大胆な金融緩和政策(量的緩和、政策金利の引下げ)によって貨幣供給を増やし、2パーセントのインフレーションを実現して(インフレターゲティング)、景気をよくする。これが安倍政権の方針、いや失礼、日銀は政府から独立した組織ですから、黒田日銀の政策スタンスだということはよく知られています。
もっとも日銀がどんなに努力しても、貨幣供給が増えるかどうかは不明です。というのは、貨幣供給というのは、日銀が市中銀行に供給する貨幣量のことではなく、市中銀行が人々(企業や家計)や政府に対して供給する貨幣量のことですから、日銀が人々や政府に銀行からお金を借りるよう命令することはできない以上、結局のところ、人々や政府の態度(期待、所得、税収、政策スタンス)にかかっています。
そこで、黒田日銀総裁が日銀だけで景気を良くすることができない旨の発言をしたのは正しいことになります。前の白川総裁もそうでした。さすがに日銀マンは、金融の実務をよく知っていますから、マウンドやホームのよく見えない外野手のような人々とは違います。
ところで、最近長期金利が上昇傾向にあると報じられています。「あれあれ、金融緩和政策を実施したら、金利は低下するのでは? おかしいな?」 といったところでしょうか。
でもよく考えてみましょう。もし2%のインフレーションが実際に生じたとしたらどうでしょうか? その時金利(どの種類の金利でも同じです)が同じ水準にとどまったら、実質金利は2%低下することになります。そんなことは経済学部の新入生でも理解できます。しかし、人々はそれで満足するでしょうか?
頭の中で思考実験をすればわかりますが、銀行にお金を預ける預金者や企業に融資を行なう銀行は不満でしょう。2%のインフレーションの加速が期待されるならば、当然、名目金利も2%上昇してもらわなければなりません。もちろん、これは期待や希望であり、実際にそうなるかはまだ不明です。
一方、お金を借りている人々(預金者に対する銀行や銀行に対する企業)や大量の負債を背負う政府は名目金利がそのままであって欲しいと希望します。もちろん、これも希望であり、実際にそうなるかは不明です。
さて、結局のところどうなるでしょうか?
この問題を考えるとき、貨幣供給と貨幣需要の両者をあわせて考えることが必要になります。
まず銀行(中央銀行、市中銀行)は、自分で金利(お金の価格)を設定することはできますが、その価格で貨幣需要がどのように変化するかを事前には知り得ません。なるほど、個々の銀行では、金利を上げれば貨幣需要が減少し、逆に金利を下げれば貨幣需要が増加するかもしれないと期待することは可能です。しかし、その場合、他行が金利を変えずに自行だけが金利を変えるケースと、社会全体の銀行が金利を一斉に変えるようなケースでは状況がまったく異なります(ごちゃごちゃに議論する人がいますが、混同してはいけません)。
いま、すべての銀行がみずからの要請に合わせて長期金利を上げてみたとします。もしそれでも貸付需要があまり減少しなければ、銀行は自らの利益に応じてより高い金利設定をしたことを正しい選択だったと判断するでしょう。もし貸付需要が期待より減少すれば、高い金利を修正するかもしれません。これは「需要の価格弾力性」の議論の応用です。
しかし、多くの経済上の決定は不確実な将来に対する期待から、ということは本当は現在の状況に対する判断から行なわれます。「一寸先は闇」とまでは言いませんが、何しろ将来は不確実であり、本質的に分からないのですから、動物的な感(animal spirits)がモノを言うというのが正しいでしょう。
現在、株価は上昇し、為替相場は円安傾向に動いていますが、それでも人々の「期待」が確定的にある方向に向かっているとは思われません。何しろ、(おかしな話ですが)国民所得のうち最大項目を占める賃金所得の趨勢が不明なのですから。エコノミストの中には、景気がよくなっても、賃金が増えるとは限らないという人もいますが、景気がよくなるということは国民所得が増えるということであり、しかも国民所得は賃金と利潤の合計以外の何物でもありません。ひょっとすると、利潤は増えても、賃金は増えない(増えなくともよい)と考えているのでしょうか。ともかく、もしその点がはっきりすれば、金利にもはっきりした変化が生じるかもしれません。しかし、それまではジグザグでしょう。
エコノミストが言っているのは「一人当たり」の賃金もしくは今すでに賃金を貰っている人がその水準と比べてのことで、一方、景気がよくなると増えるのは「就業者全体」の賃金ですね。就業者数が増加していれば「就業者全体」の賃金が増えて景気がよくなりつつ、「一人当たり」の賃金は増えないということが同時に起きていて何ら不思議はありませんね。
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