イギリスでは、1979年に政権についたM・サッチャー氏が露骨な反労働者的な(anti-labour)政策を取り、その一環として最低賃金制度を事実上崩壊させました。
いわゆる低賃金労働者が増えてきたのは、まさにこの頃からです。1990年代末にアメリカのRussell Foundationが資金を提供して欧米の経済学者に低賃金労働に関する調査を委託し、その結果が出版されていますが、それによれば、ブレアー労働党政権が1990年代に誕生してから、低賃金労働の比率は増加しなくなっているようです。しかし、低賃金労働が縮小したわけではありません。(Low Wage Work in the Wealthy World, Russell Foundation, 2006.)
それでも、とにかく労働党政権の下で最低賃金制度が再導入されました。
その際、例によって反対陣営から最低賃金を設定すると、雇用が失われ失業が増加するという大合唱が聞こえてきました。しかし、実際には1997年の導入後も失業率が増加するということはありませんでした。
その後、21世紀になってから大ロンドン市では、市長のボリス・ジョンソン氏(B・Johnson)が Living Wage 運動を始めています。これはある大学と恊働して「生活保障賃金」を計算し、それを実行しようという企業を募るというものです。いわゆる強制力はありませんが、公正な社会をつくるために、一定額以上の生活保障賃金を支払うという企業を募り、表彰することによって次第に生活保障賃金以下で働く人を少なくしてゆくという方向を示すものです。
2005年にこのキャンペーンが実施されたとき、その基準額(時給)は8.30ポンドでしたが、2012年末には8.55ポンドに引き上げられています。またそれによって11,500人の低賃金労働者が450万ポンド分以上の所得を増やしたとされています。
こうした取り組みは、もちろん市の財政負担(貧困者への給付)を軽減します。
それは協力企業にとっても決して悪い結果をもたらしていません。例えば一部の低賃金労働者の賃金率を10%ほどあげても、価格にはせいぜい1〜2%程度しか影響しません。むしろ「効率賃金仮説」の説く通り、労働生産性が上昇し、レストラン等の食材費も節約されるようになったため、価格引き上げは必要なく、利潤圧縮もなかったという調査報告があります。売上げも低下しませんでした。
もちろん、マクロ的観点から言うと、賃金の引き上げは貨幣所得を増やし、貨幣表示の有効需要を増やしますから、景気を拡大する効果をもたらします。
それでも価格が上がり、需要が減るのではないかと心配する人にも一言。先日のブログでも書きましたが、アベノミックスは、物価上昇が好景気をもたらすとさえ主張しました。私はこれは本末転倒であり、貨幣所得の増加をともなう好景気がインフレをもたらすというのが本当です。
http://www.london.gov.uk/media/mayor-press-releases/2012/11/mayor-reveals-new-london-living-wage-and-urges-more-employers-to#sthash.4xsVvHzf.dpuf
ロンドン市の試み、日本でもどうでしょうか?
どこかでいまの状況を変えないと、いつまでも世界的に恥ずかしい水準のままにとどまり、公正な所得分配は実現しません。
ちなみに、正規と非正規にすさまじい格差があるのはOECDでは日本と韓国のみ。ヨーロッパでは格差はもっとモデレートです。
最低賃金を引き上げても失業率に影響しないのは、かれらの消費が増えて総需要を増やしたことによるものではなく、買い手独占が解消されるからですよね?名目GDPの成長の影響と比べれば、2005年の8.30ポンドから2012年の8.55ポンドへの引き上げの影響で増えた所得は少ないでしょうし、さらに消費の所得弾力性も高くありませんから。
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