アメリカとイギリスの若者の間で、新しい動きがはっきりしてきました。
それは、新自由主義(ネオリベラル)政策と決別し、新たな社会主義を模索する動きです。
そもそも1980年頃まで、世界経済は現在とはかなり異なる状態にありました。
いわゆる「資本主義の黄金時代」(golden age of capitalism)といわれる時代にあって、経済の成長率もかなり高かったわけですが、それ以上に特徴的だったのは、労働生産性の上昇とともに、それに比例して、あるいはそれ以上に人々の雇用者報酬(賃金)が引き上げられていったことです。
そのため、最近日本でも注目されたサエズ、ピケッティの研究が示すように、戦中から戦後にかけて大幅に縮小した所得格差がふたたび拡大することはありませんでした。そして、この時代に大衆消費社会が到来し、中間階層といわれる階層が出現しました。
ところが、1979年のイギリスの総選挙、それに1980年のアメリカ大統領選挙によって、それぞれサッチャー(保守党)、レーガン(共和党)が首相、大統領に選ばれました。そして、彼らがはじめたのが、新自由主義政策です。これは当時、問題となっていたスタグフレーション(インフレと停滞)に対処する政策として正当化されました。
この政策は、両国において細部は異なりますが、マネタリズム(通貨主義)=高金利による金融引締策、供給側(サプライサイド)の経済学、緊縮財政、「柔軟な労働市場」などなどです。
アメリカでは、ウルトラ高金利によってたちまち不況に陥るとともに、失業率が上昇し、賃金が抑制されはじめ、その結果、インフレは収まりましたが、アメリカ経済は大打撃をうけました。
その上、高金利のためドル高、つまり円安・マルク安などとなり、アメリの輸出産業が大打撃を受けただけでなく、内需向けの産業(鉄鋼、自動者など)も日本・ドイツからの輸入によって大打撃を受けました。GMやフォードが従業員の解雇などのリストラを行ったという記事が当時の新聞に載っています。
ともあれ、高失業時代が到来し、これ以降、賃金は圧縮されはじめました。アメリカ議会予算局の報告(CBO)でも、連邦準備制度のデータでも、実質賃金は、労働生産性に上昇よりはるかに低い率でしか上がらなくなったことがわかります。
しかも、それだけではありません。レーガンは、供給側の経済学の立場から、法人税の大幅引き下げを実現し、また所得税の限界税率を大幅に引き下げました。これによって富裕者の可処分所得や大企業の可処分所得(税引後の利潤)が増えたことはいうまでもありません。
レーガンの理屈では、このように大企業・富裕者の所得が増えると、貯蓄が増え、(設備)投資が増え、生産力が上昇するため、経済がふたたび順調に成長する、「はず」でした。そして、「トリクルダウン」によって、所得上位者からはじまった所得増加が、次に低所得者の所得増加につながってゆく、「はず」でした。
しかし、これらの高成長やトリクルダウンは生じませんでした。成長率は以前のような高率にもどったわけではありません。(まあ、高度成長はいつまでも続くわけではないので、この点は問わないとしましょう。)
では、所得分配はどうなったでしょうか?
言うまでもありません。格差は広まる一方となりました。例えば男性の一人・一時間あたりの実質賃金を見ると、1970年代から現在までむしろ低下しています! 一方、所得上位者1%、あるいは0.1%、あるいは0.01%の人々の所得(可処分所得)は大幅に増えています。このことについては、すでに本ブログでも紹介しています。
イギリスでも似たりよったりですが、ここでは省略します。
さて、私がここで注目するのは、こうした状況の中で、アメリカやイギリス、つまりこれまで先頭に立って新自由主義の旗振りをしていたアングロ・サクソン系の国で、特に若い層を中心にこれに対する抗議運動が活発化し、方向転換を図ろうとしていることです。
イギリスでは、数年前に「暴動」(riots)がイギリス各地の都市で起きましたが、現在、労働党の内部では、ブレアーの下でもすすめられた新自由主義政策を否定し、社会民主主義に回帰する動きとそれを支持する動きが若者の間で支持されています。
アメリカでも数年前に「ウォール街を占拠せよ」(Occupy Wall Street)の運動が起きました。そしていま保守・共和党内部でもトランプという人気取り政治家が台頭し、従来の共和党とは少し異なることを主張しはじめました。(といっても、よく見ると、基本的には旧来の共和党の路線を継承しています。)一方、民主党の内部では、バーニー・サンダース氏の「民主的社会主義」が若者の間で大きな支持を得ました。ヒラリーも、サンダース氏に勝つために、少し、左旋回し、にじりよらなければならなかった程です。
こうしたアングロ・サクソン系の「自由市場経済」の国で、大きな転換が生じはじめていることは決して無視できません。
現在、それはまだ新自由主義の「終わりの始まり」、また新しいものの「始まりの始まり」の段階かもしれませんが、イギリスとアメリカは、フランスとならんで「自由と諸権利」を世界でも最も早い時期に実現した国です。空気(雰囲気)が大きく変わっていることは間違いありません。
2016年10月3日月曜日
2016年10月2日日曜日
昨日の東京新聞の注目記事 アベノミクスの幻想を示す
先々月(8月)の22日に白内障の手術を受けてから、約5週間。やっと眼科の先生から仕事復帰の
許可がおり、運転免許証更新の際の視力検査もかるがると通過。世界がはっきりと見えるようにな
りました。
このブログは、書きかけのものが多く、為替相場、EU、英国のEUからの離脱(Brexit)など、中途
半端のまま終わっているものが多々ありますが、その理由は、書きながら調べ、調べながら書いて
いるので、また途中でウチナーグチ(沖縄語)やアイヌ語、日本古代史(近年のDND分析によるも
のなどと含む)、趣味的な事柄に関する本や(場合によっては)専門的な論文などを読みだすもの
だから、なかなか先に進まないという事情もあります。
それに昨年からは、「九条の会」の活動もあり、さらに日米欧の軍産複合体研究のことも加わり、
忙しくなりました。
さて、昨日(10月1日)の東京新聞からいくかをピックアップします。
1面 新電力契約伸び悩む 自由化半年、2.7%どまり
「利点を見いだせず様子見する家庭が依然として多いようだ。」
そりゃそうだ。うちも旧来のままです。
それより、原発の費用が電気料金に上乗せされる。こちらの方が大ニュース。
3面 97条で応酬 細野氏「なぜ削除」 首相「単なる整理」
自民草案「基本的人権巡り」
「単なる整理」の訳がない。これは安部政権のねらいそのものだから。
本来、現在の近代的な憲法(民主主義国、立憲制の国)は、どこの国でも、国家権力を制約する
ものであり、人々(国民)の自由と権利を国家権力が保障しなければならないと規定している。
それが「法の支配」の意味だ。法(right)とは正義(justice, jus)であり、自由と諸権利を意味する。
ところが安部君は、恥ずかしくもなく、「法律の支配」と公言してはばからない人だということからも
わかるように(また改憲草案にもそのことが明記されているが)、国家権力の側から人々の権利を
制限することをもくろんでいる。
古代の中国では、法律とは「律」であり「令」、つまりお上が明文により制定した行政法と刑法であ
った。それによって「臣」と「人民」を支配しようとした。これはもちろん近代の「法の支配」とは似て
非なるものである。
聞くところでは、安部君は、現代の中国の政治家に教えたいと言ったそうだが、本当に教えを請
わなければならないのは「あなた(安部君)です」。
5面 社説 配偶者控除 増税がねらいではないか
読んでみてください。社説の通りです。
いつか(後日)、コメントしたいテーマです。
7面 暮らしへの影響読めず 金融緩和策修正 長期金利上げ不発
「日銀が2月にマイナス金利を導入後、預金金利は極限まで低下。保険会社は国債での運用に
困り、貯蓄性の高い保険は次々に販売停止に。・・・
弊害が目立ち始めたため、日銀は長期金利を0%程度に誘導することを「検証後」に決めた。
しかし、長期金利は「検証後」もマイナス水準で推移。しびれを切らした日銀は「五年超十年以
下」の国債の買い入れ額を前回より減額。」
しかし、効果なく、マイナス金利は続く。
7面 将来不安大 実質賃金減 かみあわぬ経済政策
アベノミクスの「アベコベ」ぶりは、いまや知る人ぞ知る事実。
そういえば、安部政権が誕生し、「アベノミクス」が喧伝されはじめたとき、私はある場所で、主に
社会人を相手に日本経済の勉強会を行っていましたが、その時、ある年金生活者が2%のインフ
レーションをターゲットにすると聞いて、大いに怒っていました。
なぜかって? そりゃそうでしょう。毎年支給される年金額は、減ってゆくのに、消費者物価が上
昇したら、実質年金額はもっと減るわけですから。それに虎の子の貯金も(預金利子がほぼゼロ%
では)実質的に減少します。これが庶民の「期待」(expectation)=予測です。
当時、2%のインフレをターゲットにすれば、景気がよくなると断言した御仁もいたようですが、「責
任を取れ!」と言いたい気持ちです。
記事には、配当に対する税率が【何十億円、何百億円でも】20%であり、きわめて不公正である
ことが書かれています。
私が本ブログで前に示したように、大企業の「実際の」法人税もきわめて低く、また安部政権によ
ってこっそりと引き下げられてきました。私の所得税の昨年の限界税率より低い!
26面 安保法施行後で初 17年度防衛予算概算要求 5兆1685億円を読む
「無駄 空中給油機・大量の水陸両用車」
本文中のグラフには、「安部政権で増え続ける防衛予算」が示されています。
これも私なども含め、多くの人がブログ等で言っていたこと。
やれ財政赤字だ、財政健全化といいながら、この放漫ぶり、散布は許されないでしょう。
でも、安部政権が軍産学共同を推進していることは、よくわかります。
ちなみに、「集団的自衛権」とは、日本を攻撃していない国の軍隊を攻撃するといったきわまりな
い危険なものであり、本来、好ましくないものであることは戦後の国連でも議論されていた通りで
す。もちろん、90%の憲法学者はそれを認めている安保法制を違憲としています。
実は、戦後米国は、それに反対していましたが、後にそれを理由にベトナムやイラクを攻撃。
現在の米国では、参加した兵士の中から毎日何人もの精神疾患で苦しむ人が続出。それに加
え、イラク攻撃では死者の70%は民間人(市民)でした。これがIS(イスラム国家)という欧米(日も
か)がおびえる組織を生みました。
米国の伝説的な経済学者ジョン・ガルブレイスの最後の遺言的著作も経済にとっての軍事=軍
産学複合体の有害性・危険性を指摘しています。
昨日の東京新聞だけで、これだけのことが示されています。(まだあるのですが、これくらいにし
ておきます。)
安部政治を放置したらろくなことはありません。
選挙で自民党・公明党などに投票した人も、今からでも遅くありません。今度は、民進、共産、社
民、生活、緑など、はっきり(または一応)安部政治に反対している政党に投票しましょう。
許可がおり、運転免許証更新の際の視力検査もかるがると通過。世界がはっきりと見えるようにな
りました。
このブログは、書きかけのものが多く、為替相場、EU、英国のEUからの離脱(Brexit)など、中途
半端のまま終わっているものが多々ありますが、その理由は、書きながら調べ、調べながら書いて
いるので、また途中でウチナーグチ(沖縄語)やアイヌ語、日本古代史(近年のDND分析によるも
のなどと含む)、趣味的な事柄に関する本や(場合によっては)専門的な論文などを読みだすもの
だから、なかなか先に進まないという事情もあります。
それに昨年からは、「九条の会」の活動もあり、さらに日米欧の軍産複合体研究のことも加わり、
忙しくなりました。
さて、昨日(10月1日)の東京新聞からいくかをピックアップします。
1面 新電力契約伸び悩む 自由化半年、2.7%どまり
「利点を見いだせず様子見する家庭が依然として多いようだ。」
そりゃそうだ。うちも旧来のままです。
それより、原発の費用が電気料金に上乗せされる。こちらの方が大ニュース。
3面 97条で応酬 細野氏「なぜ削除」 首相「単なる整理」
自民草案「基本的人権巡り」
「単なる整理」の訳がない。これは安部政権のねらいそのものだから。
本来、現在の近代的な憲法(民主主義国、立憲制の国)は、どこの国でも、国家権力を制約する
ものであり、人々(国民)の自由と権利を国家権力が保障しなければならないと規定している。
それが「法の支配」の意味だ。法(right)とは正義(justice, jus)であり、自由と諸権利を意味する。
ところが安部君は、恥ずかしくもなく、「法律の支配」と公言してはばからない人だということからも
わかるように(また改憲草案にもそのことが明記されているが)、国家権力の側から人々の権利を
制限することをもくろんでいる。
古代の中国では、法律とは「律」であり「令」、つまりお上が明文により制定した行政法と刑法であ
った。それによって「臣」と「人民」を支配しようとした。これはもちろん近代の「法の支配」とは似て
非なるものである。
聞くところでは、安部君は、現代の中国の政治家に教えたいと言ったそうだが、本当に教えを請
わなければならないのは「あなた(安部君)です」。
5面 社説 配偶者控除 増税がねらいではないか
読んでみてください。社説の通りです。
いつか(後日)、コメントしたいテーマです。
7面 暮らしへの影響読めず 金融緩和策修正 長期金利上げ不発
「日銀が2月にマイナス金利を導入後、預金金利は極限まで低下。保険会社は国債での運用に
困り、貯蓄性の高い保険は次々に販売停止に。・・・
弊害が目立ち始めたため、日銀は長期金利を0%程度に誘導することを「検証後」に決めた。
しかし、長期金利は「検証後」もマイナス水準で推移。しびれを切らした日銀は「五年超十年以
下」の国債の買い入れ額を前回より減額。」
しかし、効果なく、マイナス金利は続く。
7面 将来不安大 実質賃金減 かみあわぬ経済政策
アベノミクスの「アベコベ」ぶりは、いまや知る人ぞ知る事実。
そういえば、安部政権が誕生し、「アベノミクス」が喧伝されはじめたとき、私はある場所で、主に
社会人を相手に日本経済の勉強会を行っていましたが、その時、ある年金生活者が2%のインフ
レーションをターゲットにすると聞いて、大いに怒っていました。
なぜかって? そりゃそうでしょう。毎年支給される年金額は、減ってゆくのに、消費者物価が上
昇したら、実質年金額はもっと減るわけですから。それに虎の子の貯金も(預金利子がほぼゼロ%
では)実質的に減少します。これが庶民の「期待」(expectation)=予測です。
当時、2%のインフレをターゲットにすれば、景気がよくなると断言した御仁もいたようですが、「責
任を取れ!」と言いたい気持ちです。
記事には、配当に対する税率が【何十億円、何百億円でも】20%であり、きわめて不公正である
ことが書かれています。
私が本ブログで前に示したように、大企業の「実際の」法人税もきわめて低く、また安部政権によ
ってこっそりと引き下げられてきました。私の所得税の昨年の限界税率より低い!
26面 安保法施行後で初 17年度防衛予算概算要求 5兆1685億円を読む
「無駄 空中給油機・大量の水陸両用車」
本文中のグラフには、「安部政権で増え続ける防衛予算」が示されています。
これも私なども含め、多くの人がブログ等で言っていたこと。
やれ財政赤字だ、財政健全化といいながら、この放漫ぶり、散布は許されないでしょう。
でも、安部政権が軍産学共同を推進していることは、よくわかります。
ちなみに、「集団的自衛権」とは、日本を攻撃していない国の軍隊を攻撃するといったきわまりな
い危険なものであり、本来、好ましくないものであることは戦後の国連でも議論されていた通りで
す。もちろん、90%の憲法学者はそれを認めている安保法制を違憲としています。
実は、戦後米国は、それに反対していましたが、後にそれを理由にベトナムやイラクを攻撃。
現在の米国では、参加した兵士の中から毎日何人もの精神疾患で苦しむ人が続出。それに加
え、イラク攻撃では死者の70%は民間人(市民)でした。これがIS(イスラム国家)という欧米(日も
か)がおびえる組織を生みました。
米国の伝説的な経済学者ジョン・ガルブレイスの最後の遺言的著作も経済にとっての軍事=軍
産学複合体の有害性・危険性を指摘しています。
昨日の東京新聞だけで、これだけのことが示されています。(まだあるのですが、これくらいにし
ておきます。)
安部政治を放置したらろくなことはありません。
選挙で自民党・公明党などに投票した人も、今からでも遅くありません。今度は、民進、共産、社
民、生活、緑など、はっきり(または一応)安部政治に反対している政党に投票しましょう。
2016年8月16日火曜日
税金を払わない巨大企業 2 アベノミクスは所詮供給(企業)側の経済学の失敗例に過ぎない
四~六月期のGDPは、名目0.2パーセント、それから物価上昇分を差し引いた実質GDPは0パーセント。個人消費は0.2パーセント。
政府は、公共事業を中心に景気の活性化を狙うが、その効果は小さく、後には借金が残る。しかも、財政赤字の拡大を理由に社会保障費の負担増や消費税の引き上げがまっている。まさに「三重苦家計を圧迫」という状況が続く(本日の「東京新聞」朝刊より)。
さて、そのような訳で、今日の「東京新聞」社説は、「三年続くアベノミクスはあらためて効果が乏しいことを裏付けた形だ。四~六月期の実質国民総生産(GDP、速報値)は横ばいだった。「道半ば」ではなく、誤った道を進んでいると気づくべきだ。」としています。
まったく同感と言わざるをえません。
さて、これまでもアベノミクスについては、本ブログでも主に金融の観点から、批判的に検討してきましたが、まさにこの点では、アベノミクスの異次元の金融緩和政策は一部の体力(株価など実体経済とは関係ない部分)をほんの一時的に上げるだけの「ドーピング」(金子勝氏)に他ならないということができます。でも、ドーピングの効果はすぐになくなります。
しかし、アベノミクスには別の側面があります。それは供給側、つまりは企業側の経済学に依拠しているという側面に他なりません。
供給側の経済学というのは、本質的には、19世紀に起源を有する古い新古典派の経済学に特徴的な考え方であり、20世紀に入ってから根本的に批判されつくしました。
しかし、1980年代にイギリスとアメリカで保守派(サッチャーの保守党、レーガンの共和党)によって持ち上げられてから、一時一世を風靡しましたが、すぐに誤りであることがわかり、すぐに放棄されました。しかし、思想としての供給側の経済学は根強く、いまでも保守的な政界を中心に信者がたくさんいるようです。
この思想の要点は難しくありません。次のように要約できるでしょう。
つまり、経済を発展・成長させるには、供給側、つまり企業側の条件を改善しなければならない。なぜならば、経済は生産力の発展・成長とともに成長するが、その生産性の上昇をもたらすのは(設備)投資であり、その投資を行う企業だからである。企業が十分な利潤を上げることができれば、また富裕者=大株主が十分な配当を受け取ることができれば、それらの所得は貯蓄を通じて(設備)投資に向けられる。そして投資が順調に行なわれれば、生産力が発展し、経済は順調に発展する。
しかし、供給側の条件を改善するためには、法人税率を軽減したり、富裕者の所得税率を軽減したり、さらには企業が高い人件費・社会保障費負担に苦しまないように、賃金の抑制を行ったり、場合にはよって労働者の力を削ぐために失業率を引き上げる(高い水準に維持する)こともやむを得ない。
このような供給側の経済学の最後の側面(賃金抑制、失業率)については、かなり政治的に微妙な点もあるため、あまり露骨に表明されることはないかもしれませんが、アカデミックな経済学者の間では公然と議論されていることは、経済学者なら知っていることです。
さて、こうした供給側の経済学ですが、実際の経済やそれを説明する現実的な経済学には「有効需要」の側の側面があり、こちらも無視できないことはいうまでもありません。つまり、現実の経済では、企業にどんなに供給力があろうとも、有効需要がなければ(あるいは購買者がいなければ)、現実の生産は行われえないという冷厳な事実があります。これについて供給側の経済学者もまったくのアホではないので、答えざるをえません。そして、この答えが「セイ法則」と呼ばれるものです。これは、「供給はそれ自らの需要を創り出す」というものであり、換言すれば、需要は供給が生み出すものだから、供給だけ考えればよいということです。
もう一つ供給側の経済学が突きつけられた問題があります。それは供給側=企業側+富裕者側(のみ)を優遇するがゆえに、労働側に不利な条件を押しつけることになるという点です。これに対する答えとして出されたのが「トリクルダウン」の議論です。つまり、最初、企業や富裕者の所得が増えれば、その後いつか(いつ?!)富の一部が下にしたたり落ちて、労働側や低所得者の所得も増えるだろうという議論です。
しかし、歴史と理論は両者とも誤りであることを示してきました。例えば1930年代の大不況と高失業は生産力が低下したために生じたのではなく、生産能力に比して有効需要が著しく縮小したことが原因でした。またトリクルダウン、トリクルダウンといいながら、トリクルダウンが生じたためしがありません。所得格差と資産格差は拡大するばかりです。
それに供給側の経済学では、成長のためには企業に有利な条件(人件費=賃金の圧縮など)が必要だとされているため、いつ賃金の増加が生じるのか明言しません。しようと思ってもできないのです。もちろん新古典派の単純系の経済学にも一応の説明はあり、そこでは、すべてが短期的に(つまり時間のない虚構の世界では短期というしかないようですが)均衡点で決定されます。しかし、彼らは現実の動態的経済の中で何時、どのように賃金所得が変化するのか答えることはできません。新古典派の経済学を学んだことのない人(換言すれば逆説的に現実感覚のある人とも言えます)にとっては、実に奇妙な世界です。
だいぶまわり道をしましたが、供給側の経済学についてくどくどと説明したのは、アベノミクスが本質的にはこの供給側の経済学に立脚しているからです。安部氏が日本経済を<世界中で企業がもっとも自由にやれる経済にする>という趣旨の発言をしましたが、この点こそ、供給側の経済学の立場をよく示す言葉はありません。
巨大企業の法人税逃れを可能にすることはその一つです。
しかし、それは企業の行動をさらにある方向に向かわせます。企業はいくら利潤をあげても低い法人税率でしか課税されないので、もっと利潤を増やそうとして人件費を抑制します。また課税さらない配当金を増やすために、子会社や関連会社の株式を購入することになります。ここで注意しなければならないのは、株式の購入はある意味で「投資」ですが、生産力を成長させるための設備投資ではありません。こうした行動は、資産価格を引き上げる役割を果たしますが、経済を発展させ、人々の暮らしをよくするものではありません。
しかも、企業の人件費抑制行動は、経済社会全体を見てみると、それをある方向に導きます。つまり、日本社会全体の賃金所得が抑制されてきた状況の下では、もっとも基礎的な個人消費支出が停滞することになります。図示すれば、次の通りです。
W(賃金所得)の停滞 ⇔ C(消費支出)の停滞
鶏が先か卵が先か? という話ではありませんが、両者は密接に関係しています。賃金が停滞するので、消費が停滞するとも言えますが、消費が停滞するので(経済が停滞し)賃金が停滞するとも言えます。どちらが先かではなく、両者は相互に関連しており、WとCを抑制する構造が成立していると言えるでしょう。ですから、(もし現在でも成長が好ましいならば)WとCの両方を成長させてゆくような構造変化が必要ということになります。
私は構造という言葉を持ち出したらからといって、ここで橋本財政構造改革や小泉構造改革を支持しているわけではありません。むしろそれらは供給側の経済学の上に立った誤った政策でした。私が主張するのは、構造改革からの脱却という意味での構造変化です。それは賃金主導型、内需主導型の経済成長体制への転換でしかありません。
さて、安部氏も「有効需要」の重要性が理解できないほど、経済について無知というわけではないと思います。したがって彼は、かりにジェスチャーであろうとも、(特に改憲のための議席を確保するために選挙前には)すくなくとも賃金の上昇の実現のために努力lしているふりをしなければなりませんでした。
しかし、安部氏が本心から賃金の上昇を実現しようとしていないことは、彼の様々な言動から読み取れます。ここでは詳しく触れませんが、森永卓郎氏(『雇用破壊』角川新書、2016年)が指摘しているように、派遣労働の固定化、ホワイトカラー・エグゼンプション、解雇規制緩和などの「毒矢」を実現することにあると見るべきです。これらは人件費を抑制する企業行動を是とする政策体系です。
結論します。アベノミクスとは、改憲を狙った経済政策上の毒矢であり、本質的には供給側の経済学に「異次元の金融緩和」という「時間かせぎ」(W・シュトレークの言葉)を接ぎ木したものに過ぎません。またしばしばマスコミによって言及される「トリクルダウン」は現実に賃金が上がらないことへの言い訳でしかなく、政府の賃金の引き上げはジェスチャーに過ぎないと知るべきです。
政府は、公共事業を中心に景気の活性化を狙うが、その効果は小さく、後には借金が残る。しかも、財政赤字の拡大を理由に社会保障費の負担増や消費税の引き上げがまっている。まさに「三重苦家計を圧迫」という状況が続く(本日の「東京新聞」朝刊より)。
さて、そのような訳で、今日の「東京新聞」社説は、「三年続くアベノミクスはあらためて効果が乏しいことを裏付けた形だ。四~六月期の実質国民総生産(GDP、速報値)は横ばいだった。「道半ば」ではなく、誤った道を進んでいると気づくべきだ。」としています。
まったく同感と言わざるをえません。
さて、これまでもアベノミクスについては、本ブログでも主に金融の観点から、批判的に検討してきましたが、まさにこの点では、アベノミクスの異次元の金融緩和政策は一部の体力(株価など実体経済とは関係ない部分)をほんの一時的に上げるだけの「ドーピング」(金子勝氏)に他ならないということができます。でも、ドーピングの効果はすぐになくなります。
しかし、アベノミクスには別の側面があります。それは供給側、つまりは企業側の経済学に依拠しているという側面に他なりません。
供給側の経済学というのは、本質的には、19世紀に起源を有する古い新古典派の経済学に特徴的な考え方であり、20世紀に入ってから根本的に批判されつくしました。
しかし、1980年代にイギリスとアメリカで保守派(サッチャーの保守党、レーガンの共和党)によって持ち上げられてから、一時一世を風靡しましたが、すぐに誤りであることがわかり、すぐに放棄されました。しかし、思想としての供給側の経済学は根強く、いまでも保守的な政界を中心に信者がたくさんいるようです。
この思想の要点は難しくありません。次のように要約できるでしょう。
つまり、経済を発展・成長させるには、供給側、つまり企業側の条件を改善しなければならない。なぜならば、経済は生産力の発展・成長とともに成長するが、その生産性の上昇をもたらすのは(設備)投資であり、その投資を行う企業だからである。企業が十分な利潤を上げることができれば、また富裕者=大株主が十分な配当を受け取ることができれば、それらの所得は貯蓄を通じて(設備)投資に向けられる。そして投資が順調に行なわれれば、生産力が発展し、経済は順調に発展する。
しかし、供給側の条件を改善するためには、法人税率を軽減したり、富裕者の所得税率を軽減したり、さらには企業が高い人件費・社会保障費負担に苦しまないように、賃金の抑制を行ったり、場合にはよって労働者の力を削ぐために失業率を引き上げる(高い水準に維持する)こともやむを得ない。
このような供給側の経済学の最後の側面(賃金抑制、失業率)については、かなり政治的に微妙な点もあるため、あまり露骨に表明されることはないかもしれませんが、アカデミックな経済学者の間では公然と議論されていることは、経済学者なら知っていることです。
さて、こうした供給側の経済学ですが、実際の経済やそれを説明する現実的な経済学には「有効需要」の側の側面があり、こちらも無視できないことはいうまでもありません。つまり、現実の経済では、企業にどんなに供給力があろうとも、有効需要がなければ(あるいは購買者がいなければ)、現実の生産は行われえないという冷厳な事実があります。これについて供給側の経済学者もまったくのアホではないので、答えざるをえません。そして、この答えが「セイ法則」と呼ばれるものです。これは、「供給はそれ自らの需要を創り出す」というものであり、換言すれば、需要は供給が生み出すものだから、供給だけ考えればよいということです。
もう一つ供給側の経済学が突きつけられた問題があります。それは供給側=企業側+富裕者側(のみ)を優遇するがゆえに、労働側に不利な条件を押しつけることになるという点です。これに対する答えとして出されたのが「トリクルダウン」の議論です。つまり、最初、企業や富裕者の所得が増えれば、その後いつか(いつ?!)富の一部が下にしたたり落ちて、労働側や低所得者の所得も増えるだろうという議論です。
しかし、歴史と理論は両者とも誤りであることを示してきました。例えば1930年代の大不況と高失業は生産力が低下したために生じたのではなく、生産能力に比して有効需要が著しく縮小したことが原因でした。またトリクルダウン、トリクルダウンといいながら、トリクルダウンが生じたためしがありません。所得格差と資産格差は拡大するばかりです。
それに供給側の経済学では、成長のためには企業に有利な条件(人件費=賃金の圧縮など)が必要だとされているため、いつ賃金の増加が生じるのか明言しません。しようと思ってもできないのです。もちろん新古典派の単純系の経済学にも一応の説明はあり、そこでは、すべてが短期的に(つまり時間のない虚構の世界では短期というしかないようですが)均衡点で決定されます。しかし、彼らは現実の動態的経済の中で何時、どのように賃金所得が変化するのか答えることはできません。新古典派の経済学を学んだことのない人(換言すれば逆説的に現実感覚のある人とも言えます)にとっては、実に奇妙な世界です。
だいぶまわり道をしましたが、供給側の経済学についてくどくどと説明したのは、アベノミクスが本質的にはこの供給側の経済学に立脚しているからです。安部氏が日本経済を<世界中で企業がもっとも自由にやれる経済にする>という趣旨の発言をしましたが、この点こそ、供給側の経済学の立場をよく示す言葉はありません。
巨大企業の法人税逃れを可能にすることはその一つです。
しかし、それは企業の行動をさらにある方向に向かわせます。企業はいくら利潤をあげても低い法人税率でしか課税されないので、もっと利潤を増やそうとして人件費を抑制します。また課税さらない配当金を増やすために、子会社や関連会社の株式を購入することになります。ここで注意しなければならないのは、株式の購入はある意味で「投資」ですが、生産力を成長させるための設備投資ではありません。こうした行動は、資産価格を引き上げる役割を果たしますが、経済を発展させ、人々の暮らしをよくするものではありません。
しかも、企業の人件費抑制行動は、経済社会全体を見てみると、それをある方向に導きます。つまり、日本社会全体の賃金所得が抑制されてきた状況の下では、もっとも基礎的な個人消費支出が停滞することになります。図示すれば、次の通りです。
W(賃金所得)の停滞 ⇔ C(消費支出)の停滞
鶏が先か卵が先か? という話ではありませんが、両者は密接に関係しています。賃金が停滞するので、消費が停滞するとも言えますが、消費が停滞するので(経済が停滞し)賃金が停滞するとも言えます。どちらが先かではなく、両者は相互に関連しており、WとCを抑制する構造が成立していると言えるでしょう。ですから、(もし現在でも成長が好ましいならば)WとCの両方を成長させてゆくような構造変化が必要ということになります。
私は構造という言葉を持ち出したらからといって、ここで橋本財政構造改革や小泉構造改革を支持しているわけではありません。むしろそれらは供給側の経済学の上に立った誤った政策でした。私が主張するのは、構造改革からの脱却という意味での構造変化です。それは賃金主導型、内需主導型の経済成長体制への転換でしかありません。
さて、安部氏も「有効需要」の重要性が理解できないほど、経済について無知というわけではないと思います。したがって彼は、かりにジェスチャーであろうとも、(特に改憲のための議席を確保するために選挙前には)すくなくとも賃金の上昇の実現のために努力lしているふりをしなければなりませんでした。
しかし、安部氏が本心から賃金の上昇を実現しようとしていないことは、彼の様々な言動から読み取れます。ここでは詳しく触れませんが、森永卓郎氏(『雇用破壊』角川新書、2016年)が指摘しているように、派遣労働の固定化、ホワイトカラー・エグゼンプション、解雇規制緩和などの「毒矢」を実現することにあると見るべきです。これらは人件費を抑制する企業行動を是とする政策体系です。
結論します。アベノミクスとは、改憲を狙った経済政策上の毒矢であり、本質的には供給側の経済学に「異次元の金融緩和」という「時間かせぎ」(W・シュトレークの言葉)を接ぎ木したものに過ぎません。またしばしばマスコミによって言及される「トリクルダウン」は現実に賃金が上がらないことへの言い訳でしかなく、政府の賃金の引き上げはジェスチャーに過ぎないと知るべきです。
税金を払わない巨大企業
昨日、横須賀中央駅前を通ったところ、「年金生活者」のグループが、政府によって毎年老齢音金額を減額されてゆく現状を訴えていました。私も今年から、年金生活者の一員となり、生活不安を抱えている身。将来が不安になります。もちろん若干の蓄えはあるとはいえ、将来不安(健康、自己、子供たちのこと)のため、思い切って消費を増やす気にはなれません。
その上、消費税の10パーセントへの増税は、自民党の選挙対策の一環としてさしあたりは見送られましたが、選挙に勝ち、「改憲勢力」の3分の2を確保した自公政権にとっては、消費税の引き上げを延期する理由はなくなりました。形式的な理屈上は、日本全体の消費需要がかりに350兆円だとすると、2パーセント・ポイントの引き上げは、7兆円の税収増をもたらすことになります。ただし、これは大衆増税によって景気が悪化しなければの話であり、経済理論の常識やこれまでの経験に照らすと、(政府が増税分を財政赤字の補填などに使ってしまい、人々の生活のための政府支出を増やさない限り)消費需要が大幅に低下し(あるいは、低下しなくても、長期にわたって停滞し)、まさにデフレ不況を深刻化させる危険があります。実際、安部政権のアベノミクスがデフレ不況を克服するというキャッチコピーにもかかわらず、消費税の引き上げ以降、日本経済の状態が悪化したことは明らかです。
さて、こんな財政状態にあるにもかかわらず、日本の巨大企業は、巨額の税金逃れをしてきましたし、またしています。というと、日本の会社の「実効税率」は世界的にみて高いのでは? という疑問が投げ返されてきそうです。
実際、私がかつてある県の放送大学のセンターで、社会人を相手に日本経済や世界経済について、勉強会を開いていたとき、よく出された質問の一つが、<日本の高い法人税率>についてのものでした。いや、そもそも<日本の高い法人税率>や、、それではグローバル化した国際経済の環境の中で競争に勝てない>という議論は、マスコミの決まり文句(言説)となっていあす。
ひょっとすると多くの人はそれを信じているのではないでしょうか?
しかし、本当にそうでしょうか? 確かに法人税の法定税率が、そこそこの水準に設定されていることは間違いありません。基本的な考え方としては、企業の所得(利益、利潤)に対して法人税がかけれられており、その法定上の率(法人税÷企業所得)は、25.5パーセント(2012年。地方税を除く国税のみ)に設定されています。この率は、国際的に見て、確かに低くはないかもしれませんが、決して高いとは言えません。(外国の例は、後日、折を見て紹介したいと思います)。
ところが、本当に重要なことは、実際の税率(まさに本当の意味での実効税率)が多くの企業で、これよりはるかに低い額にあることです。
このことをきちんと説明した富岡幸雄氏の『税金を払わない巨大企業』(文春新書、2014年)から紹介しておきましょう。次の表は、同書の90ページの表をグラフ化したものです。なお、この図のもとになった企業の所得には、申告所得の他に、富岡氏が推計した他の企業所得が含まれています。

この図から見られるように、資本金1000万円から5億円の企業にかけて企業規模が拡大するとともに、実効税率は20パーセントから25.44パーセントへと上がっていますが、それより大きな企業になると、税率は急速に低下しており、100億円超の企業の法人税率は、外国税等を含めても、なんと11.54パーセントにしかなりません。100億円超の企業の所得は、きわめて巨額ですから、これは、すさまじい額の税金逃れ(tax evasion)が行われていることを意味します。

出典)上掲書、90ページ。
このような税金逃れがどのように行われるのか。ここでは、その一つとして巨大企業の「受取配当金」が非課税の所得となっている事実だけを上げておきます。富岡氏の前掲書(97ページ)では、巨大企業が2003~2011年に受け取った約58兆円のうち、何と48兆円以上(73.5パーセント)が無課税の所得となっています。
もちろん、以上の値のうち企業の所得額は、タックスヘイブンなどにより、企業の所得がただしく申告・把握されていることを前提としています。ところが、企業が税金逃れをするための手法の一つは、比較的税率の高い課税国での所得金額を少なくみせかける(したがって比較的税率の低い課税国の所得lを増やすことになる)価格操作であり、これは同一企業内の多国間取引が行われていることを前提としているので、それが正しいという保証はまったくありません。ただし、ここでは、統計的な実態把握が難しいこともあり、この点は省くことにします。
では、近年この法人税額や税率はどのように変化してきたのでしょうか?
論より証拠。まずは次のグラフをみてください。
これは国税庁のデータ(会社標本調査)をもとににして、私が作成したものです。計算の基礎となる企業所得としては、企業の申告所得と益金不算入の配当金を合計したものを用い、その金額で法人税(国税のみ)を割ってあります。したがって欠損企業の場合、益金不参入の配当金は欠損額をカバーするために利用されている可能性がありますが、巨大企業の場合には欠損額が小さく、また中小企業の場合は、益金不参入の配当金額がきわめて小さいので、数値が実態からかけはなれることはありません。
2つのことが観察されます。第一に、上で見たように、5億円を超える企業階層については、法人税零つがきわめて低くなっていることが確認されます。第二に、安部政権の下で、着実に法人税率が引き下げられてきたことです。
要するに、一方で99パーセントの庶民に大衆課税を強要しながら、他方では巨大企業を優遇するという政策を実施してきたのが、アベノミクスであり、この事実は経済学者として見逃すことができません。

もうちょっとグラフを見てみましょう。
これは、日本の企業の申告所得(利益計上法人と損益法人)、それに益金不算入の配当金額を乗せたものです。近年のところをみると、2014年の企業所得は1989年の水準とほぼ同じになり、また欧米資産バブルの絶頂期(日本の輸出の好調期)の2006年、2007年に近い水準にたっしており、要するに業所得の回復が認められます。
ところが、法人税額(国税のみ)は、大幅に減少しています。企業所得が同じだった1989年を基準にとれば、3.5兆円ほどの法事税の減収です。
これは、歴代の日本政府が企業優遇税制、というより大企業の租税逃れを手助けしてきたために他なりません。


おそらく私がここで記したことは、日本の財務省や政府が国民に対して隠したい事実であるに違いありません。その証拠に、日本の法人税の「実効税率」が高いとか、グローバル競争に勝てないとか、財政危機を救うために緊縮財政を実現するべきとか、消費増税を実施するべきとか、という言説はマスコミを通じて流布されるのに、私の知る限り、実際の法人税率がどうなってるかなどは、(政府や企業の意をくむ)マスコミで報道されたためしがありません。
その上、消費税の10パーセントへの増税は、自民党の選挙対策の一環としてさしあたりは見送られましたが、選挙に勝ち、「改憲勢力」の3分の2を確保した自公政権にとっては、消費税の引き上げを延期する理由はなくなりました。形式的な理屈上は、日本全体の消費需要がかりに350兆円だとすると、2パーセント・ポイントの引き上げは、7兆円の税収増をもたらすことになります。ただし、これは大衆増税によって景気が悪化しなければの話であり、経済理論の常識やこれまでの経験に照らすと、(政府が増税分を財政赤字の補填などに使ってしまい、人々の生活のための政府支出を増やさない限り)消費需要が大幅に低下し(あるいは、低下しなくても、長期にわたって停滞し)、まさにデフレ不況を深刻化させる危険があります。実際、安部政権のアベノミクスがデフレ不況を克服するというキャッチコピーにもかかわらず、消費税の引き上げ以降、日本経済の状態が悪化したことは明らかです。
さて、こんな財政状態にあるにもかかわらず、日本の巨大企業は、巨額の税金逃れをしてきましたし、またしています。というと、日本の会社の「実効税率」は世界的にみて高いのでは? という疑問が投げ返されてきそうです。
実際、私がかつてある県の放送大学のセンターで、社会人を相手に日本経済や世界経済について、勉強会を開いていたとき、よく出された質問の一つが、<日本の高い法人税率>についてのものでした。いや、そもそも<日本の高い法人税率>や、、それではグローバル化した国際経済の環境の中で競争に勝てない>という議論は、マスコミの決まり文句(言説)となっていあす。
ひょっとすると多くの人はそれを信じているのではないでしょうか?
しかし、本当にそうでしょうか? 確かに法人税の法定税率が、そこそこの水準に設定されていることは間違いありません。基本的な考え方としては、企業の所得(利益、利潤)に対して法人税がかけれられており、その法定上の率(法人税÷企業所得)は、25.5パーセント(2012年。地方税を除く国税のみ)に設定されています。この率は、国際的に見て、確かに低くはないかもしれませんが、決して高いとは言えません。(外国の例は、後日、折を見て紹介したいと思います)。
ところが、本当に重要なことは、実際の税率(まさに本当の意味での実効税率)が多くの企業で、これよりはるかに低い額にあることです。
このことをきちんと説明した富岡幸雄氏の『税金を払わない巨大企業』(文春新書、2014年)から紹介しておきましょう。次の表は、同書の90ページの表をグラフ化したものです。なお、この図のもとになった企業の所得には、申告所得の他に、富岡氏が推計した他の企業所得が含まれています。

この図から見られるように、資本金1000万円から5億円の企業にかけて企業規模が拡大するとともに、実効税率は20パーセントから25.44パーセントへと上がっていますが、それより大きな企業になると、税率は急速に低下しており、100億円超の企業の法人税率は、外国税等を含めても、なんと11.54パーセントにしかなりません。100億円超の企業の所得は、きわめて巨額ですから、これは、すさまじい額の税金逃れ(tax evasion)が行われていることを意味します。

出典)上掲書、90ページ。
このような税金逃れがどのように行われるのか。ここでは、その一つとして巨大企業の「受取配当金」が非課税の所得となっている事実だけを上げておきます。富岡氏の前掲書(97ページ)では、巨大企業が2003~2011年に受け取った約58兆円のうち、何と48兆円以上(73.5パーセント)が無課税の所得となっています。
もちろん、以上の値のうち企業の所得額は、タックスヘイブンなどにより、企業の所得がただしく申告・把握されていることを前提としています。ところが、企業が税金逃れをするための手法の一つは、比較的税率の高い課税国での所得金額を少なくみせかける(したがって比較的税率の低い課税国の所得lを増やすことになる)価格操作であり、これは同一企業内の多国間取引が行われていることを前提としているので、それが正しいという保証はまったくありません。ただし、ここでは、統計的な実態把握が難しいこともあり、この点は省くことにします。
では、近年この法人税額や税率はどのように変化してきたのでしょうか?
論より証拠。まずは次のグラフをみてください。
これは国税庁のデータ(会社標本調査)をもとににして、私が作成したものです。計算の基礎となる企業所得としては、企業の申告所得と益金不算入の配当金を合計したものを用い、その金額で法人税(国税のみ)を割ってあります。したがって欠損企業の場合、益金不参入の配当金は欠損額をカバーするために利用されている可能性がありますが、巨大企業の場合には欠損額が小さく、また中小企業の場合は、益金不参入の配当金額がきわめて小さいので、数値が実態からかけはなれることはありません。
2つのことが観察されます。第一に、上で見たように、5億円を超える企業階層については、法人税零つがきわめて低くなっていることが確認されます。第二に、安部政権の下で、着実に法人税率が引き下げられてきたことです。
要するに、一方で99パーセントの庶民に大衆課税を強要しながら、他方では巨大企業を優遇するという政策を実施してきたのが、アベノミクスであり、この事実は経済学者として見逃すことができません。

もうちょっとグラフを見てみましょう。
これは、日本の企業の申告所得(利益計上法人と損益法人)、それに益金不算入の配当金額を乗せたものです。近年のところをみると、2014年の企業所得は1989年の水準とほぼ同じになり、また欧米資産バブルの絶頂期(日本の輸出の好調期)の2006年、2007年に近い水準にたっしており、要するに業所得の回復が認められます。
ところが、法人税額(国税のみ)は、大幅に減少しています。企業所得が同じだった1989年を基準にとれば、3.5兆円ほどの法事税の減収です。
これは、歴代の日本政府が企業優遇税制、というより大企業の租税逃れを手助けしてきたために他なりません。


おそらく私がここで記したことは、日本の財務省や政府が国民に対して隠したい事実であるに違いありません。その証拠に、日本の法人税の「実効税率」が高いとか、グローバル競争に勝てないとか、財政危機を救うために緊縮財政を実現するべきとか、消費増税を実施するべきとか、という言説はマスコミを通じて流布されるのに、私の知る限り、実際の法人税率がどうなってるかなどは、(政府や企業の意をくむ)マスコミで報道されたためしがありません。
2016年7月11日月曜日
不誠実な安部政権 選挙前は「アベノミクス」、選挙後は「改憲」
今回の参院選挙については、まだこれから分析し、明らかにしなければならない点がある。
ただ今日、言いたいことはただ一つである。
それは有権者が近い将来自分たちが自民・公明に投票したことを後悔する日が来ないことをただただ願うのみだということである。
安部首相は、選挙前にはアベノミクスが選挙の争点だといっていった。しかし、選挙によって3分の2あるいはそれに近い議席を得られそうになったとたんに、前文から含めて憲法を変えたいといいだしている。もちろん、世論上は反対派が多数派である。
前回の選挙のときもそうだったが、この政権は政権の名前にあたいしない。そもそも選挙は、政策を問うものであり、政策によって有権者から選んでもらうものである。ところが、例えばTPPに反対するといっておきながら、選挙が終わると、いつかまにか積極的に推進するという。これなどは、悪質な犯罪行為に等しい。ちょっと前に桝添氏が都知事を辞職せざるをえなくなったが、彼の場合は「せこい」の一言で特徴づけられるようなことであるが、安部政権は不誠実であり、政治家としてはいっそう悪質である。
もう一つ言いたいのは、安部政権は、前回同様、今度の選挙でも決して有権者のあっとうてき支援を得ているわけではない。ただ小選挙区制という--私の意見では違憲のーー選挙制度のおかげで多数票を得ているに過ぎない。
ただ今日、言いたいことはただ一つである。
それは有権者が近い将来自分たちが自民・公明に投票したことを後悔する日が来ないことをただただ願うのみだということである。
安部首相は、選挙前にはアベノミクスが選挙の争点だといっていった。しかし、選挙によって3分の2あるいはそれに近い議席を得られそうになったとたんに、前文から含めて憲法を変えたいといいだしている。もちろん、世論上は反対派が多数派である。
前回の選挙のときもそうだったが、この政権は政権の名前にあたいしない。そもそも選挙は、政策を問うものであり、政策によって有権者から選んでもらうものである。ところが、例えばTPPに反対するといっておきながら、選挙が終わると、いつかまにか積極的に推進するという。これなどは、悪質な犯罪行為に等しい。ちょっと前に桝添氏が都知事を辞職せざるをえなくなったが、彼の場合は「せこい」の一言で特徴づけられるようなことであるが、安部政権は不誠実であり、政治家としてはいっそう悪質である。
もう一つ言いたいのは、安部政権は、前回同様、今度の選挙でも決して有権者のあっとうてき支援を得ているわけではない。ただ小選挙区制という--私の意見では違憲のーー選挙制度のおかげで多数票を得ているに過ぎない。
2016年7月6日水曜日
アベノミクスは本当の目的(戦争立法、改憲、戦争出来る国、武器輸出など)を隠す「隠れ蓑」に過ぎない!
来月、左眼の手術を受けることになり、近くの眼科医院に検査にいってきました。
「わずか10分ほどで終了し、痛みもなくなく、何も心配いりません」と言われましたが、出来れば手術は受けたくないものです。
さて、7月10日の参院選が直前にせまりましたが、当方は、4月に新潟市から神奈川県の横須賀市に移転したので、不在者投票をすることになり、昨日、済ませました。今回は、選挙区の投票では野党が統一候補をたてましたので、迷うことなく投票することができました。もちろん、反安部(=反自民・公明の野合政権)の立場の人にです。
投票日を前に本ブログでも一言いっておきたいことがあり、更新することにしました。
簡単に言えば、言いたいことは一点のみ。鳴り物入りで始められた「アベノミクス」なるものは、安部個人および安部政権の目的(解釈改憲、戦争立法などにより戦争ができ、武器輸出できる国にすること)を隠すための隠れ蓑に過ぎないということです。
これまで(昨年11月まで)も「アベノミクス」については、何度もその欺瞞性について書いてきたので、ここで改めって全面的に問題とすることはしませんが、2、3の点に触れておきたいと思います。
1 円安で輸出量はまったくふえていない。
日本のマスメディアは、何かあると、円安によって日本の輸出が増え、景気が回復するという「シナリオ」を垂れ流してきましたが、事実はまったくことなります。
驚く人が多いかもしれませんが、2012年から現在まで日本の輸出量(物価変動を考慮した輸出額の実質値)はほとんどまったく増えていません。自動車にいったっては、輸出台数は減ってさえいます。一方、輸入量(同実質値)は増えていますので、貿易収支(同実質値)は拡大してきました。今日は、都合により、グラフを省きますが、嘘だと思う人は、日本銀行のホームページや日本自動車工業会『自動車統計月報』などをみてください。(これについては、仙台経済学研究会編『経済学の座標軸』2016年、社会評論社270~271ページを参照。)このような推移の理由は、後日詳しく説明することとして、今は省略します。
しかも、注目されることに、円安による企業倒産が2013年から増加しているという事実があります(帝国データバンクのデータ。前掲書273ページも参照)。
理由ははっきりしています。円安はドル高であり、輸入品の価格が上昇したからです。しかし、安部・黒田氏の金融緩和政策でも、力の弱い企業はこの価格上昇を販売価格の上昇として転嫁することができません。本当の(国内)インフレとは、このような価格上昇を許容する性質のものですが、それはできないしくみになっているわけです。
もう一つ補足すると、安部・黒田は異次元の金融緩和が2パーセントほどの物価上昇をもたらし、景気をよくするといいましたが、輸入インフレの場合は決してそうはなりません。
それは1970年代の石油危機と狂乱物価を経験したシニア世代なら実感的に理解できるはずです。(もちろん、経験していない人も理論的に理解可能です。)
輸入インフレとは、外国人に有利な所得分配が行われるということです。要するに、物価上昇分だけ外国人の所得取り分が増えます。その分を日本人は外に支払わなければなりません。もちろん、それだけ日本人は可処分所得を減らします。そしてそれは(それ自体としては)景気を悪化させる効果を持ちます。わかりやすい例で言えば、(例えば)ガソリン価格が100円から150円に上がり、月々5000円の支出が7500円になったとき、人は2500円分の支出増加をなんとか工面しなければなりません。多くの人は支出を減らそうとするでしょう。それは国内需要を縮小するように働きます。もちろん、安部・黒田氏もこれくらいの経済学的知識は持っているでしょう。しかし、彼らは口がさけてもそれを公言することができません。
ともあれ、1970年代に高インフレと不景気が同時に生じたのは、現実世界の経済学では簡単に理解できるのです。しくみは今も同じであり、ただ混乱の水準が異なるだけです。
2 実質賃金は低下した
NHKをはじめとするマスメディアが必死に垂れ流している情報があります。それは賃金率が上昇したというものです。しかし、残念ながら、財務省の法人企業統計でも、厚生労働省の毎月勤労統計調査でも、実質賃金率は低下しています。確かに名目賃金率は若干上昇したかもしれません。しかし、それから消費者物価上昇率を引いた実質賃金率は低下しています。(こちらも今日はグラフを省略します。)
ちょっとした計算でも、このことはわかるはずです。第二次安部政権が発足したのちの「春闘」(といえるようなものかしら?)で、2000円のベスアップ実現などと喧伝されましたが、かりに平均賃金が500万円(年)、つまり40万円(月)で物価上昇率が2パンセントなら8000円(月)のベースアップがないと追いつかないはず。もちろん個人ベースでは一歳あたりの賃金差が4000円なら、合わせて6000円となるはず。しかし、それでも国民一人あたりの実質賃金はダウンです。けっしてアベノミクスの成果です、などと褒められた数値ではありません。
ちなみに、この間も企業の内部留保は着実に増えました。(法人企業統計に載っています。)しかし、1パーセント(富裕者)の富が増えても99パーセントの所得が増えるトリクルダウンは生じてきません。格差は拡大しただけです。2年たっても、3年たっても同じこと、待つだけ無駄です。
浜矩子さんなどが「アホノミクス」の破綻したことをきちんと述べているように、多くの良心的な経済学者はその欺瞞性を明らかにしてきまたが、それでも騙されつづける有権者は多いようです。安部・黒田のアベノミクス、自公政権、マスメディアのトライアングルの支配から日本が解き放たれるのはいったい何時なのでしょうか?
「わずか10分ほどで終了し、痛みもなくなく、何も心配いりません」と言われましたが、出来れば手術は受けたくないものです。
さて、7月10日の参院選が直前にせまりましたが、当方は、4月に新潟市から神奈川県の横須賀市に移転したので、不在者投票をすることになり、昨日、済ませました。今回は、選挙区の投票では野党が統一候補をたてましたので、迷うことなく投票することができました。もちろん、反安部(=反自民・公明の野合政権)の立場の人にです。
投票日を前に本ブログでも一言いっておきたいことがあり、更新することにしました。
簡単に言えば、言いたいことは一点のみ。鳴り物入りで始められた「アベノミクス」なるものは、安部個人および安部政権の目的(解釈改憲、戦争立法などにより戦争ができ、武器輸出できる国にすること)を隠すための隠れ蓑に過ぎないということです。
これまで(昨年11月まで)も「アベノミクス」については、何度もその欺瞞性について書いてきたので、ここで改めって全面的に問題とすることはしませんが、2、3の点に触れておきたいと思います。
1 円安で輸出量はまったくふえていない。
日本のマスメディアは、何かあると、円安によって日本の輸出が増え、景気が回復するという「シナリオ」を垂れ流してきましたが、事実はまったくことなります。
驚く人が多いかもしれませんが、2012年から現在まで日本の輸出量(物価変動を考慮した輸出額の実質値)はほとんどまったく増えていません。自動車にいったっては、輸出台数は減ってさえいます。一方、輸入量(同実質値)は増えていますので、貿易収支(同実質値)は拡大してきました。今日は、都合により、グラフを省きますが、嘘だと思う人は、日本銀行のホームページや日本自動車工業会『自動車統計月報』などをみてください。(これについては、仙台経済学研究会編『経済学の座標軸』2016年、社会評論社270~271ページを参照。)このような推移の理由は、後日詳しく説明することとして、今は省略します。
しかも、注目されることに、円安による企業倒産が2013年から増加しているという事実があります(帝国データバンクのデータ。前掲書273ページも参照)。
理由ははっきりしています。円安はドル高であり、輸入品の価格が上昇したからです。しかし、安部・黒田氏の金融緩和政策でも、力の弱い企業はこの価格上昇を販売価格の上昇として転嫁することができません。本当の(国内)インフレとは、このような価格上昇を許容する性質のものですが、それはできないしくみになっているわけです。
もう一つ補足すると、安部・黒田は異次元の金融緩和が2パーセントほどの物価上昇をもたらし、景気をよくするといいましたが、輸入インフレの場合は決してそうはなりません。
それは1970年代の石油危機と狂乱物価を経験したシニア世代なら実感的に理解できるはずです。(もちろん、経験していない人も理論的に理解可能です。)
輸入インフレとは、外国人に有利な所得分配が行われるということです。要するに、物価上昇分だけ外国人の所得取り分が増えます。その分を日本人は外に支払わなければなりません。もちろん、それだけ日本人は可処分所得を減らします。そしてそれは(それ自体としては)景気を悪化させる効果を持ちます。わかりやすい例で言えば、(例えば)ガソリン価格が100円から150円に上がり、月々5000円の支出が7500円になったとき、人は2500円分の支出増加をなんとか工面しなければなりません。多くの人は支出を減らそうとするでしょう。それは国内需要を縮小するように働きます。もちろん、安部・黒田氏もこれくらいの経済学的知識は持っているでしょう。しかし、彼らは口がさけてもそれを公言することができません。
ともあれ、1970年代に高インフレと不景気が同時に生じたのは、現実世界の経済学では簡単に理解できるのです。しくみは今も同じであり、ただ混乱の水準が異なるだけです。
2 実質賃金は低下した
NHKをはじめとするマスメディアが必死に垂れ流している情報があります。それは賃金率が上昇したというものです。しかし、残念ながら、財務省の法人企業統計でも、厚生労働省の毎月勤労統計調査でも、実質賃金率は低下しています。確かに名目賃金率は若干上昇したかもしれません。しかし、それから消費者物価上昇率を引いた実質賃金率は低下しています。(こちらも今日はグラフを省略します。)
ちょっとした計算でも、このことはわかるはずです。第二次安部政権が発足したのちの「春闘」(といえるようなものかしら?)で、2000円のベスアップ実現などと喧伝されましたが、かりに平均賃金が500万円(年)、つまり40万円(月)で物価上昇率が2パンセントなら8000円(月)のベースアップがないと追いつかないはず。もちろん個人ベースでは一歳あたりの賃金差が4000円なら、合わせて6000円となるはず。しかし、それでも国民一人あたりの実質賃金はダウンです。けっしてアベノミクスの成果です、などと褒められた数値ではありません。
ちなみに、この間も企業の内部留保は着実に増えました。(法人企業統計に載っています。)しかし、1パーセント(富裕者)の富が増えても99パーセントの所得が増えるトリクルダウンは生じてきません。格差は拡大しただけです。2年たっても、3年たっても同じこと、待つだけ無駄です。
浜矩子さんなどが「アホノミクス」の破綻したことをきちんと述べているように、多くの良心的な経済学者はその欺瞞性を明らかにしてきまたが、それでも騙されつづける有権者は多いようです。安部・黒田のアベノミクス、自公政権、マスメディアのトライアングルの支配から日本が解き放たれるのはいったい何時なのでしょうか?
2016年6月28日火曜日
連合王国(イギリス)のEU離脱を考える(2)
昨日から今日にかけて私の身のまわりで小さなできごとがいくつかありました。
その一つ。亡くなった義母が家の庭に放置してあったサボテンを、今春、私が大きめのポットに植え替え、土を替え、毎日水やりをしていたところ、すくすくと成長しはじめ、3日ほど前からきれいな黄色い花をつけ始めました。ところが、昨日の朝、見るとポットごとなくなっていました。
二つ目は、私の眼のこと、三つ目は老齢年金のことですが、こちらは省略します。一言だけ書くと、私も高齢化し、あちこち故障が出てきたと実感せずにはいられません。
さて、イギリスのEU離脱ですが、次に進む前に、前回の補足を一言。誤解されないようにもう一度繰り返すと、私にとっても今回の国民投票の結果はとても残念です。しかし、すべての事象には様々な原因があります。仏教でも、「法界縁起」(dependent-rising)と言う通り、すべての事象はすべての事象と関連しると理解されています。
といっても、説明したことにならないので、重要な点だけを指摘すると、まず前回の話は、EU地域統合が多くの人々にとっては、自分たちの職と所得を損なうものと感じられていたという形に要約できるでしょうか。巨大企業の活動から利益を得る1パーセントの人々にとってはともかく、多くの人にとってはそれらの利益が自分たちの職と所得を犠牲にして得られたものと考えられているという事実が重要です。要するに<1パーセントと99パーセント>の対立。ちなみにマスメディア人は、1パーセントと利益を一にしているといったら言い過ぎでしょうか?
第二に、日本のマスコミの場合に特に感じるのですが、人は2008年以降のEU債務危機を忘れているように思えてなりません。イギリスを中心とする多くの経済学者が指摘するように、分断はEU内部で、しかも国境を越えて生じています。これについては、これまでも指摘したことがあるので、ここでは簡単に記しておきます。
そもそもなぜあの深刻なEU債務危機は生じたのでしょうか? ギリシャ人やポルトガル人、イタリア人がなまけものだから? これは世界中のマスメディアが垂れ流した説ですが、謬論です。この意見には、働き者でまじめなドイツ人が怠け者のギリシャ人などの生み出した財政赤字を補填してあげる必要などないというおまけまでついています。
真相はそうではありません。むしろ働き者でまじめなドイツが金融危機の種をばらまいたというしかありません。まずドイツの金融は周辺国に大量の資金を散布しました。その時の謳い文句は、<通貨統合によって為替リスクはなくなった>、<市場統合は効率的な大規模経済を生み出した>、<周辺国も低金利という経済成長のための有力な手段を得た>などなど。そして周辺国(主に企業や住宅を購入する個人など)はその資金を大量に借りました。その金はどのように使われたでしょうか? ドイツからの輸入です。しかも、ドイツの輸出企業は(単一通貨という固定相場制の下で)いっそう輸出を促進するために、賃金の抑制をはかり、「単位労働費用」を抑えました。これがどのようなマクロ的効果を生み出すかは、経済学をかじったことのある人には明らかです。その効果とは、内需抑制と輸出志向型の成長戦略です。(ちなみに、日本も1997年以降、同じような罠にはまりこんでしまい、賃金圧縮→デフレ→国内市場の縮小→輸出拡大待望論という連鎖が人々のマインドになっています。安部・黒田氏が「デフレマインドからの脱却」といっても定着しているので、そう簡単に脱却できません。)ヨーロッパは、イギリスも含めて、金融資産バブルにはまりこみました。しかし、すべてのバブルはいつかはじけます。そして実際はじけました。きっかけは2006年にはじまる米国の金融不安の進展です。
ここで一つ補足のための余談。何年か前に大学の市民講座で、EU債務危機を取り上げ、上で述べた金融危機のメカニズムに触れたところ、後の質問時間に、低賃金のギリシャと高賃金のドイツが同じ土俵で競争したら、ドイツ企業が敗れるのではないかという若いサラリーマン(ビジネスマン?)風の人から質問がありました。まあ教科書経済学ではそうなるのかもしれません。しかし、現実はそうではありません。どうしてかというと、技術水準があまりにことなるからです。決してギリシャ人をあなどっているわけではありませんが、ドイツ人の生産するような高度な機械類を現在のギリシャが生産できるわけではありません。たしかに現在ではマニュアルと機械、部品などがあれば、ボーイング社の飛行機のようなものはどこでも生産できるでしょう。しかし、それはそのような条件が整えばの話です。
ということで、短期間でギリシャが技術水準(労働生産性)のレベルでドイツに追いついたわけではなく、ドイツ企業の「単位労働費用」抑制戦略のために、ドイツと周辺国の輸出競争力は縮小するどころか、むしろ拡大してゆきました。
さて、その際、EUが単一通貨を導入していなければ、あるいは導入したとしても、それがかつてケインズが唱えたような世界通貨(決済通貨)であれば、為替調整が行われるので、ドイツの物価(賃金)が抑制され、周辺国の物価(賃金)が上がれば、不均衡が生じても、最終的には為替調整が生じ、均衡を是正することになるでしょう。これは実際、戦後イギリス(ポンド危機)やフランス(フラン危機)が、そして1970年代に米国(ドル危機)が経験したことです。
しかしながら、単一通貨の下では、為替調整はありえません。そして現実に生じたのは債務危機です。
しかも、この債務危機に際して、最終的にそれを抑える役割を負っているのは各国財政です。
ここで、EUのしくみが大きな問題となってきます。ここでは2点だけあげておきましょう。
第一に、ECB(欧州中央銀行)は、本来的には欧州全体の中央銀行であり、したがって「銀行の銀行」として機能するという役割があり、本来は、量的緩和(不良債権の購入など)によって金融危機をおさめることは反則です。実際にはこの反則行為を通じて何とかECBはEU債務危機をおさめようとしてきましたが、それが違法行為であることに変わりはありません。
第二に、本来、各国の債務危機は各国の政府・財政にまかせられることになります。ここで重要な点は、欧州政府といったものが存在しないことです。あまり適切な例ではないかもしれませんが、日本政府と、3.11地震で被災した東北3県の例をかんがてみます。もし日本政府が被災し財政危機におちいった東北3県に対して自力更生せよという態度を取ったら、どうなるでしょうか? 収入が減り、支出の増えた自治体は債務危機に陥り、増税と緊縮(支出カット)をせざるを得なくなるでしょう。もちろん、日本には統一政府があり、そのようなことにはなりません。しかし、ヨーロッパはまさくしくそのような状態です。増税と緊縮。これがその国の国民経済にどのような苦悩を与えるか、私などは想像するだけで身震いするほどです。
という次第で、現在、協働と連帯の「一つのヨーロッパ」が存在するわけでは決してありません。もしそのように考えている人がいるとしたら、それは幻想です。むしろ現在ほどヨーロッパが分断されている時はないと、私などは考えます。(ちなみに、ここではいちいちヨーロッパの経済学者の名前はあげませんが、ここで述べているのは私だけの考え方というわけではありません。後日、そのうちの何人かについては触れることになるかと思います。)
それでは、ヨーロッパはどこに向かうべきなのでしょうか? 前に進むには、一つのヨーロッパを建設するためのビジョンと現実的な手段が必要ですが、現実の分断状態を考えると難しいといわざるをえません。しかし、かといってEUや単一の解体は簡単ではありません。それは激しい痛みを伴うでしょう。この点では、単一通貨に参加しなかったイギリスは幸いだったというべきかもしれません。EUを離脱しても、ポンド通貨を新たにつくることは必要なく、また鎖国体制を建設するわけではありません。現在ではどこでも関税率はきわめて低く、貿易を阻害する要因としてはあまり機能していません。 (続く)
その一つ。亡くなった義母が家の庭に放置してあったサボテンを、今春、私が大きめのポットに植え替え、土を替え、毎日水やりをしていたところ、すくすくと成長しはじめ、3日ほど前からきれいな黄色い花をつけ始めました。ところが、昨日の朝、見るとポットごとなくなっていました。
二つ目は、私の眼のこと、三つ目は老齢年金のことですが、こちらは省略します。一言だけ書くと、私も高齢化し、あちこち故障が出てきたと実感せずにはいられません。
さて、イギリスのEU離脱ですが、次に進む前に、前回の補足を一言。誤解されないようにもう一度繰り返すと、私にとっても今回の国民投票の結果はとても残念です。しかし、すべての事象には様々な原因があります。仏教でも、「法界縁起」(dependent-rising)と言う通り、すべての事象はすべての事象と関連しると理解されています。
といっても、説明したことにならないので、重要な点だけを指摘すると、まず前回の話は、EU地域統合が多くの人々にとっては、自分たちの職と所得を損なうものと感じられていたという形に要約できるでしょうか。巨大企業の活動から利益を得る1パーセントの人々にとってはともかく、多くの人にとってはそれらの利益が自分たちの職と所得を犠牲にして得られたものと考えられているという事実が重要です。要するに<1パーセントと99パーセント>の対立。ちなみにマスメディア人は、1パーセントと利益を一にしているといったら言い過ぎでしょうか?
第二に、日本のマスコミの場合に特に感じるのですが、人は2008年以降のEU債務危機を忘れているように思えてなりません。イギリスを中心とする多くの経済学者が指摘するように、分断はEU内部で、しかも国境を越えて生じています。これについては、これまでも指摘したことがあるので、ここでは簡単に記しておきます。
そもそもなぜあの深刻なEU債務危機は生じたのでしょうか? ギリシャ人やポルトガル人、イタリア人がなまけものだから? これは世界中のマスメディアが垂れ流した説ですが、謬論です。この意見には、働き者でまじめなドイツ人が怠け者のギリシャ人などの生み出した財政赤字を補填してあげる必要などないというおまけまでついています。
真相はそうではありません。むしろ働き者でまじめなドイツが金融危機の種をばらまいたというしかありません。まずドイツの金融は周辺国に大量の資金を散布しました。その時の謳い文句は、<通貨統合によって為替リスクはなくなった>、<市場統合は効率的な大規模経済を生み出した>、<周辺国も低金利という経済成長のための有力な手段を得た>などなど。そして周辺国(主に企業や住宅を購入する個人など)はその資金を大量に借りました。その金はどのように使われたでしょうか? ドイツからの輸入です。しかも、ドイツの輸出企業は(単一通貨という固定相場制の下で)いっそう輸出を促進するために、賃金の抑制をはかり、「単位労働費用」を抑えました。これがどのようなマクロ的効果を生み出すかは、経済学をかじったことのある人には明らかです。その効果とは、内需抑制と輸出志向型の成長戦略です。(ちなみに、日本も1997年以降、同じような罠にはまりこんでしまい、賃金圧縮→デフレ→国内市場の縮小→輸出拡大待望論という連鎖が人々のマインドになっています。安部・黒田氏が「デフレマインドからの脱却」といっても定着しているので、そう簡単に脱却できません。)ヨーロッパは、イギリスも含めて、金融資産バブルにはまりこみました。しかし、すべてのバブルはいつかはじけます。そして実際はじけました。きっかけは2006年にはじまる米国の金融不安の進展です。
ここで一つ補足のための余談。何年か前に大学の市民講座で、EU債務危機を取り上げ、上で述べた金融危機のメカニズムに触れたところ、後の質問時間に、低賃金のギリシャと高賃金のドイツが同じ土俵で競争したら、ドイツ企業が敗れるのではないかという若いサラリーマン(ビジネスマン?)風の人から質問がありました。まあ教科書経済学ではそうなるのかもしれません。しかし、現実はそうではありません。どうしてかというと、技術水準があまりにことなるからです。決してギリシャ人をあなどっているわけではありませんが、ドイツ人の生産するような高度な機械類を現在のギリシャが生産できるわけではありません。たしかに現在ではマニュアルと機械、部品などがあれば、ボーイング社の飛行機のようなものはどこでも生産できるでしょう。しかし、それはそのような条件が整えばの話です。
ということで、短期間でギリシャが技術水準(労働生産性)のレベルでドイツに追いついたわけではなく、ドイツ企業の「単位労働費用」抑制戦略のために、ドイツと周辺国の輸出競争力は縮小するどころか、むしろ拡大してゆきました。
さて、その際、EUが単一通貨を導入していなければ、あるいは導入したとしても、それがかつてケインズが唱えたような世界通貨(決済通貨)であれば、為替調整が行われるので、ドイツの物価(賃金)が抑制され、周辺国の物価(賃金)が上がれば、不均衡が生じても、最終的には為替調整が生じ、均衡を是正することになるでしょう。これは実際、戦後イギリス(ポンド危機)やフランス(フラン危機)が、そして1970年代に米国(ドル危機)が経験したことです。
しかしながら、単一通貨の下では、為替調整はありえません。そして現実に生じたのは債務危機です。
しかも、この債務危機に際して、最終的にそれを抑える役割を負っているのは各国財政です。
ここで、EUのしくみが大きな問題となってきます。ここでは2点だけあげておきましょう。
第一に、ECB(欧州中央銀行)は、本来的には欧州全体の中央銀行であり、したがって「銀行の銀行」として機能するという役割があり、本来は、量的緩和(不良債権の購入など)によって金融危機をおさめることは反則です。実際にはこの反則行為を通じて何とかECBはEU債務危機をおさめようとしてきましたが、それが違法行為であることに変わりはありません。
第二に、本来、各国の債務危機は各国の政府・財政にまかせられることになります。ここで重要な点は、欧州政府といったものが存在しないことです。あまり適切な例ではないかもしれませんが、日本政府と、3.11地震で被災した東北3県の例をかんがてみます。もし日本政府が被災し財政危機におちいった東北3県に対して自力更生せよという態度を取ったら、どうなるでしょうか? 収入が減り、支出の増えた自治体は債務危機に陥り、増税と緊縮(支出カット)をせざるを得なくなるでしょう。もちろん、日本には統一政府があり、そのようなことにはなりません。しかし、ヨーロッパはまさくしくそのような状態です。増税と緊縮。これがその国の国民経済にどのような苦悩を与えるか、私などは想像するだけで身震いするほどです。
という次第で、現在、協働と連帯の「一つのヨーロッパ」が存在するわけでは決してありません。もしそのように考えている人がいるとしたら、それは幻想です。むしろ現在ほどヨーロッパが分断されている時はないと、私などは考えます。(ちなみに、ここではいちいちヨーロッパの経済学者の名前はあげませんが、ここで述べているのは私だけの考え方というわけではありません。後日、そのうちの何人かについては触れることになるかと思います。)
それでは、ヨーロッパはどこに向かうべきなのでしょうか? 前に進むには、一つのヨーロッパを建設するためのビジョンと現実的な手段が必要ですが、現実の分断状態を考えると難しいといわざるをえません。しかし、かといってEUや単一の解体は簡単ではありません。それは激しい痛みを伴うでしょう。この点では、単一通貨に参加しなかったイギリスは幸いだったというべきかもしれません。EUを離脱しても、ポンド通貨を新たにつくることは必要なく、また鎖国体制を建設するわけではありません。現在ではどこでも関税率はきわめて低く、貿易を阻害する要因としてはあまり機能していません。 (続く)
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