2013年6月21日金曜日

なぜ景気は悪化するのか? ポスト・ケインズ派の経済学

 景気がよくなったり、悪くなったりするメカニズムを説明します。
 そのためには、1)マクロ経済の基礎(三面等価)、2)景気変動をもたらす最大要因としての有効需要、3)所得分配と有効需要の関係、という3つのことを理解する必要があります。

1)マクロ経済の基礎(3面等価)
 社会全体の経済(マクロ経済)は、個別の経済主体の経済活動(ミクロ経済)の集計という側面(一面)を持っています。
 社会全体で産出された生産物は、商品として販売され、人々に収入(所得)をもたらしますが、さらにそれらの所得は支出され、需要(有効需要)を構成します。有効需要とは、企業にとっては生産した商品が売れるということを意味します。この循環(サーキット)のどれからはじめてもよいのですが、ここでは、所得から始めます。
 所得は、大きく賃金と利潤に分かれます。いま所得をY、賃金をW、利潤をRで示すと、次の式が得られます。
  Y=W+R             ⑴
 実際には、利潤は、さらに経営者報酬、利子・地代、配当(株主の所得)、企業の内部留保などに分かれますが、ここではひとまとまりのままにしておきます。また利潤の中に減価償却費(D)を入れるのか、入れないのかという区別が必要になりますが、ここではその問題は省略します。
 さて、所得は支出されます。ここで、実際には政府という複雑な経済主体を考えなければならなくなるのですが、差し当たりは考えないことにします(捨象するといいます)。
 まず、賃金のほとんどは消費のために支出されます(消費支出)。
 ここで用語の定義をします。その用語とは、貯蓄(saving)です。経済学では、貯蓄とは所得から消費支出を差し引いた部分を言います。これは定義ですから、これ以上の説明はできません。
 そこで、賃金からの支出は、消費支出と貯蓄に分かれることになります。それを次のように記号で示します。
  W=CL+SL    CL:賃金からの消費支出、SL:賃金からの貯蓄
 同様に、利潤からも消費支出と貯蓄がなされます。記号では、
  R=CK+SK    CK:利潤からの消費支出、SK:利潤からの貯蓄
 賃金と利潤の支出をまとめると、
  Y=W+R=CL+CK+SL+SK=C+S      ⑵
 つまり社会の総支出は、消費支出(消費財の購入)と貯蓄に分かれることになります。
 一方、支出をもう一つ別の側面から考えます。ここのところは、きちんと説明するには、時間とスペースが必要ですので、結論だけ示します。社会の支出は、有効需要の面から見ると、消費財に対する支出と生産財(資本財)に対する支出、または同じことですが、消費需要と投資需要に分かれます。それを式で示すと、次の通りです。
  Y=C+I         ⑶
 ここで⑵式と⑶式を見てください。この式からC+S=C+Iとなり、結局、S=Iという式が導かれます。
  S=I           ⑷
 さて、⑶式(有効需要の式)は、きわめて重要な式です。というのは、企業は売れるという見込みがあって、生産を行ないます。注文生産の場合はいうまでもありません。そうでない場合も、売れるから生産します。もちろん、売れるという見込みが外れるかもしれません。その場合、売れ残りの在庫が増加するでしょう。すると企業は在庫を増やさないように、生産を縮小します。もちろん、反対に在庫が減ってくれば、企業は売れ行きがよくなったことを知り、生産を増やします。このことからも理解できるように、正確には在庫変動がありますので、有効需要と生産額はきちっと一致するわけではありませんが、この在庫変動を捨象するば、生産額は有効需要に一致することになります。
 *なお、有効需要とは、モノに対する単なる願望ではなく、貨幣支出の裏づけのある需要を意味します。また在庫の問題は、別に検討することにします。

 以上のことから、企業は、有効需要(C、I)に応じて消費財(C)と生産財(I)を生産することになります。記号で書くと、
  Y=C+I                                ⑸
⑶と⑸は、同じ式ですが、意味は異なっており、前者は有効需要から見た式、後者は生産から見た式です。
 さて、生産された商品(C、I)は販売され、所得(Y)をもたらされます。それは、賃金と利潤に分かれ、・・・。という具合に最初に戻ります。
 以上をまとめます。
  Y=W+R
  Y=C+I
  Y=C+I
   ある期間(3ヶ月、半年、一年など)については、この3つの量は同じ(になるはず)です。これを三面等価と呼びましょう。

2)景気循環の最大の要因としての有効需要
 上の説明は、一定期間には生産量(額)=所得=有効需要が等しいという三面等価が成り立つというものです。例えばある年の生産額が500兆円なら、所得も500兆円、有効需要も500兆円となる、といった感じです。
 しかし、経済は変動します。生産量=所得=有効需要は、ある時期から次の時期にかけて増えたり、減ったりします。これはどのようにして生じるのでしょうか? 次にこの点を考えます。
 そこで2つの事情を考えなければなりません。まずその一つは、社会全体の生産能力といった事情です。この生産能力は、一面では、人的資源(労働力)によって決まっており、他面では資本装備(固定資本ストックともいいます)によって決まっています。働く人の能力や技術、熟練が生産能力に関係していることは言うまでもありません。それからモノやサービスを生み出すためには、様々な資本装備(道具、機械、その他の設備)が必要となることも言うまでもありません。もちろん、その他に地球環境とか様々な要因が必要となるのですが、ここでは労働能力と資本装備を二大要因としてあげておきます。
 仮にいま社会全体の生産能力をY*で示しておきます。この金額を実際に具体的に示すことはきわめて難しいのですが、例えば現存の資本装備や労働力をフルに(失業なしで)稼働したとき、どれほど生産できるかは、近似的に示すことができるかもしれません。
 ところが、ちょっと考えれば、小学生でも理解できると思いますが、この生産能力は実際にはすべて実現されることは(通常の場合)ほとんどありません。例えば、日本の場合、600〜700兆円の生産が可能なのに、500兆円しか生産されない、といったようなイメージです。もちろん、この生産能力を超えて生産を実現することはできません。したがって、生産能力は、社会が生産できる上限と言えます。
 それでは、現実の生産の水準を決めるのは何なのか?
 それが二番目の事情ですが、それは結論から言えば、有効需要です。われわれが消費と投資(生産財の購入)のために貨幣を支出するから、それに応じて生産が行なわれるということはすでに上で説明してあります。
 また有効需要が生産規模を決めると考えれば、様々なことが説明できます。反対に有効需要が生産規模を決めるのではないと考えると、説明できない様々なことがあります。例えば景気はよくなったり、悪くなったりします。それに応じて消費財および、特に生産財の生産量が増加したり、減少したりしますが、それは生産量自体が生産量を決める(?)と考えたり、所得量が生産量を決めると考えては、説明できないのです。
 このように有効需要が決定的に重要であることを明らかにしたのが、ケインズとカレツキという偉大な経済学者でした。
 ある年に500兆円だったGDPが翌年に480兆円に減少したり、逆に520兆円に増えたりするといった変化をもたらすのは有効需要の変化です。
 この有効需要のうち、消費需要は個人(または家計)が決定します。また投資需要(生産財に対する需要)は企業が決定します。その際、企業は、個人(家計)の消費需要が低下して景気後退が生じると、(将来の生産能力を拡大するための)投資を控えます。逆に企業は、個人(家計)の消費需要が旺盛になると、(売れ行きの拡大を期待して、生産能力を拡大するために)投資を増やします。ですから、投資は毎年の変動幅が大きく、景気動向に大きく左右されます。しかし、この投資を左右するのは、消費需要だという点では、消費需要の動向が重要です。

 なお、投資が行なわれると(正確には、純投資がプラスだと)、資本装備(固定資本ストック)の量・金額が増え、技術が進歩したり、社会全体の生産能力も増えます。もちろん、この側面も重要です。
 しかし、次の点に注意しなければなりません。いま、ある年の有効需要=生産量が消費財=400、投資=100とします。また翌年も景気がよくなくて、消費=400、投資=100のままだったとします。つまり成長率はゼロ%です。しかし、投資はゼロではなく、100づつ行なわれています。それは技術水準を引き上げ、社会全体の生産能力や労働生産性を拡大します。それでいいではないかという人がいるかもしれません。しかし、実際には困ったことが生じるのです。つまり、労働生産性は上昇しますので、同じ生産量をより少ない労働力で生産することができることになります。そこで過剰となった労働者が失業者になる危険性が高くなります。
 現代の資本主義経済でなぜゼロ成長が問題なのか、その秘密はここにあります。
 「不思議の国のアリス」が迷い込んだ魔法の国では、一カ所にじっとしてためには、走らないといけませんが、それと同じような状態です。

3)有効需要と所得分配
 最後にもうひとつ重要なことを説明します。それは賃金と利潤の間の分配の問題です。
 賃金は99%の人が獲得する部分であり、利潤は(企業自体の内部留保を除くと)1%の人が獲得する部分です。したがって利潤シェアー(所得のうち利潤の部分の割合)が増えると、一部の富裕者がより豊かになり、他方、賃金シェアーは減るので、多くの人がより所得を減らすことになります。
 ただし、賃金は99%の人の主要な所得源ですので、賃金シェアーを減らすと、大変なことになります。例えば賃金が抑制されて(圧縮されて)、70%だった賃金シェアーが60%にまで低下したとしましょう。するとそうした変化は、次の次期に労働者の賃金所得からの消費支出を低下させます。たしかに利潤所得からの消費支出は増加するかもしれません。しかし、実は、富裕者は所得の増加を消費より貯蓄に回そうとする傾向が強い(貯蓄性向が高い、といいます)ことが分かっています。したがって、どうしても賃金を抑制すると、次の次期の消費需要が抑制されます。
 すでに上に説明したように、消費需要の停滞は投資需要の停滞・縮小をもたらします。したがって景気は悪化してゆきます。
 
 以上のことを理解すれば、2002年から2006年の「戦後最長の景気回復」と謳われた時期にも、人々が好景気を実感できなかった理由が分かります。実際には、貨幣賃金が低下し、成長率も1%ほどというスランプ状態だったのですから!

所得二極化の実態 森ゆうこ氏が予算委員会に資料を提出

 森ゆうこ議員が「戦後最長」と言われた小泉政権時の「景気回復期間」に所得格差が拡大したこと(二極化)を示すグラフを国会予算委員会に提出しています。


 資料のもととなったのは、私も以前使ったことのある国税庁の「民間給与実態統計調査」です。
 ちなみに、景気回復というのは、2期(3ヶ月が一期です)続けて前の時期より実質GDPが増えている(減っていない)というのが定義です。決して景気がよいという状態を意味するわけではありません。実際には、うんと景気は悪かったのです。この間の成長率は、ほとんどの年で0%は超えていたものの1%程度で、非正規雇用の拡大とともに貨幣賃金は低下していました。1%程度というのは、ほとんど生活様式の変化にともなう必要部分であったり、誤差であったりします。
 他方、こちらは財務省の法人企業統計でも確認できますが、企業の経常利潤は増加、大企業(小企業は異なります)の役員報酬も増加し、その内部留保も増加し、配当などの利潤所得も増加していました。内部留保は増えましたが、設備投資は冷えきっているので、溜め込む大企業が増えていました。
 このように二極化は着実に進展していたのです。
 覚えていることと思いますが、戦後最長と報道されるたびに、自分のまわりの状況とかけ離れてると思った人が多かったのではないでしょうか。
 もちろん、政府はこうした事実について沈黙。マスコミも「戦後最長」と煽るだけ。まるで戦時中の大本営発表。大敗しているのに、勝利の報道。どうしようもないですね。
 

2013年6月15日土曜日

TPP たった1日の延長を「日本に配慮」と書く日本経済新聞の「配慮」

 もうあきれてものが言えません。
 TPPの交渉内容は、7月23日にならないと、日本側にはいっさい示されないという「密室ぶり」。その後、7月会合では24日と25日のみです。相当な分量のドラフトを示され、その内容を理解するだけでも、2日ではたりません。
 それなのに、1日の延長をしたことをもって「日本に配慮」と書くしまつ。もう日経記者のすばらしい「配慮」ぶりです。誰に対してか? もちろん米国か日本政府、TPPの推進派に対してでしょう。
 限られた時間で、「成果を引き出す」のは不可能です。


日本経済新聞の5月25日の記事(一部)
【リマ=宮本英威】ペルーの首都リマで開かれていた環太平洋経済連携協定(TPP)の第17回交渉会合は24日、マレーシアで開く次回会合の日程を7月15~25日とすることで合意して閉幕した。日本は同月23日午後にも合流し、最長で3日間の議論に加わる。米国など交渉参加11カ国は初参加となる日本に配慮、会合の最終日を1日延長した。日本は限られた時間で成果を引き出すため、情報収集と体制整備を急ぐ。

服部茂幸『新自由主義の帰結』(岩波書店)を推薦 「なぜ、このような世界になってしまったのか」

 今日は、新しく出版された岩波新書を推薦します。
 私の講義(経済学入門)を履修している人は、是非、読んでください。
 また世間一般の人も、アベノミックスを信じている人も信じていない人も、是非、読んで欲しいと思います。

 同書は、⑴なぜ失業率が上がるのか、⑵なぜ賃金が停滞する(または低下する)のか、⑶なぜ金融危機・財政危機・通貨危機が頻発するのか、⑷なぜ1%と99%の間の格差が拡大するのか、を「新自由主義レジーム」という視角から分かりやすく説明しています。
 
 結論的に言えば、アベノミックスは、この「新自由主義レジーム」から抜け出すのではなく、むしろそれを追求するものです。
 
 安倍政権は、日銀に「異次元の金融緩和」を強要し、それによって年あたり2%のインフレーション(平均的な物価水準の上昇)を引き起こし、このインフレーションを通じて、景気を回復させると言っています。
 しかし、まともな経済学に、インフレーションが生じれば景気がよくなることを示す理論はありません。
 実際、今年、インフレーション「期待」を煽った結果、長期金利(新発10年物長期国債の金利)が上昇し、黒田総裁の日銀は慌てています。また「異次元の金融緩和」が行なわれるという「期待」は、円売り・ドル買いを引き起こし、円安・ドル高をもたらしました。その結果、確かに自動車産業などの輸出産業は輸出量を増やすことが期待されていますが、輸入物価が上昇し、所得の増えていない庶民の家計を直撃しています。
 
 景気がよくなるというのは、⑴失業率が低下し、⑵貨幣賃金が増加し、⑶消費需要が拡大し、⑷企業の設備投資も拡大する、といった状態を意味します。
 アベノミックスは、これら、特に⑴と⑵については、まったくといってよいほど沈黙しています。それが「新自由主義レジーム」を追求するものだからです。それは、貨幣賃金を抑制する性質のものだからです。
 実際、驚くべきことに、米国では、この40年間に労働生産性の2倍以上の上昇にもかかわらず、労働者の平均的な実質賃金率(1時間あたり)は低下してきました。
 そろそろ米国の「失われた40年」をもたらしたものの正体が何なのかに多くの人々が気づくべき時です。





2013年6月4日火曜日

TPPと農業  モンサントと一味が裏庭にやってくるのはすぐ間近


 TPPに関連して、Andrea Brower という人がISDS条項(投資家・国家紛争処理に関する条項)の怖さを紹介しています。今では、よく知られていることかも知れませんが、具体例が記載されていますので、一部を紹介します。
 「こうした民間の裁判所は、会社の経済的利益をいつも政府の権利より優先します。NAFTAのISDS条項の下で、メキシコ政府はHigh Froctose Com Syrupに対する課税のために3つの別々の会社に訴えられ、1億7千万米ドル近くを支払わされました。ISDSの歴史における最高の貨幣的報酬は、昨年執行され、そのとき、エクアドルは彼らの石油契約を終わらせるためにOccidental Petroleum Corpに17億7千万ドルを支払うことを命じられました。わたしたちは、ニュージーランドにおける資産売却に関する最近の論争を考え、また民主的な過程と対話の結果であるべき決定がそうではなく会社の弁護士をスタッフとする海外の法廷でどのように決定されうるのかを考えなければなりません。
 米国政府とバイオテクノロジー/化学産業は、GEのために「共通の規制的アプローチを開発する」ための道具としてTPPAを使おうと一生懸命になっています。換言すれば、他国に反民主的、不透明、そして非科学的な米国の規制の体制を輸出しようとしています。これは、表示法を無効にし、GEについての厳格なリスク評価をする国の力を失わせ、承認されていないGEの汚染物に対して会社の責任を免除するものです。」
http://www.itsourfuture.org.nz/coming-soon-to-your-backyard-monsanto-and-gang/ 

2013年6月3日月曜日

TPPに思わぬ一撃:チリの交渉担当者が厳しく非難


 TPP交渉のラテン・アメリカのチリ代表者として長らく交渉に参加してきた人物(ロドリーゴ・コントレーラス氏)が辞任し、TPPにおける「高所得国」(もちろん米国です)の要求を「われわれの国々(ラテン・アメリカ諸国)に対する脅威」としてきびしく批判し、ラテン・アメリカ諸国が協定に同意しないよう呼びかけました。
 しかし、TPPはラテン・アメリカ諸国だけでなく、日本を含むアジア諸国やオセアニア諸国の普通の人々にとっても、米国にとっても99%には脅威です。
 コントレーラス氏の主張の一部を以下に記します。

 ロドリーゴ・コントレーラス
 TPPは、今日世界で交渉されている最も重要な協定の一つである。交渉中の諸問題のより深く、広い取り扱いと関係する国の数と重要性のために、TPPは、その地理的な範囲を超えており、将来の貿易交渉の基調を構築することになるだろう。ラテン・アメリカの数カ国における貿易政策は、総じてTPPの目的と一致する。しかし、それはわれわれが如何なる形であろうとこの新しい協定に調印するべきではないことを意味する。ラテン・アメリカ諸国の現実と目標は、アングロ・サクソン諸国および参加しているアジア諸国とは異なっている。この地域に対する特別な利益の主題 —— 生物学的および文化的な多様性の保護、開発政策を計画し補足する柔軟性、過剰な規制なしでの薬品と教育材料へのアクセス、および知的所有権 —— は、国民と地域の利益を保護するべく慎重かつしっかりと交渉するべきである。各国の投票は、TPP交渉では平等な価値を持つ。ラテン・アメリカ諸国は、関係国の4分の1を構成しており、結果に影響を与えることができる。われわれの諸国は、知的所有権、環境保護、資本規制、および民間投資家の権利と国家との間の適切なバランスといった諸問題に関する多角的貿易交渉によって認められてきた柔軟性を必要とする。これは、TPPにおける最も豊かな国とその仲間の要求と圧力に直面して強い交渉力を必要とする。地域の諸国は、知識へのアクセス、質の教育、医療のカバー、およびそれらの経済(特にそれらの金融制度と為替相場制度)の強化を進めるために長い道を歩まなければならない。
 われわれは、インターネット上で利用できる知識へのアクセスに対する制限を避けなければならず、オンラインの内容のダウンロードに対する知的所有権保護を強化してはならない。またわれわれは、本、映画または音楽に対する著作権の保護期間の過大な拡張を承認するべきではない。それは図書館と学校でそれらを利用する可能性を制限し、より低い所得の人々にとってそれらを高価にするだろう。現在の期間を超える薬品の特許の保護を拡張したり、ちょっとした特許の申請に対する挑戦を規制することは、ジェネリック医薬品の利用可能性を遅らせ、薬品の費用を増やすことになる。最も弱い人々に対する公的医療予算および健康サービスへのアクセスがわれわれの国で、影響を受けることになる。
 われわれは地域内ではわれわれの経済の安定性に満足できるかもしれないが、高所得国を含むすべての国が経済危機の影響にさらされている。国際通貨基金(IMF)は、ラテン・アメリカに対する主要な挑戦の一つは金融セーフガードを適用する余地を回復することであると、繰り返し主張してきた。このような環境のもとでは、もっと資本移動を自由化することには意味がなく、それは金融安定性を安全に保つための正統な道具をわれわれから奪うことになる。
 ・・・高所得国の現実に応じて計画されたモデルの押しつけを拒否することが決定的に重要である。高所得国は他の参加国とはきわめて異なっている。さもなければ、この協定はわれわれの国にとって脅威となるだろう。それは、健康と教育、生物と文化の多様性、および公共政策の計画とわれわれの経済の転換におけるわれわれの開発オプションを制限するであろう。それはまた、われわれの国の繁栄と福祉を増大させる可能性を制限するTPP交渉の結果を認めるような政府に許可を与えることを嫌う、ますます活動的になる社会運動からの圧力を生み出すことになる。

http://www.nakedcapitalism.com/2013/05/chiles-recent-lead-negotiator-on-trans-pacific-partnership-warns-it-could-be-a-threat-to-our-countries.html

2013年6月2日日曜日

賃金を下げれば失業率が下がるというトンデモ理論

 橋下徹氏が最低賃金を下げれば、雇用が増え、失業率が下がると言ったようですが、これほど現実離れしており、欺瞞的な議論はありません。一般的には、最低賃金に限らず、実質賃金を下げれば失業率が低下するという(世の中で横行していて、半ば常識化している)議論が行なわれていて、最低賃金率の引下げによる雇用拡大という主張はその一部をなしています。もちろん、実質賃金を下げるためには(一番簡単な方法としては、例えば)企業が製品価格を据え置いたままで、貨幣賃金率を下げる必要があります。
 しかし、実質賃金引下げによる雇用拡大という議論は成立ません。その理由は、私のホームページ(社会経済時評)でも取り上げましたが、今日は、理論をいったん離れ、現実世界の実相からせまりたいと思います。これは1930年代にアメリカの経済学者、ダグラス大佐が行なったものに近いものですが、ダグラス大佐は当時の統計を詳細に分析して「賃金の理論」を構築しました。
 
 米国には多数の州がありますが、もし賃金が低いほど雇用が増えるなら、賃金の低い州ほど失業率が低いはずです。これはダグラス大佐も実際に正しいのか、検証を試みている点です。
 しかし、現実はどうでしょか? 次の図を見てください。これは米国の労働統計局のデータにもとづいて作成したものです(2012年4月のデータ)。ここから統計的に有意な相関を見いだすことはできません。それでもどんな相関が統計から認められるか、無理でも言うと、貨幣賃金率が高いほど失業率が低くなるという相関を指摘しなければなりません。実は、これは、James K. Galbraith氏がヨーロッパ諸国で検証した(もっとはっきりした)相関と同じです。



 もう一つ面白い図をお見せします。これは米国の製造業における貨幣賃金率(時間給)と労働時間(週あたり)にどんな関係があるかを示すものです。統計は、やはり2012年4月のものです。

 

 この図からは、相関関係はやはりそれほど高くありませんが、それでも貨幣賃金率(時給)が高いほど、労働時間が短くなる(逆は逆)傾向が認められます。これもダグラス大佐が発見した相関でした。この理由は、労働供給の側からは、貨幣賃金率が高いほど、より短い労働時間で生活に必要な一定額の所得を得ることができることにあります。ただし、ダグラス氏はもっときちんとした方法でそれを実証しました。
 もちろん、一人あたりの労働時間が短くて済めば、それは多くの人々(特に失業者)に職の機会を与えることにつながります。
 しかし、賃金率が低く、人がより長時間働かないと人並みの所得を稼げないような状況では、職の奪い合いが生じ、特定のより多くの人が失業することになります。
 以上が経済社会の実相であり、事実の示すところです。百歩譲っても、貨幣賃金率を引き下げれば、職が増えて失業が減るという証拠はどこにもありません。
 私の言うことは、理論的には、1936年にケインズが『雇用、利子および貨幣の一般理論』で明らかにしています。ケインズは、この書を書くために、1930年代にケンブリッジ大学で学生相手に講義をしながら、当時の経済的事実を念頭に自分の考えをまとめるという営為を行ないました。
 ところが、世の中には、ケインズなどを読んだこともなく、「ケインズは死んだ」といってケインズ殺しを喧伝し、また実証研究の検証を経ることもなく、ケインズの批判した新古典派の雇用理論を宣伝している人々がいます。そのような経済学者はまともではありませんので、相手にする価値もないと思いますが、メディアでは持て囃されているので、いっそう質が悪いと言えるでしょう。

*注1
 もちろん、貨幣賃金率が単位時間あたりの付加価値額より高く、利潤の成立する余地がなくなるほどであれば、事情は異なってきます。しかし、現在の米国やイギリスや日本で、そのような異常な高賃金率が存在するわけもありません。
*注2 
 統計データは、USA, Bureau of Labor Statisticsのデータベース(pay, unemployment)からダウンロードできます。