2013年1月4日金曜日

需要と供給による価格決定説の誤謬

 需要と供給による価格決定説を知らない人はいないと思います。私も高校生の時、政治経済の教科書で知りました。ただし、その時に違和感を覚えたのを鮮明に記憶しています。<なるほど価格が変化すると、需要量や供給量は変わるかもしれないが、そんなもので価格水準が決まるわけがない。もっと生産面における別の諸要因があるだろう>といった感じです。
 大学で初めて経済学を学んでから、この違和感が正しかったと確信するようになりました。宮崎義一先生や岸本重陳先生に教えを受けることができたことを今でもありがたく感じています。
 そもそもSS曲線(供給曲線)にせよDD曲線(需要曲線)にせよ、人間の頭脳が考えだした仮想空間上の概念であり、それを計測した人はただの一人もいません。これが経験科学を自称していながら、経済学が物理学と異なる最も重要な点の一つです。
 それでは、新古典派の理論では、何故供給曲線は右上がりで、需要曲線は右下がりなのか? それは市場均衡理論を導く上で都合がよいからという、ただそれだけの理由からに他なりません。
 もちろん、新古典派の経済学者は自分たちの理論を正当化するために様々な事を言います。私が知っている限りでも、次のような言説があります。
 ・これが成立しないと経済学は物理学のような「科学」になりえない。
 ・これが成立しないと市場経済を存立させる根拠が明らかにならない。
 ・個々の市場(商品)について需要曲線や供給曲線が計測できず、具体的に描けなくても、理論(思想?)自体は成立する。
 ・需要曲線にも供給曲線にも理論的根拠(収穫逓減、限界効用逓増など)がある。 
 
 このうち最初と2番目、3番目については、経験科学の成立要件を自ら否定する言説であるとだけ言っておきます。
 最後の点ですが、それも現在までに行なわれた何回もの企業調査等の調査・研究によって否定されています。ここでは、限界効用(またはその前提となる効用)については、それを計測した人が一人もいないことを指摘するにとどめ、収穫逓減についてのみ触れておきます。
 収穫逓減というのは、企業が産出量を徐々に増やしてゆくとき、投入量が増えてゆきますが、その際、最後の一単位(労働力や原材料など)の投入によって生み出される産出量(限界産出量)がしだいに低下してゆくことを意味しています。これは、逆に言うと、最後の一単位の産出量を生み出すのに必要な限界投入量(限界費用)が増加すること(費用逓増)を意味します。もしこの収穫逓減(費用逓増)の「法則」が成立すれば、確かに供給曲線は右上がりになるといってもよいでしょう。
 しかしながら、新古典派の経済学者にとって残念なことに、1920年代のオックスフォード大学調査、1950年代の米国の調査(Gathlie et al)、1990年代の米国の調査(S.Blinder et al)などきちんとした大規模な企業調査はすべて、収穫逓減を否定し、むしろ収穫一定か収穫逓増が成り立つことを明らかにしています。1950年代の米国の調査時のことですが、ある経営者は、収穫逓減の当否に関する質問を受けたとき、「正気の経済学者」の中にそのような馬鹿げたことを考える人がいることに驚いたといいます。
 賢明な人であれば、収穫逓増が成立することは、ちょっと考えれば分かるはずです。例えば企業がコマーシャルを行なうのは、ちょっとでも販売量=産出量を拡大し、収益を増やそうとするからです。ところが、もし限界費用が増えていくならば、企業はどこかでこれ以上生産・販売すると損失が生まれるという限界点に達するはずです。でも、皆さんの中には、そのような限界点が存在するという話を耳にしたことのある人はいないはずです。企業は、自社製品に対する需要があれば、生産能力の限界点まで生産を行なうでしょう。昨日のテレビ番組(秘密の県民ショー)でも、茄子とキャベツを使った食べものに関するお話がありましたが、企業は生産能力の限界点まで生産するのが普通の姿なのです。
 それはさて、収穫一定や収穫逓増が成立すれば、右上がりの供給曲線の根拠は失われます。ですから、新古典派の経済学者は、これまでの企業調査については黙りを決め込みました。まったく無視するのです。しかし、彼らはまわりの様子をうかがいながら、追求される危険性がないと判断するや、彼らの需要・供給による価格決定論をこっそり持ち出します。そして、追求されるや、黙りを決め込む、・・・。
 ともかく、われわれとしては、現実の経済社会のありかたに即して、収穫一定や収穫逓増を前提に物事を考えることにしましょう。この場合には、需要・供給によって価格と産出量が同時に決定されるという単純な市場均衡論的理論は成立しません。そこでは「複雑系」の理論が求められることになります。次回はこれについて説明することにします。


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