実は、このブログ<社会科学の裸の王様・経済学>は、Steve Keenという経済学者の著書のタイトルを拝借したものです。彼の書いた著書は、いろんな点で面白いものとなっており、このシリーズでも機会を見つけて紹介したいと考えています。
さて新古典派批判というある意味ではやりがいのない作業を遂行する上で、「セイ法則」ということについて触れない訳にはいきません。セイというのは、19世紀のフランスの経済学者の名前(Jean Baptist Say)ですが、その名を冠した「法則」は決して法則といえない代物です。このシリーズの第1回に紹介した引用を参照してください。「原理」と呼ばれるものは、ほとんどの場合、当該社会で力のある富裕者に役立つときに「原理」の名前をつけられるということでしたが、この原理もその通りです。
セイ法則は、「供給はそれ自らの需要を創り出す」という風に定式化されます。それは、<需要側を説明する必要はない。何故ならば、供給側が説明できれば、自動的に需要側が説明できるのだから。重要なのは供給側を説明することにある>ということを含意しています。
さて、この「原理」は、長い間多くの人々を苦しめてきたものあり、また現在でも多くの人を苦しめ、悲惨な結果をもたらしています。このようにいうと、あまり経済学になじみのない多くの人は、「えっ、どうして」と尋ねたくなるかもしれません。
その答えは簡単です。
例えば1990年代初頭以降の日本のように、経済がスランプに陥り、失業率が上昇してきたような場合を考えてください。
このとき、供給側(サプライサイド)を強調する新古典派の経済学者は、次のように言います。
・企業がやる気を出すために、法人税をはじめとする企業負担を減税しよう。
・富裕者が投資できるように、富裕者を中心に減税しよう。
・企業が安心して労働者を雇えるように、いつでも簡単に解雇できるようにしよう。
・労働条件を引き下げれば、費用(人件費)が下がり、企業は生産を拡大する。
・労働条件の引下げを実現するために、労働組合を弱体化させよう。
・労働条件の引下げを実現するために、雇用を柔軟化しよう。
・最低賃金を引き下げよう。
・失業率は高いほうが、労働者が競争するからいいんじゃないか?
・能力給によって労働者を競争させると効率があがる。
・失業保険制度なんかないほうが、労働者が企業のために頑張るからよい。
・グローバル化の時代には、労働条件を下げないならば、企業は外部に逃げますよ。
・投資家の利益=株主価値をあげないと投資が増えません。そのためには賃金を引き下げてでも、利潤(株主への配当)を増やしましょう。
・高い給与を得ている公務員を減らして、彼らの仕事を民間企業に委ね、仕事は低賃金の労働者の行う外注に出しましょう。
これは私が勝手に考えたのではなく、すべて新古典派の系列のエコノミストや政治家などが発した発言をまとめたものです。
いやはや、言いたい放題です。まだ米ソ冷戦の昔、「資本主義の黄金時代」と呼ばれた時代には口が裂けても言えなかったような内容ですが、現在は「供給側」(実は企業側)のためなら何でもありといったところです。
ケインズやカレツキは、こうした供給側の経済学が一見すると正しそうに見えながら、誤っていることを指摘した経済学者でした。その理論が「有効需要」の原理です。彼らは、供給側の要因が需要側の要因と関連しながらも、両者はまったく異なることを発見しました。
「需要と供給とはまったく別の要因によって説明しなければならない。」「現代資本主義のスランプは、有効需要の問題から生じている。」これが正しい命題です。(この命題のもっと詳しい意味は後で説明することにします。)
しかし、新古典派は、「セイ法則」にしがみつきます。これが崩壊すると、彼らの経済学の全構築物が崩れるからです。それだけではありません。新古典派の経済学者にとってケインズやカレツキはきわめて邪魔な存在となりました。ここに「ケインズ殺し」(ケインズは死んだ)の動機が生まれました。
そして、そのときは1970年代にやって来ました。
2013年12月7日土曜日
社会科学の裸の王様・経済学 5 市場の欠陥
現代経済は「市場経済」と呼ばれています。この市場(market)と呼ばれる制度は必要なものでしょうか? 私は必要な制度であると考えています。
しかし、必要だということと完全、完璧ということは同義ではありません。例えば親にとって子供は大切な宝ですが、子供がすばらしい人格を兼ね備えているとは限りません。
市場は公正な制度であるとしばしば考えられ、そう言われていますが、実際には様々な欠点・欠陥を備えています。
市場はなぜ公正な制度だと考えられているのでしょうか? それは多くの人にとっては、単にそのように喧伝されているから、そう思っているに過ぎません。では、そのように語る人(経済学者や政治家)はどうしてそのように言うのでしょうか?
新古典派の経済学者は、その教科書的な、かつ最も抽象的な理論においては、市場に参加するプレイヤーたちが多数の等しい力(つまり購買力や供給能力、つまりところは貨幣)を持つ同権的な諸個人からなることを前提として議論を組み立てます。彼らは完全に自由に市場で競争するということが仮定されています。
つまり最初から公正性が前提されているのですから、そこから導かれる結論が公正性であることは説明する必要もありません。
しかしながら、現実の経済社会では、市場はそのような同権的な諸個人による財とサービスの交換の場でしょうか? まったく違います。
ちょっと観察しただけでわかるように、市場は、所有する貨幣量だけで見ても、様々な力(power, Kraft)を有する人々(個人、法人)の交換の場となっています。例えば開発途上国の第一次産品(commodities)の取引をめぐっては、一方の極に分散した小規模な生産者(小農)たちがおり、他方の極に少数の巨大な多国籍企業が存在しています。その間で取引が行われるとき、前者が圧倒的に不利な条件・弱い立場に置かれていることは一目瞭然です。経済史を見ると、19世紀から現在まで工業製品に対する第一次産品の相対価格(交易条件)はずっと低下してきましたが、その背景にはこのような力関係がありました。その結果、途上国の商品は買いたたかれ、その生産者たちは低所得の状態に置かれますが、巨大商社は巨額の利益を上げることができました。フェアー・トレード(公正貿易)が叫ばれるのは、このような不公正を是正しようとするからに他なりません。
力の差は、途上国と先進国の間に存在するだけではありません。それぞれの国内でも、労働市場の場合に特に顕著となります。
労働市場では、一方に労働者(雇われるようとする個々人)がおり、他方に企業(雇い主)が存在します。この両者の関係は決して対称的ではありません。特に失業率が高い場合に、労働者の立場は非常に弱くなり、企業の立場はきわめて強くなります。どうしてか? 労働者は雇ってもらえない場合、所得を得ることができなくなります。彼らは企業の提供した労働条件を受け入れるしかありません。これに対して企業は、「君の代わりに働きたい人はいくらでもいるんだ」という態度を取ることができます。現代のブラック企業はこのような台詞で従業員を脅しているようですが、それはブラック企業に限るわけではありません。
現実の経済社会をよく観察していたアダム・スミス(『諸国民の富』)は、このことをよく知っていました。彼は18世紀のスコットランドやイングランドの労使関係について興味深い詳しい記述をしています。18世紀といえば、ちょうど産業革命が始まった頃であり、まだ現代の巨大企業が登場するはるか以前です。(新古典派の経済学者は、都合の悪いことは隠そうとする習性を持つので、是非読んでみることが必要です。)
19世紀末にも同じことが観察されます。ここでは特に1873年以降の大不況の時期のことを例に説明しましょう。1890年代まで続くこの「大不況」(the Great Depression)は経済史上よく知られている出来事です。最近は、この大不況の時期に実質GDPが成長していることをもって大不況ではなかったという見解(有斐閣の『西欧経済史』など)も出ていますが、それはかなり現実を無視した誤った見解です。
まず失業率がきわめて高い水準に達していたことに注意しなければなりません。景気をGDPの量や成長率だけで判断してはいけません。またこの時期は独占的な大企業が成立しつつある時期でしたが、これらの大企業は高い失業率の条件下で、賃金の引き上げを抑制することに成功していました。つまり、賃金圧縮が生じ、賃金シェアーが大幅に低下していたのがこの時期のもう一つの特徴です。こうした賃金シェアーの低下は、大衆消費財の市場の不況を招き、結局は国内市場を停滞させます。ここでは詳しく述べませんが、この時期に英国やドイツなどが製品の販路を輸出に求めて対外進出を行おうとしますが、その背景には以上のことがあったと考えられます(ストレーチー『現代資本主義論』)。
確かに第二次世界大戦後の「資本主義の黄金時代」にフォーディズム(妥協的労使関係)の下で、こうした関係にはいったん終止符が打たれ、完全雇用政策の下で労働生産性の上昇に応じた賃金引き上げが実現するようになりました。しかし、1980年前後に始まる新自由主義政策の下で、また高失業率とグローバル化の環境の下で、ふたたび企業と労働者の力関係に大きな変化が生じました。
米国では、1973年から現在までに労働生産性が2倍以上に伸びたのに実質賃金(中位)が7%も低下したことはこれまでも述べた通りです。
結論しましょう。
経済学の教科書の中の虚構の市場はどうなっているかに関係なく、現実の市場はきわめていびつな構造をしています。そのことを知ってか知らずにか、市場原理主義を喧伝するのはジョン・K・ガルブレイスのいう「欺瞞」(fraud)に他なりません。
またそのような「自由市場」にすべてを委ねてしまえば、「悲惨な結果」が招来されることも言うまでもありません。諸個人の権利を守るためにも市場にすべてを委ねるのではなく、公正な社会的ルール(労働保護立法など)を作ることが必要不可欠となる理由がここにあります。
しかし、必要だということと完全、完璧ということは同義ではありません。例えば親にとって子供は大切な宝ですが、子供がすばらしい人格を兼ね備えているとは限りません。
市場は公正な制度であるとしばしば考えられ、そう言われていますが、実際には様々な欠点・欠陥を備えています。
市場はなぜ公正な制度だと考えられているのでしょうか? それは多くの人にとっては、単にそのように喧伝されているから、そう思っているに過ぎません。では、そのように語る人(経済学者や政治家)はどうしてそのように言うのでしょうか?
新古典派の経済学者は、その教科書的な、かつ最も抽象的な理論においては、市場に参加するプレイヤーたちが多数の等しい力(つまり購買力や供給能力、つまりところは貨幣)を持つ同権的な諸個人からなることを前提として議論を組み立てます。彼らは完全に自由に市場で競争するということが仮定されています。
つまり最初から公正性が前提されているのですから、そこから導かれる結論が公正性であることは説明する必要もありません。
しかしながら、現実の経済社会では、市場はそのような同権的な諸個人による財とサービスの交換の場でしょうか? まったく違います。
ちょっと観察しただけでわかるように、市場は、所有する貨幣量だけで見ても、様々な力(power, Kraft)を有する人々(個人、法人)の交換の場となっています。例えば開発途上国の第一次産品(commodities)の取引をめぐっては、一方の極に分散した小規模な生産者(小農)たちがおり、他方の極に少数の巨大な多国籍企業が存在しています。その間で取引が行われるとき、前者が圧倒的に不利な条件・弱い立場に置かれていることは一目瞭然です。経済史を見ると、19世紀から現在まで工業製品に対する第一次産品の相対価格(交易条件)はずっと低下してきましたが、その背景にはこのような力関係がありました。その結果、途上国の商品は買いたたかれ、その生産者たちは低所得の状態に置かれますが、巨大商社は巨額の利益を上げることができました。フェアー・トレード(公正貿易)が叫ばれるのは、このような不公正を是正しようとするからに他なりません。
力の差は、途上国と先進国の間に存在するだけではありません。それぞれの国内でも、労働市場の場合に特に顕著となります。
労働市場では、一方に労働者(雇われるようとする個々人)がおり、他方に企業(雇い主)が存在します。この両者の関係は決して対称的ではありません。特に失業率が高い場合に、労働者の立場は非常に弱くなり、企業の立場はきわめて強くなります。どうしてか? 労働者は雇ってもらえない場合、所得を得ることができなくなります。彼らは企業の提供した労働条件を受け入れるしかありません。これに対して企業は、「君の代わりに働きたい人はいくらでもいるんだ」という態度を取ることができます。現代のブラック企業はこのような台詞で従業員を脅しているようですが、それはブラック企業に限るわけではありません。
現実の経済社会をよく観察していたアダム・スミス(『諸国民の富』)は、このことをよく知っていました。彼は18世紀のスコットランドやイングランドの労使関係について興味深い詳しい記述をしています。18世紀といえば、ちょうど産業革命が始まった頃であり、まだ現代の巨大企業が登場するはるか以前です。(新古典派の経済学者は、都合の悪いことは隠そうとする習性を持つので、是非読んでみることが必要です。)
19世紀末にも同じことが観察されます。ここでは特に1873年以降の大不況の時期のことを例に説明しましょう。1890年代まで続くこの「大不況」(the Great Depression)は経済史上よく知られている出来事です。最近は、この大不況の時期に実質GDPが成長していることをもって大不況ではなかったという見解(有斐閣の『西欧経済史』など)も出ていますが、それはかなり現実を無視した誤った見解です。
まず失業率がきわめて高い水準に達していたことに注意しなければなりません。景気をGDPの量や成長率だけで判断してはいけません。またこの時期は独占的な大企業が成立しつつある時期でしたが、これらの大企業は高い失業率の条件下で、賃金の引き上げを抑制することに成功していました。つまり、賃金圧縮が生じ、賃金シェアーが大幅に低下していたのがこの時期のもう一つの特徴です。こうした賃金シェアーの低下は、大衆消費財の市場の不況を招き、結局は国内市場を停滞させます。ここでは詳しく述べませんが、この時期に英国やドイツなどが製品の販路を輸出に求めて対外進出を行おうとしますが、その背景には以上のことがあったと考えられます(ストレーチー『現代資本主義論』)。
確かに第二次世界大戦後の「資本主義の黄金時代」にフォーディズム(妥協的労使関係)の下で、こうした関係にはいったん終止符が打たれ、完全雇用政策の下で労働生産性の上昇に応じた賃金引き上げが実現するようになりました。しかし、1980年前後に始まる新自由主義政策の下で、また高失業率とグローバル化の環境の下で、ふたたび企業と労働者の力関係に大きな変化が生じました。
米国では、1973年から現在までに労働生産性が2倍以上に伸びたのに実質賃金(中位)が7%も低下したことはこれまでも述べた通りです。
結論しましょう。
経済学の教科書の中の虚構の市場はどうなっているかに関係なく、現実の市場はきわめていびつな構造をしています。そのことを知ってか知らずにか、市場原理主義を喧伝するのはジョン・K・ガルブレイスのいう「欺瞞」(fraud)に他なりません。
またそのような「自由市場」にすべてを委ねてしまえば、「悲惨な結果」が招来されることも言うまでもありません。諸個人の権利を守るためにも市場にすべてを委ねるのではなく、公正な社会的ルール(労働保護立法など)を作ることが必要不可欠となる理由がここにあります。
社会科学の裸の王様・経済学 4 前提の非現実性と理論の崩壊
実は、どんなにつまらない事に思えても、「規模に関する収穫逓減」と「限界効用の逓減」(それに後で触れる「労働の限界不効用の逓増」)といった前提が否定されると、新古典派の理論体系はガラガラと崩壊してしまいます。つまり、これらの諸前提は、それほど重要なものなのです。
そこで、新古典派の経済学者はそれを守ろうとして必死に努力します。
あるときは批判を無視します。そして、批判される心配がないところ(おとなしい学生のいる教室、批判者のいないマスコミ、教科書の中など)では、その見解を主張します。
また例えば西村和雄氏のように、「新古典派を捨てたら、経済学は科学でなくなる」と言う人もいます。(『複雑系入門』、NTT出版、1998年)
しかし、彼の言う「科学」とは一体なんでしょうか?
実は、そのことを理解するためには次のような歴史を知る必要があります。
その昔、経済学は political economyと呼ばれていました。これは古代ギリシャのアリストテレスのようにオイコス(イエ)を営むための家政学ではなく、近代の市民社会=政治的社会全体の経済学であるという意味合いを持っていました。しかし、19世紀末に経済学はeconomics になりました。この言葉の語尾(cs)を見てください。これは物理学(phisics)や数学(mathematics)を意識して作られたことを暗示しています。
古典物理学では、距離、速度、加速度、質量、温度、抵抗、電流、電圧、などが計測され、数学を使ってそれらの関係、つまり諸法則が示されます。経済学者がそれにあこがれをいだき、生産量、価格、所得、労働量、資本などの諸量の関係を数学的に取り扱いたいと熱望したふしがあります。しかも、その際、彼らは社会法則を自然法則と同じものとして扱いたいと欲したふしがあります。それがアダム・スミスなどの古典派経済学者と19世紀以降の新古典派の経済学者の大きな相違です。新古典派は、資本主義経済の中で人々が行う諸行動を自然法則として記述しようとしたのです。
しかも、ここにもう一つ重要な特徴点が加わります。それは資本主義経済を歴史的なものとしてではなく、自然的なものとする限り、彼らは現実の「企業家経済」を容認する道を選ぶしかなかったことです。それはとりもなおさず、資本主義経済の支配的階層・階級の利害を容認することを意味します。さらに、彼らが教える相手(学生)は、富裕者階級出身の子弟だったことも見逃せません。
マーシャルのように「暖かい心と冷静な頭脳」を持つように言い、ロンドンのイーストエンドの貧困に眼を向けさせようとした良心的な学者もいましたが、そのような人は少数派だったに過ぎません。経済学の堕落と、「裸の王様」化が進展しました。
しかし、イギリス国内では在野の経済学者として資本主義の歴史性を主張したマルクスがおり、その社会的影響力は決して無視できませんでした。またマルクス以外にもウエッブ夫妻のような人々(産業民主制にもとづく社会改良派)がいました。新古典派は、それらの人々からの批判に常にさらされていました。20世紀前半にケインズや、カレツキ、ロビンソン、カルドアなどが現れる土壌が存在したわけです。
さて、どんなに高等数学を使い、現代の経済を自然法則的に扱うことができるというポーズをとったところで、それの扱う対象が現実離れした「仮想空間」である限り、経済学は「裸の王様」であることを免れません。近代の科学、特に自然科学は、物理学であれ化学であれ、現実に即した諸前提から出発して学問体系を組み立てています。なぜ、経済学だけ現実離れした諸前提にもとづいて理論を組み立てることが許されるのでしょうか。
「科学」を自称する新古典派経済学の「裸の王様」ぶりをさらにみてゆくことにします。
そこで、新古典派の経済学者はそれを守ろうとして必死に努力します。
あるときは批判を無視します。そして、批判される心配がないところ(おとなしい学生のいる教室、批判者のいないマスコミ、教科書の中など)では、その見解を主張します。
また例えば西村和雄氏のように、「新古典派を捨てたら、経済学は科学でなくなる」と言う人もいます。(『複雑系入門』、NTT出版、1998年)
しかし、彼の言う「科学」とは一体なんでしょうか?
実は、そのことを理解するためには次のような歴史を知る必要があります。
その昔、経済学は political economyと呼ばれていました。これは古代ギリシャのアリストテレスのようにオイコス(イエ)を営むための家政学ではなく、近代の市民社会=政治的社会全体の経済学であるという意味合いを持っていました。しかし、19世紀末に経済学はeconomics になりました。この言葉の語尾(cs)を見てください。これは物理学(phisics)や数学(mathematics)を意識して作られたことを暗示しています。
古典物理学では、距離、速度、加速度、質量、温度、抵抗、電流、電圧、などが計測され、数学を使ってそれらの関係、つまり諸法則が示されます。経済学者がそれにあこがれをいだき、生産量、価格、所得、労働量、資本などの諸量の関係を数学的に取り扱いたいと熱望したふしがあります。しかも、その際、彼らは社会法則を自然法則と同じものとして扱いたいと欲したふしがあります。それがアダム・スミスなどの古典派経済学者と19世紀以降の新古典派の経済学者の大きな相違です。新古典派は、資本主義経済の中で人々が行う諸行動を自然法則として記述しようとしたのです。
しかも、ここにもう一つ重要な特徴点が加わります。それは資本主義経済を歴史的なものとしてではなく、自然的なものとする限り、彼らは現実の「企業家経済」を容認する道を選ぶしかなかったことです。それはとりもなおさず、資本主義経済の支配的階層・階級の利害を容認することを意味します。さらに、彼らが教える相手(学生)は、富裕者階級出身の子弟だったことも見逃せません。
マーシャルのように「暖かい心と冷静な頭脳」を持つように言い、ロンドンのイーストエンドの貧困に眼を向けさせようとした良心的な学者もいましたが、そのような人は少数派だったに過ぎません。経済学の堕落と、「裸の王様」化が進展しました。
しかし、イギリス国内では在野の経済学者として資本主義の歴史性を主張したマルクスがおり、その社会的影響力は決して無視できませんでした。またマルクス以外にもウエッブ夫妻のような人々(産業民主制にもとづく社会改良派)がいました。新古典派は、それらの人々からの批判に常にさらされていました。20世紀前半にケインズや、カレツキ、ロビンソン、カルドアなどが現れる土壌が存在したわけです。
さて、どんなに高等数学を使い、現代の経済を自然法則的に扱うことができるというポーズをとったところで、それの扱う対象が現実離れした「仮想空間」である限り、経済学は「裸の王様」であることを免れません。近代の科学、特に自然科学は、物理学であれ化学であれ、現実に即した諸前提から出発して学問体系を組み立てています。なぜ、経済学だけ現実離れした諸前提にもとづいて理論を組み立てることが許されるのでしょうか。
「科学」を自称する新古典派経済学の「裸の王様」ぶりをさらにみてゆくことにします。
社会科学の裸の王様・経済学 3 収穫法則の誤り
規模に関する収穫逓減の間違い
「規模に関する収穫逓減」が間違いであることは、1920年代のイギリスではじめて明らかにされました。それ以来現在に至るまで、米国や日本で行われた企業調査によって同じことが再三確認されてきました。
その前に「規模に関する収穫逓減」とは何かを説明します。
もの(財・サービス)を生産(産出)するとき、ものの投入が必要となることは言うまでもありません。また労働力の投入も必要となります。もちろん、これらの投入には費用がかかります。そして普通は産出量の増加とともに費用も増加します。この費用はどのように増加するのでしょうか?
まず産出するには、産出量がゼロでも必要な固定費が必要となります。ここでは簡単のため機械・設備(資本装備)の費用と考えておきます。次に産出量に比例的に増えてゆく費用、すなわち原材料費・燃料費や人件費(賃金コスト)があります。
ここで重要となるのは、産出量が1単位づつ増えてゆくときの、その1単位あたりの限界費用(最後の1単位を産出するのにかかる費用)と平均費用(全産出物の平均費用)です。常識的には、限界費用は産出物を1単位生産するのに必要な原材料費・燃料費・人件費ですから一定ですが、これに対して平均費用はしだいに低下(逓減)してゆくと考えられます(1単位あたりの固定費が低下するためです)。これを費用の増加と産出量の関係から見てゆくと、「規模に関する収穫逓増」が成立しそうです。
もう少し詳しく検討します。
「規模に関する収穫逓増」は、どこまでも成立するでしょうか? 基本的・本質的には、当該企業の生産能力に達するまでは、という限定が必要です。しかし、ほとんどの企業では、エンジニアは需要をかなり超える生産能力を想定してプラントを設計しているため、生産能力以下のところで生産を行っていることが分かっています。あるいは、現実の生産量は有効需要によって決まるが、その生産量=有効需要は生産能力以下のところで決まっているということができます。
したがって結論すると、通常の場合、規模に関する収穫逓増(費用の一定または逓減)が成立しており、新古典派の想定するような事態は見られません。
新古典派の想定するような事態(収穫逓減、費用逓増)は、企業が生産能力を超えて生産を行おうとする場合に生じますが、そのような事態はきわめて例外的であり、新古典派でさえ想定するところではありません。
1920年代に実施されたオックスフォード経済調査は、明確に新古典派の想定を非現実的として却下していたのです。しかも、その後も同様な調査が実施されましたが、いずれも同じ結果を示しています。
1950年代に実施された調査(Eiteman & Guthrie)では、調査されたある経営者は新古典派の収穫逓減・費用逓減の想定に接して次のように言ったと言われています。「正気な経済学者」(sane economists)にして何故そのような無意味な(nonsense)ことを考えのか、と。
1990年代のS.Blinderの企業調査(Asking about Prices, 他)も同じ結果を示していますが、ここでは詳細は省略します。興味のある人は、読んでみてください。(ちなみに、そのような優れた研究に対して、新古典派の面々は無視するのが通例であり、この場合もそうでした。このことは、引用される回数で研究者の評価をすることが馬鹿げていることを示しています。この点については、複雑系で有名な金子邦夫氏の著書も参考に。)
それでは、もう一つの「限界効用の逓減」のほうはどうでしょうか?
こちらはカール・ポッパー先生の「反証不可能性」の検定にひっかかります。
もし反証可能性があるというひとがいたら、是非、効用を測定し、限界効用が逓減したという測定結果を持って来て欲しいところですが、これまで誰一人として限界効用を(もちろん効用も)測定した人はいません。
これに対して、例えばリンゴを食べるとき、最初の一口は美味しいが、食べ続けていると美味しくなくなるという大学教授の御仁がいました。それはたしかにそうでしょう。しかし、それと限界効用の逓減はどのように関係するのでしょうか?
私などは、毎年12月に知人から沢山のリンゴを送ってもらっていますが、毎日、家族で1、2個づつ食べており、毎日同じように美味しくいただいています。その時の気分によって美味しさの感じが変化するかもしれませんが、ついぞ美味しさが低下したと感じたことはありません。それとも新古典派の経済学者の間では、リンゴは一度に沢山食べなければならないという決まりがあるのでしょうか? もしあるとしたならば、限界効用を測定するためのルールや根拠を是非詳しく教えて欲しいものです。
子供騙しの稚拙な「理論」への執着。それはまさに「裸の王様」に他なりません。
「規模に関する収穫逓減」が間違いであることは、1920年代のイギリスではじめて明らかにされました。それ以来現在に至るまで、米国や日本で行われた企業調査によって同じことが再三確認されてきました。
その前に「規模に関する収穫逓減」とは何かを説明します。
もの(財・サービス)を生産(産出)するとき、ものの投入が必要となることは言うまでもありません。また労働力の投入も必要となります。もちろん、これらの投入には費用がかかります。そして普通は産出量の増加とともに費用も増加します。この費用はどのように増加するのでしょうか?
まず産出するには、産出量がゼロでも必要な固定費が必要となります。ここでは簡単のため機械・設備(資本装備)の費用と考えておきます。次に産出量に比例的に増えてゆく費用、すなわち原材料費・燃料費や人件費(賃金コスト)があります。
ここで重要となるのは、産出量が1単位づつ増えてゆくときの、その1単位あたりの限界費用(最後の1単位を産出するのにかかる費用)と平均費用(全産出物の平均費用)です。常識的には、限界費用は産出物を1単位生産するのに必要な原材料費・燃料費・人件費ですから一定ですが、これに対して平均費用はしだいに低下(逓減)してゆくと考えられます(1単位あたりの固定費が低下するためです)。これを費用の増加と産出量の関係から見てゆくと、「規模に関する収穫逓増」が成立しそうです。
もう少し詳しく検討します。
「規模に関する収穫逓増」は、どこまでも成立するでしょうか? 基本的・本質的には、当該企業の生産能力に達するまでは、という限定が必要です。しかし、ほとんどの企業では、エンジニアは需要をかなり超える生産能力を想定してプラントを設計しているため、生産能力以下のところで生産を行っていることが分かっています。あるいは、現実の生産量は有効需要によって決まるが、その生産量=有効需要は生産能力以下のところで決まっているということができます。
したがって結論すると、通常の場合、規模に関する収穫逓増(費用の一定または逓減)が成立しており、新古典派の想定するような事態は見られません。
新古典派の想定するような事態(収穫逓減、費用逓増)は、企業が生産能力を超えて生産を行おうとする場合に生じますが、そのような事態はきわめて例外的であり、新古典派でさえ想定するところではありません。
1920年代に実施されたオックスフォード経済調査は、明確に新古典派の想定を非現実的として却下していたのです。しかも、その後も同様な調査が実施されましたが、いずれも同じ結果を示しています。
1950年代に実施された調査(Eiteman & Guthrie)では、調査されたある経営者は新古典派の収穫逓減・費用逓減の想定に接して次のように言ったと言われています。「正気な経済学者」(sane economists)にして何故そのような無意味な(nonsense)ことを考えのか、と。
1990年代のS.Blinderの企業調査(Asking about Prices, 他)も同じ結果を示していますが、ここでは詳細は省略します。興味のある人は、読んでみてください。(ちなみに、そのような優れた研究に対して、新古典派の面々は無視するのが通例であり、この場合もそうでした。このことは、引用される回数で研究者の評価をすることが馬鹿げていることを示しています。この点については、複雑系で有名な金子邦夫氏の著書も参考に。)
それでは、もう一つの「限界効用の逓減」のほうはどうでしょうか?
こちらはカール・ポッパー先生の「反証不可能性」の検定にひっかかります。
もし反証可能性があるというひとがいたら、是非、効用を測定し、限界効用が逓減したという測定結果を持って来て欲しいところですが、これまで誰一人として限界効用を(もちろん効用も)測定した人はいません。
これに対して、例えばリンゴを食べるとき、最初の一口は美味しいが、食べ続けていると美味しくなくなるという大学教授の御仁がいました。それはたしかにそうでしょう。しかし、それと限界効用の逓減はどのように関係するのでしょうか?
私などは、毎年12月に知人から沢山のリンゴを送ってもらっていますが、毎日、家族で1、2個づつ食べており、毎日同じように美味しくいただいています。その時の気分によって美味しさの感じが変化するかもしれませんが、ついぞ美味しさが低下したと感じたことはありません。それとも新古典派の経済学者の間では、リンゴは一度に沢山食べなければならないという決まりがあるのでしょうか? もしあるとしたならば、限界効用を測定するためのルールや根拠を是非詳しく教えて欲しいものです。
子供騙しの稚拙な「理論」への執着。それはまさに「裸の王様」に他なりません。
社会科学の裸の王様・経済学 2 富裕者に奉仕する原理
経済学者は、自分たちの考えや理論を「科学的」であり、「価値自由」だと宣伝してきました。しかし、事実はまったく異なります。ここで「価値自由」というのは、19世紀末〜20世紀初頭のドイツを代表する社会科学者マックス・ヴェーバーの言葉であり、各人の持つ価値(目標、目的、理想、理念、倫理感)にかかわりなく客観的な妥当性を有することをいいます。 しかし、経済学、特に米国の主流派、つまり新古典派(新古典派総合、ニューケインジアンを含む)は「科学」と言える状態からはほど遠く、「価値自由」でもありません。以下では、そのことを示してゆきたいと思います。
むしろ、それは著しくイデオロギー的であり、その結論は、ほとんどいつも、富裕者、地主、ボス、資本家、経営者の耳に心地よく響くものばかりです。
残念ながら、このことは私の独創的発見ではありません。優れた先人たちが見抜いています。
まずは昔のロシアの経済学者、クロポトキンの言葉から、
「経済学は、社会で生じていることをいつも支配階級の利益に沿って述べ、かつそれらを正当化することだけを行ってきました。・・・資本家に有利なことを発見すると、経済学はそれを原理として打ち立てました。(クロポトキン伯爵『パンの征服』)
次にアメリカ合衆国の20世紀最大の経済学者、ジョン・K・ガルブレイスから、
「新古典派経済学は、次の双子の前提に要約される。貧者は多く支払われすぎているために懸命に働かず、富者は十分に支払われていないために懸命に働かない。」
これらの言葉は、例えば私のこれまでの「失業」に関するブログを読んだことのある人には、よく理解していただけると思いますが、ここで簡単にそれをおさらいをしておきましょう。
新古典派の労働市場論では、失業(ただし、彼らの議論では、すべての失業は自発的失業、つまり労働者が自発的に選んだ失業です)は、実質賃金が均衡水準より高くなっているために生じるとされています。そこで失業をなくすためには、実質賃金を引き下げるべきということになります。また、このような結論を導きだすために、マーシャリアン・クロス、つまり右上がりの労働供給曲線と右下がりの労働需要曲線が引かれ、交点=均衡点が存在することが前提とされます。
この雇用と失業を説明する「理論」なども、上のクロポトキンや、ガルブレイスの名言にぴったりの事例です。
もちろん、新古典派の労働市場論が客観的に妥当(つまり科学的)で、「価値自由」に成立する理論であれば、脱帽せざるを得ません。しかし、本当にそうなのでしょうか?
決してそうではありません。
そのように考えた優れた経済学者の一人がジョン・M・ケインズでした。彼は、その主著『雇用、利子および貨幣の一般理論」(1936年)を次のような書き出しで始めています。
「・・・古典派理論の想定する特殊な事例はあいにくわれわれが現実に生活を営んでいる経済社会の実相を映すものではない。それゆえ古典派の教えを経験的事実に適用しようとするならば、その教えはあらぬ方向へ人々を導き、悲惨な結果を招来することになろう。」(岩波文庫版、間宮陽介訳、5ページ)
*ケインズの用語法では、「古典派」は新古典派を意味します。
実際、ケインズのいう「悲惨な結果」がグローバルな規模で生じています。それは1970年代以降、ケインズ批判の大合唱の中で新古典派が復活し、新古典派の教えが経験的事実に適用されるようになってきたからに他なりません。新古典派にとってケインズは憎い敵であり、それゆえしばしば新古典派による「ケインズ殺し」(ケインズは死んだ!)が行われてきました。彼らのほとんどは、ケインズなど読んだこともない人たちです。
ちょっと先走ってしまいましたが、新古典派は何故誤りをおかしているのに自ら気づかない「裸の王様」だと言えるのでしょうか?
これはこのシリーズ全体の主題になりますが、今日は差し当たり、「反証可能性」の問題をあげておきます。
「反証可能性」とは、カール・ポッパーという哲学者が、実証的な科学の条件として持ち出して来たものです。彼の見解では、科学が科学といいうるためには、「反証可能性」がないとならないとされます。例えばある理論があることを前提として組み立てられているとします。この場合、その前提が正しいか誤っているかを経験的な事実に即して検証することができなければ、したがって反証する可能性がなければ、そもそも経験科学と言えず、単なる形而上学または信念、信仰、教義、等々に過ぎないということになります。
この見解は、もし反証可能性を持ち、しかも反証されたならば、その理論は否定されるということを意味します。(そうですよね、ポッパーさん。そうでなければ、反証可能性の意味がありません。)
実になるほどと、うなづける意見です。
そこでそれを新古典派の経済学にあてはめてみましょう。
ここでは、マーシャリアン・クロスのうち、商品価格の決定を説明する商品市場論をとりあげましょう。
この市場論でも、商品の供給曲線SSは右上がり、商品に対する需要曲線DDは右下がりに描かれています。そして交点=均衡点で、価格と量とが同時決定されます。多くの人が高校の政治経済の教科書等で一度は見たことがあるでしょう。
しかし、私は中学生、また高校生のときから、この図をみるたびに違和感を感じてきました。どうしてでしょうか? その理由は2つあります。一つは、価格設定は人々=生産者の所得に関係していることに気づいていましたが、この図は生産量や所得分配の問題にいっさい触れていません。もう一つは、それに関係しますが、この図を本当に具体的に描けるのだろうかという疑問です。具体的に描くというのは、例えば米ならば、単位(例えば10kg)あたりの価格の変化(例えば0円→5,000円)に応じて需要量、供給量をきちんと示すことができるのだろうか、という素朴な疑問です。
私は、その後も現在まで「需要・供給の抽象図」を見たことは何度もありますが、一度も、具体的な数値入りの図を見たことはありません。そうです。世界中の大学・経済学部で何億回となくこの図が描かれるにもかかわらず、実際の図が描かれたことはまったくないのです。
その理由は明白です。描けないからです。それを描くためには、社会実験が必要になります。つまり、ある時間(年月日時)に10kg千円の価格を設定したとき、供給量、需要量がどうなるかを計測します。次にまた別の時間に(いつ?)10kg1100円の価格を設定したときどうなるかを計測します。次に・・・。
社会実験ができず、具体図を描けない。それは反証不可能ということではないでしょうか、ポッパーさん?
しかし、私がこのように言っても、なんだかんだと言って雑音が聞こえてきそうです。
他に調べる方法はないでしょうか? 高校生時代の私にはとても分かりませんでしたが、なくもありません。
その方法とは、右上がりの供給曲線と右下がりの需要曲線の「根拠」を新古典派の人々に語ってもらい、それを検証することです。
現在までに新古典派の経済学者が示した根拠は、次の通りです。
1)右上がりの供給曲線→「収穫に関する費用逓増」
2)右下がりの需要曲線→「限界効用の逓減」
そこで、次にこれらが検証可能(したがって反証可能)なのか、また検証可能な場合、それは経験的事実に照らして正しいのかが問題となります。
しかし、結論的に言うと、1)収穫逓増は、経験的事実に照らして誤り(反証された)ことが明らかであり、2)「限界効用の逓減」は反証不可能です。
それを次回に示します。
社会科学の裸の王様・経済学 1 はじめに
アダム・スミスの『諸国民の富』(1776年)の出版から237年。この間、様々な経済学が構築されてきました。
しかし、経済学を研究し、教えている者がこう書くと、自らの営業に対する妨害のような気持ちもしますが、実は現在大学で教えられている経済学、社会で流通している経済学の理論にはきわめて大きな(致命的ともいえる大きな)問題、欠陥があります。もちろん多くの優れた経済学者がそのことに気づいており、言及してきました。例えばケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)は、当時の主流派=(新)古典派の経済学が「現実離れした想定」に依拠しており、したがってそれに沿って政策が実施されたならば、「悲惨な結果」がもたらされると述べることから始まっています。
この欠陥は、現在でも取り除かれたとは到底言えません。
もちろん理論には抽象性がつきものです。そして、抽象とは複雑な現実を単純化することですから、それにともなう問題があることは言うまでもありません。しかし、ここで取り上げようとしているのは、そのようなことではありません。しばしば理論が現実に反する仮定にもとづいて構築されているという点です。
その欠陥とは何か?
「経済学批判」と題して、なるべく一人よがりにならないように、著名な経済学者の発言を紹介しながら、問題点を順次検討してゆくことにします。
もしかすると現在の若く純真な学生諸君にはショックを与えることになるかもしれません。しかし、私自身が若いときから騙されて来たという思いがあります。また「黒いカラスを黒いという」ことが学問を行っている者のはたすべき努めであると考え、あえて書くことにします。
しかし、経済学を研究し、教えている者がこう書くと、自らの営業に対する妨害のような気持ちもしますが、実は現在大学で教えられている経済学、社会で流通している経済学の理論にはきわめて大きな(致命的ともいえる大きな)問題、欠陥があります。もちろん多くの優れた経済学者がそのことに気づいており、言及してきました。例えばケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)は、当時の主流派=(新)古典派の経済学が「現実離れした想定」に依拠しており、したがってそれに沿って政策が実施されたならば、「悲惨な結果」がもたらされると述べることから始まっています。
この欠陥は、現在でも取り除かれたとは到底言えません。
もちろん理論には抽象性がつきものです。そして、抽象とは複雑な現実を単純化することですから、それにともなう問題があることは言うまでもありません。しかし、ここで取り上げようとしているのは、そのようなことではありません。しばしば理論が現実に反する仮定にもとづいて構築されているという点です。
その欠陥とは何か?
「経済学批判」と題して、なるべく一人よがりにならないように、著名な経済学者の発言を紹介しながら、問題点を順次検討してゆくことにします。
もしかすると現在の若く純真な学生諸君にはショックを与えることになるかもしれません。しかし、私自身が若いときから騙されて来たという思いがあります。また「黒いカラスを黒いという」ことが学問を行っている者のはたすべき努めであると考え、あえて書くことにします。
2013年12月5日木曜日
失業率の上昇を説明する その8 カレツキの「政治的景気循環」
カレツキの政治経済学 〜 企業家は完全雇用を好まない
ケインズが20世紀の最も優れた経済学者であることは言うまでもありません。
しかし、そのケインズの経済学の核心部分(有効需要の原理)を先取りした経済学者がいました。それがミハウ・カレツキです。しかし、カレツキは、ポーランド出身の経済学者であり、また初期の作品はポーランド語で発表されていたため、英語圏ではよく知られていませんでした。
ケインズとカレツキには、出身と言語だけでなく、出発点となった経済学の面でも相違があります。簡単に言えば、ケインズはイギリスの(新)古典派経済学から出発し、新古典経済学を自己批判する形で経済学を革新しましたが、カレツキは、マルクス派の経済学から出発し、ケインズと同じ経済理論に到達しました。つまりカレツキは、最初から新古典派の経済学の外部にいたことになります。
こうした相違は、ケインズとカレツキの2人が同じく「ポスト・ケインズ派」の祖と見なされているにもかかわらず、両者の経済学に微妙な相違をもたらしています。
よく知られているように、ケインズは、新古典派経済学者を味方に引き込むために、彼らを完全に批判するのではなく、いくつかの点で大きな「譲歩」をしました。その一つは、「規模に関する収穫逓減」(費用の逓増)の前提です。これに対して、カレツキは、そのような妥協をしていません。彼は、ケインズが高く評価していたイタリア人の経済学者 P・スラッファにならって、収穫逓増(費用逓減)という現実に即した前提から出発しています。ケインズのこの妥協は後に新古典派からのケインズ経済学批判に絶好の機会を与えてしまったと考えられます。
したがってポスト・ケインズ派の間では、多くの点でカレツキの経済学をケインズの経済学(『一般理論』など)より優れているという見解がかなり広まっています。
イギリスやヨーロッパのポスト・ケインズ派(カルドア、ロビンソン、その他)の間で、高く評価されているのは、例えばカレツキの次のような側面です。ケインズと異なって、カレツキは、「マルクス問題」を高く評価していました。マルクス問題というのは、「企業家経済」(資本主義経済)における資本と賃労働の間の関係、特に所得分配をめぐる対立です。労働市場において、労働者は、企業家(資本=生産手段の所有者)に対して、弱い立場(弱い交渉力)に置かれています。また政治もそのような状態を認めていました。例えば、19世紀のイギリスの法律では、団結禁止法や主従法という法律によって、労働者は労働組合を組織して労働条件について団体交渉を行うことを禁止されていました(違反者は3ヶ月の禁固刑など)。
労働者がその地位を高めたのは、政治的民主化が大きく進展した第二次世界大戦後のことであり、そのようなことは様々な労働保護立法(団結権の法認、団体交渉権の賦与など)、完全雇用政策によって実現しました。労働生産性の上昇に応じて実質賃金が引き上げられるようになり(労働生産性インデクス賃金体系)、そのようなシステムは後に「フォーディズム」という名称を得ました。特に戦後の諸政府が完全雇用政策を採用するようになったことは特筆すべきことです。何故ならば、労働側は、完全雇用(低失業)のときに賃金所得拡大のための力を得るからです。
しかしながら、カレツキは、この歴史的妥協が資本主義体制を修正し、安定化に貢献することを見ていましたが、それと同時に企業者の嫌うところだということも見抜いていました。何故でしょうか? 完全雇用政策下での労使同権は、賃金(これは企業者にとっては費用であることに注意)を引き上げ、利潤シェアーの拡大を阻止するだけでなく、その低下を甘受しなければならなくなるかもしれないからです。
事実、その時はもまなくやって来ました。
1973年と1979年の石油危機によってインフレーションが輸入され、原油輸入国から巨額のオイルマネーが輸出国に流出し、原油輸入国が世界の可処分所得の4%にも相当する有効需要を失い、不況に陥ったとき、企業(利潤)と労働者(賃金)との所得分配をめぐる紛争が始まりました。それはフォーディズムの危機を意味しました。
1979年にイギリスでサッチャー首相が、また米国でヴォルカーFRB議長が登場し、それぞれの方法で「マネタリズム政策」(デフレ政策)を実施したとき、石油危機による景気後退とはまったく区別される景気後退の波が世界を捉えました。大不況の中で、失業率は急上昇し、賃金引き上げの運動は抑圧されました。米国の航空管制官のストライキが弾圧され、イギリスの労働組合運動が弾圧されたのもこのときです。
1979年の英米における出来事は、それまでの「完全雇用政策」が明示的に放棄されたことを示しています。そして高失業率の中で賃金(貨幣賃金・実質賃金)の引き上げはほとんど不可能となってゆきます。実際、米国の労働統計局の統計では、1973年をピークとして管理職を除く普通の従業員の平均賃金(中位)は増えないどころか、低下してゆき、現在までに7パーセントも低下したことが明らかにされています。それはまさしくカレツキの政治的景気循環の状態に他なりません。
ところで、このことは現在という時期にとって何を意味するでしょか?
「マルクス問題」の復活です。1950年代から1973年までの「資本主義の黄金時代」には、フォーディズムの下で労使同権が実現され、「マルクス問題」は解決されたかに見えました。皮肉にも、東西冷戦の下で社会主義に対する「資本主義の優位性」を示さなければならなかったことも「マルクス問題」を歴史の表から消すのに大きく貢献したということもできるでしょう。しかし、1980年代におけるレーガン・サッチャーの新自由主義政策の台頭、計画経済(国家社会主義)の崩壊を経て、いまやふたたび「マルクス問題」が再登場しています。
米国では、以前、巨大企業のCEO(最高経営責任者)と普通の従業員との所得格差が40倍ほどと言われていました。しかし、今や両者の格差は、500倍とも1000倍とも言われています。低賃金労働が拡大し、それとともに貧困率も上昇してきました。これらのことが示すように、米国における”ウォール街を占拠せよ”運動も、英国における「暴動」も決して何の理由もなく生じたのではありません。
これに対して、新古典派の理論家は言います。「失業がいやなら、低賃金を受け入れなさい」。「賃金の引き上げはインフレを加速します」。「企業の高い社会保障負担や高賃金は企業の海外への流出を招き、失業を拡大します。それでいいのですか』、と。しかし、これまでも述べたとおり、それこそが現実に反する言説、ケインズとカレツキが見事に批判した「現実離れした理論」に他なりません。
ケインズが20世紀の最も優れた経済学者であることは言うまでもありません。
しかし、そのケインズの経済学の核心部分(有効需要の原理)を先取りした経済学者がいました。それがミハウ・カレツキです。しかし、カレツキは、ポーランド出身の経済学者であり、また初期の作品はポーランド語で発表されていたため、英語圏ではよく知られていませんでした。
ケインズとカレツキには、出身と言語だけでなく、出発点となった経済学の面でも相違があります。簡単に言えば、ケインズはイギリスの(新)古典派経済学から出発し、新古典経済学を自己批判する形で経済学を革新しましたが、カレツキは、マルクス派の経済学から出発し、ケインズと同じ経済理論に到達しました。つまりカレツキは、最初から新古典派の経済学の外部にいたことになります。
こうした相違は、ケインズとカレツキの2人が同じく「ポスト・ケインズ派」の祖と見なされているにもかかわらず、両者の経済学に微妙な相違をもたらしています。
よく知られているように、ケインズは、新古典派経済学者を味方に引き込むために、彼らを完全に批判するのではなく、いくつかの点で大きな「譲歩」をしました。その一つは、「規模に関する収穫逓減」(費用の逓増)の前提です。これに対して、カレツキは、そのような妥協をしていません。彼は、ケインズが高く評価していたイタリア人の経済学者 P・スラッファにならって、収穫逓増(費用逓減)という現実に即した前提から出発しています。ケインズのこの妥協は後に新古典派からのケインズ経済学批判に絶好の機会を与えてしまったと考えられます。
したがってポスト・ケインズ派の間では、多くの点でカレツキの経済学をケインズの経済学(『一般理論』など)より優れているという見解がかなり広まっています。
イギリスやヨーロッパのポスト・ケインズ派(カルドア、ロビンソン、その他)の間で、高く評価されているのは、例えばカレツキの次のような側面です。ケインズと異なって、カレツキは、「マルクス問題」を高く評価していました。マルクス問題というのは、「企業家経済」(資本主義経済)における資本と賃労働の間の関係、特に所得分配をめぐる対立です。労働市場において、労働者は、企業家(資本=生産手段の所有者)に対して、弱い立場(弱い交渉力)に置かれています。また政治もそのような状態を認めていました。例えば、19世紀のイギリスの法律では、団結禁止法や主従法という法律によって、労働者は労働組合を組織して労働条件について団体交渉を行うことを禁止されていました(違反者は3ヶ月の禁固刑など)。
労働者がその地位を高めたのは、政治的民主化が大きく進展した第二次世界大戦後のことであり、そのようなことは様々な労働保護立法(団結権の法認、団体交渉権の賦与など)、完全雇用政策によって実現しました。労働生産性の上昇に応じて実質賃金が引き上げられるようになり(労働生産性インデクス賃金体系)、そのようなシステムは後に「フォーディズム」という名称を得ました。特に戦後の諸政府が完全雇用政策を採用するようになったことは特筆すべきことです。何故ならば、労働側は、完全雇用(低失業)のときに賃金所得拡大のための力を得るからです。
しかしながら、カレツキは、この歴史的妥協が資本主義体制を修正し、安定化に貢献することを見ていましたが、それと同時に企業者の嫌うところだということも見抜いていました。何故でしょうか? 完全雇用政策下での労使同権は、賃金(これは企業者にとっては費用であることに注意)を引き上げ、利潤シェアーの拡大を阻止するだけでなく、その低下を甘受しなければならなくなるかもしれないからです。
事実、その時はもまなくやって来ました。
1973年と1979年の石油危機によってインフレーションが輸入され、原油輸入国から巨額のオイルマネーが輸出国に流出し、原油輸入国が世界の可処分所得の4%にも相当する有効需要を失い、不況に陥ったとき、企業(利潤)と労働者(賃金)との所得分配をめぐる紛争が始まりました。それはフォーディズムの危機を意味しました。
1979年にイギリスでサッチャー首相が、また米国でヴォルカーFRB議長が登場し、それぞれの方法で「マネタリズム政策」(デフレ政策)を実施したとき、石油危機による景気後退とはまったく区別される景気後退の波が世界を捉えました。大不況の中で、失業率は急上昇し、賃金引き上げの運動は抑圧されました。米国の航空管制官のストライキが弾圧され、イギリスの労働組合運動が弾圧されたのもこのときです。
1979年の英米における出来事は、それまでの「完全雇用政策」が明示的に放棄されたことを示しています。そして高失業率の中で賃金(貨幣賃金・実質賃金)の引き上げはほとんど不可能となってゆきます。実際、米国の労働統計局の統計では、1973年をピークとして管理職を除く普通の従業員の平均賃金(中位)は増えないどころか、低下してゆき、現在までに7パーセントも低下したことが明らかにされています。それはまさしくカレツキの政治的景気循環の状態に他なりません。
ところで、このことは現在という時期にとって何を意味するでしょか?
「マルクス問題」の復活です。1950年代から1973年までの「資本主義の黄金時代」には、フォーディズムの下で労使同権が実現され、「マルクス問題」は解決されたかに見えました。皮肉にも、東西冷戦の下で社会主義に対する「資本主義の優位性」を示さなければならなかったことも「マルクス問題」を歴史の表から消すのに大きく貢献したということもできるでしょう。しかし、1980年代におけるレーガン・サッチャーの新自由主義政策の台頭、計画経済(国家社会主義)の崩壊を経て、いまやふたたび「マルクス問題」が再登場しています。
米国では、以前、巨大企業のCEO(最高経営責任者)と普通の従業員との所得格差が40倍ほどと言われていました。しかし、今や両者の格差は、500倍とも1000倍とも言われています。低賃金労働が拡大し、それとともに貧困率も上昇してきました。これらのことが示すように、米国における”ウォール街を占拠せよ”運動も、英国における「暴動」も決して何の理由もなく生じたのではありません。
これに対して、新古典派の理論家は言います。「失業がいやなら、低賃金を受け入れなさい」。「賃金の引き上げはインフレを加速します」。「企業の高い社会保障負担や高賃金は企業の海外への流出を招き、失業を拡大します。それでいいのですか』、と。しかし、これまでも述べたとおり、それこそが現実に反する言説、ケインズとカレツキが見事に批判した「現実離れした理論」に他なりません。
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