2014年2月26日水曜日

ヨーロッパの伝統的家族と相続 1 19世紀以前の状態

 家族(家計、世帯)は、現代の経済学でも重要な経済主体として扱われています。
 しかし、今日では主に企業が生産と流通の活動を担っているため、分析対象としての家族(=家計、世帯)の重みは低下しているように思われます。
 とはいえ、家族は現在でも依然として消費の主体であり、また労働力を育て上げる上で決定的に重要な役割を演じています。
 さらに時代をさかのぼると、家族は生産の主要な担い手であり、その理解なしに経済を論じることはできません。家族史研究は経済史研究のもっとも重要な部分であると言えます。

 ところで、家族というと、多少の相違はあるとしてもどこでも似たりよったりと思われるかもしれません。夫婦がいて、その子供たちがいて、さらに場合によっては、夫婦の年老いた親(父や母、またはその両方)がいる、といったところでしょうか? また近代化・工業化・都市化とともに大家族が崩壊し、それとともに核家族が進行してきており、現在も進行中であるといったことも考えられます。
 しかしながら、戦後の多くの国・地域で実証的な家族史研究が行われてきましたが、このような観念は間違いであることがわかってきました。
 一言で言えば、家族のありかたは地域によって異なっており、またどんな地域でも大家族から小家族に移行してきたという図式も必ずしも正しくはないということが明らかにされてきました。

 ここでは、さしあたりヨーロッパ(ウラル以西)の「伝統的家族」(19世紀以前の農村社会に存在した家族)に限定して見ておきましょう。
 これまでの研究は、ヨーロッパだけで少なくとも4つの家族類型が存在していたことを明らかにしています。
 この4類型を理解するためには、家族関係を次の基準から見ておくことが必要です。
 1 親と子の関係 親と結婚した子供が同居するか否か?
  これによって、まず単純家族(核家族)と(上下への)拡大家族が区別されます。
 2 兄弟(姉妹)の関係 結婚した兄弟(姉妹)が同居するか?
  単純家族(核家族)にあっては結婚した兄弟(姉妹)が同居することはありませんので、複合家族が2つの類型、つまり兄弟(姉妹)が同居しないパターンと兄弟(姉妹)が同居するパターンに分かれることになります。ここでは、E・トッド氏(『新ヨーロッパ大全』、『世界の多様性』など)にならって、前者を複合家族(トッド氏は、直系家族、権威主義家族とも言います)、後者を共同体家族と呼ぶことにします。
 3 相続制度
  親の財産をどのように相続するかという視点から見た場合、財産を兄弟(または姉妹)が平等に相続する(均分相続)か、それとも不平等に相続するかが問題になります。さらに後者は、大陸の一部やイングランドの多くの地域におけるように、親の遺言(will)、つまり意志が大きな役割を演じるか、それともドイツなどの地域のように長子相続(primogeniture)が制度化されているか、に区別されます。

 こうした3つの基準からみて、ヨーロッパの家族は次の4類型に分類することができます。(すべての組み合わせがあるわけではありません。)
 A 単純家族+不平等相続(親の意志にもとづく相続)
 B 複合家族(直系家族、権威主義家族)+不平等相続(一子相続)
 C 単純家族+平等相続
 D 共同体家族+平等相続

 トッド氏は、従来の研究を総合し、(さしあたり西ヨーロッパでは)この4類型が次のような地理的な分布を示していることを明らかにしました。
 A ベルギー、オランダからイングランドにかけての地域
 B スカンジナビア半島からドイツを通り、フランス南部(いわゆるオック・ロマン語=南フランス語の地域)からスペイン北部、ポルトガルにつながる地域
 C フランスの北部(パリ盆地)、イタリア北部、スペイン南部など
 D イタリア中部

 なお、Dの平等相続制度を伴う共同体家族の類型の最も広まっていたのが東欧・ロシア(バルカン半島、旧ロシア帝国領)だったことは、様々な研究によって示されています。ただし、同じロシア帝国領でも、バルト海沿岸のエストニアやリーフランド(サモギティア地域)ではドイツと同様なBの類型が広まっていました。しかし、東欧の事情についてはあとで触れることとします。

 西欧の5カ国(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)における支配的な類型の分布を次に示しておきます。(A:青、B:緑、C:赤、D:橙。)なお、旧東ドイツは、モノグラフィー等から全体をBの類型の地域と推測し、濃い緑色で示しています。










          E・トッド『新ヨーロッパ大全」藤原書店より作成。
 
 ここに示したように西欧といっても多様であり、一つの国の内部にも異なった類型が存在していたことがわかります。
 ちなみに、日本では2の類型(直系家族+不平等相続)が支配的であることはよく知られています。この家族形態では、親と結婚した子(普通は長子)が同居することは通常のことですが、結婚した兄弟が同居することはまずありません。また遺産相続は、多くの場合、一子相続であり、家督を受け継いだ長子(男の子がいない場合は、養子または婿養子)が相続人となりました(川島武宣『日本社会の家族的構成』)。したがって類型上、日本の家族はドイツの主要な家族類型と類似しているということになります。

 さて、こうした家族類型の相違はいったいどのような経済的な意味を持っていたでしょうか?
 特に気になるのは、相続上の相違です。この点では西欧はまったく異なる2つの地域に分かれていました。繰り返しになりますが、
 まず不平等な相続の地域ですが、これはイギリスからドイツ、スカンジナビア半島にかけて広がっていました。
 一方、平等な相続の地域ですが、これはフランス(北部パリ盆池)、スペイン(南部)、イタリア(全域)に広まっていました。この他に、東欧、つまり現在のポーランド、ウクライナ、ロシア、ベラルーシやバルカン半島には均分相続の慣行を持つ単純家族や共同体家族の地域が広がっていました。したがって、ウラル以西のヨーロッパ全体では、平等相続=均分相続の地域のほうがはるかに広かったということができます。

 これらの2地帯ではまったく異なる経済事情が存在していました。 

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