2014年2月9日日曜日

ユーロ圏の債務危機 4 1990年代=ヨーロッパの「失われた10年」

 マーストリヒトがヨーロッパ諸国民に決して幸福をもたらさなかったことは、様々な統計から知ることができますが、その中でも最もよいのは失業率のデータでしょう。下の図は、ユーロ12カ国の失業率を示す図です。(Ameco on line より作成。)
 
 

*若干の補足説明をします。1973年頃まで低い水準にあった失業率が1974年頃から急上昇し、1988年頃にピークに達しているのが分かりますが、この一つの理由が二度(1973年と1979年)にわたる石油危機にあったことは言うまでもありません。石油価格の数倍への高騰と巨額のオイルマネー(オイルダラー)の流出、それに伴う石油輸入国の実質可処分所得の低下は(カルドア氏、Nicolas Kaldor の推計では)世界全体の可処分所得の4%にも及び、有効需要の縮小をもたらしました。つまり輸入されたインフレーションと景気後退の同時発生(スタグフレーション)です。
 しかし、1980年代に入っても続く景気後退と失業率の上昇は決して石油危機によって説明されるものではありません。
 この新しい景気後退は、カルドア氏(Causes of Growth and Stagnation in the World Economy, 1996)の明らかにしたように、1979年に成立した英国サッチャー政権のマネタリズム政策によるものです。サッチャー首相は、反インフレーション政策を看板に掲げつつ、その緊縮政策(大衆増税+福祉支出の大幅削減)によって消費需要を縮小し、さらには投資需要を大幅に縮小させてしまいました。これについて詳しくは以前のブログで説明しましたので、省略します。ここでは、次の図(Ameco より作成)から1980年代にイギリスで景気後退が生じ、その影響がヨーロッパ全体に及んだことを読み取っていただきたいと思います。そのデフレ効果(景気後退の効果)は1980年代中頃まで続き、石油危機を上回るものでした。なおサッチャー首相のマネタリズム政策(デフレ政策)が失業率を引き上げることによって「労働者階級の交渉力を弱体化させ」、賃金を抑制する意図を持っていたことについては、当時政策アドバイザーだったアラン・バッド氏(Alan Budd)が後日回顧しており、「利用された」と述べています。イギリスの最低賃金制度が事実上廃止されてしまい、低賃金労働が拡大したのがこのサッチャー政権の時代だったことも指摘しておきたいと思います。
http://cheltenham-gloucesteragainstcuts.org/2013/04/09/former-thatcher-adviser-alan-budd-spills-the-beans-on-the-use-of-unemployment-to-weaken-the-working-class-sound-familiar/




 しかし、1991年から1997年にかけてヨーッパ全体を覆った景気の停滞は、サッチャー不況と比べてもかなり長く、その規模も深刻なものでした。上の失業率を示す図と合わせてみると分かるように、ユーロ圏(12カ国)全体の失業率は、この時期にずっと10パーセントを超えています。そして、まさにこの時期に公的消費支出の寄与度も、民間消費支出の寄与度も急速に低下しています。
 もちろん、景気後退が激しくなった原因が1992年9月以降の欧州通貨危機にあったことは言うまでもありません。しかし、この通貨危機自体が単一通貨圏(ユーロ圏)を生み出そうとする政策、つまりドロール報告とマーストリヒト条約にあったことを忘れてはなりません。
 そもそも欧州通貨危機は如何にして発生し、その後、如何にして景気後退は長期化したのか、これが問題となります。(続く)

ユーロ圏の債務危機 3 マーストリヒト条約と安定成長協定

 政治経済統合や通貨統合の理念は、ヨーロッパではかなり早くからあったことは間違いないとしても、それが現実化したきっかけをなしたのはドイツ統一という歴史的事件であったことは間違いないでしょう。
 フランスのミッテラン大統領は、ドイツの勢力的拡大を恐れ、単一通貨圏の中に封じ込めることを意図し、ドイツのコール首相がそれを受け入れたという経過は、おそらく間違いない事実と思われます。
 しかしながら、こうしたミッテランの目論みが実現したかというと、決してそうではありません。むしろそれはドイツの勢力拡大に寄与したとさえ言えるように思います。

 さて、このことを示すためには、欧州通貨統合に関する最低限の制度設計を説明しなければなりませんが、ここではそれについて詳しく説明することは省略します。ただ念のために、1989年に「ドロール報告」が発表され、翌年にEMU(経済・通貨同盟)の第一段階が始まったこと、また1991年に「マーストリヒト条約」草案が合意に達し、この「報告」と「条約」を基礎にしてEMUの三段階スキームが成立し、1999年1月に単一通貨(€、ユーロ)が導入されたことだけを示しておきます。(欧州通貨統合について詳しくは、飯田豊光『欧州通貨統合のゆくえ』(中公新書、2005年)をおすすめします。)

 さて、私は、欧州通貨統合の歴史の中で、「マーストリヒト」(Maastricht)が(そしてその後に続く安定成長協定SGP)が果たした役割・影響は、どんなに強調しても強調しすぎることはないと思います。また諸外国の多くの経済学者もそのように考えています。
 何故でしょうか?
 これについて語るためには、やはりマーストリヒト条約の内容を見ておく必要があります。その内容はここで紹介する必要もないほど、よく知られているかもしれませんが、念のために簡単に記しておきます。(後で必要に応じて詳しく説明します。)

 1 1990年代における第一段階から第三段階に関する規定
 2 第三段階に移行するための経済収斂基準
     物価安定 物価上昇率の最低の3カ国からの1.5%ポイント以内の乖離の原則
     適度な金利水準 最低3カ国からの2%以内の政府長期債利回りの原則
     為替相場の安定 直近2年間のERM変動幅の維持、かつ平価切下げなし
     健全財政    政府赤字3%(GDP比)以内、政府債務60%(GDP比)以内

 なお、この経済収斂基準は、第三段階に移行するための基準であるばかりでなく、「安定成長協定」(SGP)として統一通貨に参加した国をその後も縛るものとなっています。

 この他に、新しい金融システムでは、欧州中央銀行(ECB)が統一的な金融政策をとること、各国の中央銀行は欧州中央銀行の政策に従う(業務委託と報告義務)ことなどがありますが、これについては周知のこととして、省略します。

 さて、このような欧州通貨統合にかかわる制度的な話は、無味乾燥で何の興味も引き起こさないのではないでしょうか? 私の演習に参加する学生にもたまに欧州通貨統合をやりたいという者が出てきますが、最初は意気込んでいても、教科書の制度的な説明を読んでいるうちに飽きてくるようです。
 しかし、そのような学生に対して、次のような多少とも具体的な(数字は必ずしも現実の数字ではありません)話をすると、少し元気を取り戻します。

 例1)ある国(例えばイタリア)で物価上昇率が高く(例えば3%)、さらに財政赤字がGDP比3%を大幅に越えており、また政府債務も60%を超えているとします。しかし、この国は景気が停滞・悪化していて、失業率がかなり高くなっています。
 この場合、この国の経済(イタリア経済)や政策はどうなるのでしょうか?

 もちろん通常の経済政策では、景気後退を治癒し、失業率を引き下げるために、イタリアの中央銀行は名目金利を引下げる政策(金融緩和政策)を取り、政府は財政支出を拡大し、失業率を引き下げるということになるでしょう。(最後の点には、主流派からの反論もあるかもしれませんが、・・・。)
 しかし、マーストリヒト条約では、そうはいきません。もしユーロ圏全体(ということはドイツやフランス!)が同じような苦境にあれば別の可能性もありますが、そうでなければ金利は必ず引き上げられることになります(不況時の金融引締め)。また好況であろうが不況であろうが、財政基準を満たすために政府は緊縮財政政策を取ることを求められます。もちろん(1998年まで存在した)イタリア・リラを切り下げ、輸出(外需)を拡大することによって景気を好転させるという方策も禁じられています。

 私がここであげた例は、まったく現実離れしたといったものではありません。むしろ、多くの国が1990年代に経験した当の問題でした。そこに次のように2重の問題がありました。
 1 多くの国は、多様な経済状況にあり、その政策課題も別々なのに、統一的な金融・財政基準を課せられている。
 2 全体的にも、マーストリヒトの収斂基準は、有効需要を抑制する傾向をもち、失業率を高める傾向がある。
 
 これに加えて通貨統合のための金融・通貨政策は、1990年代の初頭に通貨・金融危機という思わぬ贈り物をヨーロッパにプレゼントしました。1990年代にヨーロッパでは、失業率が異常に上昇しますが、それがマーストリヒトと無関係だとは決して言えません。そして、ここにこそヨーロッパ通貨統合に「一部のエリートたち」が積極的に関わりながら、人々の多くが反感と不信感を抱いてきた最大の理由がありました。
 それを検討するのが次の課題となります。

ユーロ圏の債務危機 2 多様なヨーロッパの単一通貨

 昔、岡倉天心(たしか)が「アジアは一つ」といったことは有名です。しかし、現実のアジアはいろんな意味で一つどころではありません。ヨーロッパはどうでしょうか? ヨーロッパも多様です。
 試しにエマニュエル・トッド氏(Emmanuel Todd)の『新ヨーロッパ大全』や『世界の多様性』(どちらも藤原書店の出版)を見ると、宗教、家族形態や相続慣行、イデオロギーなどの点で、ヨーロッパが実に多様であることがわかります。すべての国・地域を見る余裕はありませんが、イギリス(連合王国)、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ギリシャだけでも、ざっと次の通りです。

          優勢な宗派/(伝統的な)相続慣習・家族
 連合王国  旧教(カソリック)、新教(カルバン派)の諸教派、イングランド国教会       /不平等相続と核家族、不平等相続と直系家族
 フランス  旧教(カソリック)、カルバン派の諸教派・核家族と平等相続、直系家族
 ドイツ   新教(ルター派)の諸教派/一子相続と直系家族
 イタリア  旧教(カソリック)/平等相続と核家族、共同体家族
 スペイン  旧教(カソリック)/平等相続と核家族、一子相続と直系家族
 ギリシャ  ギリシャ正教:平等相続と核家族

 もちろん、人口統計学的相違や雇用率・失業率・参加率、一人あたり国民所得の水準、教育、産業構造などの相違など数えあげれば、きりがありません。(ここでは、具体的な統計データは省略します。)

 そのような多様な国・地域が経済統合を成し遂げ、さらには単一通貨(Euro、€)を使うようにすることにどのような意味があるでしょうか?

 よく行われた言説(レトリックというほうがよいかも知れません)は、たくさんありましたが、主要なものが次の2つに要約できるでしょう。
 ・人・モノ・お金の国境を越えた自由移動は、経済を効率化し、経済を成長させる。
   (規模の経済、周辺国のより高い成長率とヨーロッパの高水準への収斂)
 ・(単一通貨の場合)為替リスクの消滅;為替業務コストの低下

 その他に、米国に対抗できる広域的な市場の創設、米ドル($)に対抗できるヨーロッパ単一通貨の創設の意義、(フランスからは)東西ドイツの統一によるドイツの勢力拡大に対するバランスの維持など、さまざまな思惑があったことも間違いないでしょう。

 しかし、このような様々な利点は、抽象的な言辞としては、きわめてよく理解できます。しかし、それが本当に実現するか否かは、まったく別の問題です。
 しかも、「ユーロ圏」(ここでは主に通貨統合を検討します)は、決して政治・財政統合を伴いつつ創設された通貨圏ではありません。今では昔となってしまいましたが、以前、「最適通貨圏」(optimun currency areas)の議論を展開した経済学者(R.A.Mundell*)がいましたが、現実に生まれたユーロ圏がこの「最適通貨圏」であるか否かが、きわめて大きな問題となります。
 
 ここで、回り道になりますが、ちょっと昔のことを思い出しみましょう。戦後成立・発足したブレトンウッズ体制は、「準固定相場ドル本位制」とでも名づけられるものでした。ここで、ドル本位制という意味は、純金1オンス=35米ドルという平価にもとづいて、各国の中央銀行が米国の連邦準備銀行にドル為替の金との交換を要求できるという約束がなされていたことに関係しています。また固定相場制が採用され、例えば1ドル=360円とされていたことは、よく知られている通りです。各国は、それを維持するような政策を行うことを求められていました。
 しかし、固定相場は絶対に維持しなければならないものではありませんでした。戦時中の米英仏間の交渉でも大きな問題となりましたが、戦後に構築されるべき国際通貨体制においては、貿易収支(または経常収支)は均衡すべきという理念がありました。ケインズ案(ケインズ全集、第40巻)では、国際収支の赤字国だけでなく、黒字国にもペナルティが課され、黒字のかなりの部分を途上国支援に差し出すことが求められていたほどです。ところが、実際に実現されたブレトンウッズ協定では、赤字国だけが、自国通貨の切下げによって国際収支の均衡を達成するべきことが求められました。
 詳細は略しますが、戦後、英国はしばしば国際収支の赤字に陥り、彼らのプライドを大いに傷つけることになりました。つまりIMFから厳しい条件をつけられながら、貸付を受け、かつポンド(£)を切下げることを余儀なくされたのです。(詳しくは、宮崎義一氏の『現代の資本主義』(岩波新書)を参照。)

 このエピソードは、政治・財政統合を果たしていない諸国間では、国際収支の不均衡が通貨危機をもたらしたとき、「為替調整」が国際収支の不均衡の問題を処理するための最終的な手段の一つであることを示しています。
 しかし、上で示したように、ユーロという単一通貨を用いるユーロ圏では、為替調整自体が存在しません。(少なくとも名目為替相場についてはそうです。)そこで、例えばある国(G)の国際収支が赤字となり、その赤字(債務)を基本的にその国(G)の政府が負っているようなケースを考えます。その場合、通貨危機は、すぐに政府の財政危機(ソブリン危機)に直結します。しかし、為替調整は、少なくとも統一通貨圏の内部では、ありえません。それに同じ統一通貨圏の別の国の政府が支援する義務もありません。それぞれの国が責任をもって政策を行うしかないのです。

 かりに日本が統一通貨(円)を持つけれども、財政は地方ごとに完全に独立しているといった仮想の事例を考えましょう。あるとき、何らかの事情で、ある地方(H)が何らかの事件(金融危機・経済危機でも自然災害でもかまいません)のために歳入の減少や支出の増加などで財政的に破綻したとします。しかし、他の地方やその財政、中央政府からの支援の義務はありません。H地方は、緊縮財政政策を取ることを余儀なくされ、さらなる苦境に陥ることになります。これは、現在、ギリシャなどの置かれたのと同じ状況です。もちろん、現実の日本はこのような世界ではありません。中央政府が存在し、(十分かどうかは別として)それなりに再分配の機能を果たしています。

 しかし、話が先ばしりしすぎたかもしれません。
 多様な地域・国が単一通貨(ユーロ)に統合されるための準備を始めたとき、さらに実際に統合がなったとき、何が生じたのかをきちんと見極める必要があります。はたして経済統合・通貨統合は「ユーロ圏」の周辺諸国の経済を発展させ、収斂を実現したのでしょうか?
 
 ヨーロッパにおける現実の単一通貨圏(ユーロ圏)の形成は、1989年頃、つまりドイツ統一(西ドイツによる東ドイツの併合)の前後にまでさかのぼります。その中で出て来たのが、「マーストリヒト条約」でした。(続く)

 *Mundell, R. A. A Theory of Optimum Currency Areas, American Economic Review,  1961, 51 (4).
 

ユーロ圏の債務危機 1 怠惰と放漫財政のためではない

 ユーロ圏、特にギリシャ、スペイン、ポルトガル、アイルランドなど周辺諸国を中心としてヨーロッパ諸国が近年深刻な経済危機(債務危機、財政危機、景気後退、失業など)に見舞われていることは、マスコミ等でも周知のところです。失業率は危険水域に達し、特に若年者の失業率にいたっては40%を超えている地域もざらにあります。
 (日本では、ヨーロッパ債務危機など昔の話という雰囲気もありますが、決してそうではありません。ヨーロッパでも米国でも大問題でありつづけています。これは日本のことを考えればよく分かるでしょう。1990年代の初頭の金融危機から日本は「失われた20年」(lost two decades)を経験しました。また、欧米日などでバブルが再発すれば、ふたたび同じことが繰り返される危険性があります。)
 
 どうしてこのようなことになったのか?
 
 よく広まっている意見の一つは、簡単に言うと、「ギリシャ人は怠惰(lazy)だから」といった怠惰説や、国民が怠け者なのに政府が赤字をおして放漫な財政支出を通じて消費を支えていたという放漫財政支出説などでしょう。英語の twitter などによく出てきます。マスコミの報道でも、そうだと断定しているわけではありませんが、それを示唆するスタンスのものが多いように思います。

 確かにギリシャ人(失礼!)は怠惰なのかもしれません。私の知っているギリシャ出身の経済学者(N.Lapavitsas、金融論、ロンドン大学)も、「ギリシャ人は怠惰だ」ということを否定はしていません(もちろん、これは比較の問題であり、ギリシャ人はドイツ人や日本人に比べて勤勉ではないという意味です)。しかし、金融危機は怠惰から生じるわけでも何でもありません。もしそうならば、世界中にギリシャ人より怠惰な国民はいるでしょうから、そこではいつも金融危機に見舞われることになりますが、決してそうではありません。それに金融危機はアメリカ合衆国でも発生していますが、アメリカ人は果たして怠惰なのでしょうか? 米国の労働分析局のデータでは、平均的な勤労者の労働時間は、フランス人やドイツ人のそれよりはるかに長いことが知られます。

 放漫財政支出説のほうはどうでしょうか? 統計(EUROSTAT, AMECO, OECDなどが簡単に利用できます)からは、たしかに21世紀に入ってからヨーロッパ諸国における財政赤字(単年度)と政府の粗債務(ストック)の対GDP比が急激に増えてきました。しかし、注意しなければならないのは、こうした財政赤字と政府債務の上昇は、金融危機が生じ、景気後退が始まった2006〜2007年頃から始まったことです。(この点で、ギリシャのケースは、少し異なる点もありますが、そこでも財政赤字と政府債務は、2006年以降に急激に増えています。)要するに財政支出の拡大は、金融危機の原因ではなく、むしろ結果です。

 たしかに次のようなことは言えます。金融危機・経済危機の結果であれ、財政赤字と政府債務の拡大は、しだいに政府に対する信頼を損ねてゆき、ソブリン危機(財政危機)をもたらす、と。しかし、だからといって、増税と支出削減という緊縮財政政策(austerity)を実施しようとすると、今度は、人々の可処分所得=購買力=有効需要を減じることになり、デフレ不況の効果を強めることになります。かつての日本、現在の米国やヨーロッパ諸国が苦悩しているのは、こうした状況をめぐってです。

 さて、どうしてこうなってしまったのでしょうか?
 われわれはどうしても金融危機・債務危機をもたらした真相を探る必要があります。
 そこで、しばらくは、こうした問題をもたらした歴史的事情をめぐる真相・深層を検討することとしたいと思います。それよって、怠惰説や放漫財政支出説などでは決して明らかにされることのない根本的な問題があったことを明らかにしたいと思います。
 その問題とは、単一通貨圏(ユーロ圏)の創設です。それがどのような事態をヨーロッパにもたらしたのか、ヨーロッパや米国の有力な経済学者の分析、見解を紹介しながら、明らかにしてゆく予定です。

2014年2月8日土曜日

無理難題 人件費を下げたい、でも需要は増えて欲しい

 カール・マルクスの『資本論』(たしか1868年)は、今から150年も前の本。古めかしいという人も多いと思います。たしかにその通りです。しかし、古くても、現代経済の特質をずばり指摘している鋭い経済分析の本であることは事実です。
 その一つが、個別資本(企業)の立場と社会的総資本(一国の企業全体)の立場の区別と対立です。これは1936年にケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』で展開したこととも共通する論点です。簡単に言えば、次のようなことです。
 個々の企業は、社会全体の総需要が一定(不変)という仮定の下では、賃金(人件費)を引下げ、自社製品の価格を引き下げれば、売れ行きが増えるため、生産量を増やし、雇用も拡大し、利潤も増やすことができます。これは正しい命題です。
 しかし、一国のすべての企業が同じことをやったらどうでしょうか? 例えばすべての企業が貨幣賃金率を(例えば5%)引き下げるのです。もちろん、国全体の貨幣賃金総額が減少します。このとき、かりに製品価格が同じ率で(つまり5%)低下するとします。この場合、総需要は拡大するでしょうか?
 この答えは必ずしもはっきりと断定できませんが、総需要が必ず拡大するとは決して言えません。現代の主流派(新古典派)の経済学でも、実質賃金率(貨幣賃金率÷物価水準)が変化していないので、(貨幣)総需要は低下し、(実質)総需要は不変である、ということになります。
 しかも、もし貨幣賃金率が5%低下したのに、製品(販売)価格が(例えば)3%した低下していなければ、実質賃金率は低下したことになり、賃金からの(実質)消費支出は縮小することになります。
 ここでの問題の要点は、個別企業(だけ)の行動の結果と、社会全体の企業の行動は論理的に区別しなければならないということにあります。前者の場合、個別企業の行動(賃金率の引下げ、製品価格の引下げ)は、前提条件(つまり社会全体の総需要)を変化させないのに、後者の場合には前提条件(社会全体の総需要)を変化させるからです。
 ケインズは、それを「論点先取の欺瞞」と呼びました。考える能力さえあれば、子供(中学生や高校生)でも分かることです。しかし、これを理解しない経済学者がいることは嘆かわしいことです。

 さて、個々の企業は、<人件費を下げたい。でも需要は増えて欲しい>と願います。特に景気がよくないときや、市場競争が激しいときには、なおさらそうでしょう。
 その時、企業はどのような行動をとるでしょうか? これは必ずしも明確に回答できる問いではありませんが、2000年に日銀が行った調査(この前後に世界各国の中央銀行が同様な調査を実施しています)では、日本企業は製品価格を引き下げるために、非正規雇用の拡大を通じて人件費を圧縮したことが明らかにされています。(欧米の企業の対応は若干異なります。)
 しかし、その結果は、今では多くの人が知っているように、日本社会全体における賃金所得の低下であり、総需要(消費、投資)の縮小でした。
 しかし、企業は総需要が拡大するという願望を捨てたわけではありません。そして、それは次の2つの政策期待となって現れます。
 1 金融政策。ゼロ金利政策、量的緩和政策といわれるものです。
 2 円安誘導による輸出拡大。

 1と2の政策の主張は、日銀批判となって爆発することもありました。企業が自分たちで自分たちの首を絞めていることを棚に上げて、日銀がきちんと仕事をしていないと非難するわけです。
 ただし、2については、ここ3年間に日本の貿易収支が赤字だったことを考えると、まったく理解できないわけでもありません。(詳しいことは省きますが、従来も、貿易収支の大幅黒字が続くと、円高になって輸出が抑制されて貿易収支の黒字幅が小さくなり、すると日本の輸出企業が「涙ぐましい」努力(リストラを含む)をしたり、円安になったりしてふたたび輸出が増えるというサイクルが繰り返されてきました。この点で、昨年からの円安は必ずしも理解できないわけではありません。)しかし、大幅な黒字でなければ不安を感じるというのは、貿易赤字不安症の症状に他なりません。
 
 さて、量的緩和政策というのは、日銀が市中銀行に対してマネタリーベースを増やすということであり、ただちに市中銀行の企業等に対する貨幣供給が増えるということを意味するものではありません。それが増えるためには、銀行の貸出態度の改善も重要ですが、何よりも企業の投資(特に内部資金が不足しているために銀行貸付を不足している企業の投資)が増えることが必要です。しかし、そのためにはーー前に書いたようにーー消費需要が将来拡大するという企業の期待がなければなりません。
 
 端的に言いましょう。現在、円安による物価上昇率が1.4%にまで上がっています。その上、4月からは3%ポイントの消費税率の引き上げがあります。合計で最低4.4%の賃金引き上げがなければ、勤労者は実質的に賃金率が低下したと感じることになります。
 もとより消費税率の3%分が多数の、特に所得の低い人々の個人的支出を補うような形で政府によって使われるならば(例えば、教育費や医療費、年金など)、事情は異なります。しかし、それを期待している人々はどれほどいるでしょうか?
 
 先日、某テレビ局の放送を見ていたら、某エコノミストがインフレ率を超える貨幣賃金の引き上げは3ないし4年後になると述べていました。唖然としました。つまり、ほとんどすべての日本の勤労者にとって3、4年は景気の悪い状態が続くという結論になるわけです。

 人件費を下げたい。でも需要は増えて欲しい。この虫のよい、しかし切実な要求は、資本主義経済が誕生したときからの企業家の切なる願いでした。しかし、財政負担はしたくないので、財政政策には期待しない、という。(あるいは国際競争が厳しいという理由をつけて、法人税を引き下げ、消費税を引き上げるべきだという雰囲気をマスコミを通じて流す。)また金融政策が効くとエコノミストに言ってもらう。(特に株価が上がるとうれしいという雰囲気をかもしだす。)

 昔、まだ私が学生の頃は、多くの経済学者がマルクスやケインズを読み、個別資本の立場と社会的総資本の立場の区別、ケインズの有効理論のエッセンスを理解していました。また当時の企業家の多くも現代経済のしくみをそれなりに理解し、勤労者所得の引き上げと言う「妥協」が必要なことを知っていたように思います。

 バーゲート墓地のマルクスやケインズが聞いていたら、さぞかし嘆くことでしょう。もちろん企業家の虫のいい要望に対してではなく、エコノミスト諸氏の理論的なレベル低下に対して・・・。
 




2014年2月2日日曜日

ブログ再開(予定)にあたり

 年末・年始に体調を崩してから、ブログの更新ができない状態が続きました。
 
 医師による診断・問診の結果では、特にこれといって悪い所見は見られないけれど、PCを相手の長時間作業による眼精疲労と肩こり、自律神経失調症などが考えられるとのこと。出来れば仕事をしないようにと言われました。
 しかし、「すまじきものは宮仕え」。完全にダウンして休職でもしない限り、日々の仕事はこなさなければなりません。シンポジウムや研究会の準備、その他学内運営の各種の仕事は次々に出てきます。
 そんなわけで、年があけ、授業が再開された1月7日、恐る恐る授業をしてみましたが、60分ほどに短縮して何とか行うことができました。
 そんなとき、たまたま本屋で、"「体を温める」と病気は必ず直る"(温熱健康法)という本を見つけました。実は平熱が35.5度前後と低体温気味だったので、「イワシの頭も信心から」と騙されたつもりで、自分でショウガ粉を作り、毎日、飲み続けたところ、平熱が36度台に上昇し、漸く体調もすこしずつ回復してきました。

 ここらで、たまにはブログの更新もしたいところです。
 次のようなことを検討してみたいと思っています。


  1 20世紀の経済史
    OECD諸国と途上国
    供給側(生産力、技術)と需要側の視点
    労働力・雇用と所得分配
    マルクス問題、ケインズ問題、ポランニー問題、ヴェーバー問題
    Emmanuel Todd氏の問題提起
     新ヨーロッパ大全、経済幻想、帝国以後、デモクラシー以後、など

 2 ユーロ圏の債務危機
    マーストリヒト条約、成長安定協定の問題
    中進国(独仏)と周辺国の関係
    英国などの経済学者の議論
    ユーロ圏存続の条件、さもなければ解体?

    


 それはそうと、昨年末から本ブログへのアクセスが突然急増しました。何故かは不明ですが、誰かが紹介してくれたのでしょうか? 
 ただ、本ブログは、第一義的には、私自身のために、自分の頭の整理のために始めたものです。また自分で後で読んだとき訂正したいと思うところも多々あります。読まれる方はそのあたりをご理解願います。

2014年1月3日金曜日

体調不良につき、しばし休止の予定

 新年あけましておめでとうございます。

 さて、昨年末に体調をくずし、12月30日だけでなく、大晦日の31日にも時間外診療を受けることになってしまいました。最高血圧170、心拍110台/分ほど。CTスキャンの検査では脳に特別の異常は見つからないとのこと。とりあえず風邪薬を処方してもらい、一安心しましたが、その後も血圧は高め、気分もよくありません。しばらく安静にするように言われたため、本ブログもしばらく休止します。
 再開後は、1980年代以降進行してきた、国際通過危機、グローバル金融危機、ヨーロッパ(ユーロ圏)の債務危機について、欧米日の文献・学術雑誌(Cambridge Journal of Economics, Journal of Post Keynesian Economics, IMFのInternational Stability Report, Levy Bard CollegeのWorking Paperなど)の研究成果を 紹介しながら、現代の金融資本主義(Financial Capitalism)、金融主導型資本主義( Finance-dominated Capitalism)の実態に迫り、99%の人々のための代替案を探る予定。人々を「新自由主義サイクルの罠」に落とし込んだしくみを解明し、そこからの脱出策を考える。
 人々の「社会的信条」(social credo、常識、宗教・信仰・思想)ともなっている事柄が問題であることを示す。
 請う御期待。
 
                              2014年1月3日