などは暗い表情になっているとの情報もある。
さて、浜田氏のインタビューのどこがいい加減か?
そもそも浜田氏だけでなく、岩田規久男氏、黒田氏などの「リフレ論者」(この言葉使いも本当は間違っているが)は、異次元の金融緩和が貨幣ストックを増やし、物価を2%ほど上げ、その効果によって、あるいは政府・日銀が景気回復に本気になって取り組むから、国民もそれをくみ取って景気が大幅に回復するはずだという、その「期待」によって、「デフレ不況」なるものから必ず回復すると主張していたはずである。
ところが、インタビューでは、金融緩和がしだいに効かなくなってきたとして、為替相場の問題(円安から円高への転換)を要因としてあげている。
しかし、金融緩和のターゲットは、そもそも為替相場を円安・外国通貨高に導くことにあったのだろうか? それなら最初から円高を是正すると言えばいいだけの話である。
それに円安・ドル高になったときも、それは確かに一部輸出部門の輸出量を増加させたかもしれないが、他方では、輸入物価の大幅な上昇を招き、庶民のふところを直撃した。これは1970年代の石油危機の時に(より激烈な形だが)経験したことである。それに本来2パーセントの消費者物価がターゲットならば、庶民にとって最も重要な賃金所得もそれ以上に増えてしかるべきだが、それもなく、実質賃金が低下したことは説明するまでもないだろう。このような実質賃金の低下などは、リーマンショック時を除けば、安倍首相が「デフレ不況」と位置づけていた時期にさえ、なかったことである。
また貨幣ストックの増加によって何時まで、どこまで円安誘導を続ける気だったのだろうか? そもそも金融緩和策が実施される以前から日本の貿易収支は、アメリカ合衆国に対してはプラス(黒字)だった。ここで経済学のイロハを論じるつもりはないが、もし貿易収支が赤字だったならば、為替相場が貿易収支の均衡をもたらさない点にあるから、是正するべきだという議論が出てくのは理解できよう。
ちょうど今トランプ米大統領が日米貿易不均衡問題に言及し、日本の黒字・米国の赤字やそれをもたらしてる円安・ドル高を指摘している。トランプ氏の発言には様々な問題があるものの、この点は理解できないわけではない。
次に移ろう。浜田氏は、金融緩和の効果が薄れたから、財政支出が必要だという主張する。これを氏は、米国の経済学者クリストファー・シムズ教授の財政理論に影響を受けたという。それによれば、<国民に当面(どれくらい?)増税はないと思わせておいて、財政支出を拡大すれば、国民は消費を拡大し、デフレから脱却できる>ということらしい。
従来、マネタリスト(例えばフリードマン)や新古典派(合理的期待の理論)の財政理論では、人は完全な情報処理能力を持っているので、財政支出の拡大をしても、将来の増税を「期待」(予想)して消費支出を増やすことはないとしてきた。これは通俗的な、いわゆる「ケインズ政策」の否定である。ところが、シムズ氏は、どうやらマネタリストや合理的期待の理論を否定しているらしい。それはそれで新しい「理論展開」(といえるかどうかは分からないが)の如くである。金融政策ではマネタリズムの理論の一部を用い、財政理論ではそれに対立する理論を用いるなど、まったく無節操で、忙しいことだ。
それはさて、当面は増税しないとしても、結局、いつかは増税するのだろうから、これは人々を一定期間瞞着しようという主張にも聞こえる。いやそうに違いない。日本の戦時中の「皇道経済学」が「天皇陛下に帰一し奉る心があれば、物価の安定を乱すことはない」(伊東光晴『アベノミクス批判』岩波書店より)と説いたように、この浜田流「シムズ経済学」は、どれほど財政赤字が増え、政府債務が累積しようと、安倍政権の経済成長を信じてより多くのお金を消費財の購入のために支出すれば、経済はきっと成長する、と説いているようだ。両者には、極度の精神主義という点で共通する。
しかしながら、問題は、人々が様々な期待を持つことであり、かつ「アベノミクス」を心から信じている人がほとんどいないだろうということである。たしかに、ちょうど政府支出分の有効需要は生まれるかもしれない。また一部の人は消費を増やすかもしれないが、ほとんどの人々は消費を拡大しようとはしないであろう。戦時中には、政府・軍部を批判する人、それに従わないは「非国民」と非難された。現在、政府の意をくんで消費を増やさなくてもあからさまに「非国民」と非難されることはないであろうが、悪いのは、政府の「善き」意図をくみ取ることのできない、国民の方だといわれることになるかもしれない。こんなことを書く私などは政府から見ると、経済成長を妨害する悪人ということになることだろう。
だが、現在の世界、日本の経済をおそっている病の正体は何なのだろうか?
この点を明らかにせずに、本当の処方箋は書けないはずであるが、残念ながら安倍首相(アベノミクス)には、まさにこの点についての分析が欠如している。だから、結局、処方箋も対処療法的にとどまり、効き目のない処方が行われることになる、というしかない。
東京新聞、2017年1月31日(1~2面)
https://twitter.com/unrep_agent/status/826094224676364288
返信削除"問題なのは、きちんとしたアカデミックなトレーニングを積んでいない(から学会から相手にされていない)人が、シムズなり浜田さんなり有名な人の権威をかさにして自分の議論を補強しようとする態度だと思う。そういう態度だから、有名な人の意見の解釈(意見が変わった!とか)が過度に重要視される。"