これから外国為替相場について何回か説明することにします。
まず外国為替相場に関する主に新古典派的な見解を紹介し、その後にポスト・ケインズ派・制度派の理論を紹介しますが、今回は第1回目として新古典派の「購買力平価」説(英語のpurchasing power parityからPPPと略称されます)を取り上げます。
これは、次の3つの主張から成ると言ってもよいでしょう。
1 自由な国際商品市場では、同一商品の価格は同じになる(一物一価の「法則」)。
2 したがって外国為替相場は、各国の商品の相対価格の変化に応じて変化する。
3 上の価格メカニズムを通じて貿易収支は均衡(balance)を達成する。
これだけのことですが、若干解説しましょう。
まず簡単のためにA国とB国があり、一種類の商品xしか生産・取引されていないとします。いまその商品の価格(一単位あたりの単価)がA国で20ドル、B国で2000円であるとします。この場合、上記の1により、20ドル=2000円、つまり1ドル=100円となるように為替相場が決まる、というのが購買力平価(PPP)説です。
もちろん、上の説明をそのまま現実に当てはまるわけには行きません。いくつかの修正が必要です。
第一に、商品の種類は一種類ではありません。現実には、何千、何万種類という商品(財とサービス)がありますので、購買力平価の導出は簡単ではなく、きわめて複雑です。しかも、同じ商品でも詳しく見ると、品質やスペックが異なるので、現実に計算するのは難しいのですが、様々な計算の試みが行なわれています。簡単に言えば、(加重)平均値を計算するということになります。
第二に、商品には、貿易財と非貿易財があり、両者を区別しなければなりません。例えばタクシーの運賃は日本とエジプトでは非常に異なっていますが、それはタクシー・サービスが非貿易財であり、上記の1が当てはまらないからです。ただし、世の中には、貿易財と非貿易財という風に単純な二分法を許さない商品も多数あります。
そのような訳で、購買力平価説は商品の中でも、概ね貿易財にしか適用することができません。簡単に言えば、貿易財の(加重)平均値が為替相場の背後にあるということになります。
さて、もちろん物価は変化します。それぞれの国で変化するだけでなく、それぞれの商品が思い思いに変化します。そこで、購買力平価説は、為替相場も主に貿易財の(加重)平均値の変化率(これを貿易財インフレ率と言うことにします)に応じて変化します。上の例(一財xの例)を続けると、一定期間ののち、A国のインフレ率が10%であり、22ドルになったのに、B国では10%のデフレが発生しており1800円になったとします。この時、新しい為替相場は、22ドル=1800円、つまり1ドル=81.8円となります。
この場合、名目の(市場における本当の)為替相場は円高・ドル安になっていますが、実質的な為替相場はまったく変化していません。
第三の新古典派の命題は、為替相場がこのように決まっていれば、為替相場の自動調節機能によって貿易収支は均衡すると説きます。上の例(1ドル=100円)で、仮に均衡が破れ、ドル高になると、A国の商品xの価格が高くなってB国からの輸入が増えてしまい、貿易収支は赤字になります。しかし、この時、貿易均衡を達成する力が作用し、ドル安・円高の傾向が生まれると考える(ドル安・円高の場合も同様)と考えるわけです。
さて、以上の説明は、一見したところ、現実をかなりよく説明している申し分のない理論であるように思われるかもしれません。しかし、この理論が現実を説明するパフォーマンスは意外によくないのです。これについて3点だけ指摘しておきます。
1 現実の為替相場は、貿易財だけをとっても、ある一時点では購買力平価からかなり離れています。またその変化を見ても、いくつかの国・地域の長期の変動を説明してはいますが、いくつかの国・地域についてはそうでもありません。特に短期については、パフォーマンス(上記の1と2の説明力)はかなり悪い結果です。
2 現実には貿易収支のグローバルな不均衡が生じていることは、ちょっとでも世界経済について学んだことのある人なら知っているはずです。つまり、現実の為替相場には貿易不均衡を是正する力はありません。これは上記の3が成立していないことを示しています。
3 それもそのはずです。現在の国際市場では、BIS(国際決済銀行)の3年に一回の調査が明らかにしているように貿易取引の40倍もの資本移動のために外国為替取引市場が働いているのです。したがって、貿易取引だけで説明しようとしてもうまく行く訳がありません。それを大幅に超過している資本移動(外国直接投資、ポートフォロ投資)を視野に入れなければならないのです。
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