しかし、まだ一点だけ論じていないことがあるので、それに触れておこう。
MV=PT という方程式で、右辺は商品の生産額(価格×生産量)であり、左辺はその取引を可能とする貨幣的要因である。左辺は貨幣量×貨幣の流通速度を意味する。
シカゴ学派は、左辺の中央銀行によって決定される外生的・独立的な貨幣的要因(特に貨幣量M)が右辺(特に価格P)に影響を与えると説き、その際、時間差(半年から2年ほどの間で変動する)を根拠にMの変動が原因であり、Pの変動が結果であると主張する。時間的に先行する要素が原因であり、後で生じる要素が結果であることは、否定できないというわけである。例えばある人(A)が別の人(B)をたたいたので、B が怒る場合、Aが最初に行った「たたく」という行動が原因であり、Bの「怒り」はその結果である、のと同じである、と。
しかし、それは決して正しくない。事はそれほど簡単ではない。
貨幣数量説の方程式を、フリードマンは左辺から右辺にむかって読む。あくまでMVが外生的、独立的な原因であり、PTが従属的な原因であるというわけである。これが間違いであることは、すでに説明しているが、ここでは時間的先行についてのみ触れておこう。
まず結論を先に示せば、PTが独立的な原因であり、MVが結果であっても、MVが時間的に先行することはありうる。何故か? それは、経済においては、生産量(T)を増やすという行為に先行して、その意思決定と準備が行われるからである。上のA、Bのけんかの例と異なって、行為は瞬時に行われるわけではない。
企業は生産量を増やすという決定をすると、生産拡大に先行してより多くの労働者を雇い、賃金を支払いはじめる。また原材料の購入等のために事前に運転資本を増やすことを余儀なくされる。もちろん、それはまだ生産量が増えていない段階で貨幣需要を拡大する。
時間差が発生するもう一つの理由は、貨幣に対する(実物生産のための需要ではなく)金融的需要に求められるかもしれない。資本主義経済においては、金融資産の価格が上昇するときにキャピタル・ゲイン(つまり資産の売買差益)が生じることは常識である。それは貨幣需要を拡大する。ところが、キャピタル・ゲインの増加は、資産効果を通じて消費需要を、したがってまた投資需要を刺激する。その結果、生産量が増加する。この過程を全体としてみれば、貨幣需要が先行的に増加して、次に生産量が増加し、その結果、好況の中で物価水準が上昇しはじめることになる。
このことは、MV=PT という方程式の別の限界をも示す。そもそもこの式は、すべての貨幣が商品取引のために使われ、金融資産取引に使われることを示していないのであるから。
というわけで、MVが時間的に先行し、PTがある時間差を置いて生じるという「事実」は、MVがPTの原因であったり、MがPの原因であることを示すものではない。
フリードマンとシュワーツの研究手法は、1970年代の石油危機時にはあてはまらないし、さらに皮肉なことに、マネタリズム(数量説)にもとづいて英米で行われた1979〜1982年の実験時にはなおさらあてはまらない。マネタリズムがすぐに信用を失墜し、投げ捨てられた所以である。
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