2015年7月6日月曜日

藻谷浩介『金融緩和の罠』の所説とケインズ・ハロッドの議論 2

 2回目です。

 ここまでの説明で、有効需要が如何に重要であるか、また日本経済が有効需要の不足から如何に深刻な病にかかっているかが、よく分かるはずです。くりかえすと、1997年頃をピークに日本の生産年齢人口が低下しはじめ、その時に賃金率(実質と貨幣の両方)が低下し、賃金からの消費支出が激減してきたという現実をわすれてはなりません。。(これは以前述べたことの繰り返しになりますので、統計は省略します。)

 この現実に対して、投資率、特に純投資率が低下したことを理由に、生産性の停滞を日本経済の低迷の根本理由と考える人がいます。確かに純投資率(I/Y)が低下していることは否定できません。しかし、そもそも企業が投資を行なうのは、特に消費財を生産する企業が投資を行なうのは、将来消費需要が拡大するという予測(期待)が成立するときであり、結局、その判断基準は現在の消費需要の状態です。もし期待が楽観的ならば、資本財に対する需要(純投資需要)が生じ、資本財の需要に対する将来の期待も拡大することでしょう。したがって、やはり(もし成長が必要ならば)成長にとって最も大切なのは消費需要ということになります。(日本の現在の粗投資と内部資金の状態については、前のブログで説明しました。)

 さて、前置きはこの辺にとどめ、ハロッドの説明に入ります。
 前回の1)で説明した式から出発します。
 いま、一国の全企業がある水準の成長率を達成したいと考え、そのために人々(個人や企業)がある水準の貯蓄率(貯蓄性向)を社会全体で維持したいと考える、と想定します。またこの時、成長した生産能力を適正に利用することができる(それに対応する有効需要が生じる)という想定をします。
 するとそれに対応した(企業等にとって好ましい)成長率が存在することになりますが、その成長率をGwで示し、「保証成長率」と呼びます。またその時の貯蓄性向をsdという記号で示します。さらに生産能力の増加と純投資の関係ですが、それは、技術水準が同じため、一定であると仮定して、今度はCの代わりに Cr という記号で示します。この仮定は、生産能力の成長が有効需要の成長に対応しているため、資本装備をフルに稼働して生産した商品がすべて売れることも意味しています。
 つまり、  Gw=ΔY*/Y*=sd/Cr
    何故ならば、 sd=Sd/Y*   ΔY*=I/Cr  また、ΔY*=ΔY またY*=Y
 
 繰り返しますが、これは人々(企業など)の実現したいと望む成長率と、その条件を示すものです。
 もし成長軌道がこの線にそって行なわれれば、貯蓄Sdは、投資Iにまわされ、生産能力を期待通りに成長させることになり、しかも定義上、生産された商品は市場ですべて売却されます。(つまり、ΔY=ΔY*、Y=Y*)
 前回の例では、2%がその成長率でした。

 しかし、現実にはこの保証成長率が必ず実現されるという保証はどこにもありません。
 理論上の可能性としては、現実の成長率GがGwに等しいことも、Gwを超えることも、Gwを下回ることもありえる、というのがハロッドの主張です。
   G=ΔY/Y
   G>Gw G=Gw またはG<Gw

 ここで、有効需要の成長に応じる現実の成長率を G 、その時の実際の貯蓄率をs、実際の資本係数 C (ただし、ΔY=I/C)とすると、 G=s/C となります。
 念を入れておきますが、現実の成長率ですから、実際、これらの値は、現実の有効需要(Y=C+I、ΔY=ΔC+ΔI、s=S/Y 、C=I/ΔY)に応じて変化します。

 このとき3つの可能性があります。
 1)もしG=Gwならば、経済社会の実際の変化が企業の望む通りになったことを意味します。
 2)G>Gw またはG<Gw の場合はどうでしょうか?
 ・ここでは、まずG<Gw の場合を考えます。
 このとき、(s/C)<(sd<Cr)ですから、次の2つのいずれか、または両方が生じることになります。
      s<sd and/or C>Cr  σ<σr
 これらは、①実現された貯蓄が期待された貯蓄に比べて小さい(s<sd)か、あるいは②有効需要が小さいために生産能力が過剰となっていること(C<Cr)を示しています。これはいずれも景気を悪化させる方向に作用することになります。①の場合、より貯蓄を増やそうとして、消費を縮小しようとする動きが生じるでしょう。②の場合、設備が過剰ですから、企業は設備投資額をいっそう減らすでしょう。
 つまり、G<Gwがいったん生じると、その傾向(GがGwよりさらに低下する傾向)が強くなると結論することができます。
 ・G>Gwの場合。これは上と逆ですので、省略します。
 
 ハロッドのこの主張は、「不安定性原理」と呼ばれています。実は、この動学理論が公表されたとき、このような不安定性を「ナイフエッジ」と呼ぶ人が現れ、少しでもGがGwをそれると、経済が急速に好況に向かうか、不況に向かうか、きわめて不安定であるとハロッドが主張しているという人々があらわれました。
 しかし、ハロッドはそれが極端であるとし、「ナイフエッジ」という表現を嫌いました。彼の比喩では、「ひっくり返したサラダボーブ」のイメージですが、まあ比喩ですから、それでいいと思います。
 ここでいくつかの問題が出てきます。その一つは、不況や好況が進んだとき、それを反転させる力は生じないのか、という問題です。しかし、この点はここではスルーしておきましょう。

 さて、ここでの問題は、ハロッドの場合、人口が減少したときに何が生じるか、です。
 結論的に言うと、ハロッドの場合は、自然成長率Gnという概念が重要になってきます。つまり、人口が減少すると自然成長率は低下し、現実の成長率もずっと自然成長率を超えることはできないので、定義上Gwより低くなるといったことが生じます。
 つまり、Gw>Gn=>G となりますが、したがって上の「不安定性原理」により、場合によっては景気が悪化しかねません。
 次回は、この点をもう少し詳しく検討し、それに対応するにはどうすべきかも検討することにします。(この項目、続く)

0 件のコメント:

コメントを投稿