2013年4月15日月曜日

公正な社会と生活保障賃金 4 米国とイギリスの負の経験

 米国では、1930年代に連邦レベルの最低賃金制度が制定され、現在の制度の基礎となっています。
 ところが、1980年代と1990年代にかけて、つまりレーガン大統領とブッシュ大統領(ともに共和党)の時代に、最低賃金(貨幣額)は凍結されました。漸く最低賃金が引き上げられたのは、クリントン大統領(民主党)の時代の1999年です。この時、$4.25から$5.15に引き上げられました。この間に米国のGDPは50%以上増え、かなりのインフレーションが進行していたにもかかわらず、です。
 これを1997年の物価を基準として計算すると、最低賃金は実質的に$7.35から$5.15に低下したことになります。
 しかも、注目されるのは、まさにこの時期に米国の所得格差がふたたび拡大したことです。例えば議会予算局のデータでは、99%の人々の実質所得がほとんど増えなかったのに対して、1%の所得階層が所得を3.75倍に増やしました。
 「ウォール街を占拠せよ!」の運動が高揚する所以です。

 イギリスでも同様なことが生じました。1979年の総選挙で首相に就任した故サッチャー氏(保守党)は、最低賃金を改訂しなかったばかりか、1986年に最低賃金の制度を廃止しました。1997年になって労働党政権の下で最低賃金制は復活しましたが、その間の約20年弱の間、イギリスでは最低賃金制がなかったわけです。ちなみに、サッチャー時代は、大失業時代であり、そのマネタリズム政策によってイギリス経済は大不況に陥り、失業率が10%以上に上昇し、かつ賃金は徹底的に抑制されました。サッチャー氏は、様々な名言(間違いました迷言です)を残していますが、その中に「社会などというものはない」(There is no such thing as society.)というのがあります。
 私は、1996年にイギリスに滞在しているとき、多くの人が「サッチャーは顔も見たくない」などと言うのをよく聞きました。
 サッチャー氏は先日なくなりました。日本では、故人に対して鞭打つようなことを言うのは礼に反するかもしれませんが、また政治家は儀礼上、賛辞を贈るかもしれませんが、私ははっきり言わせてもらいます。彼女はこのような次第で評判がよくありません。スコットランドの作家、アーヴィン・ウェルシュ氏は、ツイッターで次のように書いています。

 サッチャーは、「社会などというものはない」と言ったが、今晩、スコットランド社会は(喜んで)踊っている。

 それはさて、イギリスで低賃金労働が拡大し、所得格差が著しく拡大したのも、このサッチャー氏(およびメジャー氏)の保守党政権時代でした。

 何故、生活保障賃金の制度が必要なのか? それはA*****のようなブラック企業が出現して、人々を「賃金の底辺に向う競争」に駆り立てないようにするためです。結局、レーガン・サッチャーの新自由主義政策は、ブラック企業を育て、社会の安定を保障する装置を破壊する役割を果たしたのです。彼らは歴史によってすでに審判をくだされています。



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