2016年10月5日水曜日

政権党の「国民分断策」

 権力者は、自分の政策が失敗したと気づいたとき(例えば構造改革が失敗したり、アベノミクスの失敗に気づいたり、また昨年のように国民が安保法制の違憲性、危険性を知り、支持率が低下したときのように)、様々な方法に訴える。
 その方法はいろいろあり、ナショナリズムに訴えるのも一つであり、「国民を分断させる」のも一つである。
 もちろんナショナリズムに訴える場合には、外部の相手が必要である。例えば中国である。これについては、あの豊洲問題でも取りざたされている石原慎太郎氏であるが、彼が尖閣問題の火付け役であったことは、多くの人が記憶されているだろう。
 石原氏は、日中国交正常化の過程で、その問題をあえて伏せておこうと決めた日中両国のナショナリズムに火をつけた張本人である。それ以後、「ナショナリズムの悪循環・昂進」ともいうべき事態が生じた。中国側の対応も問題だが、日本側の対応も問題である。

 これについては、身内の恥をさらすようだが、個人的な話をするのがわかりやすいかもしれない。私の知り合いの一人(プライベートな事なので詳しくは、記さない)が、テレビを見ながら、まさに安部政権の喜びそうなことを一昨年から言い始めていた。
 私はそばにいて、これは危険な「ナショナリズムの悪循環」であると諭し、「もし集団的自衛権(つまり日本を攻撃していない他国を攻撃する権利)を認め、安保法案を成立させたら、あとで後悔することになりますよ」とも、「あなたは本当に中国と戦争するつもりですか」とも、異見を言っていたことがある。私の言う、あるべき外交政策とは、ナショナリズムの悪循環を止める政策、軍事によらず平和を追求する政策に他ならない。
 これは歴史的には経済的にも最も理にかなった策である。

 さて、政治家の悪用するもう一つの策は、国民分断策である。「分割して統治せよ」は、古来からの独裁的な権力者の便利な道具であることは、よく知られている。なぜ便利かと言えば、分割すれば、権力者に対抗する人々は、それぞれの部分問題に制限されるため、常に少数派となるからである。したがって対抗する方法は、団結(union)である。

 現在、またこれまで自民党を中心とする政権が行ってきた分断策の分断線の一つは、年齢グループに関するものである。若年者と高齢者を分断し、特に高齢者の負担が若者にのしかかっていると主張する方法である。

 このような方法は、アメリカ合衆国でも主に共和党によって行われてきた。しかし、実に驚くべきことに、先の大統領選の予備選挙で見られたように、アメリカの民主党内では、主に若者がそのような策に反対し、バーニー・サンダース氏の「民主的社会主義」に賛成の意思を示した。なお、イギリスでも同様な傾向が生じており、労働党内で、若者達が1990年代以降のブレアー以降に続いた「新自由主義」政策を拒否し、社会民主主義の新たな再建を支持している。これは長らく「新自由主義の牙城」であったアングロ・サクソン系の国における新しい変化の前兆ともいうべきものである。
 
 それはさて、このような分断策にのせられないことが如何に重要かは、次に示すガルブレイス氏の論説からも見られる通りである。
 The Daily Beast に載せられた彼の主張を読んでみて欲しい。


ジェームス・ガルブレイス「これは赤字のドローンにとって終わりとなるか?」
 The Daily Beast (2013123日)

戦争では、しばしば潮目の変わる瞬間がやってくる。1918年のルーデンドルフの攻勢の崩壊は、休戦の前兆であった。アーデンにおける敗北は1944のドイツにとって終わりを意味した。
今日私たちには同じような状態の2つのドローン戦争がある。一つは主にパキスタンにある。この戦争は約束したことを果たすことができない「トンデモ」技術にもとづいており、あまりにも小さな効果に対してあまりにも多くの犠牲を求めた。それは外交的な災難であり、そのため、ほぼ確実に終わりの日も近い。
他のドローン戦争はワシントンにある。それらのドローンは責任ある連邦予算および負債を固定するキャンペーンのための委員会のような名前のグループにある。彼らは、私たちが社会保障、メディケアおよびメディケイドを削減しなければ待ち受けているという災難に、次々とドローンを落としている。
 赤字ドローンの目標が社会保障、メディケアおよびメディケイドを削減することにあることは、その運動のお金がどこから来るかを見る人には、何年も明らかであった。それは、主にピーター・G・ピーターソン(ニクソンの下にいた億万長者の元商業長官)であり、彼は社会保障のモビー・ディックに対するキャプテン・アハブである。またたとえば私有化(民営化)のような一つのトリックが失敗すると、彼の手先たちが退職年齢を引き上げるとか、COLAを変えるとか、他のトリックを使う。しかし、他のどんな名前でもまだ削減、またいつも削減というだけである。
 ピーターソンの影響は大きい。実際、全DCマインド・メルドが彼のラインをある程度まで購入した。
 先日、私は想像では負債の天井について議論するためにCNBCに出演したが、話題はずっと社会保障であった。私のホスト、アンドリュー・ロス・ソーキンは非常に鈍かった。彼は尋ねた。「もし今が資格を削減するときでないならば、いつでしょうか?」 私の答えは、一言でいえば、「決して(将来も削減しない)」だったが、これは彼が以前は可能と考えていなかったように思われるものである。
だが、社会保障、メディケアまたはメディケイドを削減する適正な理由はない。それらは、保障プログラムである。それらは、高齢者、その遺族および被扶養者、そして障害者を極度の貧困から救うものである。私たちにはその力がある。また金融上の問題もない。もしあったならば、投資は3%で20年物の米国債を購入していないだろう。最近、ある経済学者たちが削減が必要であると言っており、そのとき、「信頼性」を確立するためのショーのためと言っている。昔からの人は、それはDCインサイダーたちがかつてベトナム戦争について言ったことだと覚えているだろう。
そして、ベトナムと同様に、この戦争は古くなっている。私たちは、それを必要としないことを理解しはじめている。もし合衆国が本当にある種の赤字危機または債務危機に直面したのならば、何かが今までに起きいただろう。シンプソンとボールズ――私たちを財政均衡に導こうとしていたこれらの勇敢な人たち――を、誰が覚えているだろうか? 超委員会? 財政の崖?すべては過去の話である。だが、社会保障、メディケアおよびメディケイドはまだここにある。経済はまだ安定している。また利子率はまだ低い。負債の天井? それについては大統領が立ち上がり、共和党は道を譲った。たしかに、接収および持続的な解決は先のことである。しかし、あなたが負債の天井をめぐるブラックメールを拒否するならば、なぜ、他の何かについてそれに譲歩するのか? ブラックメーラーは、公衆がどちら側を取るか今までに知っているはずである。
また次に月曜日に私たちはオバマ大統領から聞いた。彼の偉大な演説は、多くの問題を解決したが、その一部として、彼は小さな経済的教訓を与えた。以下に彼の言ったことをあげる。
 
 「私たちが相互に――メディケアとメディケイド、また社会保障を通じて――行う関与、これらは、私たちのイニシアティヴを弱めない。それは私たちを強める。それは私たちを受取者(takers)の国民にしない。それはこの国を偉大にするリスクを取るように私たちを自由にする。」
 これはまったく正しい。社会保障、メディケアおよびメディケイドは、単に若者からの移転なのではない。それは私たちの生活の基礎組織の一部である。それは私たちすべてを――若きも老いも、私たちの一人一人全員を――苦しみを減じ、恐れを減じ、少しでもより独立的にし、他の方法よりも少し安心させるために――自由にする。高齢者の生活は規則的な所得と健康保険を持つときには、確かによりよくなる。しかし、働く人々の生活もまた、毎日、直接、間接によりよくなる。これを好まないピーターソン氏とその仲間たちのような人もいる。彼らの動機は簡単である。しかし、いやま大統領が選択をしたように思われる。彼の使った言葉は、「関与」である。繰り返せば、まさにそうである。それが社会保障、メディケアおよびメディケイドというものである。オバマ大統領はこう言ったとき、大きな一歩を踏み出したのである。

いまや議会が彼と一緒に立ち、ブラックメールにノーを、事態を偽造することにノーを、偽装された削減にノーを、恐れにノーを、あの赤字ドローンにノーを言う時である。

注)アメリカ合衆国で「社会保障」(social security)というのは、日本で言う「年金制度」を意味する。またメディケア、メディケイドは、高齢者や低所得者のための公的医療保険制度を示す。

0 件のコメント:

コメントを投稿