為替相場を説明する理論は、いろいろ考案されてきましたが、実証的なテストに耐えることのできたものはほんとんどありません。このことは、米国の専門家、John T. Harveyの著書(下記)でも説明されているところです。比較的説得力のあるのは、<長期的なトレンドとしては>という限定がつきますが、購買力平価(PPP)説*です。しかし、あくまでトレンドであり、購買力平価とぴったり一致するわけではありません。
*2つの国を例にとると、A国とJ国の平均物価が等しくなるように為替相場が決まるという説。この説は、貿易収支が均衡するという傾向を持つことをを主張します。例えば両国でハンバーガーしか生産されていないとかりに仮定し、1個が日本で360円であり、米国で3ドルならば、1ドル=120円となるはずです。
もう一つかなり確実に言えるのは、自国通貨(例えば円)売り、外国通貨(例えばドル)買いが行なわれば、自国通貨の減価(切り下げ)が生じ、外国通貨の増加(切り下げ)が生じるというものです。また、ここから外貨高の期待(予想)が生まれると、輸入業者などは、外貨高になる前に外貨を買おうとして、結果的に外貨高を促進するというようなことが生じ得ます。(下図参照)
さて、現在、世界ではどのような要因により為替取引を行なうのでしょうか?
実は、これについては、BIS(国際決済銀行)が3年に一度(1ヶ月間)だけ世界の為替取引高を集計するという作業をしています。1980年代から行いはじめたものです。
この統計調査によると、外国為替取引の総額は、1980年代から現在までずっと激増してきました。ただ1998年〜2000年の間だけは、米国における例のITCバブル崩壊の影響におり減少しています。
この統計はまた、外国為替取引のうち、実需取引(つまり貿易などです)のために必要な部分はごく一部であり、実に実需取引の30倍ほどが非実需取引となっていることを示しています。
非実需取引とは何でしょうか? 言うまでもなく、投機のための外貨需要を満たすための取引です。もっと端的に言えば、マネーゲームです。
このことからも分かるように、現在では過去(戦後の20〜30年間)、特にブレトンウッズ体制の時期と異なって、為替相場を決めるのは、投機のためのマネーの移動です。
さて、前置きが長くなりましたが、安倍政権下で円安(ドル高)が進行してきたわけでうが、以上のことからは、巨額の<円売り・ドル買い>が行なわれたに違いないという推測が可能です。もしそうだとしたら、それは政府や日銀の関知しないところで<自然に>生じたものか、それとも公的機関が介入したのか、という疑問も生まれてきます。
実際のところはどうなのでしょうか? (この項続く)
参考文献: John T. Harvey, Currency, Capital Flows and Crises, Routledge, 2010.
2015年7月1日水曜日
2015年6月28日日曜日
ギリシャ危機はユーロ圏全体の危機に他ならない
1990年代の欧州連合、特に単一通貨(ユーロ)に参加した地域・国の経済危機と高失業は、端的に言って、1993年に批准されたマーストリヒト条約とその後に締結された安定成長協定(SGP)によるものでした。
それは、ドイツ、オランダ、ベルギーなどのもともと低インフレだった中心国にとっても厳しいものでしたが、相対的にインフレ率の高かった周辺国にとってはさらに厳しい政策を取ることを余儀なくしました。マーストリヒトと成長安定協定の課した収斂基準(財政基準と金融基準)については、前に説明したので、ここでは触れませんが、それらにもとづいてとられた経済政策(緊縮と金融引締め)は、労働者の賃金を抑制し、したがってそれぞれの国全体における賃金所得総額を圧縮し、賃金からの消費支出を停滞させ、かくして結局のところ景気を悪化させ、失業率を高めるという帰結をもたらしました。
1990年代のヨーロッパ(欧州連合に参加した国々)、特にユーロ圏の失業率が高いことはよく知られた事実となりました。これと対照すると、マーストリヒトの圏外にいた英国、それに米国の失業率がユーロ圏に比べてましに見えるほどになっていたほどです。
ところが、こともあろうに、OECDは、1994年に「職の研究」で英米の失業率が相対的に低いのは、実質賃金が抑えられており、また所得分配が不平等であるからであるというとんでもない、奇妙な議論を展開しました。それを著した経済学者は、自分たちの議論を「統一理論」と呼び、ヨーロッパ諸国の高失業は、その福祉政策、つまり高い実質賃金と平等な所得分配にあると主張し、失業率を下げるためには、労働市場の柔軟化、つまり最低賃金の抑制、失業保険水準の引き下げ(期間、率とも)、企業が解雇することを容易にすること、労働組合の団体交渉権の削減などを受け入れるべきだと論じました。いやはや何をかいわんやです。
ともかく、このような苦難の道を経て、21世紀初頭までにユーロは誕生しました。しかし、約束した黄金郷は実現しませんでした。依然としてマーストリヒトと安定成長協定の呪いはつづいていました。緊縮と引き締めの殺伐とした風景は変わりませんでした。
しかしながら、変わったことが一つだけありました。それは、一方には、中心国ドイツのように新重商主義政策によって(つまり外国への輸出拡大、あるいは外需の拡大によって)景気をよくしようとする志向の強化であり、他方では、多くの周辺国のように、ドイツからの借金によって輸出と消費を拡大しようとする志向の出現です。この2つの志向は、もちろん対称的となっており、一方なくして他方はありえません。ドイツは貸し付け、輸出する。一方、周辺国はドイツから借金し、その借金によって輸入(購入)する、という関係です。しかも、ドイツは輸出を増やすために国際競争力をつけるといって、単位労働費用の圧縮をはかりました(端的に言えば、賃金圧縮です)。他方の周辺国もユーロを受け入れた代償として賃金の抑制を耐えなければならない状態は続きましたが、借金を増やすことは受け入れられました。
もちろん、このような関係が成立するためにはある条件が必要だったことは言うまでもありません。それは一言でいえば、経済の金融化です。それは具体的には、金融と資本移動の自由化、一連の金融革新、借金を増やしても問題はないという意識(金融的陶酔)の人々への植え付け等々です。
そもそも金融の領域は不安定・脆弱生を特徴としています。モノの生産・販売の世界では、多少需要が増えても価格はあまり引き上げられません。しかし、資産市場(土地、株式取引など)では、購入者が増えれば資産インフレーション=資産バブルが生じます。そして資産インフレーションが生じれば、キャピタル・ゲイン(資産の売買差益)が生じ、それはいっそう購入者と購入資金を増やします。これは1980年代の日本のバブルを経験した人なら実感的に理解できるはずです。
しかも、銀行というところは、その気になれば(もちろん規制の範囲内ですが)いくらでも貸付(貨幣供給)を増やすことができます。
こうしてユーロ圏全体を巻き込むマネーゲームが始まりました。
しかし、資産バブルはいつか必ず崩壊します。そして、資産デフレーションが生じ、キャピタル・ロス(資産の売買差損)が生まれ、さらに銀行は貸し付けたお金を返してもらえなくなります。いわゆる不良債権が発生します。これは銀行が詐欺まがいの金融(つまり「ポンツィ金融」)を行ったことを意味します。
このことは、ECBが量的緩和の名の下に、銀行から巨額の不良債権を買い取って救済してあげるという禁じ手を行ったことからも明らかです。
人々は失業しても救済されませんし、普通の企業は破産してもそのような手厚い保護を受けることはありません(経営者はそれなりに罰せられるかもしれませんが)。ところが、銀行は巨額の公的資金をもって援助されたわけです。もちろん、金融部門で働いていた人々は、資産バブルのときには、ぼろ儲けをしていたはずですが、アメリカでもヨーロッパでも儲けの返却を命じられた人はほとんどいないでしょう。
ざっとデッサンすると、19世紀末から21世紀初頭にかけてヨーロッパで生じたことはこんなところです。
ギリシャの問題は決してギリシャだけの問題ではありません。それにカネを貸し付けたドイツの金融機関、特に銀行の問題であり、またそのローンを手にした人々にドイツ製品を売りつけたドイツ企業の問題です。
よく事情を知らない人が、ギリシャ政府やスペイン政府、ポルトガル政府が巨額の借金を背負い、デフォルト(債務不履行)の危機に陥っているのを見て、これら周辺国の怠惰な人々のために政府が借金したたために財政危機(ソブリン危機)がおきたのだといったりしますが、それは正確ではありません。むしろ政府が借金を拡大しはじめたのは、2007年に米国発の金融危機が進行していることが分かりかけてきたとき、危機を納めるために政府が借金を増やしたときでした。ソブリン危機はそこから生じたのであり、その前に民間部門が巨額の返済不能債務をかかえるようになっていました。
さて、それでは現在の金融危機がおさまれば、ヨーロッパ経済社会の健全な発展がはじまるでしょうか? 決してそうではありません。そもそも私がここで指摘した根本問題が残っています。つまり、ユーロ圏は、その内部の地域間の経済的にきわめて大きな発展格差にもかかわらず、為替相場による調整を不可能にする単一通貨を導入してしまいました。その際、為替調整の代わりに単一政府が存在して地域間格差の問題、「地方政府」の債務問題を解消することができれば、話は別です。しかし、そのような単一政府は存在しません。IMFもECBもただギリシャに「緊縮」を求めるだけであり、自らの利益に反して救済しようとは決してしません。
単一政府は成立しておらず、しかし為替調整の可能性は奪われている。これが現実です。
むかしR・マンデルというアメリカのノーベル経済学賞を受けたひとが「最適通貨圏」の考え方を示しました。このマンデルの言葉を使えば、ユーロ圏は「最適通貨圏」ではないことは今では誰の眼にも明らかとなっています。(ちなみに、マンデル自身もそのように考えているようです。)
それは、ドイツ、オランダ、ベルギーなどのもともと低インフレだった中心国にとっても厳しいものでしたが、相対的にインフレ率の高かった周辺国にとってはさらに厳しい政策を取ることを余儀なくしました。マーストリヒトと成長安定協定の課した収斂基準(財政基準と金融基準)については、前に説明したので、ここでは触れませんが、それらにもとづいてとられた経済政策(緊縮と金融引締め)は、労働者の賃金を抑制し、したがってそれぞれの国全体における賃金所得総額を圧縮し、賃金からの消費支出を停滞させ、かくして結局のところ景気を悪化させ、失業率を高めるという帰結をもたらしました。
1990年代のヨーロッパ(欧州連合に参加した国々)、特にユーロ圏の失業率が高いことはよく知られた事実となりました。これと対照すると、マーストリヒトの圏外にいた英国、それに米国の失業率がユーロ圏に比べてましに見えるほどになっていたほどです。
ところが、こともあろうに、OECDは、1994年に「職の研究」で英米の失業率が相対的に低いのは、実質賃金が抑えられており、また所得分配が不平等であるからであるというとんでもない、奇妙な議論を展開しました。それを著した経済学者は、自分たちの議論を「統一理論」と呼び、ヨーロッパ諸国の高失業は、その福祉政策、つまり高い実質賃金と平等な所得分配にあると主張し、失業率を下げるためには、労働市場の柔軟化、つまり最低賃金の抑制、失業保険水準の引き下げ(期間、率とも)、企業が解雇することを容易にすること、労働組合の団体交渉権の削減などを受け入れるべきだと論じました。いやはや何をかいわんやです。
ともかく、このような苦難の道を経て、21世紀初頭までにユーロは誕生しました。しかし、約束した黄金郷は実現しませんでした。依然としてマーストリヒトと安定成長協定の呪いはつづいていました。緊縮と引き締めの殺伐とした風景は変わりませんでした。
しかしながら、変わったことが一つだけありました。それは、一方には、中心国ドイツのように新重商主義政策によって(つまり外国への輸出拡大、あるいは外需の拡大によって)景気をよくしようとする志向の強化であり、他方では、多くの周辺国のように、ドイツからの借金によって輸出と消費を拡大しようとする志向の出現です。この2つの志向は、もちろん対称的となっており、一方なくして他方はありえません。ドイツは貸し付け、輸出する。一方、周辺国はドイツから借金し、その借金によって輸入(購入)する、という関係です。しかも、ドイツは輸出を増やすために国際競争力をつけるといって、単位労働費用の圧縮をはかりました(端的に言えば、賃金圧縮です)。他方の周辺国もユーロを受け入れた代償として賃金の抑制を耐えなければならない状態は続きましたが、借金を増やすことは受け入れられました。
もちろん、このような関係が成立するためにはある条件が必要だったことは言うまでもありません。それは一言でいえば、経済の金融化です。それは具体的には、金融と資本移動の自由化、一連の金融革新、借金を増やしても問題はないという意識(金融的陶酔)の人々への植え付け等々です。
そもそも金融の領域は不安定・脆弱生を特徴としています。モノの生産・販売の世界では、多少需要が増えても価格はあまり引き上げられません。しかし、資産市場(土地、株式取引など)では、購入者が増えれば資産インフレーション=資産バブルが生じます。そして資産インフレーションが生じれば、キャピタル・ゲイン(資産の売買差益)が生じ、それはいっそう購入者と購入資金を増やします。これは1980年代の日本のバブルを経験した人なら実感的に理解できるはずです。
しかも、銀行というところは、その気になれば(もちろん規制の範囲内ですが)いくらでも貸付(貨幣供給)を増やすことができます。
こうしてユーロ圏全体を巻き込むマネーゲームが始まりました。
しかし、資産バブルはいつか必ず崩壊します。そして、資産デフレーションが生じ、キャピタル・ロス(資産の売買差損)が生まれ、さらに銀行は貸し付けたお金を返してもらえなくなります。いわゆる不良債権が発生します。これは銀行が詐欺まがいの金融(つまり「ポンツィ金融」)を行ったことを意味します。
このことは、ECBが量的緩和の名の下に、銀行から巨額の不良債権を買い取って救済してあげるという禁じ手を行ったことからも明らかです。
人々は失業しても救済されませんし、普通の企業は破産してもそのような手厚い保護を受けることはありません(経営者はそれなりに罰せられるかもしれませんが)。ところが、銀行は巨額の公的資金をもって援助されたわけです。もちろん、金融部門で働いていた人々は、資産バブルのときには、ぼろ儲けをしていたはずですが、アメリカでもヨーロッパでも儲けの返却を命じられた人はほとんどいないでしょう。
ざっとデッサンすると、19世紀末から21世紀初頭にかけてヨーロッパで生じたことはこんなところです。
ギリシャの問題は決してギリシャだけの問題ではありません。それにカネを貸し付けたドイツの金融機関、特に銀行の問題であり、またそのローンを手にした人々にドイツ製品を売りつけたドイツ企業の問題です。
よく事情を知らない人が、ギリシャ政府やスペイン政府、ポルトガル政府が巨額の借金を背負い、デフォルト(債務不履行)の危機に陥っているのを見て、これら周辺国の怠惰な人々のために政府が借金したたために財政危機(ソブリン危機)がおきたのだといったりしますが、それは正確ではありません。むしろ政府が借金を拡大しはじめたのは、2007年に米国発の金融危機が進行していることが分かりかけてきたとき、危機を納めるために政府が借金を増やしたときでした。ソブリン危機はそこから生じたのであり、その前に民間部門が巨額の返済不能債務をかかえるようになっていました。
さて、それでは現在の金融危機がおさまれば、ヨーロッパ経済社会の健全な発展がはじまるでしょうか? 決してそうではありません。そもそも私がここで指摘した根本問題が残っています。つまり、ユーロ圏は、その内部の地域間の経済的にきわめて大きな発展格差にもかかわらず、為替相場による調整を不可能にする単一通貨を導入してしまいました。その際、為替調整の代わりに単一政府が存在して地域間格差の問題、「地方政府」の債務問題を解消することができれば、話は別です。しかし、そのような単一政府は存在しません。IMFもECBもただギリシャに「緊縮」を求めるだけであり、自らの利益に反して救済しようとは決してしません。
単一政府は成立しておらず、しかし為替調整の可能性は奪われている。これが現実です。
むかしR・マンデルというアメリカのノーベル経済学賞を受けたひとが「最適通貨圏」の考え方を示しました。このマンデルの言葉を使えば、ユーロ圏は「最適通貨圏」ではないことは今では誰の眼にも明らかとなっています。(ちなみに、マンデル自身もそのように考えているようです。)
何故、安倍政権の下で円安になったか? その結果は?
安倍政権の下で円安・ドル高が進行しました。
その理由は何であり、その結果はどんなものでしょうか? 政権の成立から2年以上が経ち、歴史的検証が可能となるデータもかなり蓄積されてきています。
まず要因・歴史的事情から。
下の図は、実効為替相場と純輸出・GDP比率(%)を示します。
普通、為替相場というと、1米ドル=100円(邦貨建て)のような式を頭に思い浮かべる人が多いかもしれませんが、外国といっても米国だけではなく、EU諸国も、韓国も中国などもありますので、円と外国の通貨全部との為替相場を示すときには実効為替相場というものを使います。外国の通貨を全部バスケットに入れて計算した一種の平均値です。これには名目値と実質値があります。名目というのは、為替市場の相場をそのまま平均したものです。しかし、国が異なると物価水準の変動率も異なります。例えばJ国の物価がまったく上昇せず、A国の物価が3パーセント上がったとしましょう。このとき、もし為替相場が一定ならば、実質的にはA国の通貨が3パーセント上昇したのと同じ効果が(国際貿易に)生じると考えることができます。何故ならA国の商品価格が3パーセント上昇したため、J国は以前より3パーセント高い値段で購入しなければならなくなります。これはA国の通貨が3パーセント切り上げられたのと同じ効果をもたらします。要するに実質実効為替相場というのは、内外の物価水準上昇率の差を考慮した実効為替相場です。
さて、名目為替相場(Nominal EER)は、この20年間、ほぼ80(円安)から100(円高)の間を変動してきました。この間に1995年と2000年、2012年にピークに達し、1997年、2002年、2007年に(そして2015年を無視すると)2014年にボトムに達しています。これに対して実質実効為替相場(Real EER)は、趨勢的にはずっと低下傾向にありますが、上下の変動は名目実効為替相場と連動しています。
一方、純輸出(輸出ー輸入)のGDPに対する割合(%、右目盛)は、黒い実線で示しておきました。こちらは、1996年に谷、1998年に山、2001年に谷、2004年と2007年に山、2008年谷、2010年山と変動しておきており、2011年からは過去30年にない(マイナスへの)落ち込みを示しています。
この両者(為替相場と純輸出比率)には相関はあるでしょうか? また、あるとしたら、どのような相関でしょうか?
あると言えばあると言えるでしょう。例えば純輸出・GDP比率が1パーセント以下に低下すると、その後に(同年と翌年に)実効為替相場が低下する(円安になる)傾向が読み取れます。この傾向は2008年から2009年には観察されませんが、この時はリーマンショックによるアメリカ経済の混乱と輸入大幅削減が生じているときですから、当然でしょう。2011年にも純輸出・GDP比率は低下していますが、2011年は東北をおそった大震災・原発事故の年です。しかし、2013年、2014年にも純輸出・GDP比率の大幅低下は続いています。これで実質為替相場が低下しなければ、どうかしていると言わなければなりません。
出典)BIS(国際決済銀行)の実効為替相場の統計、財務省の国民経済計算統計より筆者が作成。
注)為替相場(左目盛)は、2010年=100とした指数であり、数値の高い方が円高を示す。純輸出・GDP比(右目盛)の単位はパーセント。
とはいえ、このように為替相場の変動を貿易だけで説明することは正しくなく、実は、もっと別の要因を見ることが必要になると考えられます。というのは、BISの統計がはっきりと示すように、また為替市場の専門家が明らかにしてきたように、現在では為替市場を支配しているのは、実需取引ではなく、国際資本移動だからです。BISの統計では、ラフにいって実需取引の30倍にあたるマネーが外国為替市場で取引されています。
そして日本の政府(財務省の担当部署)もこの為替取引に介入していることが知られています。ミスター円こと榊原英資氏や、黒田現日銀総裁もかつて財務省時代には「円売り・ドル買い」を行ったことがあるようです。
次は、この資本移動と政府介入についていくつかの点を取り上げてみます。
その理由は何であり、その結果はどんなものでしょうか? 政権の成立から2年以上が経ち、歴史的検証が可能となるデータもかなり蓄積されてきています。
まず要因・歴史的事情から。
下の図は、実効為替相場と純輸出・GDP比率(%)を示します。
普通、為替相場というと、1米ドル=100円(邦貨建て)のような式を頭に思い浮かべる人が多いかもしれませんが、外国といっても米国だけではなく、EU諸国も、韓国も中国などもありますので、円と外国の通貨全部との為替相場を示すときには実効為替相場というものを使います。外国の通貨を全部バスケットに入れて計算した一種の平均値です。これには名目値と実質値があります。名目というのは、為替市場の相場をそのまま平均したものです。しかし、国が異なると物価水準の変動率も異なります。例えばJ国の物価がまったく上昇せず、A国の物価が3パーセント上がったとしましょう。このとき、もし為替相場が一定ならば、実質的にはA国の通貨が3パーセント上昇したのと同じ効果が(国際貿易に)生じると考えることができます。何故ならA国の商品価格が3パーセント上昇したため、J国は以前より3パーセント高い値段で購入しなければならなくなります。これはA国の通貨が3パーセント切り上げられたのと同じ効果をもたらします。要するに実質実効為替相場というのは、内外の物価水準上昇率の差を考慮した実効為替相場です。
さて、名目為替相場(Nominal EER)は、この20年間、ほぼ80(円安)から100(円高)の間を変動してきました。この間に1995年と2000年、2012年にピークに達し、1997年、2002年、2007年に(そして2015年を無視すると)2014年にボトムに達しています。これに対して実質実効為替相場(Real EER)は、趨勢的にはずっと低下傾向にありますが、上下の変動は名目実効為替相場と連動しています。
一方、純輸出(輸出ー輸入)のGDPに対する割合(%、右目盛)は、黒い実線で示しておきました。こちらは、1996年に谷、1998年に山、2001年に谷、2004年と2007年に山、2008年谷、2010年山と変動しておきており、2011年からは過去30年にない(マイナスへの)落ち込みを示しています。
この両者(為替相場と純輸出比率)には相関はあるでしょうか? また、あるとしたら、どのような相関でしょうか?
あると言えばあると言えるでしょう。例えば純輸出・GDP比率が1パーセント以下に低下すると、その後に(同年と翌年に)実効為替相場が低下する(円安になる)傾向が読み取れます。この傾向は2008年から2009年には観察されませんが、この時はリーマンショックによるアメリカ経済の混乱と輸入大幅削減が生じているときですから、当然でしょう。2011年にも純輸出・GDP比率は低下していますが、2011年は東北をおそった大震災・原発事故の年です。しかし、2013年、2014年にも純輸出・GDP比率の大幅低下は続いています。これで実質為替相場が低下しなければ、どうかしていると言わなければなりません。
出典)BIS(国際決済銀行)の実効為替相場の統計、財務省の国民経済計算統計より筆者が作成。
注)為替相場(左目盛)は、2010年=100とした指数であり、数値の高い方が円高を示す。純輸出・GDP比(右目盛)の単位はパーセント。
とはいえ、このように為替相場の変動を貿易だけで説明することは正しくなく、実は、もっと別の要因を見ることが必要になると考えられます。というのは、BISの統計がはっきりと示すように、また為替市場の専門家が明らかにしてきたように、現在では為替市場を支配しているのは、実需取引ではなく、国際資本移動だからです。BISの統計では、ラフにいって実需取引の30倍にあたるマネーが外国為替市場で取引されています。
そして日本の政府(財務省の担当部署)もこの為替取引に介入していることが知られています。ミスター円こと榊原英資氏や、黒田現日銀総裁もかつて財務省時代には「円売り・ドル買い」を行ったことがあるようです。
次は、この資本移動と政府介入についていくつかの点を取り上げてみます。
2015年6月23日火曜日
お笑いを一席 ある暗闇の街角。ちょうど・・・
ある暗闇の街角。
ちょうど街灯のある下で一人の男が何かを探しているらしく、腰を曲げて探している。
通りがかりの人が、
「あなたは何を探しているのですか」と聞くと、
男は、
「実は大切なカギを落としたのです。そのカギを探しています」と答える。
通りがかりの人がさらに、
「落としたところはこの辺なのですか」と聞くと、
男は、
「それはわからないのです」と答える。
通りがかりの人、
「では、なぜここで探しているのですか?」
男、
「ここが明るいからです。」
さて、このように答えたのは、経済学者であった。
この話はわりあい流布していて、例えば都留重人の『経済の常識と非常識』(岩波書店、1987年)にも載っています。
この話がいわんとしていることはもちろん明らかです。解明するべきある問題(主題、テーマ)があるとき、経済学者はすでに知られている概念やトゥール(だけ)を用いて分析し、説明することが往々にしてあり、しかし、それがポイントをついているかは保証の限りではない。まあ、そんなところでしょうか。
例えば雇用量(労働需要)の変化は、本当は、リアルタイムの時間の経過とともに労働生産性や産出量がどのように変わるかを説明して始めて理解できるものですが、(新)古典派の労働市場論では、短期(つまり無時間)の空間の中で実質賃金率と労働供給・労働需要(時間)がどのように関係しているかという静学理論を用いて説明がなされています。これなどは、物理学で言えば、静力学でロケットや天体の軌道を計算しようとするようなもので、まったく科学的とはいえません。しかし、経済学では、そのようなことが行われているわけです。つまり、「ここが明るいから探しているのです。」
もちろん、経済学がいつまでもこんな非科学的なことをしていたら、そのうち多くの人に知られてしまいます。
ジョーン・ロビンソンが言ったように、「経済学者に騙されないために経済学を研究する」というくらいの精神を持った人がもっと現れることを期待するしかありません。
ちょうど街灯のある下で一人の男が何かを探しているらしく、腰を曲げて探している。
通りがかりの人が、
「あなたは何を探しているのですか」と聞くと、
男は、
「実は大切なカギを落としたのです。そのカギを探しています」と答える。
通りがかりの人がさらに、
「落としたところはこの辺なのですか」と聞くと、
男は、
「それはわからないのです」と答える。
通りがかりの人、
「では、なぜここで探しているのですか?」
男、
「ここが明るいからです。」
さて、このように答えたのは、経済学者であった。
この話はわりあい流布していて、例えば都留重人の『経済の常識と非常識』(岩波書店、1987年)にも載っています。
この話がいわんとしていることはもちろん明らかです。解明するべきある問題(主題、テーマ)があるとき、経済学者はすでに知られている概念やトゥール(だけ)を用いて分析し、説明することが往々にしてあり、しかし、それがポイントをついているかは保証の限りではない。まあ、そんなところでしょうか。
例えば雇用量(労働需要)の変化は、本当は、リアルタイムの時間の経過とともに労働生産性や産出量がどのように変わるかを説明して始めて理解できるものですが、(新)古典派の労働市場論では、短期(つまり無時間)の空間の中で実質賃金率と労働供給・労働需要(時間)がどのように関係しているかという静学理論を用いて説明がなされています。これなどは、物理学で言えば、静力学でロケットや天体の軌道を計算しようとするようなもので、まったく科学的とはいえません。しかし、経済学では、そのようなことが行われているわけです。つまり、「ここが明るいから探しているのです。」
もちろん、経済学がいつまでもこんな非科学的なことをしていたら、そのうち多くの人に知られてしまいます。
ジョーン・ロビンソンが言ったように、「経済学者に騙されないために経済学を研究する」というくらいの精神を持った人がもっと現れることを期待するしかありません。
2015年6月22日月曜日
アベノミックスの真相がマスメディアによって報じられない理由
今日は少し疲れたので、日刊ゲンダイのサイトを紹介します。
「アベノミクスで経済が破壊されても真相は報じられない理由」
基本的には、
大企業がボロ儲けをしている。
マスコミがそこからおこぼれを与えられて甘い汁をすっている。
他にも理由があるかもしれませんが、これが基本的理由でしょう。
これを英語では、plutocracy(金権支配)というようです。
マスメディアではなく、誠実に報道しているジャーナリストを支援しましょう。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/15952
「アベノミクスで経済が破壊されても真相は報じられない理由」
基本的には、
大企業がボロ儲けをしている。
マスコミがそこからおこぼれを与えられて甘い汁をすっている。
他にも理由があるかもしれませんが、これが基本的理由でしょう。
これを英語では、plutocracy(金権支配)というようです。
マスメディアではなく、誠実に報道しているジャーナリストを支援しましょう。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/15952
2015年6月21日日曜日
何故黒田日銀は誤るのか? インフレやデフレの原因は通貨供給ではなく、・・・
黒田日銀総裁が誕生するにあたり、次の3つの主張がマスコミに現れました。
1)現在はデフレ不況である。
2)インフレは、日銀が通貨供給を増やすことによって可能となる。
3)適度なインフレは景気をよくする。
一体どこからこのような奇妙な主張が出てくるのか不思議というしかありませんが、一時は社会全体の「常識」でるかのように広まりました。<景気がわるい。カネ回りが悪い。だから日銀がカネを増やすべきだ>などという床屋談義的な話が床屋で終わらずに、政策になってしまったわけです。
このうち1)はここではおいておき、2)ですが、せいぜい日銀が直接できることは、金利に影響を与えることと、市中銀行に対する貨幣供給、つまり日銀券と日銀当座預金を内容とするマネタリーベース(MB)を増やすことができるだけです。貨幣供給とは、市中銀行が人々(企業等)に貸し付ける通貨(日銀券または預金通貨)のことであり、これは人々からの貨幣需要があってはじめて生じます。日銀や銀行が強制して人々にお金を貸すことができるわけではありません。いわんや(フリードマンが言ったように)ヘリコプターでまき散らすわけではありません。要するに貨幣供給が増えるとは銀行に対する借金が増えるということです。
次に3)ですが、どうしてインフレーションが景気をよくすると言えるのでしょうか?逆なら話は分かります。つまり、景気がよくなって、企業が生産が間に合わないほど有効需要が増え、モノ不足(供給不足)になれば、ひょっとすると企業は販売価格を上げるかもしれません。少なくとも価格を上げやすくなるでしょう。
それに1970年代を経験した人ならよく覚えているでしょうが、石油ショックのときには、すさまじいインフレーションが生じましたが、同時に激しい景気後退が生じました。当時スタグフレーションという言葉がつくられ、これはインフレと停滞(または景気後退)が同時に発生することを意味しました。この同時発生の理由はよく分かっています。つまり、石油という輸入品(原料・燃料)の価格が上がり、生産費用の増加が諸物価を引き上げました。しかしそれと同時にその部分だけ(オイルマネーの流出分だけ)人々の可処分所得が少なくなり、つまり需要が減って景気後退が生じたのです。決してインフレは好景気の原因ではありません。
もっとこのように言うと、安倍政権発足時には次のような反論がなされました。つまり、インフレーションが生じるという「期待」(経済学では単に予測のこと)が生まれると、人々は貨幣の購買力が減価する前にモノを購入しようとするため、需要が増えて景気がよくなる、という説明です。これは一理あるように見えます。しかし、この主張は次のことを決して明らかにしていません。
つまり、人々は、政府と日銀が「異次元の金融緩和」をすると言った時、本当にインフレーションが生じるという期待を持ったといえるでしょうか? 決してそうではありません。当時、私は放送大学のある学習センターで社会人のためのクラスを持っていましたが、彼らの質問は「本当にインフレは起きるのでしょうか?」でした。もちろん、これこそ私が彼らに訊ねたかったことです。私の聞きたかったのは、「あなたたちは、インフレが実際に起きると期待(予測)していますか?」という質問であり、またそれに加えて「仮にインフレが生じると考えたとき、貨幣の減価を期待(予測)して、モノの購入量を増やすつもりですか?」という質問でした。そして、実際にそのように質問してみました。それに対してすべての人が困惑してしまい、「多分ほとんど(購入量を)変えることはない」というのがおおかたの答えでした。
しかも、予期せぬ反応もありました。ある人(すでに退職して年金を受け取っている人)は、インフレを起こすということ自体に対して、「年金額が増えないのに、実質的な目減りではないか」とご立腹の様子です。
また別の機会にですが、学生ではなく事務の女性から「インフレは本当に起こるのでしょうか?」という質問を受けました。学生以外の人からインフレ予想について聞かれたのが意外でしたが、よく話してみると、「住宅ローンを借りているけれども、(変動)金利が上がるのかどうか、もし上がるようであれば、繰り上げ返済したほうがよいか」という切実な問題を抱えていることが質問の動機でした。
さて、ここからも推測されますが、私の主張は、次の通りです。①日銀が市中銀行にマネタリーベースの供給量を増やしても、それだけでは貨幣供給量が増えるとは断言できません。②ましてや、インフレが生じるという期待を持つこともできません。(ただし、外国為替相場の変動を通じた輸入物価の上昇は除きますが、この種のインフレは景気にとって有害です。)③いわんや、インフレ期待からモノの購入量=消費量を増やすなどとは、決して断言できません。仮に100歩譲って、そのような期待を持つ人が出てくるとしましょう。しかし、それはどれほどの割合でしょうか。また仮にかなりの割合の人がそのような期待を持ったとしても、彼らは消費を増やすと断言できるでしょうか? むしろ教室でも、インフレ期待が生じても、賃金所得や年金所得が増えないという期待(予測、つまりむしろ不安です)があった場合、人はもっと貯蓄を増やそうとして消費を削るかもしれないという反応もありました。このように、すべての人がインフレ期待を持ち、いっせいに消費を増やすなどということはできないと考えるのが妥当でしょう。
これに対して、過去の歴史を見ると、インフレーションの時は景気がよかったではないか、という人がいるかもしれません。
しかし、これも常に当てはまるわけではありません。例えば1923年のドイツです。凄まじいハイパーインフレーションと不況が同時に生じました。また1992年以降のロシアでもハイ・インフレーションと大不況(というより破局)が同時に進行しました。
もっとも私も概して言うと、インフレ時の好景気という関連・相関をまったく無視するつもりはありません。ただし、そのような相関が成立するとしても、因果関係はまったく逆の場合がほとんどです。つまり、景気がよいときにインフレーションが生じていたという相関があることは事実ですが、その場合も、むしろ好景気が原因で、インフレーションは結果だと理解するべきかもしれません。ただ、それも厳格な法則というわけではありません。
そもそも何故インフレーションが生じるのでしょうか? あえて一般化すると、インフレは所得分配をめぐる紛争から生じる、とまとめることができるように思います。これはケインズと彼以降の経済学者の結論でもあります。
現オックスフォード大学の先生の例を借りて、説明します。
いま簡単のために工業部門と農業部門の2部門から成る経済を考えます。工業部門は労働生産性が毎年かなりのペースで成長する分野であり、逆に農業部門は労働生産性の成長率の低い分野です。(これは勤勉・怠惰とは関係ありません。)さて両者の生産性が毎年2%ずつ開いてゆくとしましょう。この場合、出発点で生産性が同じだとしても、33年ほどで生産性の格差は2倍になります。この時、ceteris paribus(その他の条件が一定であれば)、所得差も出発点の2倍になります。67年では4倍、100年では8倍です。
このような時、もし農業部門が不要であれば、従事する人がいなくなり、農業は消滅するでしょう。しかし、実際には農業は人々の食料、工業の原材料を供給する重要な分野であり、なくすことはできません。そこで、実際には価格調整が生じました。つまり、工業製品に対する農産物の相対価格が引き上げられ、農業部門に従事する人々の所得があまりに低下しないことになったわけです。
私は今農業の例をあげましたが、他の分野、特にサービス業でも同じです。
このことはまた、工業の発展した先進国では、農産物やサービスの料金が高い理由を説明します。例えばエジプトのタクシー料金は、ヨーロッパや米国、日本のタクシー料金に比べてはるかに高い水準にありますが、この差はエジプトのタクシー運転手の労働生産性が低いことに由来するものではありません。生産性はほとんど同じです。料金の差はただただ工業の発展程度によるものです。また工業発展と並行して生じたインフレーションの結果でもあります。
所得分配をめぐる紛争は、賃金と利潤との関係についても言えますが、事情が複雑になりますので、ここでは省略します。
さて、実際のインフレーションは、このように部門間や賃金・利潤間の複雑な関係と結びついており、したがって諸商品間の相対価格、実質賃金率/労働生産性の関係などの変化を伴っています。ところが、リフレ論が依拠している貨幣数量説は、それらをまったく説明することができません。それは一律に物価水準が貨幣量に比例するというだけであり、まともな経済学から見ると明らかに欠陥理論です。
さて、元のテーマに戻ります。近年の日本では、インフレが生じ難く、逆にデフレが生じやすい環境(制度、政策など)が成立していたことを思い出さなければなりません。一言で言えば、それは賃金抑制です。それは、とりわけ1997年以降の景気後退に対処して、日本企業が賃金を圧縮し販売価格を引き下げるという戦略によって景気後退を乗り切ろうと考えたことに由来しています。
2000年に日銀が実施した日本企業の価格設定行動に関する調査も、そのことを明らかにしています(このことは以前のブログにも書きました)。
さらに、これに加えて、藻谷氏(『デフレの正体』、『金融緩和の罠』)が述べているように、1997年以降、生産年齢人口が減少し、有効需要全体が縮小してきました。これはケインズやハロッドが指摘したことと関係しており(ジョン・ケインズ「人口減少の若干の経済的帰結」1937年、他)、経済のありかたに大きな影響をもたらします。
要約すると、黒田日銀総裁は、現代の経済におけるドンキホーテであり、幻の敵と闘っているというしか言いようがありません。
1)現在はデフレ不況である。
2)インフレは、日銀が通貨供給を増やすことによって可能となる。
3)適度なインフレは景気をよくする。
一体どこからこのような奇妙な主張が出てくるのか不思議というしかありませんが、一時は社会全体の「常識」でるかのように広まりました。<景気がわるい。カネ回りが悪い。だから日銀がカネを増やすべきだ>などという床屋談義的な話が床屋で終わらずに、政策になってしまったわけです。
このうち1)はここではおいておき、2)ですが、せいぜい日銀が直接できることは、金利に影響を与えることと、市中銀行に対する貨幣供給、つまり日銀券と日銀当座預金を内容とするマネタリーベース(MB)を増やすことができるだけです。貨幣供給とは、市中銀行が人々(企業等)に貸し付ける通貨(日銀券または預金通貨)のことであり、これは人々からの貨幣需要があってはじめて生じます。日銀や銀行が強制して人々にお金を貸すことができるわけではありません。いわんや(フリードマンが言ったように)ヘリコプターでまき散らすわけではありません。要するに貨幣供給が増えるとは銀行に対する借金が増えるということです。
次に3)ですが、どうしてインフレーションが景気をよくすると言えるのでしょうか?逆なら話は分かります。つまり、景気がよくなって、企業が生産が間に合わないほど有効需要が増え、モノ不足(供給不足)になれば、ひょっとすると企業は販売価格を上げるかもしれません。少なくとも価格を上げやすくなるでしょう。
それに1970年代を経験した人ならよく覚えているでしょうが、石油ショックのときには、すさまじいインフレーションが生じましたが、同時に激しい景気後退が生じました。当時スタグフレーションという言葉がつくられ、これはインフレと停滞(または景気後退)が同時に発生することを意味しました。この同時発生の理由はよく分かっています。つまり、石油という輸入品(原料・燃料)の価格が上がり、生産費用の増加が諸物価を引き上げました。しかしそれと同時にその部分だけ(オイルマネーの流出分だけ)人々の可処分所得が少なくなり、つまり需要が減って景気後退が生じたのです。決してインフレは好景気の原因ではありません。
もっとこのように言うと、安倍政権発足時には次のような反論がなされました。つまり、インフレーションが生じるという「期待」(経済学では単に予測のこと)が生まれると、人々は貨幣の購買力が減価する前にモノを購入しようとするため、需要が増えて景気がよくなる、という説明です。これは一理あるように見えます。しかし、この主張は次のことを決して明らかにしていません。
つまり、人々は、政府と日銀が「異次元の金融緩和」をすると言った時、本当にインフレーションが生じるという期待を持ったといえるでしょうか? 決してそうではありません。当時、私は放送大学のある学習センターで社会人のためのクラスを持っていましたが、彼らの質問は「本当にインフレは起きるのでしょうか?」でした。もちろん、これこそ私が彼らに訊ねたかったことです。私の聞きたかったのは、「あなたたちは、インフレが実際に起きると期待(予測)していますか?」という質問であり、またそれに加えて「仮にインフレが生じると考えたとき、貨幣の減価を期待(予測)して、モノの購入量を増やすつもりですか?」という質問でした。そして、実際にそのように質問してみました。それに対してすべての人が困惑してしまい、「多分ほとんど(購入量を)変えることはない」というのがおおかたの答えでした。
しかも、予期せぬ反応もありました。ある人(すでに退職して年金を受け取っている人)は、インフレを起こすということ自体に対して、「年金額が増えないのに、実質的な目減りではないか」とご立腹の様子です。
また別の機会にですが、学生ではなく事務の女性から「インフレは本当に起こるのでしょうか?」という質問を受けました。学生以外の人からインフレ予想について聞かれたのが意外でしたが、よく話してみると、「住宅ローンを借りているけれども、(変動)金利が上がるのかどうか、もし上がるようであれば、繰り上げ返済したほうがよいか」という切実な問題を抱えていることが質問の動機でした。
さて、ここからも推測されますが、私の主張は、次の通りです。①日銀が市中銀行にマネタリーベースの供給量を増やしても、それだけでは貨幣供給量が増えるとは断言できません。②ましてや、インフレが生じるという期待を持つこともできません。(ただし、外国為替相場の変動を通じた輸入物価の上昇は除きますが、この種のインフレは景気にとって有害です。)③いわんや、インフレ期待からモノの購入量=消費量を増やすなどとは、決して断言できません。仮に100歩譲って、そのような期待を持つ人が出てくるとしましょう。しかし、それはどれほどの割合でしょうか。また仮にかなりの割合の人がそのような期待を持ったとしても、彼らは消費を増やすと断言できるでしょうか? むしろ教室でも、インフレ期待が生じても、賃金所得や年金所得が増えないという期待(予測、つまりむしろ不安です)があった場合、人はもっと貯蓄を増やそうとして消費を削るかもしれないという反応もありました。このように、すべての人がインフレ期待を持ち、いっせいに消費を増やすなどということはできないと考えるのが妥当でしょう。
これに対して、過去の歴史を見ると、インフレーションの時は景気がよかったではないか、という人がいるかもしれません。
しかし、これも常に当てはまるわけではありません。例えば1923年のドイツです。凄まじいハイパーインフレーションと不況が同時に生じました。また1992年以降のロシアでもハイ・インフレーションと大不況(というより破局)が同時に進行しました。
もっとも私も概して言うと、インフレ時の好景気という関連・相関をまったく無視するつもりはありません。ただし、そのような相関が成立するとしても、因果関係はまったく逆の場合がほとんどです。つまり、景気がよいときにインフレーションが生じていたという相関があることは事実ですが、その場合も、むしろ好景気が原因で、インフレーションは結果だと理解するべきかもしれません。ただ、それも厳格な法則というわけではありません。
そもそも何故インフレーションが生じるのでしょうか? あえて一般化すると、インフレは所得分配をめぐる紛争から生じる、とまとめることができるように思います。これはケインズと彼以降の経済学者の結論でもあります。
現オックスフォード大学の先生の例を借りて、説明します。
いま簡単のために工業部門と農業部門の2部門から成る経済を考えます。工業部門は労働生産性が毎年かなりのペースで成長する分野であり、逆に農業部門は労働生産性の成長率の低い分野です。(これは勤勉・怠惰とは関係ありません。)さて両者の生産性が毎年2%ずつ開いてゆくとしましょう。この場合、出発点で生産性が同じだとしても、33年ほどで生産性の格差は2倍になります。この時、ceteris paribus(その他の条件が一定であれば)、所得差も出発点の2倍になります。67年では4倍、100年では8倍です。
このような時、もし農業部門が不要であれば、従事する人がいなくなり、農業は消滅するでしょう。しかし、実際には農業は人々の食料、工業の原材料を供給する重要な分野であり、なくすことはできません。そこで、実際には価格調整が生じました。つまり、工業製品に対する農産物の相対価格が引き上げられ、農業部門に従事する人々の所得があまりに低下しないことになったわけです。
私は今農業の例をあげましたが、他の分野、特にサービス業でも同じです。
このことはまた、工業の発展した先進国では、農産物やサービスの料金が高い理由を説明します。例えばエジプトのタクシー料金は、ヨーロッパや米国、日本のタクシー料金に比べてはるかに高い水準にありますが、この差はエジプトのタクシー運転手の労働生産性が低いことに由来するものではありません。生産性はほとんど同じです。料金の差はただただ工業の発展程度によるものです。また工業発展と並行して生じたインフレーションの結果でもあります。
所得分配をめぐる紛争は、賃金と利潤との関係についても言えますが、事情が複雑になりますので、ここでは省略します。
さて、実際のインフレーションは、このように部門間や賃金・利潤間の複雑な関係と結びついており、したがって諸商品間の相対価格、実質賃金率/労働生産性の関係などの変化を伴っています。ところが、リフレ論が依拠している貨幣数量説は、それらをまったく説明することができません。それは一律に物価水準が貨幣量に比例するというだけであり、まともな経済学から見ると明らかに欠陥理論です。
さて、元のテーマに戻ります。近年の日本では、インフレが生じ難く、逆にデフレが生じやすい環境(制度、政策など)が成立していたことを思い出さなければなりません。一言で言えば、それは賃金抑制です。それは、とりわけ1997年以降の景気後退に対処して、日本企業が賃金を圧縮し販売価格を引き下げるという戦略によって景気後退を乗り切ろうと考えたことに由来しています。
2000年に日銀が実施した日本企業の価格設定行動に関する調査も、そのことを明らかにしています(このことは以前のブログにも書きました)。
さらに、これに加えて、藻谷氏(『デフレの正体』、『金融緩和の罠』)が述べているように、1997年以降、生産年齢人口が減少し、有効需要全体が縮小してきました。これはケインズやハロッドが指摘したことと関係しており(ジョン・ケインズ「人口減少の若干の経済的帰結」1937年、他)、経済のありかたに大きな影響をもたらします。
要約すると、黒田日銀総裁は、現代の経済におけるドンキホーテであり、幻の敵と闘っているというしか言いようがありません。
日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の株式購入
近年の株価上昇が「官製相場」、つまり日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による株式購入によるものであることは、様々なところで指摘されています。
今日は、日銀とGPIFの統計にもとづいて、両者の株式購入(日銀ETFとGPIFの株式運用)の拡大の様子を示しておきたいと思います。
日銀の株式購入(ETF)は次の通りです。2年半の間に3兆円ほど増加しています。
出典)日銀の営業毎旬報告のデータより作成。
一方、平成24年3月末から今年6月末までの2年とちょっとの間に13兆円ほどの公的年金基金が株式の購入にあてられており、年金基金の総額に対する株式運用の比率も12%弱から20%弱にまで8パーセント・ポイントほど増加しています。実に巨額の資金が投資信託を通じて株式市場に流れたわけです。
日銀ETFとGPIFの両者を合わせて株式市場に流れ込んだ巨額の資金が株価を押し上げないわけがありません。
しかし、日銀とGPIFは、今後ともさらに株式市場に巨額の資金を流し込むつもりでしょうか? 言うまでもありませんが、日銀は、その性格上購入資金をいくらでも創り出すことができますが、ETFは本来の中央銀行が行うべき業務ではなく、いわば禁じ手です。一方、GPIFの資金には限りがあります。約130兆円の資金を日銀や市中銀行のように信用操作によって増やすことはできません。それが株式市場により多くの資金を流入させるには、他の方法で運用している資金を引き上げることが必要です。それがどこまで出来るのでしょうか?
もし外国人投資家が日本の株式を購入すれば、株価は上昇しますが、そのためには彼らが日本の株価上昇の期待(expectation)を持つことが必要となります。しかし、彼らとて日銀やGPIFの動きをじっと監視しているでしょうから、しかも最近の株価上昇が「官製相場」であることを当然知っていますから、そのような期待を持つかどうかは不明です。
いま日本の政府と黒田日銀は焦燥感を感じているでしょう。
「異次元の金融緩和」によってマネタリーベースを増やしたが、市中銀行の企業に対する貸付は増えていない。実質賃金は消費増税以降ずっと低下している。確かに大企業はわずかに貨幣賃金を引き上げはしたが、その引き上げ率は物価上昇率より低い。それでも貨幣賃金が上がった大企業はまだよいほうかもしれない。彼らが喧伝した物価上昇は実現したが、それは金融緩和と並行して生じた(また財務省によるドル買いと並行して生じた)円安・ドル高、つまり輸入品の価格上昇によるものであり、それ自体としては(つまり、輸出の拡大効果を除くと)経済にむしろマイナスの影響を与える。(輸入インフレが経済にマイナスの影響を与えることは、1970年代の石油ショックの結果を見れば、よくわかります。)したがって、何としてでも株価だけは上げつづけて「アベノミックス」がうまく行っているという印象は維持したい。集団的自衛権の問題でも、まともな専門家はすべて違憲を表明しており、安倍政権に対する不信感が有権者の間に広まっており、明らかに「潮目」が変わってきた。
ざっと、こんなところでしょうか。
さて黒田さん、どうしますか?
出典)GPIFのサイト「業績報告書」のデータにもとづき筆者作成。
今日は、日銀とGPIFの統計にもとづいて、両者の株式購入(日銀ETFとGPIFの株式運用)の拡大の様子を示しておきたいと思います。
日銀の株式購入(ETF)は次の通りです。2年半の間に3兆円ほど増加しています。
出典)日銀の営業毎旬報告のデータより作成。
一方、平成24年3月末から今年6月末までの2年とちょっとの間に13兆円ほどの公的年金基金が株式の購入にあてられており、年金基金の総額に対する株式運用の比率も12%弱から20%弱にまで8パーセント・ポイントほど増加しています。実に巨額の資金が投資信託を通じて株式市場に流れたわけです。
日銀ETFとGPIFの両者を合わせて株式市場に流れ込んだ巨額の資金が株価を押し上げないわけがありません。
しかし、日銀とGPIFは、今後ともさらに株式市場に巨額の資金を流し込むつもりでしょうか? 言うまでもありませんが、日銀は、その性格上購入資金をいくらでも創り出すことができますが、ETFは本来の中央銀行が行うべき業務ではなく、いわば禁じ手です。一方、GPIFの資金には限りがあります。約130兆円の資金を日銀や市中銀行のように信用操作によって増やすことはできません。それが株式市場により多くの資金を流入させるには、他の方法で運用している資金を引き上げることが必要です。それがどこまで出来るのでしょうか?
もし外国人投資家が日本の株式を購入すれば、株価は上昇しますが、そのためには彼らが日本の株価上昇の期待(expectation)を持つことが必要となります。しかし、彼らとて日銀やGPIFの動きをじっと監視しているでしょうから、しかも最近の株価上昇が「官製相場」であることを当然知っていますから、そのような期待を持つかどうかは不明です。
いま日本の政府と黒田日銀は焦燥感を感じているでしょう。
「異次元の金融緩和」によってマネタリーベースを増やしたが、市中銀行の企業に対する貸付は増えていない。実質賃金は消費増税以降ずっと低下している。確かに大企業はわずかに貨幣賃金を引き上げはしたが、その引き上げ率は物価上昇率より低い。それでも貨幣賃金が上がった大企業はまだよいほうかもしれない。彼らが喧伝した物価上昇は実現したが、それは金融緩和と並行して生じた(また財務省によるドル買いと並行して生じた)円安・ドル高、つまり輸入品の価格上昇によるものであり、それ自体としては(つまり、輸出の拡大効果を除くと)経済にむしろマイナスの影響を与える。(輸入インフレが経済にマイナスの影響を与えることは、1970年代の石油ショックの結果を見れば、よくわかります。)したがって、何としてでも株価だけは上げつづけて「アベノミックス」がうまく行っているという印象は維持したい。集団的自衛権の問題でも、まともな専門家はすべて違憲を表明しており、安倍政権に対する不信感が有権者の間に広まっており、明らかに「潮目」が変わってきた。
ざっと、こんなところでしょうか。
さて黒田さん、どうしますか?
出典)GPIFのサイト「業績報告書」のデータにもとづき筆者作成。
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