その一つは、EU債務危機(金融危機、財政危機)およびそれと密接に関連している経済危機(不況、失業)を如何に克服するかという問題です。もう一つの大きな問題はユーロ圏の存続可能性の如何にあります。仮に当面の経済危機を解決できたとしても、その背景にある単一通貨のもたらす問題がなくなるわけではありません。
そもそも単一通貨圏の創設が、中心国と周辺国との不均衡という特異な経済関係を生み出し、それが資産バブルのメカニズムを通じて問題を増長させていたのです。もう一度要約しましょう。一方で、マーストリヒトとSGPは、ユーロ圏の経済を停滞させます。勤労所得は増えなくなり、同時に失業率が上昇しました。しかし、他方で、中心国(ドイツ)は、輸出主導型の成長レジームを通じて周辺国に対する輸出超過を実現し、周辺国は自国の人々が生産する以上に消費(輸入超過)しました。この貿易差額は中心国からの国際資金移動によってまかなわれました。中心国は債権国となり、周辺国は債務国になりました。そして、この膨大な流入資金は、主に周辺国(スペイン、ポルトガル、アイルランド、ギリシャ等)に資産バブルを引き起こしました。そして、まず21世紀初頭に最初の金融危機が生じ、次に2007年以降に二度目の金融危機が生じました。
さて、ユーロ圏の将来についてですが、まず (1) それを解体したり、一部の国がそこから離脱するとういシナリオが考えられます。しかし、それは大きな痛みなしに実現できるわけではありません。例えばギリシャのような周辺国がユーロから離脱すれば、新通貨(新ドラクマ)は、ユーロ(€)に対して大幅に減価することを免れません。しかし、それは一方でギリシャの輸出をどれほど促進するかは不明ですが、他方で輸入品の価格を大幅に上昇させることは間違いありません。人々がインフレーションの中で生活水準を低下させる危険性があります。
もう一つは、(2) ユーロ圏を維持し、そこに残るという選択肢です。しかし、それも大きな問題を残すことを意味します。もしこれまで指摘してきたような状態があまり変らなければ、マーストリヒト条約と安定成長協定の制約が参加国全体を、しかし特に周辺国を苦しめることになるでしょう。
ヨーロッパ銀行の外国に対する請求権(資産)
ユーロシステムの金融状態(ECBの総資産)
EURO12の成長寄与度
さて、いま差し当たりユーロ圏が存続すると仮定しましょう。その場合でも、上にあげた(1)の問題がユーロ圏諸国を悩ましていることに注意しなければなりません。
一番上のグラフ(ECBの統計による)は、ヨーロッパの(市中)銀行の対外請求権の総額(残高)を示していますが、2008年の9月以降、銀行貸付(F)を中心に現在まで縮小しつづけています。これは、2008年まで貸付を増やしていた多くの銀行が債務危機の中で現在にいたるまで返済を続けていることを意味します。
これにヨーロッパ中央銀行システムは、低金利政策や量的緩和政策を通じて市中銀行に対する貸付額(総資産)を増やしてきました。特に2011年から12年にかけてその総額は急激に増加しています。しかし、緩和政策による市中銀行に対する資金供給拡大がすぐに市中銀行の貸付額を拡大したり「通貨供給」を増やすわけではありません。また仮に通貨供給が増えたとしても、それがGDPを増加させる効果は疑問です。実際、2006年から2013年までに、ユーロ圏、米国、英国および日本における貨幣の流通速度(M2/名目GDP)は、約2.05〜1.6以下に低下しています。フリードマン流のマネタリズムは、この点でも破綻しているのです。
しかも、史上稀な緊急的な財政金融政策によって2010年に2%のプラス成長にまで回復したユーロ圏経済ですが、2012年、2013年には緊縮財政(およびECBによる量的緩和の縮小を加えてもよいでしょう)によってふたたびマイナス成長に転じ、それに応じて失業率も上昇しました。寄与度を見ると、この2年間は消費(民間消費+公的消費)も投資もマイナスになっています。
これに対して多くの人々が不安を感じ、ユーロに反発するのは当然です。
明石和博氏の『ヨーロッパがわかる 起源から統合への道のり』(岩波ジュニア新書)でも紹介されていますが、いまヨーロッパではEUに対して否定的な世論が強まっています。おそらくユーロに対する支持が強いのは、中心国のドイツくらいでしょう。注目されるのは、特にフランスの世論の急変(支持の大幅低下)です。
世論調査では、また (1) ドイツと南欧とで欧州統合に関する評価がまったく異なり、後者では著しく低いこと、(2) 最大の経済問題が失業にあること、(3) その他に欧州統合のための政策(富裕者優遇政策)によって経済格差が著しく拡大したと多くの人が考えていることが明かにされています。(これについては、機会を見て紹介したいと思います。)
Polsters Ifopの世論調査結果(2013年10月)
選挙でもこの傾向は明白に現れています。
フランスでは、昨年10月に南東部のヴァール県ブリニョールの地方議会補選で、ルペン氏の創設した極右政党の国民戦線(FN)が決戦投票で中道右派の国民運動連合(UMP)の候補を破って当選しました。得票率は54%でした。2012年の大統領選挙で政権についた社会党(フランソワ・オランド)がFNの勝利を恐れて、UMPの候補を支持したにもかかわらずです.
しかし、それを単純にフランス国民が外国人排外主義的な運動に共鳴したと見ることはできません。E・トッド氏も述べていますが、国民のうちエリート(社会上昇の20%)が盲目的に(つまり「単一思考」「ゼロ思考」「貨幣ユートピア」から)「マーストリヒト」に賛成し、社会党でさえその動きに合流しているとき、それに反対するためには、共産党でなければ、FNに投票するしかありません。事実、勝利した候補(Laurent Lopez、48歳)は、党首のルペン氏の本来の意図とはかなりかけ離れた言葉「本当の社会党員はFNだ」を語っていました。
またこの地方選挙ののちPolsters Ifop( the Institut Français pollster for France’s Le Nouvel Observateur)の実施した世論調査では、今年5月に実施されるヨーロッパ選挙でFNはUMPと社会党を引き離して25%の得票を得るという予想を明らかにしました。これについて、FNの書記長(Steeve Briosis)は、それを「前例のない地震」と呼び、「抑圧的な欧州連合のウルトラ自由主義デモル」を党が批判してきたことを有権者が支持している証拠だと述べたといいます。 いまユーロ圏では、中心国と周辺国の間に分断が生じ、また各国の内部でも「マーストリヒト」を推進する20%のエリートとそれに反対する大衆とに分断されはじめています。これはきわめて危険な状態というしかありません。
ユーロが存続するためには、こうした分断をなくす努力が必要です。そのためには、ドイツ側の態度の変化(支援と連帯)が必要です。しかし、それは可能でしょうか? ドイツの知識人の中にはそれを説く人もいますが、少なくともドイツ国民はそれを嫌っています。「何故われわれがギリシャなど支援しなければならないのか?」
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