経済学が「市場」を取り扱うことはよく知られています。
それでは、「市場」とは何か? 市場とは、貨幣(お金)を媒介して商品(財とサービス)を取引する場である。この定義でどうでしょうか?
間違いとは言いませんが、100%正しいとは言えません。何故ならば、労働市場もあり、そこではモノではない労働力が取引されているからです。さらに市場では資産(土地などの実物資産や株式、国債などの金融資産)も取り引きされています。そこで、市場とは、貨幣を媒介して商品、労働力、資産が取引される場である、と言ったらどうでしょうか?
かなり現実に近くなってきました。しかし、それでも100%正しいとは言えないように思います。というのは、われわれは市場の実相を観察しているというよりは、頭の中の「仮想空間」の中に想像されているイマジナリーな市場を考えているかもしれないからです。
昔、ケインズは、一般の人々は、経済学者が考えている以上に経済学の影響を受けているかもしれないと言いました。仮にその経済学がどんなつまらないものであってもです。いや経済学者自身が先達の経済学者の影響を受けていることは間違いありません。
その影響の一つは、市場がフェアーな取引を実現しているというものです。市場では、一方では人々(需要側)がその商品に対して感じる「効用」によって、他方では人々(供給側)が生産のために必要な費用(逓増する限界費用)によって、価格が決まっている。自由市場では均衡価格と均衡量が同時に決定される、こんなところでしょうか。
しかし、このような定義に屈した瞬間に私たちはすでに「仮想空間」の住人になっています。実際、あなたは効用を計測したことがありますか? またあなたは費用が逓増することを自分で確認したことがありますか?
ほとんどの人はないはずです。ないのに、あるかのように感じる、信じる。それは恐ろしい「刷り込み」や「マインド・コントロール」の世界です。
現実世界では、市場はもっとストレートな力と力のぶつかり合いの世界です。確かに私たちが日常に接している世界(コンビニ、スーパー、デパートなど)では、そのような力を感じることは(幸いなことに)あまりないかもしれません。
しかし、それは次のようなケースでは如実に感じられることでしょう。
1)開発途上国の第一次産品(石油、コーヒー豆、バナナなど)
昔、1950年代、1960年代には、セブン・シスターズと呼ばれた巨大石油会社(石油メジャー)がありました。これらの石油メジャーは、産油国の原油採掘権を得て、原油を安く買いたたき、それを先進工業国に運んでは高く売っていました。コーヒー豆やバナナについても同様です。だからこそ、「フェアー・トレード」運動に参加する喫茶店も登場したわけです。また石油輸出国は、OPECという国際カルテルを結成し、第4次中東戦争やイラン革命の機会に対米原油輸出を禁止し、石油価格を引き上げました。
2)労働市場
世の中にはそんな昔の話を持ち出さないで、という人もいるかもしれませんが、そんな人にとっておきの話をしましょう。
近年、ブラック企業が多数出現しています。私はブラック度の高い企業の実例を知っていますが、取りあえずここは実名を出して糾弾するのが目的ではないので、実名は出さないことにします。日本では、<労働基準法が守られていないのは、道路交通法並み>という指摘もありますが、それはさて置き、ブラック企業が存在できるのは、端的に言って、労働側の力が弱いからです。サービス残業、あらかじめ本給に組み込まれている残業手当(就活中の学生には秘密にされています)、休憩時間に関する違法、過重・長時間労働など、具体例はきりがありません。
そのような企業には労働組合がないことが多く、一人一人が孤立しています。
そんな時、新古典派の労働市場論を見ると、失業者が多いのは実質賃金が高すぎるからだと書いてあり、さらに失業を減らすためには賃金を引き下げなければならず、また賃金の引下げに抵抗する労働組合の力を削ぎ、また労働組合に力を与えている政府の労働保護政策をやめさせるべき、などと書いてあります。
実際には従業員の力など小さく、現在の日本で労働組合の力などきわめて小さなものにされているにもかかわらずです。
結論。「仮想空間」の描く自由市場など存在しません。「現実世界」の市場をリアルに観察しましょう。
ついでに、TPPについて一言。あたかも自由市場に委ねれば、多くの人々(99%)に利益があるかのように言う人がいますが、自由にまかせれば、多国籍巨大企業(1%)がその巨大な力を自由に行使することができるだけです。TPPの本質はまさにそこにあります。両大戦間期の米国の大統領、セオドア・D・ルーズベルトの名言を思い出しましょう。
強欲な巨大企業が民主的な政府の上に君臨することを人々が許すとき、企業のファシズムがはじまります。
フェアーな市場を生むためには、制度が必要である。このことを知る必要があります。
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