2016年6月26日日曜日

連合王国(イギリス)のEU離脱を考える(1)

 昨年の11月にブログを更新してからあっという間に半年あまりが過ぎてしまった。
 この間、退職と移転を前に身のまわりを整理したり、引っ越しをしたり、体調をくずしたり、退職後にちょっとした国内旅行をしたり、しているうちに、(数えるとちょうど)7か月が過ぎている。

 さて、先日はイギリスのEU残留・離脱を問う国民投票があり、また国内では7月10日の選挙をまじかにひかえ、マスコミも様々な視角から取り上げているので、私も、経済および経済学を研究しているものとして、それらについて若干の雑感じみたものを書いてみることとする。

 まずは、イギリスのEU離脱について。
 これについて、私の気持ちはアンビバレントである。一面で、イギリスがEUから離脱することは、いうまでもなく「一つのヨーロッパ」(one Europe, eine Europa)の理念からすれば、後退であろう。残念という気持ちがなくはない。しかし、他面では、それでよかったのではないかとも思う。残念ながら、日本のマスコミ(というよりテレビ報道)では、ほとんどまったく取り上げられていないが、現代のEUには様々な問題が存在する。あるドイツの経済学者の述べるように、「一つのヨーロッパ」などもともと存在せず、実際には、ばらばらに分断された国々があり、そして各国内には分断された人々がいるというべきであろう。欧州統合が先に進むためには、それらの問題を解決することが前提条件である。
 というと、人々(特にヨーロッパの状況にそれほど詳しいわけではないが、ヨーロッパ旅行をしたことのある日本人など)の中には、EU内では国境が存在せず、ヒト・モノ・カネの移動が自由なのではないか、と考える人も多いかもしれない。確かに、その通りである。しかし、ヒト・モノ・カネの移動が自由ということは、決して人々が協働・連帯し、それに満足しているということではない。

 よりわかりやすく説明するために、より具体的に述べるべきかもしれない。
 これはイギリスのケンブリッジ大学で教えている韓国出身の経済学者(ハジュン・チャン氏)のあげている例だが、イギリスのタクシー運転手とエジプトのタクシー運転手の所得は著しくことなる。前者は後者より一けた多くを稼いでいるだろう。その理由は何か? 決してイギリスの運転手の労働生産性が高いからではない。むしろ逆でさえありうるだろう。つまりエジプトの運転手の方がより多くの客を、より長距離運んでいるかもしれない。格差の本当の理由は2つある。一つは、イギリスの製造業の労働生産性が著しく高いからであり、多くのサービス業従事者がその恩恵を受けているからである。もう一つの理由は言語や文化、国境の存在が人の自由な移動を妨げており、そのためエジプトの運転手は所得の高いイギリスに容易には移住できないからである。もちろん、このことはイギリスのタクシー運転手に限らない。開発途上国のサービス産業従事者は、国境(ヒト・モノ・カネの自由移動を制限する壁)によって所得の上昇を阻止されており、逆に先進国の側の人々は開発途上国並みの所得水準に低下することを阻止されている。先進国のサービス産業従事者は、ヒトの移動を制限する国境によって所得低下をまぬがれているのである。
 さて、EUの内部には、イギリス・エジプトほどではないとしても、西側・北側の相対的に高所得の国・地域と東側・南側の相対的に低所得の国がある。この内部で労働力の移動が自由となった場合、何が生じるか(あるいは何が生じていると人々が考えるか)は、ほぼ自明である。そして、もし人が、低所得地域出身の労働者によって職と所得を侵されていると考えた場合、どのような態度をとるだろうか?

 確かに、この場合、マクロ的に考えると、人口が増えるのだから、社会全体の総所得・総生産(GDPなど)が増え、購買力(有効需要)も拡大し、景気がよくなると考えることもできなくはない。しかし、ここで次の問題が生じる。
 その一つは所得分配の問題である。本格的に経済学をかじった人なら必ず学ぶはずだが(もっとも米国流の主流派経済学では、なぜか教えない)、簡単に言うと、人びとの所得Yは賃金Wと利潤Rに分かれる(Y=W+R)。賃金は、普通の労働者が稼ぐ所得であり、利潤は会社(内部留保)、株主(配当)、経営陣(役員報酬)などの受け取る所得である。問題は、近年、どの国でも賃金が抑制され、その分、利潤が増える傾向にあることである。端的に言えば、99パーセントの人々(賃金所得者)の所得が抑制され、1パーセントの富裕層が大幅に増加している。
 なぜか? 端的に言えば、この理由は利潤所得取得者の力が相対的に強くなったためというしかない。しばしば市場経済優先主義者は、多数の競争者からなる「自由市場」が公正に資源配分・所得配分を決めるという。アメリカで主流派の経済学を学んで帰った日本の経済学者もそのようなお題目を唱える。しかし、偉大な経済学者が明らかにしたように、実際にはそうではない。現実に存在するのは、何万人、何十万人もの従業員を雇用する巨大企業(big business)であり、その株主とトップ経営者が巨大な権力を持っている。これがガルブレイスの明らかにした「現代の産業国家」というものである。
 たしかにヨーロッパ諸国が米国と異なって手厚い社会保障制度を有することは事実である。アングロサクソン系の自由市場経済(英米など)と大陸ヨーロッパの社会的経済が対比的に論じられる所以である。だが、このことは、私がすぐ上で述べたことと矛盾しない(専門の経済学者の中にも、この点を誤解している人がいるので、この点は特に強調したい)。イギリスでもフランスでもドイツでも(!)、利潤を優遇した賃金抑制は近年のはっきりした傾向である。1990年代以降のEU経済を見る場合、この点を無視して通ることはできない。1997年以降の日本では、平均賃金の下落(主に非正規雇用者の増加による)を経験してきているので、この点は容易に実感できるだろう。

 実は、第二の問題もこの点に関連していると考えられる。しかし、この点については日を改めて触れることとしたい。 (続く)

 

 
 
 

 

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