2019年3月4日月曜日

日本の機会 ソースティン・ヴェブレン

偉大なる米国の経済学者、T・ヴェブレン

  この二年ほどアメリカの制度派経済学者の創設者、T・ヴェブレンの大著『近時における不在所有 アメリカの事例』と『帝政ドイツの産業革命』の翻訳をすすめてきた。
 日本では、ヴェブレンというと『有閑階級の理論』があまりにも有名であり、これまでに小原敬士訳をはじめいくつかの邦訳が出版されている。しかし、ヴェブレンには、その他の多数の著作があり、わが国では『(営利)企業の理論』(小原敬士訳)が戦後になってから出版され、またより古くは『特権階級論』(猪俣津南雄訳、新光社、大正14年)も出版されている。近年他の著作もわずかではあるが翻訳・出版されてきている。
 ヴェブレンは、アメリカの伝説的な経済学者、ジョン・ケネス・ガルブレイスの師としても知られている。だが、J・ガルブレイスの著作が広く邦訳されており、よく知られているのに対して、ヴェブレン本人は専門の経済学者を除いてあまり広く紹介されているとは言えないのが現状である。しかし、ガルブレイスは、ジョン・M・ケインズとかK・マルクスのよき理解者であったのと同時に、制度派の影響を強く受けており、ガルブレイス氏の経済学は制度派の影響なしにはありえなかったであろう。そのことは、例えば『不確実性の時代』一つとっても明らかである。
 さて、ヴェブレンの著作があまり広まっていない理由の少なくとも一つは、その文章の難解さ、あるいはむしろ読みづらさにあるように見える。決して平易に書かれているとは言えない彼の英語の文章を読みやすい日本語に変えるのは簡単な作業ではない。決してきわめて長い文章というわけではないが、しばしば一つの語句にある含意を理解するのは容易なことではない。
 しかしながら、ヴェブレンの著書・論文には、近現代の資本主義経済、そこに住む人々の行動様式、思考方法を深く理解するためのヒント、論点が多くちりばめられており、彼の住んだ米国に限らず、資本主義経済の地域に住む人々にとって自分たちを支配している資本主義(capitalism)の本質、特徴を知るためにヴェブレンを知ることはきわめて有益と、私は確信している。
 『近時における不在所有 アメリカの事例』と『帝政ドイツの産業革命』は、現在、粗役を終え、readable な日本語にするべく努力中であるが、その途中で、ヴェブレンには、日本やロシアなど諸外国に関する論文があることを知り、それらがきわめて多くの有益な論点を提示していることを知った。
 ここに訳出するのは、「日本の機会」という論文であり、The Journal of Race Development, Vol. VI, July 1915 に掲載されたものである。
 いまから約100年ほど前、第一次世界大戦中に書かれたこの論文は、明治維新(王政復古)から百年ほどを経た現在、日本の過去の歴史を振り返るときに、考えるべきいくつかの論点を提示しているように思う。ここでヴェブレンが提示している主要な論点は、①アジアの一国である日本が欧米諸国の科学・技術を導入することに成功したのは何故か、という問題であり、また②「古い日本の精神」、「先入観」、「バイアス」と彼が呼ぶもの、つまり伝統的な制度、精神的態度を生み出す源泉と想定される心的・内的態度が一面では近代化を支えるとともに、時間の経過とともに必然的に変化してゆくに違いないという想定である。
 この二つの主題の行間で、ヴェブレンは、例えば天皇制国家のしくみをさりげなく論じているが、これらのことを通じて尋常の経済学者ではないことを存分に示しているように、私には思われる。それは、単に明治維新やその後の近代日本、その国家体制を美化するだけの、いわゆる「薩長史観」とは本質的に異なっている。
 本訳文は、通読して少々ブラッシュ・アップしたとはいえ、いまだに粗い訳文の域を抜け出していないが、この点は少しずつ改訂してゆくつもりである。 
 


日本の機会(ソースティン・ヴェブレン、1915年)

 ここで「日本の機会」というとき意図しているのは、日本国家にとっての拡大の展望というよりは、むしろ日本人にとっての将来の利益の展望である。他の多くの事例と同じく、この場合にも、国民の利益は、感情の点を除くと、国家の利益とあまり一致していないというのが正しい。自分たちの指導者に対する忠誠心を吹き込まれている近代国民にとっては――日本人の場合もまったくそうであるが――、彼らの主人の王朝的野心が必然的に崇拝対象であり、支配者の得るどんな政治的成功ももちろん満足の源となる。また政府の達成する政治的獲得物に国民がそのように付け加える感情的価値がこれらの政治的成功を国民全体にとっての本質的利益として語ることを許すのに十分な大きい事柄として評価できるかどうかは、かなり公然の疑問として残されているといってもよい。こうした政治的拡大の策略から普通人に生じると想定されるもっと大きい利益――例えば物質的利益のようなもの――について語ることは、もちろん愛国主義的な熱弁の中で行われるのを除けば、問題外である。そのような愛国主義的拡大の費用は、もちろん国民全体にかかる。また等しく同様に――愛国主義的な熱弁を除けば――、これらの政治的成功から生まれるような利益は、等しく同様に、直接に統治者階級の人員に生じ、またそれとならんで近代的な条件の下では、国民的企業の遂行に必要となり、「国旗に従う」と言われている商業によって利益を得る立場にある企業者的ビジネスマンの一定の定員にかかる。これは必然的に、当該国の政府が――例えば大公下の旧体制、またはここでもやはりヴィルヘルム二世統治下のドイツの帝政体制のような――中世的および近代初期のヨーロッパに実例を求めることのできる絶対主義的な無責任的支配の性格を帯びるほど、無条件にあてはまる。またそれは日本に著しくあてはまる。そこでは、おそらくトルコを除き、第一級のどんなヨーロッパ列強国よりも確実に絶対主義的な無責任体制が確立している。日本の政府、すなわち「国家」にとって、国とその国民は、国家目的のために営まれ搾取されるべき財産である。それはミカド(天皇)政府の名声のために、というにほぼ等しい。
 それゆえ物質的な点では、国民全体と統治者階級との利害の分裂は、とりわけうまく隠されており、よく維持されている。実際、それは従属的土台の上に組織されているあらゆる社会の奴隷と主人との間に成立する流儀に沿う分裂である。そこで国民全体、普通人は、政府機関の取る方策に、または憲法の下で題目的に設置されてきた貴族と大地主からなる諮問会議たる「議会」の審議にさえ、相応に参加しておらず、大きい関心もいだいていない。事実上、国民全体が政府の所有物であり、王朝政治の抜け目のない(shrewd)経済が最もよく要求するように飼育され訓練されることになる。このことは、もちろん普通そのような素朴な言葉では語られないとしても、すべてよく知られている。明治維新、すなわち「王政復古」によって確立した政府は、ある種および派閥の(ある程度まで官僚的起源の)貴族から構成され、失職したサムライ(侍)とは貴族的な忠節または本質的に寄生的な家計の精神というよりも日々の生業の点で、異なる大地主層の忠実な支援によって支えられている。本質的な責任の点でも、またその本質的な力の点でも、ミカドの名前でビジネスをしている現在の官僚組織は、それが滅ぼした将軍権力とは明らかにかなり異なっている。いまや天皇は、幕の裏に退いているのではなく前面に出ており、官僚制的独裁者の取る方策への表向きに関与しているように取り繕う急ごしらえの多くの儀式的なほこりが存在する。そのすべてが疑いなく上手な管理である。皇室の権力は、――内閣の権力と一致していると解釈される場合を除き――1868年以前に初期の制度の下にあったのとまったく同じ無為(faineantise)の性質を明らかに持っている。もちろん、この特徴づけは、この神的な支配者が魔術的にまたは超自然的に彼の公的な下僕および、さらに言うと、彼の臣民全体を教化したときに用いた道徳的な影響力のあの特有な巧妙に権威づけされた行使を問題にし、非難するつもりは少しもない。しかし、そのような魔術的な統御を別とすると、「不在者待遇」の型に沿っており、皇位の在職者が国事においてイニシアティヴ、選択、衝動、誘導、チェックを行なっているようには見えない。権力は、――敬虔によそわれた君主的なフィクションの仮面をかぶり――諮問権力を与えられた「議会」の諮問を得るが、同意を得ることがない、自己指名的で、自己権威主義的な貴族的内閣にある。
 この官僚制的な統制機関は、いまだに「古い日本の精神」を吹き込まれている。またそれはいまだに同じ封建的精神を吹き込まれている人々から力を引き出し、それに依存している。これまでのところ、「新しい日本」が古い日本と異なっているのは、その物質的な方法と手段、その技術的装備と情報の点におけるのみである。王政復古の中で有効となったその市民的および政治的制度の表面的な再編と改善は、封建制の精神的しるしを取り除くか、宮廷周辺の陰謀、国家の政策およびより大きい外交策略をいまだに導いている臣従的・貴族的バイアスを大きく弱めるに至っていない。
 日本国民の強みがあるのは、近代技術によって与えられる物質的な効率とともに、封建的忠誠と騎士的名誉の高度な精神とのこうした独自の結合にある。この点で――近代的な ――技術的方法と手段の使用を臣従的連帯という中世的精神と時代錯誤的に結び付けることができる点で――、日本政府の立場は、それが機能しているのに成功している著しい度合いという点を除くと、独特なものではない。ヨーロッパのいくつかの政府もそうであり、成功の程度は違っているが、普通人の臣従的な愛国心に頼りながら、また本質的に中世的な性格をもつ王朝的政治の目的のために、近代的な産業的技術の状態を同じように開発しようと努めている。しかし、この時代錯誤的な事業がうける成功の度合いの点で、これらのヨーロッパ列強は、相互に大きく異なりながらも、個別的にも集団的にも長期的にみて日本のパターンに及ばない。
 大きい、おそらく例外的な能力をもって、日本人は、西欧人の技術的知識と物質的科学の提供する産業的方法と手段を受け入れ、同化してきた。しかし、最も表面的な様相を除くと、これらの技術的手段と方法、および物質的科学の領域におけるこの事実洞察力への慣習化は、まだ国民の精神的みかけと感情的信念に影響を及ぼしていない。また事実の領域におけるこれらの借用された達成は、「人はパンのみにて生くるにあらず」ということを正しいこととする制度的組成、倫理的(感情的)価値および因習的行動原理の実際の仕様を作り上げているあの内的態度(imputation)の事柄を根本的に取り除いたり、再編してはいない。日本国民は、近代の、西欧の産業技術の状態の使用によって「パン」(彼らの魚と米)を得ることを学びつつあるが、いまだにそれらの原理の下で、また最近まで続いた彼らの中世的過去のいまや廃れかかった産業状態および経済組織から受け継いできた価値に対して平穏な見解を持ちながら、生活を送り、努力を重ねている。
 ある程度まで彼らの事例は、例えば中世主義から近代的な産業・科学システムへの同様な、しかし、それほど極端でもそれほど性急でもない脱け出る動きを最近行ってきたドイツ人の事例と平行している。また同様な類似する方法で、ドイツ人は、中世主義の臣従的・貴族的精神の多くを自分たちの官僚制的および無責任な現在の帝政に引き継ぎながら、新しく発見された技術的効率性が王朝政治の役に立つように変わることを許してきた。たしかに、ここでもまた、ドイツ人の側における高い達成の速度と比率は、日本人の壮大な範囲にひけをとっている。またついでながら、日本の官吏委員会が立憲的再編の点でも、また外交の過度に正道をはずした無責任な方法の点でも、ドイツの官僚制的帝国主義の事例から引き出したほど大きく引き出すことを理にかなっているとみたとき、それは盲目的な歴史的事件を超えるものであったにちがいない。
 もっと離れており、違う効果をもたらし、またそれでもその点でおそらくもっと示唆的な類似性は、イングランド人とその歴史の事例にみられるかもしれない。しかし、ここでは、類推はそれが提供する直接的な相似よりは対照のために価値があるかもしれない。その事例を長期にわたって考えると、日本人と同じくイングランド人は借用者、とりわけ技術的要素の借用者の国民だったことがわかるだろう。しかし、彼らの借用は比較できないほど長期の歴史にわたっており、その国民自身の文化的過去とのそれほど急激な断絶を決して包含しておらず、すでに以前からイングランド社会の支配していた産業技術の状態より明確に進んでいたわけではない技術水準を持つ隣人たちから普通に引き出していた。またイングランド人の技術的借用は、すべての借用された要素が、ほとんど国内育ちの技術システムに完全に同化されているだけでなく、そのような技術的借用が必ず文化的に帰結するものの対象的教訓を提供するほどに二次的で制度的な帰結をもたらしたことをすでに許すほどの遠い過去に事実上終わっていた。中世および近代初期の全体を通じて、イングランド人は、文化的に言うと、またとりわけ技術的な点では、常にまた累積的に、大陸の隣人たちの恩恵を受けていた。それは日本人が長い中世の経験を通じて文化的に中国と朝鮮の追随者および依存者だったことに似ている。しかし、イングランドの事例では、現在の日本の状況に対比してきわだった特徴がある。イングランド人は、出来事の経過が彼らをヨーロッパの産業的発展の主導的地位に投げ込むような時まで絶え間なく続いたので、彼らの借用はかなりゆったりしたペースで効果をあげたのであり、彼らの中の産業技術の状態の恒常的な変化がそれに付随して社会の思想習慣に影響を及ぼし、またそこで変化した産業技術の状態に応える制度的因習の状態をもたらすには、時間と機会がかかった。
 そこで、日本が大いなる能力と効果をもって西欧の産業技術の状態を受け入れたように、日本国民は、やがて急速に、西欧文化の欠点と質をなしている特有な思考習慣――西欧諸国民の中の技術的により進んだ成熟した国民の中のこの同じ産業技術の状態の原理によって生み出される精神的外観および行動と倫理的価値の原理――に陥ることになると想定されるだろう。善かれ悪しかれ、近代産業システムの、またそれに常につきまとう価格、営利企業および競争的な稼得と支出の経済制度の課す条件下の生活は、結局、中世主義の先入観とは両立できない。そのため、その国民が西欧的な科学と技術の状態を消化し、その精神的内容を同化するとすぐに、「古い日本の精神」は実質的に消えてなくなることになろう。その温和な伝統の混乱はそれでも新時代の縁で(最初は)引きずることになるが、王朝政治の事業にとって利用可能な資産として「古い日本の精神」は、お話の中の価値しか持ちえないことになる。疑いなく、若い日本の青年期の頭脳全体の中では、他の国ではel valor espanol(スペイン的価値)と呼ばれるような、また気ままの時折の開発を生み出すような何らかの野蛮の黄色い水蒸気が浮かびつづけるかもしれない。しかし、天皇の政治と死後の名声のために暗い欠乏と傲慢の中で生きる喜びは普通人にとっては失われることになる。

  したがって、世界の王朝政策に協調する恐ろしい強国としての天皇制日本の機会は、日本による西洋の産業技術状態の獲得と、その結果として生じた、産業支配と個人的自助の道にそって前から歩んでいた(キリスト教)諸国民の中に生み出されるあの物質主義的、商業的および浪費家的な正しく素直な生活という観念に歩調を合わせることとの間に介在する歴史的時期にあたる、と自信をもって期待することができる。
 「古い日本の精神」とは、制度的な問題(事象)である。すなわち、それはその人種に特有の生得的賦与物というよりはむしろ後天的な思考、伝統と訓練の習慣である。そのようなものとして、それは一時的と言わずとも移行的な性質を持ち、それを維持するためには、それを生み出す元となり、その一貫性の理由となっている日々の生活習慣の持続的維持に依存している。新しい環境のもたらす新しい原理と価値の成長に必然的に付随するようなそうした遅れを妨害しながら、国民が生活するために用いる物質的な方法と手段における根本的な変化は、他と同様にここでも、その結果生じる国民の――承認された権利と義務における――生活スキームの変化をもたらさずにはいない。過去の生活諸条件のもたらす理念、倫理的価値、原理(思考習慣)は、それらの力の元となっている習慣化の範囲が働かなくなるやいなや、異なった範囲の理念、価値、および原理にやがて席を譲らなければならない。他の類似の事例と同じように日本の事例でも、人々のロマン主義的な信仰は受け入れられた習慣スキームをこの国民に特有な生まれつきの、減じられない特殊な性格と考え、それゆえ、時代を通じて変更できず取り消せない国民的遺産である――「初めにそうであり、今もそうであり、将来もずっとそうである」等々――と考えるのが事実である。このロマン主義的な偏見は、もちろん、それ自体が変化する環境の強制下で行き来する思考習慣スキームの構成部分であるため、私たちを引き止める必要はない。
 日本国民は、この点で一般的規則の例外ではない。彼らの事例に関係する要素は、西洋諸国民の歴史の中で作用していたとみられた要素とまったく同じものであり、いま国民生活を条件づけるようになっている物質的環境の同じ原理に従っている。そこで、日本人は、人種的構成の点で、いまや彼らが方法と手段を借用しており、この借用した方法と手段の援けを得て突き進んでいる西洋諸国民とまったく同じ事例の中にある。
 もちろん、日本人とキリスト教諸国民の間に人種の同一性のようなものが存在すると主張しようとするつもりはなく、特別に近い親密な民族的関係性さえないであろう。しかし、よく知られた事実の種類が十分に有効に確信させるのは、日本国民が容易に同じ思考と合理化の方法に入り込んだこと、容易に科学と技術の理論的構築の同じ方法をものにしたこと、概念的価値と論理的帰結の同じスキームが西洋と同じように日本でも確信をもたらしていることである。彼らの知的展望はきわめて近く同じなので、同じ事実が同じ関連で同じ効果を確信させる。それは決して内包的な心理的同一性や類似性を意味するものではないが、日本人が技術と科学技術の問題において西洋の思考習慣にとりかかる際に用いる才能と効果とは、彼らの知的構成の点で彼らと西洋の仲間との平等性と均質性を十分に確信させるものである。
 この知的類似性または心理的均質性は、日本の事例を黒人、ポリネシア人、または東インド人のような西洋文化の保持者に人種的には疎遠な特定の他の諸民族にふりかかるものと対比すると、くっきりと浮かびあがるであろう。これらの他の諸民族は、西洋の技術システム――機械産業のシステム――にさらされてきたが、西洋の技術的装備の論理と効率性の効果的な理解には達せず、西欧の物質科学の推移とバイアスを獲得も同化もせず、厳しく強制されてさえ、西洋の機械効率と経済的統御を用いて実践的な実用的な調整のようなものをもたらすことができなかった。
 そして、ちょうど日本人が物質科学の領域で西洋の方法と価値のこうした容易な理解を示している時には、また情緒的な表情の点でも、日本および往時の西欧で広まっていた封建制の間の緊密な類似性が示すような緊密な類似性も存在する。とりわけ産業技術の点における類似の物的環境が二つの事例における緊密に類似する人間的性質の種類を想定させるような類似の制度的結果、そして平行する範囲の理念と倫理的価値をもたらしたように見える。

 もしそう呼んでよければ、生来の特徴におけるこの類似性は、人種の同一性によるものではなく、むしろ人種的構成の平行性によるものである。キリスト教世界の諸国民と同じく、またとりわけ北海の周辺にあり、西欧文化の拡散の中心地をなしている諸国民のグループと同じく、日本人は人種的に雑種人口である。その雑種的混交をつくりあげるいくつかの人種的要素は、もちろん、比較している二つの事例に同じではない。またおそらく人種的由来の点でほとんどまったく関係していない。しかし、これら二つの対比されている国民の両者とも同様に、(身体的な型の統一性の欠如の点でも、知的および精神的な天賦の能力の相対的に大きい多様性の点でも)雑種的民族に特徴的な諸個人の広範囲の(程度と種類の両方の)多様性を示しているこれらの雑種民族のこうした多様性は、相対的に混雑していない種族と、または人類全体の平均値とさえ対比するとき、いっそう明らかになる。実際、それは雑種性の目印として設定されてよい。それはそのような人口の文化的スキームに対する、とりわけその安定性に対する大きい帰結の要因である。というのは、どんな所与の社会内部の諸個人のそのような広範囲の多様性も、事実上、型の大きい利用可能な可変性を与え、またそこで新しい思想と新し行動基盤の広く容易な感受性を提供するからである。
 それが日本の状況を作り上げる人的資源の性格であり、ちょうど西欧文明の物質的および事実的な要素の準備のできた拠点と豊かな基盤が西欧文明の中にあるように、これらの侵入的な事実的概念はやがて、また敏速に、対応する組織からの帰属の事象――行動原理、信仰箇条、社会的因習、倫理的価値――の完成をもたらすことにおそらくなるであろう。近代科学と技術の非人格的および物質主義的なバイアスは、西欧諸国の中ではすでに、封建制的および独裁的な体制が必然的に依拠しなければならないと想定される価値を消し去るところにまで到達した。また同じ非人格的および物質的な心の枠組みが日本人に特徴的であるように見えるからには、彼らもまたやがてその精神的な、それゆえ制度的な帰結を経験することを予期するだろう。
 それゆえ、これまでのところ、また直接の将来については、日本は、その性質の欠点なしに近代的な科学と産業技術の状態を利用することができる。しかし、長期的には、その欠点は、その構造と同じくこのシステムから切り離すことができない。この欠点または難点がどれほどそのようなもの全体として評価されるかは、ここで論じる必要のない問題である。それらは大日本の帝国主義的な目的にとって弱点であり、それらがどれほどまたなぜ実現の過程にあるかを見ることは、またすでに始まっていることを見ることさえ、きわめて難しい問題ではない。これは、日本の経済的環境の中で進行している変化の特定の特徴を思い出せばすぐによりよく理解できるであろう。
 日本による西欧科学と技術の使用を有効に利用するためには、日本があらゆる本質的な点で西欧諸国民の与える主導権に従う必要がある。そのような経過は現実の環境によって規定されている。部分的には、近代的な産業技術の状態が特定の種類および程度の国民教育および使用されている物質的装備(機械的および人的)と過程の特定の非人格的、機械的組織および調整を内包するという点で。また部分的には、使用されている方法の完全な利点のようなことが、機械産業の範囲と方法を採用してきた他の諸国民と、商業的およびその他の点で、緊密なギブ&テイクの関係に入ること以外によっては持つことができないからである。その完全な範囲において、この産業システムは、必然的に国際的またはコスモポリタン的な性格のものであり、国際的な線より狭い線上でそれを運用しようとする試みは、そうしてしか日本の帝国主義的な必要または国民的な誇りを充足することのできる高度な効率性に到達しえないであろう。日本が西欧の商業諸国民の中に足場を得るには商業と商業的な産業によるしかない。またその産業と経済制度のこうした商業化のために、日本は、あらゆる本質的な点で、西欧諸国民の間ですでに力を得ているようなスキームを受け入れなければならない。しかし、そのような経過の意図せざる結果もまた生じざるをえない。
 例えば、内的であれ外的であれ、全能な運輸システムが本質的であり、この点で日本は、すでに高速道路の改善され拡大されたシステムはもちろん、蒸気船、鉄道、電報、電話、郵便事業および新聞を持っており、もう道をおおきくふみだしている。ここから、国民の孤立、分散が、またその結果(狭い)民族的精神はすでに消滅しはじめており、またそれに応じた彼らの遺伝的な地方的主人に対する排他性と従属的忠誠心も崩壊過程にあるということになる。封建的組織と忠誠の精神は、自給的な地方的単位の産業システム、および自給的な地方組織間への慣習と因習の分裂に依存している。
 繰り返しになるが、近代的な(西欧の)産業技術の状態は、その効率的な機能のために、労働者の間の相対的に高度な度合いのいわゆる「知性」を必要とする。――より正確には、それは特殊な種類の物質科学の内部における多量の相対的に正確な情報として語るべきである。これは、初期の産業システムの下でそのように必要とされていたものの限界を大幅に超えて拡大した一連の特殊な性質を持つ訓練を含み、また特に絶対的な必要物として印刷物の日常的な利用を含む。(ちなみに、日本国民に間の識字率は王政復古以降既存秩序の安定性にとってかなり危険な率で低下してきたことが指摘されよう。)この高い識字率が必要不可欠であり、この産業システムおよびこれらの機械的な線にもとづいて組織された生活の効果がこの種の情報を不可避的に拡大し拡散するのは、とりわけ機械的に組織された産業・商業システムの中で役立っている事実情報のためである。同時に、この産業システム下の生活ルーティンおよびその偏在的で厳しい通信システムの日々の訓練は、明らかに一方的に、事実を、特に物質主義的な態度、「古い日本の精神」が根拠を置いている宗教的な人的卓越性のあのわかりにくく、また推定上の真理にあまり合致しないような態度を教え込む方向に進む。例えば、そのような事実の情報およびそのような機械的な観念の拡散は、国家宗教を作り上げ、天皇の神的な家柄と宗教的美徳という日本人の信仰の基礎を提供するあの喜歌劇(opera bouffe)の神話に対するあらゆる本質的な信心を不可避的に消し去るように作用するに違いない。というのは、これらの老朽化した神道の要素は、近代産業の厳しい機械的原理の下では、キリスト教諸国民の間で因習的に信仰箇条として役立っているすり切れた信仰の残りかすよりずっと生命力がないからである。
 機械産業自体およびそれを生み出した先行する制度的状況によって西欧世界全体にもたらされた所与の条件下では、この産業技術の近代的な状態は、近代的な営利組織の援けを得て、あるいはそれに仲介されてのみ、国民的または王朝的野心の目的のために利用されうるにすぎない。他の統制または開発方法は役立たないが、それは他の統制方法は、日本国民の産業を最善の(金銭的な)効率性にもたらすのに商業的諸国民との調整と交通とが必要であるのに、その商業的諸国民の産業システムとつながらないからである。機械的過程の支配下にある諸国民の包括的社会の内部では、どんな程度の孤立も、無能力となる。それは相互に関連する過程のシステムであり、現実の調整と通信のメカニズムは、これらすべての社会が関与している商業的取引である。この商業企業は、全体的に見て、また産業の国際的調整の手段として考えるとき、無能力あるいは子供っぽく思えるかもしれないとしても、所与の条件のうちの主要なるものであるからには、所与の条件下における目的にとって唯一の不可欠な方法を提供する。
 産業システムを監督しているこの営利企業は、どんな種類の国民的、王朝的、または集団的な目的に対する有用性を直接に期待しても、関与してもいない。それは、金銭的利得の動機によって活性化し競争的な基盤にもとづいて持続させられる個人企業の問題である。それはどこに到達しようとも、人的関係および社会的基準の「商業化」をもたらし、金銭的な利益として語ることのできないような目的と価値の置換えを生じる。またそこで、それは金銭的支払能力をかつて家柄と人格の想像上のすばらしさによって占められてきた第一の配慮の位置におしあげる。
 そこで必然的に産業システムの監視を引きうるようになるこの金銭的企業は、――日本における産業革命の副次的な効果が兆点に達するにはまだ時間が足りないために――日本社会がまだ十全には経験したことのない、副次的だが本質的なある特定の結果をもたらす。これらの事の中で最も明らかなことは、または少なくとも最も容易に具体的に(物質的に)語り評価することのできることは、資本主義の「サボタージュ」と呼ぶことのできること――ライバル営利事業体の異なった目的による競争的な働き、および経営者にとっての物質的有用性というよりは純利益による産業過程の統御――である。この金銭的統御によって、近代的産業システムが確定する十分な時間のあったすべての国では、装備がその能力いっぱいに――しばしば長期にわたり、その能力の半分以下で――働くことは、あっても珍しいことなり、またその産物が財であれサービスであれ、種類・時間・場所・洗練さの点でそれらの奉仕可能な消費というよりも利益のあがる販売を目的として生産されるということになる。この不可避的な資本主義的「サボタージュ」によって、より成熟した商業的な国の産業は、50パーセント以上ほどもその理論的にみて通常の効率性を下まわっているといってもおそらく的を外すことにはならないであろう。日本の新時代はまだこの経済的成熟の段階に達していないが、調整のための時間を考えると、この点で日本についても異なった結果を想定する理由はない。
 正当な努力の目的としての競争的利得とももに、その正当な付随物としての競争的支出も現れ、「顕示的浪費」というどこにでもあるシステムをもたらす。この適正な金銭的生活の法典ともに、自助および商業的支払能力という新しい倫理的原理によって強化されながら、公共生活における基準石として「役所は私的利得の手段である」という近代政治の使い古された原理が登場する。そこで、あらゆる文明化的な事態をつつみ、またかつて例えば巨大なロシアの官僚組織が日本人に敗れるのを許した「汚職」という包括的なシステムが現れる。文明のこの局面は成熟するにしたがい日本人にも当然ながらやって来るにちがいない。
 そこで、ここでもまた、他の商業的な訓練の経路を通じてだけでなく、競争的な賃金制度を通じて、同じ競争的消費の原理が産業人口に浸透するようになり、やがてより高い生活水準、すなわちより正確にはより高い支出水準をもたらす。それは、費用を超える可処分生産マージンに入り込むが、これはさもなければ帝政政策に奉仕させられることとなろう。
 日本が西欧的な産業技術の状態を獲得するのと、その結果、いまだに軍事力として国家の主要な資産となっている「古い日本の精神」の崩壊との間に、どれほどの長い期間が必要かを推測するのはもちろん危険であろう。しかし、早晩そうなるにちがいないことは間違いなく認めることができよう。また日本のチャンスがあるのはこの期間中である。精神的な崩壊は、すでに上段で語った近代化のいくつかの形のすべてをとって目に見えて始まっているが、これまでのところ新しい科学・技術的知識による物質的効率性の粗利得の速度は、この初期の精神的劣化を相殺するのに十分以上である。そこで、政治力または軍事力としての国民の純効率性の頂点はまだ将来のことであるとしても、少なくとも近い将来のことであるように見える。新しい経済的律法の下で成長している国の成熟性のこの決定的な点を超えるときには、技術的効率性はもちろん金銭的理想と自助の点でキリスト教諸国民の支配する物質主義と商業主義の地平に日本が到達したとき、そのときには、いま明らかに日本の異例な文化的状況から日本政府に役立っている利点は終わりを迎えることになり、ついでおそらく日本の国民的組織の効率性は、ヨーロッパ諸国民の社会内のより古い諸国民がいま支配しているのと同じ人(労働力)と支出の単位あたりの効率性水準に低下するであろう。それは日本国民の現在の高い効率性、生産費と軍事力との例外的に大きいマージンとして定式化されうる効率性である。――帝国の名声にとっての西欧の競争者の眼から見て日本を恐るべきものとしているのはこれであり、本質的にいって、日本の政治的陰謀の主人たちが帝国の前途洋々たる希望の根拠としてるのはこれである。
 すでに上段で述べたことに含意されているように、日本人は政治家も臣民もすでに物質的な効率性についてなされた利得の早い速度を見つつ、また彼ら自身の経験が自身に教えてこなかったこと、すなわち(新しい産業的時代がそれ自身の性質を持つ欠点を持つこと)を見ることができずにいる。また利得の係数を見つつ、まだ始まったばかりの実効的な損失係数を割り引くこともない。そのようにして彼らは、将来の純利得の確かな基礎として現在の粗利得率を頼りにしているのである。しかし、上段で述べた考察からすれば、この新たに発見された効率性が日本の王朝的拡大のための転換に役立つとするならば、それは制度的劣化のペ―スの累積的加速が物質的効率性の獲得速度の累積的低下に追いつき、中性化する前に利用されなければならないということになる。それが人的に言って意味するのは、日本はいま成熟しつつある世代の有効な生存期間のうちに、そもそも、座礁しなければならないということである。というのは、日本人がどんなに器用(facile)に見えるとしても、日本の商業化がおそらくその期間内に完結することを疑う理由はないからである。それゆえ、(帝国主義的な)成功のために天皇制政府が躊躇なくあらゆる力をまっしぐらに利用可能な自分の力を注がなければならないことも想定に含まれている。というのも、事の性質上、この種の別の機会は見つけられないからである。




                                                                

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