2015年11月26日木曜日

安倍黒ノミクスの嘘 輸入されたインフレが有害な理由 

 安倍政権・黒田日銀は、日本が「デフレ脱却」を果たしつつあると主張しているが、それは単純な嘘にすぎない。ここでは、次の2つの点を指摘しておきたい。
 1)そもそもリフレ論が立脚する貨幣数量説(マネタリズム、通貨主義)が単なる「信仰」であり、成立しないことは前に述べた通りである。
 中央銀行(日銀)が市中銀行に貨幣供給(マネタリーベース)を増やしたところで、市中銀行の人々(企業、家計等)に対する貸付が増えるとは限らない。また貸付が増えても物価水準が上がるとは限らない。さらにまた物価水準が上がることと、景気がよくなることはまったく別のことである。
 現実世界の経済をよく説明するポスト・ケインズ派の経済理論が示す通り、物価は、費用に、したがって所得に関係しており、費用=所得の側から説明されなければならない。
 そのことを示す一例をあげよう。例えば1992年の市場移行期のロシアで生じたように、旧ソ連の多くの巨大独占企業がてっとりばやく利潤を増加させようとして、販売価格を引き上げとき、当然ながら一般物価水準が上がり、それに対して(例えば)労働者が賃金率の引き上げを要求した。これは企業間、そして企業と労働者との間の所得分配をめぐる激しい紛争(コンフリクト)をもたらし、ハイパー・インフレーションを導いた。
 現在の欧米におけるもっと温和なインフレでも、理屈は同じである。(各経済主体が自己の所得を増やそうとして)労働生産性の上昇率以上に賃金または利潤を引き上げようとして力を発揮するならば、その結果はインフレとなる。
 そしてインフレーションは、通貨の膨張の原因となる。
 つまり、因果関係はリフレ派の主張とは逆であり、通貨の膨張がインフレーションをもたらすのではなく、インフレーションが通貨の膨張をもたらすのである。1990年代のロシアでも、通貨当局がインフレーションに対応して通貨供給を増やそうとしながら、それと同時にインフレーションを抑えるために通貨供給の増加を抑制しようとしたため、名目GDPに対する通貨量(M/Y)が極端に低下し、インフレの中の通貨不足になったことは周知のところであり、因果関係が<インフレーション→通貨の膨張>だったことを端的に示している。

 2)しかし、これに対して、安倍黒金融政策の中で、物価は上昇したではないかという異論があるかもしれない。確かにその通りである。だが、これについては、次の2点を指摘すれば済むだろう。
 第一に、「異次元の金融緩和」(量的緩和)の実施およびその宣伝は、円売り・ドル買いを通じて、円の切り下げ(円安)を招来した。(ちなみに、この通貨切り下げ競争は、現在、日本にとどまらず、米国、中国、欧州で進行している。)しかし、言うまでもなく、円安は、外貨高を、したがって外国からの輸入品価格の上昇を意味している。日本円のバーゲンセールは、日本製品の価格下落と輸入品の価格上昇を意味することは、経済学の常識、イロハである。
 第二に、このようにして実現された輸入インフレは、はたして日本の景気を好転させるだろうか、疑問である。たしかに輸出企業は輸出量を増やし、円建ての輸出額を増やすことができるだろう。(事実、トヨタなどは収益を増やしているようである。)しかし、それは事柄の一面にすぎない。むしろ結論的に言えば、輸入インフレは景気を悪化させる危険性がきわめて高い。なぜならば、輸入品の物価上昇は、国民の可処分所得を物価上昇分だけ海外に流出させる(漏れさせる)ことによって国内需要を減らすからである。
 それを端的に示すのが、1970年代の2度に渡る石油危機の経済的帰結である。当時、凄まじいインフレーションが進行し、それと同時に景気が著しく悪化した。何故か? 一方では、原油の輸入価格が短期間に数倍に上がり、それがまず生産者物価の上昇を、次いで消費者物価の上昇を結果し、つまりは「輸入インフレ」をもたらした。他方、原油価格の上昇は、その分だけ世界の原油輸入国の可処分所得を産油国に移転させ、つまりその金額だけ消費需要を縮小させ、景気を悪化させた。これが、当時、「スタグフレーション」といわれた現象である。
 イギリスの著名な経済学者、ニコラス・カルドアは、実に世界全体の可処分所得の4パーセントに等しい金額が産油国の銀行口座に流れ、その分だけ「デフレ効果」をもたらしたことを明らかにしている。これは石油危機前に(例えば)2パーセントの成長率を実現していた国民経済をマイナス2パーセントに引き落とす効果を持つものだった。(『世界経済の成長と停滞の原因』)
 もちろん、現在の輸入インフレによるデフレ効果は、これよりは小さい。しかし、それが景気をよくするように作用するのではなく、逆であることは変わらない。

 実際、安倍晋三首相・黒田日銀総裁の「約束」に反して、景気はよくなっていない。名目賃金はわずかに上昇したが、実質賃金率は低下している。もちろん実質賃金率の低下をともなうような「デフレ脱却」はありえない。安倍黒ノミクスはとっくに破綻しており、彼らは現在狼狽していることだろう。彼らが国民に「古い約束」を思い出させないように、次々に実現可能性のない「新しい約束」をしては、「嘘」の情報を垂れ流しているのはそのためである。

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