景気がよくなったり、悪くなったりするメカニズムを説明します。
そのためには、1)マクロ経済の基礎(三面等価)、2)景気変動をもたらす最大要因としての有効需要、3)所得分配と有効需要の関係、という3つのことを理解する必要があります。
1)マクロ経済の基礎(3面等価)
社会全体の経済(マクロ経済)は、個別の経済主体の経済活動(ミクロ経済)の集計という側面(一面)を持っています。
社会全体で産出された生産物は、商品として販売され、人々に収入(所得)をもたらしますが、さらにそれらの所得は支出され、需要(有効需要)を構成します。有効需要とは、企業にとっては生産した商品が売れるということを意味します。この循環(サーキット)のどれからはじめてもよいのですが、ここでは、所得から始めます。
所得は、大きく賃金と利潤に分かれます。いま所得をY、賃金をW、利潤をRで示すと、次の式が得られます。
Y=W+R ⑴
実際には、利潤は、さらに経営者報酬、利子・地代、配当(株主の所得)、企業の内部留保などに分かれますが、ここではひとまとまりのままにしておきます。また利潤の中に減価償却費(D)を入れるのか、入れないのかという区別が必要になりますが、ここではその問題は省略します。
さて、所得は支出されます。ここで、実際には政府という複雑な経済主体を考えなければならなくなるのですが、差し当たりは考えないことにします(捨象するといいます)。
まず、賃金のほとんどは消費のために支出されます(消費支出)。
ここで用語の定義をします。その用語とは、貯蓄(saving)です。経済学では、貯蓄とは所得から消費支出を差し引いた部分を言います。これは定義ですから、これ以上の説明はできません。
そこで、賃金からの支出は、消費支出と貯蓄に分かれることになります。それを次のように記号で示します。
W=CL+SL CL:賃金からの消費支出、SL:賃金からの貯蓄
同様に、利潤からも消費支出と貯蓄がなされます。記号では、
R=CK+SK CK:利潤からの消費支出、SK:利潤からの貯蓄
賃金と利潤の支出をまとめると、
Y=W+R=CL+CK+SL+SK=C+S ⑵
つまり社会の総支出は、消費支出(消費財の購入)と貯蓄に分かれることになります。
一方、支出をもう一つ別の側面から考えます。ここのところは、きちんと説明するには、時間とスペースが必要ですので、結論だけ示します。社会の支出は、有効需要の面から見ると、消費財に対する支出と生産財(資本財)に対する支出、または同じことですが、消費需要と投資需要に分かれます。それを式で示すと、次の通りです。
Y=C+I ⑶
ここで⑵式と⑶式を見てください。この式からC+S=C+Iとなり、結局、S=Iという式が導かれます。
S=I ⑷
さて、⑶式(有効需要の式)は、きわめて重要な式です。というのは、企業は売れるという見込みがあって、生産を行ないます。注文生産の場合はいうまでもありません。そうでない場合も、売れるから生産します。もちろん、売れるという見込みが外れるかもしれません。その場合、売れ残りの在庫が増加するでしょう。すると企業は在庫を増やさないように、生産を縮小します。もちろん、反対に在庫が減ってくれば、企業は売れ行きがよくなったことを知り、生産を増やします。このことからも理解できるように、正確には在庫変動がありますので、有効需要と生産額はきちっと一致するわけではありませんが、この在庫変動を捨象するば、生産額は有効需要に一致することになります。
*なお、有効需要とは、モノに対する単なる願望ではなく、貨幣支出の裏づけのある需要を意味します。また在庫の問題は、別に検討することにします。
以上のことから、企業は、有効需要(C、I)に応じて消費財(C)と生産財(I)を生産することになります。記号で書くと、
Y=C+I ⑸
⑶と⑸は、同じ式ですが、意味は異なっており、前者は有効需要から見た式、後者は生産から見た式です。
さて、生産された商品(C、I)は販売され、所得(Y)をもたらされます。それは、賃金と利潤に分かれ、・・・。という具合に最初に戻ります。
以上をまとめます。
Y=W+R
Y=C+I
Y=C+I
ある期間(3ヶ月、半年、一年など)については、この3つの量は同じ(になるはず)です。これを三面等価と呼びましょう。
2)景気循環の最大の要因としての有効需要
上の説明は、一定期間には生産量(額)=所得=有効需要が等しいという三面等価が成り立つというものです。例えばある年の生産額が500兆円なら、所得も500兆円、有効需要も500兆円となる、といった感じです。
しかし、経済は変動します。生産量=所得=有効需要は、ある時期から次の時期にかけて増えたり、減ったりします。これはどのようにして生じるのでしょうか? 次にこの点を考えます。
そこで2つの事情を考えなければなりません。まずその一つは、社会全体の生産能力といった事情です。この生産能力は、一面では、人的資源(労働力)によって決まっており、他面では資本装備(固定資本ストックともいいます)によって決まっています。働く人の能力や技術、熟練が生産能力に関係していることは言うまでもありません。それからモノやサービスを生み出すためには、様々な資本装備(道具、機械、その他の設備)が必要となることも言うまでもありません。もちろん、その他に地球環境とか様々な要因が必要となるのですが、ここでは労働能力と資本装備を二大要因としてあげておきます。
仮にいま社会全体の生産能力をY*で示しておきます。この金額を実際に具体的に示すことはきわめて難しいのですが、例えば現存の資本装備や労働力をフルに(失業なしで)稼働したとき、どれほど生産できるかは、近似的に示すことができるかもしれません。
ところが、ちょっと考えれば、小学生でも理解できると思いますが、この生産能力は実際にはすべて実現されることは(通常の場合)ほとんどありません。例えば、日本の場合、600〜700兆円の生産が可能なのに、500兆円しか生産されない、といったようなイメージです。もちろん、この生産能力を超えて生産を実現することはできません。したがって、生産能力は、社会が生産できる上限と言えます。
それでは、現実の生産の水準を決めるのは何なのか?
それが二番目の事情ですが、それは結論から言えば、有効需要です。われわれが消費と投資(生産財の購入)のために貨幣を支出するから、それに応じて生産が行なわれるということはすでに上で説明してあります。
また有効需要が生産規模を決めると考えれば、様々なことが説明できます。反対に有効需要が生産規模を決めるのではないと考えると、説明できない様々なことがあります。例えば景気はよくなったり、悪くなったりします。それに応じて消費財および、特に生産財の生産量が増加したり、減少したりしますが、それは生産量自体が生産量を決める(?)と考えたり、所得量が生産量を決めると考えては、説明できないのです。
このように有効需要が決定的に重要であることを明らかにしたのが、ケインズとカレツキという偉大な経済学者でした。
ある年に500兆円だったGDPが翌年に480兆円に減少したり、逆に520兆円に増えたりするといった変化をもたらすのは有効需要の変化です。
この有効需要のうち、消費需要は個人(または家計)が決定します。また投資需要(生産財に対する需要)は企業が決定します。その際、企業は、個人(家計)の消費需要が低下して景気後退が生じると、(将来の生産能力を拡大するための)投資を控えます。逆に企業は、個人(家計)の消費需要が旺盛になると、(売れ行きの拡大を期待して、生産能力を拡大するために)投資を増やします。ですから、投資は毎年の変動幅が大きく、景気動向に大きく左右されます。しかし、この投資を左右するのは、消費需要だという点では、消費需要の動向が重要です。
なお、投資が行なわれると(正確には、純投資がプラスだと)、資本装備(固定資本ストック)の量・金額が増え、技術が進歩したり、社会全体の生産能力も増えます。もちろん、この側面も重要です。
しかし、次の点に注意しなければなりません。いま、ある年の有効需要=生産量が消費財=400、投資=100とします。また翌年も景気がよくなくて、消費=400、投資=100のままだったとします。つまり成長率はゼロ%です。しかし、投資はゼロではなく、100づつ行なわれています。それは技術水準を引き上げ、社会全体の生産能力や労働生産性を拡大します。それでいいではないかという人がいるかもしれません。しかし、実際には困ったことが生じるのです。つまり、労働生産性は上昇しますので、同じ生産量をより少ない労働力で生産することができることになります。そこで過剰となった労働者が失業者になる危険性が高くなります。
現代の資本主義経済でなぜゼロ成長が問題なのか、その秘密はここにあります。
「不思議の国のアリス」が迷い込んだ魔法の国では、一カ所にじっとしてためには、走らないといけませんが、それと同じような状態です。
3)有効需要と所得分配
最後にもうひとつ重要なことを説明します。それは賃金と利潤の間の分配の問題です。
賃金は99%の人が獲得する部分であり、利潤は(企業自体の内部留保を除くと)1%の人が獲得する部分です。したがって利潤シェアー(所得のうち利潤の部分の割合)が増えると、一部の富裕者がより豊かになり、他方、賃金シェアーは減るので、多くの人がより所得を減らすことになります。
ただし、賃金は99%の人の主要な所得源ですので、賃金シェアーを減らすと、大変なことになります。例えば賃金が抑制されて(圧縮されて)、70%だった賃金シェアーが60%にまで低下したとしましょう。するとそうした変化は、次の次期に労働者の賃金所得からの消費支出を低下させます。たしかに利潤所得からの消費支出は増加するかもしれません。しかし、実は、富裕者は所得の増加を消費より貯蓄に回そうとする傾向が強い(貯蓄性向が高い、といいます)ことが分かっています。したがって、どうしても賃金を抑制すると、次の次期の消費需要が抑制されます。
すでに上に説明したように、消費需要の停滞は投資需要の停滞・縮小をもたらします。したがって景気は悪化してゆきます。
以上のことを理解すれば、2002年から2006年の「戦後最長の景気回復」と謳われた時期にも、人々が好景気を実感できなかった理由が分かります。実際には、貨幣賃金が低下し、成長率も1%ほどというスランプ状態だったのですから!
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