2022年12月4日日曜日

物価について 3

  前回は、価格現象の背後には、価格を価格たらしめる価値の実体があるという思考法を取りあげ、効用価値説と労働価値説を簡単に検討してみました。この2つのうち、効用価値説が成立する余地はないことを、ごく簡単な経済学史の整理を通して明らかにし、また労働価値説についても、それが例えば物理学にいう物質(の重量)と質量との関係にような意味では、労働が価格(価値)の実体ではありえないことを結論しました。ただし、労働量(というより労働時間)と価格との関係については、人が一定期間に妥当な労働時間と妥当な所得を実現することを求め、その結果、労働量が価格を決定するための最重要な要因となる力学(メカニズム)が存在する可能性を示唆したつもりです。

 もちろん、これらの点についてもまだ述べるべき問題が残されていますが、それはしかるべき機会に委ねることとして、今回はさしあたり物価の変動に移ることとします。

  物価がそれをとりまく諸条件(環境)の変化に応じて変化することはあらためて言うまでもありません。とはいえ、日常の経験からも明らかな通り、モノ(商品)には、①価格がかなり激しく変動するものもあれば、②どちらかといえば安定しており、少なくとも短期的にはほとんど変動しないものもあります。スーパーなどで経験している通り、前者には、農産物や海産物(主に第一次産品)が含まれており、これらの商品の値段は毎時間、毎日とはいわなくとも、めまぐるしく変わります。季節的な変動が激しいのも、こうした商品の特徴です。卑近な例をあげれば、今年は雨がちの天候が続いたため、タマネギやジャガイモの値段が例年と比べてもかなり高騰しましたが、現在ではほぼ例年の水準に落ち着いているようです。このように多くの第一次産品が価格を大きく変動させる要因が供給側の事情にあることは、普通の人でもよく理解していることでしょう。例えば私の好きなイカがほとんど店頭に並ばなくなり、稀に並んでも異常な高値(700円/杯)がついていては、買う気も起きなくなります。

 一方、同じ食品でも加工品などは、一年を通じて同じ値段に設定されていることが多く、工業製品(第二次産業の製品)や各種のサービス(第三次産業の産出物)もかなり安定しています。そこで、今年のようにインフレーションが大きい問題となった年には、いつも498円で売られていた食品(海鮮丼)が598円になっているのを発見したときには、インフレが実際に生じていることを実感することになりました。

 このような物価の安定性、あるいは「粘着性」(stickiness)は世界的に見られる現象であり、特に欧米ではときおり経済学者の調査の対象となるほどです。その際、ほとんどの商品の価格を設定するのは、それを生産する企業ですので、物価関係の調査は企業の価格設定行動に関する調査を通して実施されてきました。

 その結果を要約すれば次のようにまとめられるでしょうか。

 通常、企業は価格設定についてはかなり保守的であり、1)値下げを欲しないばかりでなく、2)値上げについても消極的な態度を取ります。まず値下げについては、仮に自社が値下げしたとき、もし他社が追随しなければ、自社の売上げが増え、結果的に総売上げが増えるかもしれませんが、しかし、実際には、他者もそれに追随する可能性が高く、その結果、その業界全体が損失を被る危険性が高い、このようにビジネスマンは考えます。それでは値上げについてはどうか? もし値上げしたとき、かりに他社が追随すれば、(消費者が購入をひかえることもできず)その業界全体が利益を増やす可能が生まれることが期待されます。しかし、ビジネスマンは、もし他社が追随せず、値上げしたのが自社だけとなった場合、自社の販売が減少し、利得を増やすどころか、損失を被るリスクが高い、と考える。

 要するに、ビジネスマンがこのように考えるのは、彼らが現代経済でも市場競争が行われており、その環境を前提として価格設定変更のリスクを考えるからです。その際、彼らがかなり大きく変動する第一次産品を製品の原材料の購入者であるにもかかわらず、そうした変動を想定して価格設定を行っているため、彼らは同時に第一次産品の価格変動を吸収し、抑える役割を演じていることも指摘しておく必要があります。

 しかし、こうしたことは彼らの次のような価格設定行動を理解するために重要です。それは、インフレーション(仏家水準の上昇)が進行している時の行動です。この場合、原材料や(それに対応する)賃金の上昇の影響は、自社だけでなく他社も同様に被るため、値上げを躊躇することはほとんどありません。これは欧米の企業についてはもちろんですが、近年値上げにことさら神経質になっていた日本企業についても(欧米に比べれば、小さいレベルかもしれませんが)同様です。 (ちなみに、日本経済については、機会を見つけてより詳しく検討してみたいと思います。)

 ところで、こうした価格の「粘着性」問題については、ビジネスマンの上記の態度が経済理論的にどのように整合的に説明されるのかを、検討しなければなりません。 とりわけ、私たちは価格決定に関するクロス(需給の均衡点)理論を否定した以上、それに替わる理論的説明を行うことが求められます。

  またこれらのこととは別に、インフレーション(そしてデフレーション)の問題を議論する必要があり、特にそれらがなぜ、どのような要因で、あるいはメカニズムを通じて生じるのかを検討しなければなりませんが、そのためには、何と言っても現代における貨幣(または通貨)の問題をあらかじめ理論的に整理しておく必要が出てきます。

  (続く)

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