前回述べたことをまとめると、インフレーションは、失業率が低いときに労働生産性の上昇率を超えて貨幣賃金が引き上げられるから生じるのであり、要するに労働者の責任であるという見解だということにになります。
低失業率→貨幣賃金の大幅引き上げ→インフレ
この結論を覚えておきましょう。
3 ところが、「物価版フィリプス曲線」はさらに改変させられることになります。
改変を行ったのは、フリードマン(Milton Friedman)という経済学者です。
彼は、短期的には「物価版フィリプス曲線」が成り立つとしながらも、長期的には(つまり半年とか1年を超える期間では)成立せず、「物価版フィリプス曲線」は、垂直になると主張しました。つまり、ある一定の失業率のところで垂直になるというわけです。
ここで問題は、(1)本当に「長期の物価版フィリプス曲線」が垂直になるのか、(2)それはどのようなことを意味するのか、ということになります。
(1) フリードマンが上記のことを主張したのは、1970年代のことです。そして、1970年代には、一見するとフリードマンの主張が正しいように見えました。
その理由は、1960年代末から1970年代にかけてインフレーションの波が米国経済を襲ったからです。まず1960年代末から1970年代初頭には、米ドルの事実上の価値低下(減価)がありました。そのことは金の価格低下によく示されています。米国は、戦後準固定相場ドル本位制ともいうべきレジームの下で、金1オンス=35ドルの平価(parity)で金とドルとの交換に応じていました。しかし、いわゆるドル危機の中でドルの金価格の上昇、またドルの価値低下が生じました。それは輸入財の価格上昇をもたらしました。そしてとうとう1971年8月15日に金とドルとの交換は停止されました。それはドルの公式の減価を招きます。さらに1973年の第4次中東戦争、1979年のイラク革命と連動して石油価格の数倍にも及ぶ激しいインフレーション(輸入インフレ)が生じました。この時、失業率も上昇しました。かくして1970年にはスタグフレーション(インフレ+高失業率の同時発生)と呼ばれる現象が生じたことになりました。
これが従来の「物価版フィリプス曲線」の形状をさらに変えることになったのは言うまでもありません。きわめてラフに言えば、失業率がどの点にあろうと、物価水準は徐々に高くなっていったのです。
しかし、ここで、フィリプス氏が本来の「フィリプス曲線」を描いたとき、慎重に戦乱時を除いていたことを思い出してください。そのような時期はフィリプス氏にとって撹乱要因だったと考えられていたのです。
ところが、フリードマン氏は、まさにその撹乱時のデータを用いて「垂直な物価版フィリプス曲線」を導きました。
それだけではありません。彼は次のようなインチキを働きます。
(2)フリードマンは、まず「物価版フィリプス曲線」にもとづいて、物価上昇を低失業率の下における労働者の貨幣賃金の大幅引き上げのせいにします。そして、次に今度は「垂直な物価版フィリプス曲線」を用いて、どんな低失業率も、どんな物価上昇も、一定の失業率に落ち着くと結論します。ここで彼がいう一定の失業率とは、「自然失業率」(NR
U)と名づけるものです。今度は、自然失業率の方から説明しなおしましょう。いま例えば自然失業率が8%だとしましょう。政府が失業率を下げようとして、財政支出などを行い、失業率を(例えば5%に)引き下げることに成功したとします。しかし、フリードマンは、彼の「理論」を使って、結局(つまり半年後などの長期には)物価が上昇し、失業率も元(自然失業率)の8%に戻っているはずだ、と言う訳です。
要するに、フリードマンは、かなり怪しい根拠にもとづいて、失業率が本質的に「自然失業率」から離れることができないという結論を導いたのです。
それでは「自然失業率」とは何であり、それはどのように決まるのでしょうか? これは一大問題となりますが、まさにその説明が理論的矛盾を露呈することになります。この人、またはそれを信じた人は馬鹿じゃないの、と思わずにはいない論理の登場です。
(以下、続く)
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