経済学でよく使われる言葉に、「ケテリス・パリブス」(ceteris paribus)というのがあります。これは呪文のように聞こえるかもしれませんが、「その他の条件が不変ならば」(other things being equal)という意味です。例えば次のように使います。
ケテリス・パリブス、一国で人々(労働者)の貨幣賃金率を引き下げると、雇用が増加し、失業率が低下する。
この命題が論理学的に大問題を抱えていることは、聡明な人ならすぐに理解できます。確かに一企業または一産業の労働者の貨幣賃金率を引き下げる場合であれば、社会全体における総賃金所得はほとんど変化せず、(貨幣で表示した)総購買力も総需要も変化しないでしょう。そこで賃金率を引き下げることに成功した企業や産業は販売価格を引き下げ、売上高を増やすことができ、雇用を増やすことができるでしょう。つまりケテリス・パリブスという条件を付しても間違っているとは言えません。しかし、一国の全企業、全産業の賃金率引き下げとなると、話は別です。(貨幣で表示した)総賃金所得、総購買力、総需要が間違いなく低下するからです。この場合には、その他の条件が変わるのに、変わらないと宣言してしまうため、「ケテリス・パリブス」を使うのは論理的誤謬に他なりません。
しかし、経済学者だけでなく、普通の人も気づかずに同じ間違いを犯すことがしばしばです。ある条件を変えたときに別の適当に選んだ条件が不変と仮定すれば、自分の好みの結論を導くことは簡単になるので、いっそう注意が必要となります。
頭の体操として、次のような場合に、本当は変わるのに変わらないと仮定されているものが何か、また逆に本当は変わらないのに変わると仮定されているものが何か、を考えるのもよいかもしれません。ちなみに2つともかなり怪しい命題です。
・日銀が金融緩和策を通じて貨幣供給を増やすと、インフレーションが生じ、景気がよくなる。
・(1997年の橋本「財政構造改革」のように)消費税増税をすると、政府の租税収入は必ずその増税分だけ増加する。
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