2013年12月5日木曜日

失業率の上昇を説明する その7

 摩擦的失業は存在するのか? またどの程度なのか?

 前に説明した雇用率の関数( ε=(Y/L)/r・t ) は、より現実に近づけるためには、若干修正しなければなりません。
 その一つの理由は、いわゆる摩擦的失業にあります。
 摩擦的失業とは、ある地域や産業(A)では失業者がいるとしても、別の地域・産業(B)では労働力が不足しているような場合、AからBに労働力が移動できれば、失業率が低下するのに、そのような移動を妨げる「摩擦」が存在するため、失業が生じるようなケースを想定しています。
 言うまでもなく、抽象理論上はもちろん、現実にもそのような「摩擦」の存在を完全に否定することはできないでしょう。そのような事情を想定して、「雇用ミスマッチ」という言葉も存在します。ミスマッチを解消できれば、失業率が低下するという含意がその背後にはあります。

 しかし、摩擦的失業またはミスマッチは、どの程度に存在するのでしょうか?
 まず国や地域(国を超えるような大地域、国の内部の小地域)によって失業率の高低差があることはよく知られています。しかし、失業はどの地域にも存在しています。したがって地域間の摩擦を取り除いたとしても、それは単に地域間の失業率をならす(平準化する)だけであり、全体として失業率を引き下げることはありえません。
 
 これに対して産業間の可動性を阻害している事情については若干厄介です。よく聴かれることですが、衰退産業から成長産業に労働力を移動させることが重要であるという見解があります。
 なるほどと思わせる意見です。
 そこで、もし産業間の労働力移動がうまくゆかなくて摩擦的失業が存在していると想定して問題を考えましょう。この場合、既にある産業に従事していた人々の失業(つまり移動を妨げる摩擦)が問題となっているのか、それとも新しい世代が新しい成長産業に従事できないこと(世代間摩擦)が問題となっているのか、区別する必要があります。しかし、いずれの場合も、一定の教育・訓練が必要となることは言うまでもありません。
 当たり前のことですが、教育は政府の重要な仕事です。したがってミスマッチがあるから、摩擦を減らして可動性を高めればよいというだけでは解決になりません。しばしばミスマッチという言葉には、成長産業に移動しようとしない労働者の責任であるという語感があり、政府や行政の言い訳のような感じもありますが、そのように感じるのは私だけでしょうか?

 もっと重要なことは、摩擦的失業がどの程度存在するのかという点です。私の意見では
ーー著名で優れたイギリスの経済学者だったジョウン・ロビンソンもそのように断定しましたがーー摩擦的失業は失業の主要な要因ではまったくありません。
 もし摩擦的失業が失業の多くを説明するというのであれば、例えば1980〜83年のイギリスの失業率の急上昇や同じ時期の米国の失業率の急上昇(ともに10%以上)の年に突然摩擦的失業が発生しはじめたということになります。もちろん、最近の(2008年末〜2009年の)欧米諸国における失業者の激しい増加についてもそうです。しかし、そのような主張は絵空事に過ぎません。例えば1980年代の高失業は、サッチャーのマネタリズム政策(デフレ政策)やボルカー・レーガンの金融引締政策(デフレ政策)の結果であり、2008年末以降の高失業は、グローバル金融危機の結果です。そのことはちょっと経済学をかじったばかりの学生にもわかります。これらの時期には、有効需要=生産量が縮小する一方で、労働生産性は(幾分低下したとしても)生産量の低下ほどには低下しませんでした。

 「摩擦的失業」がそれほど大きな要因ではないのに、「雇用ミスマッチ」という言葉でそれをきわめて大きく見せたり、かといって教育・訓練に力を注ぐわけでもなく、移動を妨げる諸要因を明らかにして具体的・抜本的に対応しようとしないのは、政府(行政・政策担当者)の怠慢ではないでしょうか? 教育・訓練と称してパソコンの初歩を教える位では、「ミスマッチ」を防ぐことができるはずがありません。また失業の本当の理由から眼をそらし、「言い訳」にしているとしか言いようがありません。
 

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