2013年11月30日土曜日

失業率の上昇を説明する その5 ケインズとマルクス

 新古典派の労働市場論が現実離れした理論であることは、先に示した。それは失業をなくすために実質賃金の引下げを求める。そして、実質賃金の引下げは、結局、(簡単のために物価が一定とすると)貨幣賃金の引下げを伴わなければならない。しかし、そのような貨幣賃金の引下げは、新古典派の想定に反して、むしろ失業を拡大する。
 しかし、たとえ新古典派の雇用理論が間違っているとしても、個別産業や個別企業がより低い賃金を求めていることは事実である。市場競争の条件の下で、価格や賃金率に関して、他の産業や企業がまったく等しい状態にとどまるならば、当該産業・企業の賃金引下げと価格引下げの行動は、その企業の販売量を増やし、当該産業・企業を利するからである。とはいえ、一社だけ、一産業だけがそのような利益を得ることはありえない。すべての企業が他のすべての企業に対して競争関係にあるからである。
 このような分裂、すなわち個別産業の利益と社会全体の全産業の利益への分裂(合成の誤謬)は、言うまでもなくケインズの発見であるが、しかし、その功績はケインズに限定されるわけではない。マルクスもまたそのことを十分に理解していた。
 彼は言う。個々の資本家(企業家)は、賃金の引下げが自社だけに限定され、その他の企業は労働者により多くの賃金を支払うことを希望する、と。その場合、当該企業家は、自社製品に対する有効需要を二重の方法で拡大しうるからである。すなわち、社会全体の賃金からの支出=購買力が上昇し、それによって販売量が拡大するだけでなく、また自社の生産した商品の価格低下によっても販売量が拡大すると期待するのである。
 しかし、このような美味い話は実際には成立しない。社会全体の企業が同じように考え、同じ行動をとるからである。
 この個別企業の利益と社会全体の企業の利益(個別資本の利益と社会的総資本の利益)の不一致がどのように処理されるかは、その時々の社会関係のありかたによって規定されている。
 もちろん1880年代に没したマルクスは、第二次世界大戦後の「フォーディズム」(所得配分における労使の歴史的妥協)を知ることはできなかった。またその後のネオリベラリズムの台頭とフォーディズムの崩壊を知ることもなかった。しかしながら、彼が見通していた資本主義のメカニズムは、現在でも作動している。
 アメリカの偉大な経済学者、J・K・ガルブレイスもまた上記のメカニズムをよく理解していた。彼の著書(Innocent Fraudulence、邦訳『悪意なき欺瞞』ダイヤモンド社)は、資本主義の修正・存続の一つの方法であった戦後の混合経済体制・福祉国家体制が「ネオリベラリズム」によって動揺したばかりでなく、あの古い時代の個別企業・資本家の欲望を解放してしまったことに警告を発することを意図したものでもある。ネオリベラル政策は、古い資本主義がかかえていた問題を甦らせることによって眠っていたケインズを、そしてマルクスまでもふたたび呼び起こしている。

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