2013年10月8日火曜日

世界経済史Ⅱ その2 英国の旧平価による金本位制復帰について

 第一次世界大戦が始まる1914年以前の金本位制の時代の金とポンド(£)の交換比率(平価)、ポンドとドルとの交換比率(為替相場)は、次の通りでした。
  平価    金1オンス=3ポンド17ペンス10シリング
  為替相場  1ポンド=4.86ドル
 ところが、戦時中に英国は金本位制を停止し、1925年になってから蔵相チャーチル氏の下でこの旧平価で金本位制に復帰しました。
 この間、英国は戦時中に激しいインフレーションを経験し、戦後不況の中で物価水準が若干低下したとはいえ、1925年の時点でも戦前に比べれば物価はかなり高い水準にありました。これらの事実は何を意味していたでしょうか?
 いま簡単のために、イギリスの物価がすべての商品について2倍に上がっており、米国の物価水準は不変だったとします。またイギリス製の商品1単位が戦前に1ポンドであり、1925年に2ポンドになっていたと想定します。
  戦前には、この商品1単位のドル表示の国際価格は、4.86ドルです。
  しかし、1925年にはその国際価格は、9.72ドルに等しくなります。つまり、現代風に言えば、実質為替相場はポンド高になっているわけです。
 このようにインフレーションにもかかわらず、旧平価で金本位制に復帰したことは、イギリスの国際競争力を弱めることを意味しました。
 あるいは同じことですが、イギリスが戦前と同じ競争力を維持するためには(上の数値例では)、平価を切り下げ、実質為替相場を切り下げる必要があったことを意味します。もし、次のように平価、為替相場を切り下げていたならば、イギリス経済の実力相応の平価・相場になっていたはずです。
  平価    金0.5オンス=3ポンド17ペンス10シリング
  為替相場  1ポンド=2.43ドル
いうまでもなく、この場合、1925年における商品1単位の国際価格は4.86ドルとなり、戦前と等しくなります。
 
 イギリスが旧平価で金本位制に復帰したことは、貿易依存の著しく高いイギリスの輸出を削ぎ、国内にデフレーションをもたらし、その結果、戦後不況から脱出しかかっていたイギリス経済をスランプ状態にしました。要するに貨幣賃金の低下と失業率の上昇が「チャーチル氏の経済政策の経済的帰結」でした。

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