2017年7月31日月曜日

政府の成長戦略と加計学園問題の構図

 先日あげたブログの内容をわかりやくするために、簡単に図示しました。
 国家戦略特区では、成長戦略を加速するために、次の3つ(左)を行うのだそうです。まさに加計学園(右)がぴったり。
 



2017年7月30日日曜日

安倍氏の経済政策の経済的帰結 24 森友・加計の根源 経済再生本部の2013年6月14日会議 「日本復興戦略(案)」

 安倍首相が立ち上げた経済再生本部(議長:安倍首相)というものがある。
 「経済再生」だから、日本経済が荒廃していることを認めた上での組織だろう。その2013年6月14日の会議に提出された資料の「日本再興戦略(案)」というネーミングからも日本社会・日本経済が荒廃しているから復興させようというコンセプトがうかがわれる。
 そこで、そもそもこんな日本にしたのはいったい誰なのかを問いたくもなるが、
それは措いておき、ここでは日本復興戦略会議の成長戦略の実現方法を述べた部分を紹介しよう。
  
 「3 成長戦略をどう実現してゆくか?」では、まず「(1)異次元のスピードによる政策実行」となっている。「異次元のスピード」というのは、日銀の「異次元の金融緩和」(量的・質的緩和)を思い出させるが、いったいどんなスピードだろうか? 経済生産本部の会議では、別の会議でも、「スピード感」「スピーディ」にという語句がしばしばでてくる。
 それはさて、それに続くのが「(2)国家戦略特区」を突破口とする改革加速」であり、全文を紹介すると次の通りである。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/dai7/saikou.pdf

 ここでも、「スピード」が繰り返されており、下線部(これは私に引いたもの)のように、その他に、「内閣総理大臣主導で」、「国・自治体・民間の各主体が対峙するのではなく、三者一体となって取り組む」、「内閣総理大臣を長とする」特区会議が「トップダウンですすめるための体制を速やかに確立する」などの言葉が並んでいる。

 なるほど、これはまさに森友学園や加計学園、それに最近指摘されはじめた国際医療福祉大学に関する疑惑で見られた構造そのものではないだろうか?

 まさに、総理の御意向にしたがって、政府(内閣府、特区会議、財務省、財務局、文科省など)、自治体(大阪府、愛媛県、今治市、成田市など)、民間(森友学園、加計学園、国際医療福祉大など)が三者一体となって、「異次元のスピードで」実現してゆくという構図そのものだ。
 
 いずれも総理大臣からのトップダウン方式で実現されている。もっとも、文科省(前川次官)が難色を示した案件もあるが、萩生田氏、木曽氏、和泉氏などが<総理大臣が直接いえないから、私から言う>と総理の意向を着実に伝達している(普通は圧力をかけるという)。そのほかは、自ら「忖度」するか、伝達に忠実にしたがっているらしい。
 自治体や民間との関係も良好らしい。成田市と大学側、今治市と加計学園、総理と加計孝太郎氏、籠池氏と近畿理財局の三者一体の関係は、見ていても、見事というしかない。
 「異次元のスピード」も見事に実現されている。これも実例をあげるのに、事欠かない。一番は、岡山理大(加計学園)獣医学部の2018年4月開学と尻を切ったこと。その他に、国際医療福祉大学でも、開学の尻を切り、パブリックコメントをほんの短い期間に制限し、特区の公募期間も超短期間に制限し、みごと国際医療福祉大学しか公募できないようにするという念の入れようである。
 自治体からの補助金の決定も「異次元のスピード」だ。まだ認定されるずっと前から巨額の補助金が決定されている。その額も巨額である。
 補助金といえば、本来「特区」とか「規制撤廃」というと、政府や自治体の公金の支出を抑えるために、民間にまかせるという「新自由主義」哲学にもとづくもののはずだが、今回の件では、133億円(加計学園)、8億2000万円の土地代値引き(森友学園、瑞穂の國小学校)、103億円の土地・補助金(国際医療福祉大)など、おおばんふるまいの公金が支出されることになっている(またはなっていた)。まさに、これも三者一体を示すモノに他ならない。

 結論:森友、加計疑惑は、まさしく経済再生本部の「日本再興戦略」を忠実に実現したものに他ならない。安倍首相は、いまでもなぜ自分が批判されなければならないのか、反省するどころか、憤懣やるかたないのではないだろうか?

2017年7月28日金曜日

加計学園疑惑 明らかになってきた安倍友利権の構図


 加計学園問題について、「総理の御意向」(関与)が問題となっています。
 これについて、これは大した問題ではないが、首相が「もし私が関与していたら、首相も議員もやめます」といったために、野党が勢いついただけで、大した問題ではない」といった評論家’(田原総一朗)がいます。
 しかし、これは単に総理の意向が設置の認定に影響したかどうか、あるいは、影響するかどうかという小さな問題では決してありません。
 それは安倍首相の「アベノミクス」、「成長戦略」とか「国家戦略特区」の背後に潜んでいる安倍友集団の利権問題です。巨額の税金と公金(無償の土地と96億円!)が将来的に維持できないだろうといわれている安倍友私学法人の経営する一大学・学部のために支出されようとしています。
 しかも、まだ文科省による設置認可が下りたわけではありません。設置申請さえ出されてない段階で(今年2月13日までに)、今治市が巨額の補助金を決定したことも異常です。

 これまでの経緯を時系列的にまとめ、図に示してみると、利権の構造が自ずと浮かび上がってきます。これほどわかりやすいネポティズム(縁故関係)の構造、利権構造も珍しいといってもいいほどです。

 以下の表、図は、新聞の情報による。
 なお、図を一部訂正し「?」を付した。(市議と加計学園との関係の部分)  

安倍氏の経済政策の経済的帰結 23 世界は原発から逃げ、日本は原発を推進し破綻 経産省と原発企業の愚

 前回は、東芝の破綻の経過を簡単にみましたが、それは一言でいえば、世界が原発の危険性に気づき、またより高度の安全性を確保しようとすると、費用が異常に高くなることに気づいて、原発事業を(できる限り「ビジネスライク」に、出来る限り損失を少なく、あるいはより多くの純利得を得ながら)手放そうとしているときに、日本の原発企業は、それに逆行して、巨額の損失を出している不良原発企業を嬉々として買ってきたということに他なりません。
 例えれば、ババ抜きゲームで、皆がババを手放したがっているときに、なぜか日本がババを引いて喜んでいるようなものです。

 どうして喜ぶのか? それは安全神話、希望的観測、現実についての無知、重商主義(原発輸出が成長につながると喜ぶ傾向)など、様々な要因によって説明することができるでしょう。

 1、日本は世界のカモにされている
 世界は原発から逃げ出していますが、その理由の一つは、言うまでもなく、危険性です。スリーマイル島の原発事故(米国、ペンシルベニア州、1979年)、チェルノブイリ(ベラルーシ、1987年)、福島(2011年3月11日)のひどい事故があり、ひどい被害をもたらしました。それはらはまた、いずれも危険性を明らかにしましたが、それだけでなく、また事故の処理や廃炉のために巨額の費用を要することを明らかになりました。またより安全性を高めようとすると、巨額の費用がかかることも明らかになりました。その費用をいったい誰が払うのでしょうか?
 こうして危険性が明らかになり、さらに地震や津波などの自然災害の他に、テロ(ミサイル、飛行機の追突などを含む)のリスクを考えて、いっそうの安全性を保証することが求められています。そうした中で、世界の各地で反原発運動が起こり、企業や政府はそれにも対応を余儀なくされています。しかし、こうしたことは、既存原発の廃止、既存原発の安全強化工事、建設中の原発工事の長期化、費用の激しい上昇をもたらしてきました。
 このように原発の社会的費用が大きなものになると、そこから利益を上げることが難しくなり、莫大な損失さえ生まれます。
 また損失の一つの要因として、原発企業が原発事故やトラブル、設計ミスなどを理由として訴えられ、他の関連企業から巨額の賠償金を要求されるというケースも多発しています。
 東芝の陰にかくれてあまり報道されなかったかもしれませんが、三菱重工業も米国の原発会社SCEから7000億円ほどの賠償請求をされていました。
 これについては、新聞記事(朝日デジタル)を引いておきます。

 三菱重工業は(2017年3月)14日、米国の原子力発電所に納入した蒸気発生器が壊れて原子炉が廃炉になった問題で、この原発の運営会社に1億2500万ドル(約141億円)を支払うことになったと発表した。運営会社は66億6700万ドル(約7535億円)の賠償を求めていたが、仲裁機関の国際商業会議所が三菱重工の主張をほぼ全面的に認めた。
 三菱重工は契約上の賠償の上限は1億3700万ドル(約155億円)と主張しており、同会議所はこの主張を受け入れた。原発の運営会社の南カリフォルニア・エジソン(SCE)社に対し、三菱重工が支払った仲裁費用5800万ドル(約66億円)を肩代わりして支払うことも命じた。
 ・・・
 問題になったのは、カリフォルニア州のサンオノフレ原発。2012年に起きた三菱重工製の蒸気発生器の配管の水漏れがきっかけとなり、SCE社が廃炉を決めていた。


この事件では三菱重工業の支払いは141億円という小額(!?)ですみましたが、もともとの請求額は7000億円以上であり、これは東芝の破綻の原因となったS&Wの損失に匹敵します。

 外国では、フランスのアレバ(Areva)が世界最大の原発会社ですが、この会社もフィンランドで建設中の原発をめぐって訴えられました。

 http://www.reuters.com/article/us-nuclear-olkiluoto-idUSKCN0Q817K20150803

HELSINKI (Reuters) - Finnish utility Teollisuuden Voima (TVO) on Monday said it has raised its claim against the Areva-Siemens consortium to 2.6 billion euros ($2.9 billion) from a previous 2.3 billion euros over delays in its Olkiluoto-3 nuclear reactor.

 要するに、フィンランドの公益テオリスウデン・ヴォイマ(TVO)がアレバに対して29億ドルの賠償を求めたというものです。3000億円を優に超える額です。工事が10年も遅れており、2018年に完成すると報道ではいわれていますが、いまだに完成していません。
 このアレバもひどい状態にあり、本音では原発事業から少しずつでも撤退したいというのが本音でしょう。しかし、それに手を貸して泥船に乗り、一緒に沈没しようとするような企業はまずありません。
 ところが、ことあろうか、三菱重工業がそれに手を貸しています。
 今年4月、三菱重工業は、アレバに400億円の新規投資を行い、それまでの投資額と合わせて合計700億円の総投資を行うことに合意したというものです。
 thttps://asia.nikkei.com/Business/Deals/Mitsubishi-Heavy-doubling-down-on-Areva-with-fresh-investment

 2、なぜ外国が手放したがっている原発事業に手を貸すのか?
 繰り返しになりますが、一つには無知、希望的観測であり、まだ原発がペイするという幻想にとりつかれているからです。
 しかし、もう一つは、日本では原発村の利権構造の中で、原発会社(発電、メーカー)が責任を逃れているという事情もあります。もし万が一、事故が生じても、東電などにも、東芝・三菱重工業・日立にも、損失の責任を負う必要はほとんどありません。要するに無責任体制です。
 その結果、勘定は国民に転嫁され、被害を受ける地元民に転嫁されます。実際、東電は現在公的資金を受け入れており(借金しており)、実情は、大幅な赤字を経常しているはずですが、負債を純資産であるかのように扱っており、黒字(利益)を出していることにしています(一種の偽装です)。
 こうした無責任体制は、事態を正確に把握し、行動するというビジネスマンの経営行動を著しく抑制することになります。無知、希望的観測、幻想が生まれるのももっともです。」
 また無責任体制を生み出すにあたって経産省をはじめとする省庁が大きい力を発揮しいていることも見逃すことはできません。こうした公的機関の参加は、原子力村の住民に保証と安心とを与えます。またいまだに2005、6年頃に経産省がはじめた「原発ルネサンス」の音頭に合わせて踊っている人がいます。安倍首相の原発輸出促進策も、こうした無知、幻想、希望的観測、保証と安心、「原発ルネサンス」の標語に支えられていることをわすれてはなりません。

 蛇足:
 ヨーロッパでは、近代資本主義経済が誕生したとき、企業は無限責任を負っていました。それが近代のヨーロッパ・ビジネス法の一つの特徴です。企業者(出資者、経営者)は自分の経済行動の結果に対して無限に責任を負わなければなりませんでした。例えば企業が破綻したときには、企業者は、その出資額にかかわらず、全負債に対する賠償責任を負っていました。
 しかし、19世紀の法改正で有限会社、株式会社が普及し、企業者が出資額を超えて責任を負うことはなくなりました。当時、そうした法改正に対して「モラルハザード」(無責任)を生み出すという批判がありましたが、特に現在の日本の状況を見ていると、その通りではないかと思います。これに対して、さすがに欧米は近代ビジネス発祥の地、まだ多少とも近代ヨーロッパのビジネス法の精神が残っているのかもしれない、とも思います。
  

2017年7月27日木曜日

安倍氏の経済政策の経済的帰結 22 原子力ビジネスの破綻と職の喪失

 いま東芝の破綻が大きい問題になっていることを知らない人はいないと思います。
 でも、なぜ破綻したのでしょうか? またそれは日本や世界の経済にとってどのような意味があるのでしょうか? 「アベノミクス」にも大いに関係することなので、少し紹介してみたいと思います。

 東芝は、かつて大変立派な会社、メーカーでした。つい最近まで、ある部分を除けば、とても立派な会社でした。東芝は、大手電機メーカーとして、その白物家電や医療機器の生産において名をはせていました。
 ところが、ただ単に原発事業のため、しかも外国の原発関連会社を買収しただけで、破綻したのです。
 ここで重要なプレーヤーは、東芝の他にはウェスチングハウス(WH)という原発会社、およびストーン&ウェブスター(S&W)という原発関連の建設会社です。
 詳しい説明は後に譲るとして、簡単に経緯を述べると、次の通りです。
 2006年に、東芝は、54億ドル(6470億円)でWHを落札しました。しかし、この会社は実際は2000億円ほどの価値しかありませんでした。それを売ったのは英国核燃料会社というイギリスの公社でしたが、4000億円以上も儲けたことになります。しかも、英国核燃料会社ももとは米国の不良な商業原子力企業だったWHを購入していたのですが、どうにも優良企業として再生できずに手放したいと思っていた物件でした。だから、日本の企業に3倍もの高値で売り、手放すことができ、大喜びしたはずです。
 東芝がWHを買ったのは、日本の経産省を通じてでした。日本の原発企業、東芝の他に、日立、三菱重工が手を上げましたが、結局、東芝が購入することになりました。それまでS&Wともっとも関係が深かったのは三菱重工でしたが、なぜか東芝が買うことになったわけです。この経緯も謎の一つです。
 ところが、東芝にとっては、事はWHの問題だけでは済みませんでした。その娘(子会社)のストーン&ウェブスター(S&W)です。少し込み入った話になります。
 実は、東芝が2006年にWHを買って子会社(娘)にしたとき、その持ち株比率は、東芝77%、ショー20%、IHI3%でした。ショーというのは米国の原発関係の会社で、この会社は、東芝の要請で20%の株式を保有することになりましたが、東芝に対して株式買取請求権を持っていました。つまり、当面は株式を保有するけれど、将来、何かあって株式を手放したくなったら、東芝が買うということを保証していたわけです。ところが2011年に福島原発事故が起き、ショーは東芝に対して株式買取請求権を行使します。つまり、ショーは原発事業からうまく抜け出ることに成功したわけです。この原発事業から抜けたショーをCB&Iという会社(ゼネコン)がまるごと支配します。
 さて、このCB&Iですが、原発建設会社のS&Wを子会社として持っていました。しかし、このCB&Iは、すでに儲からなくなり費用ばかり増えていた原発事業から撤退するために、S&Wを売却しようとします。2015年当時、東芝は不正会計が発覚し、もめている最中でした。買ったのは、形式的には東芝の子会社(娘)となっていたWHです。WHは、S&Wをただで購入することになっていましたが、実際には「のれん代」などの名目で260億円の支払いを行わなければならなかったようです。
 いずれにせよ、CB&Iはこれによって完全に原子力事業から撤退することに成功したわけです。このようにCB&Iが原子力事業から撤退したいと思っていた理由は、すぐ後で述べますが、一言でいえば、費用がかさみ、巨額の損失がうまれてたからです。
 S&Wが巨額の損失をかかえていることは、購入からわずか一年もたたないうちに判明しました。損失額は最初数千億円とも言われましたが、現在の時点では7000億円とも1兆円ともいわれています。
 たしかに形式上は、巨額の損失をかかえたのは、S&Wであり、それを子会社としているWHでした。おそらく東芝本社の経営陣は、娘WHの経営者のすることに口出しすることができず、ただWHの行動をはたから眺めていただけだったでしょう。本社より子会社WHの方がつよかったのです。しかし、この子会社のもたらした損失に対して、本社は責任を負わなければなりません。そして、さすがにこれだけの巨額の損失をかかえこむと、本業でどんなに儲けても、その利益は焼け石に水です。東芝は、あっという間に債務超過の状態に陥りました。
 
 これをもう一度例え話しで説明すれば、爆発風船ゲームに破れたようなものです。
 このゲームでは、ポンプで風船に空気が吹き込まれ、風船はしだいに大きくなります。それはいつか必ず破裂します。そこでゲームの参加者は、自分のところで爆発しないように、受け取ったらすぐに他の人に手渡そうとします。この爆発風船を日本の企業経営者がゲームに参加しているという意識もないままに受け取り、しばらく手元に置いておいたところ、突然爆発したといったところです。

 一体どうしてこんな馬鹿なことをしたのでしょうか? 
 でも、その前に米国や英国はさすがに「ビジネスライク」に取引を行う国民だということを認識しておいた方がよいかもしれません。ビジネスライクにというのは、ヴェブレンの定義によれば、「ただで誰かの犠牲で純利得を得る」という意味です。もうからなくなったビジネスからは出来るだけ損をしないように、出来れば儲けながら撤退する。これがビジネスの原理と言えるでしょう。その意味では、日本の会社経営者はビジネスマンとして失格といわなければなりません。
 さて、どうしてこんな馬鹿なことをしたのかという問いについては、もっと後で考えることとして、その前にそれが日本の職や雇用を破壊する行為だということを確認しておかなければなりません。
 もし東芝がWHの買収やWHによるS&Wの買収によって原子力事業を拡大さえしていなければ、いまでも本業を維持することができたでしょう。ところが、英米が手放したがっていた原子力事業(とその損失)を巨額の資金を支出し、みずからの手元に引き寄せることによって破綻したわけです。この原子力事業による本業の破壊という愚かな行為が雇用に及ぼす影響がきわめて大きいことは、もう説明するまでもないでしょう。
 これは反国民的な行為ともいうべきものです。
  

アベ友たちの選択 磯田道史さんの番組風に想像すると・・・

 いまやアベ首相とその周辺(以下、アベ友集団という)は、危機的な状況に陥っている。改憲はしたいが、それどころではない。これまでやりたい放題やってきたことがたたり、アベ友集団に対する批判が急速に高まり、内閣支持率が急落しているからである。それは「危険水域」(level of death)にまで落ち込んでいる。

 もちろん、彼らは何とかしなければと考える。アベ友集団のかかえる問題は、いろいろとありすぎて「整理」しようとしても多大の努力と時間がかかると推察するが、とりあえずは森友問題、加計問題をなんとかしなければならない、と彼らは考えているだろう。
 しかし、加計問題だけでも、事実が表面化してから、とりあえず国民をだませると考えて適当な嘘を重ねてきた。嘘で固め、嘘の上塗りをしてきた。しかし、徐々に国民をだませなくなり、前川元事務次官だけでなく、文科省の官僚たちまでが一部本当の事を言い始めた。隠蔽してきた文書も出てきた。困るのは、これまで重ねてきたいろんな嘘が事実に反するだけでなく、嘘と嘘が相互に矛盾していることである。

 (NHK「英雄たちの選択」風に)ここで首相の頭の中に分け入ろう。

 あ~、いろんなところでついた嘘が互いに自家撞着をおこしてしまった。
 ここらで国会で追求されても大丈夫なように、自分の頭の中を「整理」しておこう。
 まず文書は存在しないと言って来たが、公表されてしまった。まずいことにスガ官房長官は、それを「怪文書」と言ってしまった。このままでは、文書隠匿をしてきたことも国民に批判されてしまう。ここは文部省内で再調査をすることにしよう。しかし、もちろん、出来るだけ余計な資料は国民の眼に触れないようにして・・・。文部大臣には、文書の存在は認めても、その内容は事実ではないと発言するように注意しておこう。また処分をほのめかし、新たな文書が出ないように、十分注意しなければならない。
 しかし、それでも国民は納得しないだろう。萩生田、木曽、和泉が文科省に圧力をかけてないとか、2018年4月開校と「尻を切って」京産大にあきらめさせたというのは事実ではありません、といっても国民は納得しないだろう。あの文書さえなければ、だませたのに、くそっ!
 しかし、いまさら出たものを悔いてもしょうがない。私の関与がなかったことにするには、どうするのが一番よいだろうか? 
 やはり加計学園(岡山理大)の「獣医学部増設」についての記憶はありませんという例の手を使うべきだろうか? いや、その方法は今後随所で使うとしても、いまは国民の疑惑を大きくさせるだけだろう。強圧的な、まくしたてるような話し方も変えて、低姿勢になっておこう。
 そもそも私は、国家戦略特区の諮問会議議長だから、当然、いろんなことを知る立場にある。それに加計君とは旧知の間柄、岡山理大の件については、彼とよく話している。本当のことを言うと、2015年12月15日の会議で愛媛県今治市に「獣医師系の学部」(先端ライフサイエンスの拠点)をつくる案を承認している。これに加計学園が関係していることなど、公然同様になっている。
 それでも、やはり最近まで知らなかったことにしたらどうだろうか? だが、これまで適当にあしらい、かなり前から知っていたと答弁している。つい最近(今年1月20日)まで知らなかったといっても国民が信用してくれるだろうか?
 いや、これは結構いける案かも知れない。そうだ、他の人はともかく、私は知らなかったことにしよう。そうすれば、いざというときには、周辺が勝手に忖度して、私のあずかり知らないところで、文科省に圧力をかけましたというシナリオも描け、私に対する批判はかわせる。ここは手の平を返すように友を裏切ることになるが、これが初めてではない。籠池君には悪いことをしたが、しょうがない。私の保身のためだ。
 そういえば、籠池君は、あの後も都合のわるいことを明らかにしているようで、実に困る。何とかできないだろうか。逮捕してもらうというのもいい手だが、そうすると私の強圧的な態度が非難されるだろうか? それに裁判になって真実を明かされ、報道されるともっとまずいかな?
 もとに戻ろう。今年1月20日まで知らなかったことにするのは、大丈夫だろうか? 今治市、新獣医学部のことは2015年12月の会議の議事録や資料にも残っているし、首相官邸のホームページにも載っている。ただ、幸いに「岡山理大」の語句はいれていない。
 決めた。それにしよう。誰がなんと言おうと、今年1月20日まで知らなかったことに決~めた。知っていたという証拠を出すのは難しいから、何とかなるだろう。それに山本君、和泉君、木曽君、萩生田君、松本君などには、要所要所で「記憶にありません」と言ってもらえれば、当面はなんとか過ごせるだろう。
 そのうち国民も忘れてしまい、また内閣支持率が上がるかもしれない。そうだ、北朝鮮の脅威を煽るという例の手を使うチャンスもまた来るかもしれない。いや、来て欲しい。

 以上は、あくまで想像の話し。実際にはアベ首相の頭の中に分け入ることは誰にもできない。NHKの番組でも、勝手に想像しているにすぎない(失礼)。
 しかし、首相の答弁の「整理」、「急な質問で混同」などの語句を心理学的に分析すると、アベ友集団がお互いに相談し、出来るだけ被害が少なくなるような話しにするために、整理していることは十分ありうる。
 稲田防衛大臣もそれで頭を悩ましていたことは、新聞社の取材などで判明している。

 2015年12月15日の特区会議の配布資料
 愛媛県今治市、国際教育拠点の整備 ー獣医師系(ライフサイエンスなどの新たに対応するべき分野)と明記されており、これが加計学園(岡山理科大学)に関連するものであることを知らなかったといっても、信じる人はいないだろう。




2017年7月26日水曜日

手遅れです。アベ首相が退陣すれば、国民は大喜びします。

 物事には「手遅れ」ということがある。

 違憲の「集団的自衛権」(日本を攻撃していない国を攻撃することを認める)の容認、違憲の戦争法(自衛隊員を死の危険に直面させる)、違憲の共謀罪法(何をしたら犯罪になり、罰せられるか不明)の強行、戦前の軍国主義・国家主義的な教育勅語(滅私奉公)の賛美、立憲制の否定、大学に対する軍事研究の要請、武器・原発輸出の促進、政治の私物化(アベ友学園の優遇)、国連に対する逆切れ、様々な圧力、隠蔽、虚偽、失態などを繰り返してきたアベ政治。「アベコベノミクス」も、それを実現するためのキャッチコピーにすぎませんでした。
 安倍内閣にはあまりに問題が多すぎて、とても全部あげられません。
 
 首相・安倍晋三は、今頃になって、まくしたてる、強圧的な話し方を変え、妙に低姿勢になってゆっくりと話していますが、すでに遅すぎました。単なる話し方の問題ではありません。いまは何をしようと手遅れです。
 多くの人々は、「だまされた」、「人柄を信用できない」とはっきりと知りました。あとは潔く退陣するのみ。遅すぎたけれど、また戦後最悪の首相として名を残すだろうけれど、退けば多くの人が喜びます。
 最後に一つくらい人を喜ばせるために、即座に去りましょう。