2016年10月31日月曜日

アベノミクスとは何か? 幻想と真相

 講演用に作成した原稿です。急いで作成しましたので、不備な点が多々あるかと思いますので、少しずつ推敲・改稿するつもりです。


はじめに

 2013年初の安倍政権の誕生以来、「安倍の経済政策を意味する「アベノミクス」なるものが登場し、それは長期にわたる日本経済の「デフレ不況」を克服するための経済政策であると説明されてきた。しかし、実際には、どうなのだろうか? またあるところで安部首相は、「民主党政権」の時代に低下してきた(?!)賃金(雇用者報酬)の引き上げを実現するとも約束した。この約束(公約)は果たされたのだろうか? 
以下では、私たちの暮らしに関係の深い賃金所得(雇用者報酬)に力点をおいて検討したい。検討する項目は、次の通り。
 1)「アベノミクス」の名の下にどのような政策が実施されてきたのか?
 2)それはどんな結果をもたらしたのか?
 3)アベノミクスに代わってどのような政策を行うべきなのか?

1 「アベノミクス」の下で何が実施されてきたのか?
 さて、「アベノミクス」のように、時の政治家の名前に経済学を意味する「ノミクス」をつけて呼ぶのは、1980年代初頭におけるアメリカ合衆国大統領レーガンの「レーガノミクス」にはじまる。当時、欧米日は石油危機を原因とする深刻な「スタグフレーション」(インフレと失業、停滞または景気後退の同時発生)に悩んでいた。レーガンはそのような事態を「レーガノミクス」によって克服し、新たな成長を実現すると約束した。
しかし、実際には、それから現在に至るまで、一方では、大企業と富裕者を優遇する政策(法人税減税、所得税の限界税率の引き下げなど)が実施されるとともに、他方では、「労働市場の柔軟化」(解雇規制の撤廃、低賃金・非正規雇用の拡大、実質最低賃金の引き下げなど)が実施されて賃金が抑制されはじめる。それは格差社会を生みだしたのである。また約束された「トリクル・ダウン」も生じなかった。しかし、いったん始まった、この「新自由主義政策」は今日にいたるまで止めることができなかった。
 2013年以降の「アベノミクス」の場合は、インフレ(物価上昇)ではなく、デフレ(物価低下)を伴う不況・停滞(「デフレ不況」)という点で、1980年代の米国と異なるが、停滞や不況を克服し、賃金所得の上昇を実現すると約束した点では共通点を持つ。
 実は安倍首相は、彼の言う「デフレ不況」がなぜ生じたのか、その理由について何も説明していない。ただ「アベノミクス」を実施すれば、それを克服することができると繰り返すにとどまっている。
そこで、まずは安倍氏が「デフレ不況」と言う現実を少し見ておこう。
 図1は、GDP(国内総生産、正しくは国内粗生産)の推移を示す。ここで名目GDPというのは実際の貨幣額によるGDPであり、実質GDPとは物価水準の変化を考慮して調整した後の、実質的なGDPを意味する。見られるように、名目GDPは、民主党政権の始まった時ではなく、自民党が政権にあった1997年から低下しはじめ、2011年まで傾向的に低下しつづけてきた。しかし、実質GDPは必ずしもそうではない。それは2000年以降も2007年まで増加しつづけており、200809年の米国発金融危機(輸出の激減)による不況によって低下したが、2009年に「底」を打ったのち、しだいに回復していた。つまり、金融危機時を除けば、実質GDPは決して低下していなかったのである。これは名目GDPが低下していても、それと同時に諸物価が低下していので、実質GDPはわずかながらでも増加していたことを示している。
図1 GDPの推移

 私たちの暮らしと密接に結びついている雇用者報酬(賃金)はどうだろうか? 図2からは、1997年から安部政権がスタートする2012年初まで名目賃金だけでなく、実質賃金も大幅に低下するという、きわめて衝撃的な事実が認められる。(なお、この期間のほとんどは自民党政権の時代である。)
図2 賃金指数の推移

 これらの事実は、GDPの低下、特に名目GDPの低下が賃金の低下と密接に関係していることを暗示しているが、この点については後段でもう一度触れることとする。
 それでは、この時期に日本の企業はどのような状態にあったのだろうか? 図3から確認しよう。
ここでは資本金100億円超の大企業(法人)の所得(利潤)を示しておくが、ここからいくつかの重要な点が確認される。第一に、1990年代初頭のバブル崩壊後、大企業の利潤が大幅に縮小したことは間違いない。しかし、それは1980年代のバブル期の異常に膨張していた利潤が本来の水準に戻っただけともいうことができよう。第二に、1997年以降、利益は拡大傾向に転じており、従業員の賃金所得が低下するなか、2007年には史上最高を記録している。第三に、利益は200809年の金融危機時に低下したが、その後はふたたび回復に転じている。しかもそれは物価水準が低下するという状況の中での回復であり、実質的には史上最高値を超える水準にあったといわなければならない。そのような中で、法人企業統計の内部留保も増加し、20163月末時点では366.7兆円にまで達した。
図3 大企業の所得=利潤
  

 このように1997年以降の日本経済は、大企業の利益の大幅増加と労働者の賃金所得の低下という「相反する」現象によって特徴づけられていたことがわかる。
 しかし、安倍首相は、こうした点には一切触れることなく、またそもそも「デフレ不況」の理由はどこにあったのかを科学的に問うことなしに、ただ「アベノミクス」を実施すれば、そこから必ず脱却できると繰り返しているにすぎない。
以下では、安倍首相の宣伝してきた「3本の矢」に即して、かつ日本政府の公式統計を使ってその真相を検証しよう。
<異次元の金融緩和策>
よく知られているように、アベノミクスの中でも最も強調されてきたのは、先例のない水準の「異次元の金融緩和」を実施すれば、物価が上昇し(目標は年2%)、それとともに景気がよくなるはずだという主張である。
この金融緩和という「業界用語」を一言で説明すれば、いわゆる「量的緩和(QE)」、すなわち<日本銀行が市中銀行(以下、銀行)に大量の貨幣を供給する>ということである。こうした銀行への貨幣供給は、銀行の保有する国債や株式などの有価証券を日銀が購入し、その代価を支払うことによって実現される。例えば1000億円の国債を日銀が購入すれば、1000億のお金(円)が銀行に支払われる(日銀預金口座に振り込まれる)。なお、日銀(中央銀行)が銀行に供給する貨幣(お金)をマネタリーベースという。
この政策の支持者は、そうすれば銀行が企業への貸付額を増やすはず、と主張する。すると企業が銀行からの融資で設備投資の金額を増やすため、企業の生産能力が上昇し、結果的に経済の成長が実現されるとも主張する。また大量のお金が社会に出回ると、物価が上昇しはじめ、貨幣価値が下がるという「期待」を持つことになるので、人々は消費財の購入を増やすことになり、その結果、景気がよくなるはずだ、と主張する。そして最終的に景気がよくなれば、賃金も増加するはずだと結論する。(図4参照)
図4 アベノミクスにおける金融緩和政策の構図

図5 マネタリーベースと貨幣ストック

しかし、実際に事態はそのように都合よく進むだろうか?
図5は、確かに2013年から黒田日銀が銀行からの国債等の購入を通じて、巨額のお金を銀行につぎ込んだことを示している。マネタリーベースは2013年以降の短期間に何倍にも増えた。しかし、銀行が企業等に貸し付けるお金(M2M3など)はそれほど増えてはいない。確かにまったく増えていないわけではなく、若干増加しているが、この増加分は主に銀行が国債や株式などの金融資産の購入にあてたために増えたにすぎない。それが2013年以降に株価が上昇する一因となったことも確かである。しかし、それは企業が設備投資額を増やすために銀行からの貸付を増やしたことを意味するものではなかった。マネタリーベースの増加が生産能力の成長に奉仕したというわけでは決してない。
そもそも1930年代のオクスフォード大学調査でも、企業が金利に対して敏感でないことは明らかにされている。企業が設備投資をするのは、有効需要(C+I)が将来増加するという期待があり、そのため生産能力を拡大する必要があるという認識がもととなっている。
現在のように、賃金が抑制されており、消費需要が将来も抑制されることが期待できない以上、また企業が巨額の内部留保をため込んでいるため、仮に設備投資の必要があっても、銀行貸付に依存することが期待できない以上、マネタリーベースをどんなに増やしても、また2016年1月の政策会合で決定されたようなマイナス金利がイールドカーブを下方に押し下げたとしても、それだけで銀行の貸付が増加するわけではない。
また人々は物価上昇と好況を「期待し」、消費支出を増やしたわけでもない。そもそも異次元の金融緩和をすれば、人々が将来の成長を「期待」するはずだというのは、政府の勝手な思い込み、あるいは「愚民政策」にすぎない*。

*アメリカの経済学者ガルブレイスは、比喩的に「紐で引っ張ることはできるが、紐で押すことはできない」と述べている。これは、金融政策の非対称性とも呼ばれるものであり、これが歴史上最初に示されたのは、1930年代のことである。
1935年3月18日に実施された銀行業および通貨に関する下院委員会の前のヒアリングでは、連邦準備制度理事会議長と議員の間で次のようなやりとりがあった。
エックルス理事 「現在の環境下では、極めてわずかなことしか行うことができません。」
ゴールズボロ議員  「紐を押すことはできないという意味ですね。」
エックルス理事  「それはよい表現方法です。紐を押すことはできません。 私たちは、不況の深みにおり、私がこの委員会の前に何回も言ったことがあるように、割引率の引き下げを通じて、また余剰の準備金の創造を通じてイージーマネーの状況を作ることを超えています。準備組織が回復をもたらす方向に向かってできることは、あるとしてもほとんどありません。 私は、信用インフレーションの点にまで発展している大きなビジネス活動の条件の中では、金融行動が過度の拡大をきわめて効果的に抑制することができると信じています。」
ブラウン議員 「それは紐を引っ張る場合ですね。」
エックルス理事 「そうです。 割引率の引き下げを通じて、チープマネーを作り、また余剰の準備金を創出すれば、特にもしその力がこのような適切な要件の拡大と結びつくならば、デフレーションを止める可能性があります。」
 (この下線部が重要である。)

それでは、肝心の賃金(雇用者所得)はどうなっただろうか?
<消費税増税と消費不況>
この点に移る前に、安倍政権によって実施された消費増税について触れておこう。
20144月から消費税が5%から8%に引き上げられたことは周知の通りである。安部政権は、消費増税前には、「財政健全化」のために増税が必要だと訴える一方、他方では社会保障費を充実させると約束していた。推計では、これによって約8兆円の租税収入の増加が見込まれていた。
しかし、経済全体で考えると、それは人々(家計)の可処分所得を8兆円ほど減らし、消費支出を冷え込ませる効果を持つ。これは常識を持った人なら誰でも理解できる経済学的常識とでも呼ぶべきものである。ただし、もし政府が財政支出を8兆円増やすならば、家計の可処分所得の減少分≒消費支出の減少分はカバーされるだろう。しかし、社会保障費の拡大という約束は果たされなかった。そしてそうであるからには、消費の冷え込みは火を見るより明らかであった。実際、それは消費不況を招いた。
この事態に対して安倍政権はどうしたのか?
<景気対策の財政出動>
政府は、景気対策として財政出動という「第二の矢」を放ち、公共事業費6兆円増加を決定した。しかし、まさにそれはアベコベ政策といわなければならない。一方で「財政健全化」のためといいながら消費増税を実施し、他方で消費需要の低迷、景気の悪化をまねくからと「財政健全化」に反する政策を打ち出すというのは、大きな矛盾である。 
しかし、このように経済・景気に一撃を与えた安部首相にとっての最大の問題は、そのままでは賃金が引き上げられるどころか、引き下げられるかもしれないという点にあった。しかも、「異次元の金融緩和」で2パーセントの物価上昇という目標を設定している以上、名目賃金の低下はもちろんのこと、2パーセント未満の上昇でも実質賃金は低下するということになる。また――ここでは詳しく述べることができないが――、金融緩和政策が円安・ドル高をもたらしていたため、実体経済においては輸入品物価の大幅上昇を通じた物価高(インフレ)が生じていた。このインフレは、いわば輸入インフレであり、国内的要因によるものではなかったが、インフレはインフレであり、日銀はそれをとらえて金融政策の成果と強調していた。
そこで安部首相が行ったのは、経団連(大企業)との談合による賃金引き上げであった。彼は、<2パーセントを超えて賃金を引き上げる>ことを求め、この要求は受け入れられた。またNHKなどのマスメディアがそれを大幅な賃上げの実現として宣伝した。とはいえ実際に名目2パーセントを超えたのは一部の大企業のみであり、日本全体では実質賃金はむしろ低下していた。

<大幅な法人税減税>
しかも、この賃金引き上げは無償で行われたのではなかった。その見返りとして、安倍政権は、経団連のために(つまり大企業のために)法人税(とりわけ大企業)の大幅減税を実施した。一方で、財政健全化といいながら消費増税を実施し、他方で、こっそりと法人税の大幅減税をするという安部政権のアベコベさはこの点にも示されている。この政府と経団連の談合は「三角取引」と呼ばれている。しかも、安倍首相は、減税を景気対策として宣伝のために使った。まさに空いた口がふさがらないとはこのことである。

図6 法人税の減税(資本金別)


図7 賃金の動向(従業員5人以上の企業)

 
 実際、図7が示すように、確かに名目賃金はわずかに上昇したが、実質賃金は2014年に低下し、2015年にも低下した。

<これまでのまとめ>
 ここで安部政権の施策を簡単にまとめると次の通りとなる。
  ・異次元の金融緩和策
円安(=ドル高)による輸入品物価の上昇→庶民の家計を直撃
  ・消費増税(財政健全化のためといいつつ)による増税による消費不況
  ・消費不況を克服するための公共事業・財政出動(財政健全化に反する)
  ・政府と経団連の談合(三角取引)
     大企業の賃金引き上げとそのマスメディアによる宣伝
大企業中心の法人税率の大幅引き下げ
  

<成長戦略 毒矢>
ここまで、安倍政権が実際に何を行ってきたかを説明してきたが、それでも、アベノミクスには「第3の矢」(成長戦略)があり、それに期待をかけたいという人がいるかもしれない。しかし、この成長戦略は新自由主義政策に片足を突っ込んだ政策であり、「毒矢」にすぎない。
実は、安倍首相は、政権発足の当初から「成長戦略」に触れていたが、実際にはその中身を説明することはほとんどなかった。しかし、最近、特につまり衆議院選挙と参議院選挙が終わってから、その内容がはっきりしてきた。
端的に言えば、成長戦略とは「世界で一番企業が活動しやすい国」をつくるということに他ならない。その点では、アベノミクスはレーガノミクスと同じく「新自由主義政策」、あるいは森、小泉・竹中両氏が推進してきた「構造改革」と基本的に同じものといえよう。
その内容は、一方では、すでに行ったような法人税(とりわけ大企業の法人税)を減税し、その利潤(→配当と内部留保)を増やす手助けをし、他方では、「労働市場の柔軟化」を通じて賃金抑制を容認する(または推進する)というものとまとめることができる。具体的には、派遣労働を固定する派遣法の改正、解雇規制の撤廃、ホワイトカラー・エクゼンプション(残業代ゼロ)などです。この他に、社会保障水準の引き下げや、経済の軍事化が目標とされています。要するに、成長戦略とは、法人税減税や規制緩和による大企業の「稼ぎ」のお手伝いをする政策システムに他ならない。
もちろん、これらの庶民にとって評判の悪い政策が大々的に宣伝されることはない。人気取りの愚民政策とは反対に、これらの政策は(すでに上で見たように)これからもこっそりと行われる危険性がある。

<金融緩和策の終わりと危険性>
 ところで、上段では、金融緩和策が実体経済に大きな効果をあげることなく終わったと述べたが、それは効果を上げなかったにすぎないといって済むものではなく、日本社会にとって大きい危険性をはらむものである。

 図8 株価指数と資金の動向


 アベノミクスには、これまで触れなかったもう一つの側面があった。それは金融資産価格の「官制相場」を生み出したことである。戦後1980年代以降、世界経済は金融化し、その中で株式などの金融資産の価格が上昇することが経済の発展・成長にとってよいものであるという雰囲気が作りあげられてきた。この雰囲気は、米国の主流派経済学者(それに日本の御用経済学者)の教義、つまり資産価格が上がると「資産効果」によって消費需要が拡大して景気がよくなり、経済が成長するという教えによって正当化されてきたものである。アベノミクスは、この雰囲気に迎合し、またそれを利用したのである。
 ところで、資産市場では株式などの資産を取引する人が増え、市場に投じられる資金量が増えれば、それに応じて資産価格が上昇するという性質がある。(これは多くの財、特に工業製品とは異なる性質である。)しかも、資産価格が上昇すると、キャピタルゲイン(資産の売買差益)が生じるため、購入しようとする人々が増え、彼らが購入資金をさらに増やそうとする傾向が生まれる。だが、資産価格はいつまでも上がるわけではなく、ある時点で資産を売ってキャピタルゲインを実現する人々が増えると、反対に低下に転じる。
 ともあれ、安部政権が行ったのは、資産市場のこうした性質を利用した「官制相場」の演出である。図8は、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資金が国内株式の購入のために大量に投じられたことを示している。また同じ時期に日銀によるEFT(指数連動型上場投資信託)の購入も積極的に行われはじめた。その結果、市中銀行の株式購入の増加と相まって株価の上昇、あるいは上昇の「期待」が生まれたことは言うまでもない。
 そして、この時にそのような「期待」に外資(各種ファンド)が乗った。こうして官製相場による株式価格の上昇を期待した日本株式の購入が始まり、それは株価(図では日経225)をかなりの程度に押し上げた。しかしながら、この期待に沿った外資の日本株購入もすでに2013年度末から2014年度初には終わった。この頃、日経22515,000円を超えていたが、すでに外国資本は新たな株式購入を控えるようになった。
 たしかにその後も株価は上昇している。しかし、2014年度以降の株式市場を支えたのは、すでに外資ではなく、主にGPIFの資金の投入と日銀資金によるEFTの購入であった。そして2015年度に入ると外国資本による日本株の売却が始まり、株価は下落した。それはGPIFに巨額の損失を与えた。(それが年金の支給額に大きな影響を与えることは言うまでもない。)そしてGPIFが新たな国内株式の購入を実施しえなくなった現在、株式を買い支えることができるのは、日銀のEFT購入しかないという状況である。それがなければ株式はさらに暴落するだろう。このようにアベノミクスの金融政策はきわめて危険な性質を持っている。
 また上記の「資産効果」についても触れておくと、株価が上昇した2013年から2015年前半の時期に人々の消費需要が大幅に増えることはなかった。この理由は明らかである。99%の人々にとっては、賃金(雇用者所得)がもっとも基本的な生計手段であり、それが実質的に増えるという「期待」がない限り、消費支出を増やすことはありえない。(この点については、より詳しい説明が必要かもしれないが、ここでは以上にとどめておく。)
 総じて、アベノミクスの金融政策(異次元の量的緩和)に関しては、現在、それが失敗に終わり、事実上放棄されたことが明確になった。それは次のことからうかがわれる。
 ・日銀のインフレ目標が当初の約束時期を過ぎても達成できず、再三にわたって延期されていること。
 ・今年1月下旬の日銀政策決定会合で「マイナス金利」の導入が決定されたこと。
 ・今年9月下旬の日銀政策決定会合で、金融政策が貨幣ストックの量的拡大から金利政策(長期金利の抑制)に移されたこと。10月にいたっても「マイナス金利」の深堀りはなく、金利政策(長期金利の抑制)が事実上の金融政策となった。総裁のメンツを守りつつ、日銀事務方がマネタリストを「中二階」へ、マイナス金利を「床の間」に追いやったと言われている。(Facta, 201611月号)

3 むすび

 以上、アベノミクスの名の下にどのようなことが実施されてきたのかについて述べてきたが、最後にむすびとして、「デフレ不況」とは何だったのか、またアベノミクスとは何だったのか、簡単に記しておこう。

<いわゆる「デフレ不況」の本当の原因>
 さて、いままで明示しなかったが、ここでいわゆる「デフレ不況」の本質的な理由、それが何故生じたのかを説明しよう。それは私たちが「アベノミクス」を放棄するべき理由を明確にすることにもつながる。
 結論的に言うと、1997年以降の長期停滞の背景には、大企業の利益優先、政府による企業優遇策(つまり広い意味での供給側の経済学)と、それと密接に関係する(名目・実質)賃金の低下があり、またその背後には「構造改革」があった。その出発点は1990年代半ばに遡ると考えられる。
 1994年、OECDは「職の研究」(Job Study)を公表し、それを日本政府が受け入れたが、その内容は、先進国で失業率が高い(または上昇した)のは、労働者の賃金が高いこと、また労働者の賃金が平等主義的に分配されているという見解としてまとめられる。この主張は経済的事実にまったく反しており、世界中の多くの優れた良心的な経済学者から痛烈な批判をあび、後に2004年頃にOECDも撤回したが、それまでにきわめて大きな、悪い影響を与えてしまったものである。
 しかも日本では1995年に、経団連が『新時代の日本的経営』で、低賃金の非正規雇用の拡大を宣言する。また、この頃から成果主義や能力主義も喧伝されることとなった。さらに1997年には橋本財政構造改革が実施されたが、それは11兆円ともいわれる消費増税と社会保障費負担増によって消費不況を招き、いったん落ち着いていた金融危機の再燃をもたらした。日本企業が実際に非正規雇用の拡大による賃金引き下げを始めたのは、まさにこの頃からである*。
1997年から始まる日本企業の雇用戦略転換の危険性を指摘する文書がある。2000年の日銀調査統計局の調査「日本企業の価格設定行動」(『日銀調査月報』20008月号)。これは、デフレと賃金低下=景気悪化の関係を指摘したものである。また欧米各国でも同様の調査が行われています。

 こうしたことは、日本企業が戦後の雇用戦略を根本的に転換したことを意味するものであった。また、それに加え、日本でも21世紀初頭の小泉構造改革期に失業率が高くなり、賃金をさらに抑制する動きを強めたという事実も見逃せない。
だが、それにもかかわらず、それ以降、経済政策の場では、日本企業の雇用戦略の転換が停滞・不況の要因として批判されることはなく、日銀が景気対策をとらないとして――主にリフレ論者(異次元の金融緩和論者)から――激しい批判にさらさえるようになる。
 確かに、個別企業の立場から見れば、賃金(人件費)を圧縮し、販売価格を引き下げれば、その企業は販売を拡大し、うまくやれることになるかもしれない。しかし、もし日本全体の企業が同じことを一斉にやったならば、その結果はまったく異なったものとなる。日本社会全体の賃金所得(雇用者報酬)は縮小し、その結果、賃金所得からの消費支出が縮小し、消費不況に陥ることになることは明白である。
 ところが、最初に述べたように安倍首相は、「デフレ不況」の理由を一切述べることなく、アベノミクスをやれば「デフレ不況」から必ず脱却できると主張してきた。
 しかし、これまで見てきたことからも明らかなように、それはまったく期待できない。そこには、現在の企業者経済において、どうしたら従業員の賃金率を労働生産性の上昇に応じて持続的に引き上げてゆくことができるか、何のポリシーもない。それどころか、成長戦略を含めて、それに反する政策が一貫して実施されてきたといわざるを得ない。この政策が破綻したことはもうずっと前から明らかになっているといってもよいだろう。
ただし、アベノミクスには、「トリクル・ダウン」というトリック(姑息な愚民政策)があり、「企業業績が回復すれば、いつか賃金は上がるだろう」と答えることも可能である。「いつ上がるのか?」と問われたら「二三年後に」と答えておけばよい。あとは人々が忘れるのをまてばよい!(マスコミに登場する評論家の中にも、このような手合いがいる。)*
*私の知る限りでは、この語句は、1930年代初頭にウィル・ロジャースという人物(ヒューモリスト)によって使われたそうである。その頃、世は「大不況」の真っただ中であったが、アメリカの大統領だったハーバート・フーバーが採用していた政策をロジャースが皮肉ったとされている。
 「お金を持たない人々にお金がしたたり落ちるという希望の中で、ほとんどすべてが上位階層のために横取りされてきた。」
 ここに見られるように、「トリクル・ダウン」の比喩は、愚民政策を批判するという意味を持っていた。

<企業者経済における対抗力の必要>
それでは、いったいどうしたら賃金は上がるのだろうか?
それは「対抗力」を市民、勤労者が得る以外にないだろう。
そもそも私たちの住む社会では、市場経済が営まれているといわれるが、現実の経済社会は企業者経済(ケインズ)であり、そこでは企業、特に大企業が圧倒的な力を持つのに対して、それに雇われて働く側(従業員)や中小企業は非力に過ぎない。もちろん、個々の企業経営者は自分の従業員に対して悪意を持っているわけではないとしても、彼らは競争の中で、より多くの利益を実現するため、許容されれば人件費=賃金を抑制しようとせざるを得ない。そこで、賃金の引き上げをはじめとする労働条件の改善のためには「対抗力」が必要となる。この平凡な真理は、アメリカの伝説的な経済学者ガルブレイスが1952年に指摘したものである。
実際、この対抗力は「黄金時代」(1950年代~1980年頃まで)には様々な形(完全雇用政策、最低賃金制、解雇規制、非正規雇用の制限、労働組合の放擲保護など)で維持されていた。当時、労働生産性が上昇すると、それに比例して賃金も引き上げられていたのはそのためである。もちろん、これは企業にとっては必ずしも喜ばしいことではなかったかもしれないが、社会全体としては、国民の所得と消費支出を増やし、景気の好循環を生み出すシステムとなっていたということができる。
 ところが、最初に紹介したレーガノミクス(プラスイギリスのサッチャー主義)がそれを弱体化した。日本でも、1997年以降に、様々な事情(金融危機、高失業、構造改革)が組み合わさって、世界に例を見ないほどの賃金の圧縮がはじまってしまったということができる。
 このように言うと、もし市民、労働側がふたたび対抗力を持ち、実際に賃金を引き上げることになると、インフレが生じてしまうのではないかと心配する人がいるかもしれない。もちろん、企業活動を維持できなくするような極端な賃金引き上げは経済を損ねるだろう。しかし、例えば日本全体で労働生産性が平均して2%上昇し、すべての人々の賃金も2%上昇すれば、消費支出も2%上昇し、バランスの取れた成長が実現される。(今は簡単のため、年金のことは考えない。)
アベノミクスには、その表向きの「人気取り」のキャッチコピーとは裏腹に、実体経済をよくしない金融緩和、消費増税、法人税減税、利潤のための賃金抑制の構造の持続、新自由主義的な成長戦略など、本質的に99%の人々の利益に反する様々な要素が含まれていることは疑いない。
確かに、アベノミクスは、様々な要素が含まれており、「ケインズ主義的」な要素も含まれているから、評価するべきではないかという声があがることもある。しかし、佐和隆光氏が鋭く指摘しているように(『経済学のすすめ』岩波新書、2016年)、安倍政権の政治経済運営に特徴的なのは、国家資本主義ともいえる性格、すなわち人びとの自由と権利をないがしろにした「国家主義的な」色彩の異常な強さである。そもそも日銀の「異次元の金融緩和策」からして従来、保守政権が金科玉条にしてきた中央銀行の独立性を大幅に損なうものであり、さらに株価の「官製相場」、法人税減税と引き換えにした賃金引き上げのための国家主導の「談合」、軍事立国化、国民の世論に反した原発の強硬な推進など、その国家主義的色彩は否定するべくもない。しかも、この国家主義によって人々の賃金所得が確実に増える保証はない。ある情報によれば、安倍政権べったりと揶揄されている榊原経団連会長ですら、諮問会議で「経済の先行き不安がある中で、どういった形でモメンタム(勢い)を維持するかはこれからの議論だ」と、賃金引き上げに慎重な姿勢を示したという(Facta、11月号)。一方、これに対して、官邸は談合に反して賃金が引き上げられない場合、巨額に膨らんだ企業の内部留保に課税するという脅しをかける「二段階作戦」を検討しているという(東京新聞、Factaなど)。
これら一連の政策は1980年代のレーガノミクスの「新自由主義」とは異なるが、ケインズ主義でもない。それは国家主義的な「偽ケインズ主義」であり、人びとの平等、自由と権利の尊重に立脚した社会を作り出すものでは決してない。
                              (終わり)


参考文献
萱野稔人編著『金融緩和の罠』集英社新書、2013年。
石水嘉夫『日本型雇用の真実』ちくま新書、2013年。
伊東光晴『アベノミクス批判 四本の矢を折る』岩波書店、2014年。
富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』文春新書、2014年。
服部茂幸『アベノミクスの終焉』岩波新書、2014年。
山家悠紀夫『アベノミクスと暮らしのゆくえ』岩波ブックレット、2014年。
森永卓郎『雇用破壊 三本の毒矢は放たれた』2016年。
牧野富夫編著『アベノミクス崩壊 その原因を問う』新日本出版社、2016年。
浜矩子『アホのミクスの完全崩壊に備えよ』角川新書、2016年。 
  翁邦雄『日本銀行』ちくま新書、2013年。
  仙台経済学研究会『経済学の座標軸』社会評論社、2016
  佐和隆光『経済学のすすめ』岩波書店、2016年。

 統計データ
  財務省、法人企業統計
  財務省、国民経済計算統計
  財務省、国際収支統計
  GPIF、運用状況
  日本銀行、毎旬営業報告
  日本銀行、主要時系列統計データ表
  日本銀行、調査月報
  厚生労働省、毎月勤労統計調査
  厚生労働章、賃金構造基本統計調査
  
 
*山家悠紀夫さんの『アベノミクスと暮らしのゆくえ』は、2年前に2014年に出版された本ですが、おすすめの本です。

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