2015年7月8日水曜日

藻谷浩介『金融緩和の罠』の所説とケインズ・ハロッドの議論 3

 いよいよ、ケインズとハロッドが問題とし、最近藻谷氏が議論してきた人口静止または減少の「経済的帰結」について紹介します。

 まずケインズですが、講演「人口減少の若干の経済的帰結」(1937年)では、今風にいうと過去の出生数の変化から「生産年齢人口」が将来減少するだろうと予測します。そのときに何が生じるのか、また問題となるのかですが、それを論じるためには、過去の実態を知ることが必要になります。
 ケインズによれば、資本主義経済が生まれてから当時までのイギリスで、人口は毎年平均1パーセントの率で増加してきました。また一人あたりの所得は毎年平均1パーセント増加してきました。つまりイギリス全体では毎年2%の所得増加があったことになります。この2%の所得増加を実現するためには、投資によってが必要であり、それによって資本装備の総量も(ラフにいって)毎年2%増加することが必要でした。(ここでは資本装備の総量が問題となっているので、投資は純投資となります。)
 ところで、ハロッドやドーマーが指摘したように、国全体の生産能力(設備を適正に稼働して生産できる量)は資本装備(資本ストック)の3〜4倍に等しいと考えます。これは、「資本係数」が3〜4ということです。この数値には地域差がありますが、時間が経過してもほとんど変化しないことが知られています。ここでは説明と計算の簡単のために4としておきます。
 すると、成長率 G=ΔY/Y=0.02、かつ Y=K/4、 ΔY=I/4 ですから、
 I = 0.08 × Yとなり、
毎年2パーセントの成長を達成するのに必要な純貯蓄(=純投資)は国民所得の8パーセントほどとなります。
 
 これを実現するのは、簡単そうに見えるかもしれません。しかし、実はこれはほとんど不可能なほど大変なことです。特に人口が静止または減少しているときにはそうです。
 1)いま人口(=労働力)が毎年1パーセントずつ減少する場合を考えます。このとき、経済が2パーセント成長するためには、一人あたりの労働生産性が毎年3パーセント増加しなければなりません。これはほんの短い期間なら多分可能でしょう。しかし、長期にわたって3パーセントというのはありえない、高い数字です。
 おそらくケインズが過去のイギリスから割り出した1パーセントが妥当な線でしょう。しかし、これは人口が毎年1パーセント減少する経済では、経済成長率が0パーセント(ゼロ成長)となるような水準です。
 なお、ハロッドは、この人口(=労働力)増加と一人あたりの労働生産性の成長の合計を「自然成長率」とよびGnで示しており、ここでもその用法に従います。つまり、すぐ上の例は、自然成長率がゼロとなることを示しています。

 2)しかし、この自然成長率も必ず達成されるというわけでもありません。ケインズが『一般理論』で明らかにしたように、実際の成長には、それに応じた有効需要の変化が必要だからです。
 すぐ上の自然成長率ゼロの例では、それに等しい現実の成長率を達成するためには、人口が毎年1パーセントずつ減少するのですから、それを補う人口一人あたり1パーセントの有効需要の増加がなければなりません。
 つまり現実の成長率G=ΔY/Y=0 ですから、経済は静止状態にあるように見えるかもしれませんが、実際には、人口の1パーセント減少、一人あたりの生産・所得1パーセント増加という大きな動態的変化が生じることになるはずです。
 1パーセントの有効需要の増加など簡単だと考えてはなりません。もし簡単なら何故労働者の平均の実質賃金率も、日本全体の賃金総額も減少してきたのでしょうか?
 もう一つ大きな難問があります。そして、それこそケインズとハロッドが注目した大問題です。

 3)それは、人口が減少しているという状態の中で、人々、とりわけ企業が従来のように大きな利潤の増加、したがって貯蓄の増加(つまり、資産の増加や企業の資本設備の拡大)を望んだときに生じる逆説的な事態です。
 記号と言葉の説明だけでは難しくなるので、上記のように経済全体の2パーセントの成長を人々(特に企業)が実現しようと望んでいるとします。特に企業は利潤の高成長を期待し,高い成長率を望む傾向があります。この場合、これまで述べたように、資本係数が一定(4)とすると、人々が実現しようとする貯蓄率(投資率)は8パーセントとなります(上記参照)。人々は2パーセントの成長とそれに対応する8パーセントの貯蓄を望んでいると言い換えることもできます。
 ハロッドはこのように人々の願望を実現するような成長率を保証成長率と呼びました。
 しかし、(上記の通り)現実の成長率は自然成長率を超えず、せいぜい0パーセントです。つまり、必要な貯蓄率(純投資率)はゼロです。
 このように保証成長率と実際の成長率にギャップが生じたときに何が生じるでしょうか? 
 ケインズとハロッドの危惧は次のようなものでした。
 1)人々、特に企業は期待された成長率が達成されず、したがって利潤も増加しないので、貯蓄率を引き上げるために、賃金圧縮を行なうかもしれません。それによって利潤を増やし、配当と企業の内部留保を増やすことがねらいです。また家計の側でも、もっと貯蓄を増やそうとして消費を切り詰めるかもしれません。それは消費需要を抑制する効果を持つことになります。
 2)一方、特にハロッドの『経済動学』では、仮に企業がそれでも新規の純投資を行なった場合、有効需要の停滞に直面して資本装備の稼働率(利用率)が低下していること、つまり設備投資が過剰であることに気づき、新規投資を縮小せざるを得なくなることを指摘します。
 要するに1)と2)のいずれの作用によっても、有効需要(消費需要+投資需要)が停滞する可能性が高くなることが危惧されます。

 しかも、これは単なる机上の理論、空想ではありません。実際に1997年以降の日本で生じてしまった事態です。日本企業は、利潤・貯蓄(投資資金)を拡大するためにリストラと賃金圧縮を行なってきました。しかし、その結果、消費が抑制され、投資需要も停滞したことはよく知られています。また国内投資を実施しても、過剰投資をもたらしました。これは景気動向指数の中の「稼働率」の変動を見れば一目瞭然です。

 これに対する対策は、どうあるべきでしょうか?
 ここで最初に戻ります。よくある言説、つまり人口が減少するのだから、労働生産性を上げよう、そのために投資を増やそう、貯蓄を増やそう、そのためには賃金の圧縮もやむを得ない、企業が投資しやすい環境を創り出すために法人税を引き下げよう、などどいう言説がいかに誤りであるか、が理解されるはずです。
 求められているのは、こうした供給側の経済学ではなく、消費需要を重視する経済学と政策です。この点で、藻谷さんの主張は正しく評価されるべきです。

 著書における自身の自己紹介では、藻谷さんは経済理論をきちんと勉強したことはないそうですが、もしそうだとしたらなかなかの観察力と直観、洞察量を持った人として高く評価したいと思います。
(続く)

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