橋下徹氏が最低賃金を下げれば、雇用が増え、失業率が下がると言ったようですが、これほど現実離れしており、欺瞞的な議論はありません。一般的には、最低賃金に限らず、実質賃金を下げれば失業率が低下するという(世の中で横行していて、半ば常識化している)議論が行なわれていて、最低賃金率の引下げによる雇用拡大という主張はその一部をなしています。もちろん、実質賃金を下げるためには(一番簡単な方法としては、例えば)企業が製品価格を据え置いたままで、貨幣賃金率を下げる必要があります。
しかし、実質賃金引下げによる雇用拡大という議論は成立ません。その理由は、私のホームページ(社会経済時評)でも取り上げましたが、今日は、理論をいったん離れ、現実世界の実相からせまりたいと思います。これは1930年代にアメリカの経済学者、ダグラス大佐が行なったものに近いものですが、ダグラス大佐は当時の統計を詳細に分析して「賃金の理論」を構築しました。
米国には多数の州がありますが、もし賃金が低いほど雇用が増えるなら、賃金の低い州ほど失業率が低いはずです。これはダグラス大佐も実際に正しいのか、検証を試みている点です。
しかし、現実はどうでしょか? 次の図を見てください。これは米国の労働統計局のデータにもとづいて作成したものです(2012年4月のデータ)。ここから統計的に有意な相関を見いだすことはできません。それでもどんな相関が統計から認められるか、無理でも言うと、貨幣賃金率が高いほど失業率が低くなるという相関を指摘しなければなりません。実は、これは、James K. Galbraith氏がヨーロッパ諸国で検証した(もっとはっきりした)相関と同じです。
もう一つ面白い図をお見せします。これは米国の製造業における貨幣賃金率(時間給)と労働時間(週あたり)にどんな関係があるかを示すものです。統計は、やはり2012年4月のものです。
この図からは、相関関係はやはりそれほど高くありませんが、それでも貨幣賃金率(時給)が高いほど、労働時間が短くなる(逆は逆)傾向が認められます。これもダグラス大佐が発見した相関でした。この理由は、労働供給の側からは、貨幣賃金率が高いほど、より短い労働時間で生活に必要な一定額の所得を得ることができることにあります。ただし、ダグラス氏はもっときちんとした方法でそれを実証しました。
もちろん、一人あたりの労働時間が短くて済めば、それは多くの人々(特に失業者)に職の機会を与えることにつながります。
しかし、賃金率が低く、人がより長時間働かないと人並みの所得を稼げないような状況では、職の奪い合いが生じ、特定のより多くの人が失業することになります。
以上が経済社会の実相であり、事実の示すところです。百歩譲っても、貨幣賃金率を引き下げれば、職が増えて失業が減るという証拠はどこにもありません。
私の言うことは、理論的には、1936年にケインズが『雇用、利子および貨幣の一般理論』で明らかにしています。ケインズは、この書を書くために、1930年代にケンブリッジ大学で学生相手に講義をしながら、当時の経済的事実を念頭に自分の考えをまとめるという営為を行ないました。
ところが、世の中には、ケインズなどを読んだこともなく、「ケインズは死んだ」といってケインズ殺しを喧伝し、また実証研究の検証を経ることもなく、ケインズの批判した新古典派の雇用理論を宣伝している人々がいます。そのような経済学者はまともではありませんので、相手にする価値もないと思いますが、メディアでは持て囃されているので、いっそう質が悪いと言えるでしょう。
*注1
もちろん、貨幣賃金率が単位時間あたりの付加価値額より高く、利潤の成立する余地がなくなるほどであれば、事情は異なってきます。しかし、現在の米国やイギリスや日本で、そのような異常な高賃金率が存在するわけもありません。
*注2
統計データは、USA, Bureau of Labor Statisticsのデータベース(pay, unemployment)からダウンロードできます。
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