2015年7月31日金曜日

ジェームス・ガルブレイス『プレデター国家』(2008年) 2

 『新しい産業国家』(1967年)が書かれた時と『プレデター国家』(2008年)の書かれた時の間に何があったのか?

 簡単に言えば、『新しい産業国家』は、産業の指導者+テクノクラートからなる企業組織を念頭において書かれている。
 そこで描かれているのは、モノの生産のために企業が如何に組織されているか、であり、その中心となっているのが、生産のための工学的な知識を持つテクノクラートによる巨大企業の統治である。
 これはまさに「資本主義の黄金時代」、しかも米国が資本主義世界に覇権をとなえていた時代の認識である。しかも、冷戦の最中ではあったが、ソ連は凋落しつつあった。フルシチョフの「改革」はソ連の計画経済を立て直すことができず、この後、ブレジネフの時代=「停滞の時代」(period zastoya)を迎える。

 しかし、この米国の絶頂期も終わりを迎えた。
 一つの理由は、日本とドイツの台頭である。冷戦体制の中で米国は西側の一員として日独の経済発展を後押ししてきた。しかし、それは結果的には米国の(相対的な)凋落を促進する。

 さらに1979年に始められたヴォルカーとレーガンの「マネタリズム」と「新自由主義政策」が米国経済を破滅させる。これはもちろんヴォルカーとレーガンの本意ではなかっただろう。しかし、結果的には凋落は加速化した。2つの経路で、・・・
 1)まず1979年から始まるFRBの引き締め=超高金利政策が米国企業を破滅に追いやった。たしかにハイ・インフレーションは進行していた。1980年のインフレ率は14%だった。しかし、20%を超える超高金利(実質金利6%!)が米国企業を直撃しないわけがない。そもそもこの高金利政策は、貨幣供給を抑制することによってインフレーションを沈静化するだけであり、実態経済(企業活動)を傷めないという「ミルトンおじさん」(ミルトン・フリードマン)のお墨付きの下に始められたことに注意しよう。しかし、残念ながらそうではなかった。マネタリズムの実験は、大失敗に終わったのだ。
 2)その上、高金利は、米国への資本移動を促し、ドル高、しかも一挙に外貨(マルクや円)に対して60%も通貨価値を引き上げるという結果をもたらした。これがすでに凋落させられていた米国経済をいっそう破滅の瀬戸際に追い込んだことは言うまでもない。
 米国は巨額の貿易収支の赤字国に転落し、滔々たるドイツ製品と日本製品の流入の前に米国の2大産業(鉄鋼と自動車)はリストラを余儀なくされた。

 もちろん、これが政策の失敗であることは言うまでもない。しかし、それを「自分の誤りでした」というFRB議長でも、大統領でもない。彼らは別のシナリオをもって日本やドイツを非難しはじめた。これが貿易摩擦問題である。(ここでは、本来の筋からそれるので、この点については、ここまでにしておこう。)
 ここで一言補足しておこう。これらすべてが「自由市場」の復活をスローガンとして掲げて行なわれたことを、当時のことを知っている人は覚えているだろう。「自由市場」、これは「小さい政府」、「規制撤廃」、「民営化」を一言で言い換えたものである。

 さて、「自由市場」のスローガンは置いておき、政策の帰結にもどろう。
 「コーポレート危機」(corporate crisis)。これが1980年代の米国で生じたことを一言で表現する言葉である。
 
 問題は、これによって、あるいはこれ以後、米国の巨大会社がどのように変質したか?である。
 一言でいえば、現在までに、きわめて少数のプレデター(捕食者)たちが会社を乗っ取り、政府(国家)を乗っ取ったというのが、ジェームス・ガルブレイスの結論である。このプレデターたちとは、どのような階層なのか? それはこれから詳しく紹介することとしよう。

 さて、本書のサブタイトルは「保守派はどのように自由市場を捨てたのか、またなぜリベラル派もそうするべきか」となっているが、このことにも注意しなければならない。

 しばしば「訓練を受けた保守派」は今でも「自由市場」を語り、「改革」「構造改革」を語っている。しかし、実際には、「プレデター国家」における保守派は「自由市場」をとうの昔に捨て去っている。
 
 つまり、現代のリベラル派=民主派は、一方では「自由市場」を賛美する保守派に対抗し、他方では国家を乗っ取っている保守派に対抗しなければならない。これがガルブレイスの根本的なメッセージである。

 ついでに、スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)の書評中の言葉も載せておこう。

 「(本書は)リベラル派(および他の誰であれ)の心に長年かけられてきた呪文をいかに解くかを示している。」

 この呪文とは、もちろん「自由市場」という言葉である。保守派は「自由市場」という言葉を(訓練を受けた保守派に)使わせながら、一方では、国家(政府)から利益を受けている。
 
 それでは、その実態とは如何なるものか? (続く)
 

0 件のコメント:

コメントを投稿