すでに多くの論者が明解に示しているように、欧米諸国から見て、近年の日本経済が異常な(あるいは特徴的な)状態にあることは、説明するまでもないかもしれない。このブログでも何回か取り上げたが、日本に特徴的な事態とは、名目賃金がほとんどまったく増えないという事実にある。これは日本全体の賃金総額についても、従業員一人あたりの賃金率(一年間または一時間あたりの賃金額)についてもあてはまる。
これが日本の特徴であり、欧米では必ずしもそうではないことは、例えば米国の例を見るだけでも納得できるだろう。
そこで次に米国の BEA (経済分析局)のデータから作成した図を2つほどあげておく。
まず図1は、従業員一人あたりの名目賃金率 w(年間賃金/年)と労働生産性 y(従業員一人あたりの実質国民生産)を示す。
図から名目賃金率(貨幣賃金率)が概ね労働生産性の成長率より早いペースで上昇していることがわかる。(ちなみに、日本では、労働生産性が成長しても、名目賃金率は上昇していない。それどころか21世紀に入っても趨勢的に低下してきた。)
しかし、労働生産性以上に名目賃金が上昇したら、企業の利潤が圧縮されることになるのではないだろうか? もし企業が販売価格を据え置けば、その通りである。しかし、企業は価格を引き上げることによって、利潤圧縮を防ぐことができる。そして、図2が示すように、米国企業はその通りに行動してきた。(ただし、ここでは企業価格ではなく、消費者物価指数の変化率をあげている。)
もちろん、消費者物価が上がれば、その分だけ、実質賃金には抑制効果が働く。したがって実質賃金率の成長率は、図1に示したものより少し低くなることは言うまでもない。(ただし、それでも実質賃金は労働生産性の上昇とともに上昇する。)
このことから何がわかるだろうか? ここでは次の2点だけ指摘しておく。
・物価は、利潤シェアーが一定ならば、労働生産性を超えた名目賃金の上昇によって生じる。日米の経済パフォーマンスが異なるのは、まさにこの点に関係する。すなわち、近年の米国では、名目賃金が労働生産性より上昇しており、実質賃金も上昇してきた。これに対して日本では労働生産性の上昇があっても、ずっと賃金抑制が行なわれてきた。それは賃金デフレを生じるほどの抑制であった。
・「異次元の金融緩和」政策が依拠しているマネタリズム(貨幣数量説)は、すでに1980年代に米英の両国で実験され、破綻した。それは失敗だったことは良識的な経済学者なら十分理解している。中央銀行のマネタリーベースを増やしても、それが(国内的要因による)物価上昇を引き起こすことも、まして景気を刺激することもない。
物価はたしかに「貨幣的現象」であるが、それは現代の「企業者経済」「営利企業体制」では賃金が貨幣的現象であることと関係している。
日本企業が1995年『新時代の「日本的経営」』(日経連)で表明した態度を変更する以外に方法はない。プラグマティズムに立つアメリカ企業は、とうの昔にそのことを学習してきた。
図1 米国における名目賃金率と労働生産性の成長率
図2 消費者物価指数と(名目賃金・労働生産性の成長率の差)
出典)USA, Bureau of Economic Analysis のデータより作成。
注)p と (w-y) (成長率)が一致せず、前者が高いのは、米国でも少しづつ利潤シェアー が高まっていることを示している。しかし、賃金圧縮の程度は日本ほどではない。
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