インフレーションとは、普通、物価水準が持続的に上昇することをいいます。「物価水準」というのは、特定の商品に限らずに、様々な商品の平均価格のことを指し示します。また季節変動や短期的な変動の上昇局面を除外するために「持続的に」という限定後を付しています。
さて、このインフレーション、略してインフレですが、日本では1990年代に終息し、むしろデフレーション(物価水準の持続的な低下傾向)が続いてきましたので、現在20歳以下の人にとっては経験したことのないものとなっています。ところが、ごく最近、安倍首相の「リフレ論」(2%のインフレ目標、そのための金融緩和策)が注目されてから、インフレとは何かが注目されるようになりました。
そこで、ちょっととりとめもない話になるかもしれませんが、インフレにまつわる話をしてみます。その際、1980年代以前と1990年代以降では、インフレの取り上げられ方がまったく異なっていること、また地域・国によってもまったく異なっていることに注意してください。
まず1980年代以前には、あるいは今でもロシアのような国ではそうですが、インフレは好ましいものではなく、抑制されるべきものと考えられていました。当然といえば当然です。物価水準が一年で何倍にも上昇するのは異常です。またそこまでいかなくても一年に30%も物価水準が上昇するのは正常と言えないでしょう。したがってインフレ率を一定の限度内に抑えたいと思うことは不思議なことではありません。例えばインフレ率を3%以内に抑えることが目標(ターゲット)であれば、「3%インフレ目標」ということになります。
ところが、日本の「2%インフレ目標」というのは、インフレ率を抑えるのではなく、デフレの状態からそこまで引き上げるというのですから、少なくとも戦後はほとんど例がありません。
ともあれ、そこで次に、インフレは何故生じるのか、あるいはどうしたら実現できるのか、という問題が出てきます。この問題については、現代の経済学の混迷を反映してか、経済学者の中に意見の一致はありません。
一つの見解は、貨幣数量説にもとづくものですが、この説の誤りについては本ブログでも詳しく説明しています。
それ以外には、1970〜80年代に流行った説にコスト・プッシュ説やディマンド・プル説というのがあります。前者は生産費用が上昇するので、企業が販売価格を引き上げるといった風のものです。それはその通りかもしれませんが、どうして生産費用が上昇するのかを説明しない限り、説明したことになりません。あるいはよく考えると、生産費用が上がるので、生産費用が上がるという同義反復、インフレだからインフレになるという同義反復に陥っているようにも思われます、事実、そのように批判した人がいました。これに対して後者の説は、需要が供給を超過しているという点にインフレの理由を求めようとする点に特徴があります。要するに景気がよいからインフレが生まれるということになります。しかし、新古典派の議論では、需要が供給を超過したときは、物価が上昇し、再び均衡(equilibrium)が回復するはずですが、この説では、ずっと需要が供給を超過しつづけていることになります。またディマンド・プル説はコスト・プッシュ説と矛盾するわけではありません。というのも、コスト・プッシュがあるから(費用が上がるから)、名目購買力が、したがって名目需要が拡大するわけです。また需要が供給を超過すると(ディマンド・プルがあると)価格が上昇するから、コスト・プッシュが生じるわけです。
もしディマンド・プルとコスト・プッシュの意見が正しいならば、1990年代の日本はデフレですから、供給が需要を超過するという不況状態がずっと続いていたことになります。日本政府が2002年から2008年まで戦後最長の「景気拡張期」が続いたと喧伝したのに(!)、です。いずれにせよ、実証不能な説であり、今では誰もこうした説を持ち出さないように見えます。
さて、これらの見解が見逃している点が2つほどあります。
1)よく物価水準という言葉が使われますが、現実の経済に物価水準というものがあるわけではありません。現実には、様々な生産部門があり、またセーター、帽子、靴下、卵、肉、日本酒、等々、無数の商品があり、それらの価格があるに過ぎません。物価水準やその変化率を使うのは、経済分析を行なう経済学者だけです。
しかも、よく観察すると、個々の商品の物価は一律のペースで上昇しているのではなく、それぞれに異なっています。どうしてでしょうか?
実はすでにアダム・スミスは『諸国民の富』(1776年)の中でこの点に気づいていました。簡単なことですが、価格は人々の所得と密接に関係しています。いま、次のような簡単な例を考えましょう。例えばいま2種類の商品x、yが生産されているとします。商品xは工業製品であり、この部門の労働生産性は一年に10%ずつ上昇します。他方、消費yはサービスであり、この部門の労働生産性がまったく上昇しません。簡単のために、その他の条件(労働時間、販売価格など)が変化しないとすると(ceteris paribus)、10年後にxの生産に従事している人々の所得は約2.6倍に増えます。しかし、yの生産に従事した人々の所得はまったく変わりません。
現実にはこのようなことは生じるでしょうか? もしyが人々にとってどうでもよい商品であり、その生産者がいなくなっても困らなければ、y商品を生産する産業は衰退するでしょう。しかし、もしyがその社会にとって重要であり必要不可欠であれば、その衰退を防ぐために、所得を保証すること、すなわち価格を引き上げることが必要になります。これがアダム・スミスのいう「労働価値説」です。
実は、戦後、インフレが生じていたときには、製造業の労働生産性は毎年20%以上も上昇していました。一方、それに比べると労働生産性の上昇率がかなり低い産業が存在したのです。しかも、その産業は日本人・日本社会にとってどうでもよい産業ではありませんでした。そうした産業を存続させるためにインフレが調整役となっていたのです。
つまり要約すると、インフレは人々(産業間)の「所得分配をめぐる紛争」から生じていたのです。もちろん、戦後かなり長期にわたって所得分配をインフレによって調整することが制度的に(法律、慣習、道徳などの制度の束によって)容認されていました。
しかし、1970年代のインフレの亢進の時代を経てから、主要国の多くの政府がインフレを容認しなくなってきました。したがって、インフレを考えるときには、その制度的背景が問題となります。
2)実は、「所得分配をめぐる紛争」は産業間で生じただけではありません。もう一つ、労働者と企業(経営者・株主)、あるいは賃金と利潤の間でも生じていました。さらに先進国と開発途上国の間でも生じていました。
もう一度1970年代に戻ります。この時期は、スタグフレーション(またはスランプフレーション)の時代でした。つまり、先進国でも黄金時代が終わりかけ、成長率が急速に低下しはじめていました。このような時には、労働生産性の上昇によって生まれた所得を誰が(労働者か企業家か)得るかという紛争が激しくなります。ちょうど、子供たちが大きなパイを分配するときには自分の取り分と他の子の取り分について寛容だったのに、小さなパイを分配するときにはケーキを切る母親の切り方に厳しくなるのと同じです。
さらに戦後、開発途上国の交易条件が低下する(第一次産品の相対価格が低下する)傾向にありましたが、それは途上国からの抗議(その端的な現れが石油危機です)をもたらしました。それが原因で、1970年代に石油を含む第一次産品の価格が上昇し、巨額のオイルマネーが産油国に流入したのです。
問題は、この時からの政府の政策スタンスにあります。主要国(特に米英)の政府はインフレの責任を主に労働者に負わせるようになりました。
その証拠にOECDが公表している統計にNAIRU(インフレを加速しない失業率)という数値があります。つまり、NAIRUより失業率を低くすると、労働者が賃金の引き上げを要求し、それがインフレをもたらし、さらに加速するから、<一定の以上の失業率を維持するべき>(!!!)という(一般には知られていないが、周知の)見解です。
最近バーナンキが米国の失業率が6.5%を超えている限り、米国は金融緩和策を継続するという声明を出しましたが、この6.5%がNAIRUを意識した数字であることは間違いありません。また2%のインフレ目標も維持するようですから、インフレ率が2%を超えない限り、またそのとき失業率が6.5%以上であれば、金融緩和策を続けるという意味です。逆に言うと、失業率が6.5%になれば、あるいはそれ以上でもインフレ率が2%以上になれば金融緩和策をやめるということです。
いやはや、世界の労働者もなめられたものです。「失業率は高くて当然だ。政策的に下手に低くするとインフレを加速するから。」と公然と責められているのですから。
1990年代にいったん評価の低められたマルクスですが、今頃、ロンドンのお墓のかげで、「それ見ろ、<世界の労働者よ団結せよ>という標語は今こそ実現しなければならない」と言っているかもしれません。
3)というわけで、新古典派(+マネタリスト、ニューケインジアン)は、彼らの依拠している自然失業率やNAIRUの理論の中では、失業率を引き下げ、賃金を引き上げないとインフレは生じないと主張しているのですが、日本の政策担当者はいかがお考えでしょうか。もっとも彼らはその時々で自説に都合のよいピースを選び、ミックスし、ジグソーパズルを完成させるのは朝飯前ですから、今度は何を選ぶのか、私としては興味津々ですが、・・・
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