2015年11月27日金曜日

インフレの理論とデフレの理論 2

 インフレーションという現象が費用=所得と関係しており、また所得分配をめぐる紛争に関係しているならば、デフレーション(デフレ)のほうはどうであろうか?
 もちろん、デフレも所得分配をめぐる紛争に関係していることを示す事実(facts)および証拠(evidence)は存在する。ただし、インフレが所得を増やそうとする各経済主体の行動に直接関係しており、比較的簡単に説明しやすいのに対して、デフレの場合は若干複雑である。
 ここでは簡単のために外国を捨象した閉鎖経済(closed economy)を仮定する。また以下の説明は素描であり、さらに詳しい説明が必要となるだろう。
 まず出発点として確認しなければならないのは、価格設定(pricing, price setting)を行なうのが消費を生産・販売する企業であることである。

 この問題を考えるとき出発点となるのは、価格設定に関するこれまでの主要な企業調査が示すように、企業は「マークアップ方式という「目の子算」によって価格を設定するか、あるいは同業他社、とりわけプライス・リーダーの役割を果たしている大企業の価格を参考にしているという事実である。このようなプライス・リーダーは、基本的にマークアップ方式により価格設定を行なっている。ここで、マークアップ方式とは、ラフに言えば、所与の生産設備の下で期待される需要量=生産量の下で、どれだけの費用が必要かを大まかに(目の子算的に)計算し、製品単位あたりの費用を計算し、次にそれに共通費や利潤を実現するための一定の比率(マークアップ率)を乗じて価格(単価)を導く方法である。
 ところで、通常、企業はこうして得られた価格を変えることを欲しない。何故ならば、1)もしより多くの利潤シェアーを期待して価格を引き上げたとき、ライバル社(競争相手)が価格を据え置けば、自社製品に対する需要が減少するおそれがある。経済理論では、しばしば価格の弾力性が説かれているが、企業者は、一定の価格引き上げによってどれほどの需要減少があるかをあらかじめ(ex ante)知ることができない。2)他方、価格を引き下げてライバル社から需要を奪おうとしても、ライバル社もまた対抗して価格を引き下げるかもしれない。ライバル社がどのように行動するかも事前に正確に知ることはできないが、いずれによせ、重要な点は、両者とも利潤を減らすこと(共倒れ)に終わる危険性が高いことである。この二つの危惧は、近年(1990年代)では、米国の経済学者 A. S. Blinder を中心とする経済学者の企業調査によっても確認されている。また欧州でも類似の調査が行なわれている。
 ただし、これはあくまでも一般論であり、経済がブームにあるか、あるいはスランプであるとしても、それほどひどくない場合には、企業の価格設定は、近年のようにマイルドな物価上昇(上記の1のケース)を生みやすい。所得分配をめぐる紛争は、所得を増やそうとする直接的手段としての物価引き上げをもたらしやすいのである。しかしながら、1997年以降の日本のような(そしてつい現今の欧米諸国のような)かなり深刻なスランプの場合には、上記の2のケースが生じうる。もっとも、その際には、企業は単純にマークアップ率(利潤のための率)を引き下げることによって販売価格を引き下げるのではなく、賃金圧縮をはかる可能性が高い。
 実際、2000年に日銀が実施した日本企業の価格設定行動に関する調査では、賃金圧縮を前提とした価格引き下げが行なわれたことが明らかにされている。また企業も(日銀の調査報告書も)価格引き下げが決して好ましくないことを認めている。
 ここであえて詳しく説明するまでもなく、1997年頃から目に見える形で始まった賃金圧縮がまずは非正規雇用の拡大という形で実現されたことは様々な統計から明らかである。このことは、日本社会に様々な軋轢をもたらした。
 ともあれ、こうした事実は、「デフレ」がまさに所得分配に関する紛争(コンフリクト)に関係していることを示している。

 だが、こうした個別企業の経済行動が社会全体で期待された結果をもたらすか否かは別の問題である。むしろ、実際には、賃金圧縮は社会全体の賃金所得を圧縮し、その結果、購買力・有効需要が減少する傾向を導く可能性が高い。いわゆる世に言う「賃金デフレ」である。

 最後にもう一言。以上のように「インフレ」と「デフレ」の背後に所得分配の問題が存在するとしたならば、それに影響を与えないような政策には意味がないことになる。「異次元の金融緩和」に効果がないことが明らかになった今、安倍政権(と、その経済顧問)および黒田氏は、企業家団体に直接政治的圧力をかけている。しかし、私には、そのような国家主義的方策が実を結ぶようには到底思えない。

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