2015年10月30日金曜日

ケインズの「乗数」 なぜ式 m=I/Y で示されるのか?

 1937年論文は、ケインズがなぜ(設備)投資 I を独立変数的に取り扱い、「乗数」を式(m = I/Y)で示したのかを、説得的に説明している。
 もし私たちが将来の変化について確実かつ正確に知っており、かつ投資 I が将来期待される消費支出 C に比例的に行なわれるならば(I=kC。したがってまた産出額=総所得に対しても比例的に行なわれるならば 、I = mY)、不均衡(失業など)を拡大するような経済の変動は生じがたいだろう(つまり、乗数 m=一定)。
 しかし、 投資が単に消費支出の変化に対応するのではなく、消費支出以外の不確実な諸要因によって大きく左右されるならば、乗数自体が大きく変動し、それにともなって経済の均衡・安定にも大きな変化が生じることとなる。このような不確実な要因による投資量と乗数の変動という事実こそがケインズの真意だった。
 ケインズの乗数は、単純にある特定期間における産出高=所得額(Y)と投資との、あるいは消費支出(C)と投資との関係である。もし投資支出が増え、その結果、機械生産が増え、生産能力が上昇すれば、それと同時に乗数が上昇し、それは最終的には不均衡(企業者にとって生産に引き合う消費財の量を大幅に超える消費財の生産能力の増加)をもたらす蓋然性が高い。また逆に、もし投資支出が減り、その結果、機械生産が減少し、生産能力の成長が抑制されれば、それと同時に乗数が低下し、それは最終的には不均衡の縮小(需要、すなわち企業者にとって生産に引き合う消費財の量が消費財の生産能力に接近すること)をもたらすであろう(もちろん例えば1930年代のように、消費支出が減少すれケースは別である)。これが現実の 経済社会の姿である。

 このことはまた、この乗数の理論が波及論的に理解され、俗に乗数「効果」と呼ばれるようになったものとは異質であることを示している。ケインズは、いったい何時まで続くのか分からず、最終的には投資に応じた消費需要を必ず産み出すような「波及効果」を(少なくとも1936年以降は)棄却している。均衡論的・波及的乗数理論の理解がケインズの真意ではない所以である。

0 件のコメント:

コメントを投稿