2013年12月20日金曜日

経済における「期待」 雇用を拡大させるのはどのような期待か?

 「期待」(expectation)が経済事象では大きな役割を演じています。
 しかし、意外にそのことが知られていません。

 「期待」とは、将来、あることが起こるだろうと想像、推測することです。そこには必ずしも希望、つまりこうなって欲しいという心理的状態は含まれていません。数学の確率論で「期待値」という言葉がありますが、それに近い用語法といってよいでしょう。

 期待が大きな役割を演じていることを実例で示します。
 例えば企業家があらたに労働者を雇用するときのことを例に取ります。
 どのような時に、労働者がより多数雇われるのかについては、本ブログでも何度か書いてきました。その要点は、雇用は生産量が拡大されるときに増加し、逆に労働生産性はそれ自体としては雇用を減らす要因だということです。(ここで「自体」というのは、例えば労働生産性が上昇し、その結果、生産量がそれ以上の割合で増加するというようなことを考えないためです。)
 一定期間が経過したあと事後的に検証すると、このことは事実をよく説明しることがわかります。
 
 しかし、よく考えてみましょう。企業家は、生産を増やしたあとで、労働者をより多く雇用するわけではありません。逆です。生産を増やそうと決断したあとで、追加的な労働者を雇用し、生産能力を拡充し、その後で生産を増加させるのです。

 それでは企業家に生産を拡大させようと決断させるものとは何でしょうか?
 それが「期待」です。
 企業家は、将来(通常は、1年以上、少なくとも何年かにわたって)自社製品の販売量が増えると予想して、もしその販売量に比べて生産能力が少なければ、生産量を増やすことになります。

 まとめると、次のようになるでしょう。
 1 企業家は、将来の販売量(それにもちろん利潤)が増えると期待し、自社の生産能力を高めようとする。
 2 そのために外部からの労働力の追加が必要であれば、雇用を増やそうとする。
 3 その際、増加する労働力に比して資本装備が不足していると判断すれば設備投資を決断するであろう。新旧資本装備の入れ換えを検討するかもしれない。
 4 その他、生産増加前に必要な事柄についても配慮する。

 ところで、現実の経済事象をさらに深く理解するためには次の課題に答えることが必要になります。
 1 企業家の期待に影響を与えるのは、どのような事象か?
 2 <期待→雇用・投資の決定→資本財の注文・設計・雇用の拡大と訓練→生産拡大>という一連の企業家行動によって経済全体にどのような変化がもたらされるか?

 このうち1については、これまでも説明したので、簡単に済ませます。それは終局的には、人々が安心して消費支出をしよう(消費性向を高めよう)と考えるときです。もちろん、企業が従業員に対して自由に首切りできるような社会では、また非正規の低賃金労働が拡大しているような社会では、そのようなことは望むべくもありません。
 詳しくは「マルクス問題」・「ケインズ問題」・「ポランニー問題」の説明を参照してください。

 2については、それがマネーサプライに与える影響に触れておくだけにします。明らかなように、当該企業が実際に生産を拡大するまえに、企業は一連の支出を余儀なくされます。そのような支出とは、資本財の注文・設計にともなう支出(前払い金)や、雇用の拡大や新しく採用した労働者の訓練にともなう費用の支払に当てられる部分です。資本財の注文を受けた企業がその生産を開始する前に、そのような支出は必要になります。
 したがって生産を拡大しようという決定が、次に実際の生産拡大が生じるまえに貨幣需要を、したがってマネーサプライを拡大することになるわけです。
 しかし、マネーサプライが増加したあと、生産が拡大したからといって、マネーサプライの増加が原因で、生産の拡大が結果であるという結論を導くのは、明確な誤りです。

 世にマネーサプライを増やせば景気がよくなるという経済学者は多いのですが、現実はまったく異なります。
 上の書いたことは、ケインズの『一般理論』第18章「雇用の一般理論 再論』でも説明されていることですので、少なくとも経済専門家は読んでおくべきでしょう。

2 件のコメント:

  1. 将来のマネーサプライを増やすという約束は、現在の借り入れや雇用に対する将来の売り上げ・消費の期待を拡大させる。それは現在の借り入れや雇用を増やす理由になる。

    将来のマネーサプライ水準を増やすと期待させれば現在の景気がよくなるのである。

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  2. 現在のマネーサプライを増やすとともにそれを長い期間引っ込めないという約束は、その期間を明示的に示す(時間軸)にせよ到達までに時間のかかる経済指標に結びつける(インフレターゲットなど)にせよ、将来のマネーサプライを増やすという約束であり期待を高めるもので、セットで考えなければならない。現在のマネーサプライだけを現在の景気と結びつけて語るようでは「期待」を他人に説明する資格はないと言ってよかろう。

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