2013年1月27日日曜日

安倍のミックスを経済学する その1

 安倍首相の経済学という意味で「アベノミックス」なるものが喧伝されていますが、きちんとした経済学(political economy)の立ち場から見れば、ごた混ぜの「安倍のミックス」に他なりません。
 ここでは、19世紀以降の経済学と経済分析の歴史を踏まえ、経済学の巨人たちの構築した「現実世界の経済学」の観点から「安倍のミックス」を解剖しながら、日本の経済社会の実相を把握し、「安倍のミックス」に代わる代替案を考えてゆきたいと思います。
 
 最初に2パーセントの「インフレ・ターゲット」をめぐる論点を取り上げます。しかし、これもそれほど簡単ではなく、次のいくつかの議論を理解しなければなりません。
 1 物価(一般物価水準)は貨幣供給によって決まるのか? (貨幣数量説の問題)
 2 中央銀行(日本では日本銀行)は、貨幣供給(M2など)を外生的に決められるか? (貨幣は外生的か内生的か?)
 3 インフレーションと経済成長はどのような関係にあるのか? (貨幣の中立性? それとも物価版のフィリプス曲線?)

 今日は、上記のうち最初の点(貨幣数量説、またはマネタリズム)について触れるにとどめます。
 「安倍のミックス」は、明らかに貨幣数量説に依拠しているように見えます。
 物価水準が貨幣供給(正確には貨幣ストック)によって決まるという見解(仮説)は、貨幣数量説と呼ばれます。ここで注意して欲しいのは、あくまでも貨幣供給が原因で物価水準が結果(貨幣量→物価水準)という見解だということです。それは数式で次のように示されます。
  P=M・V/T  P:物価水準、M:貨幣ストッック、V:貨幣の流通速度、T:産出
これはPT=MV(生産額=流通額)という「恒等式」から導かれます。
 なんだ、正しい式じゃないかと即断しないでください。次の様々な問題があるからです。
 1 恒等式が成立するということと、貨幣量→物価水準という因果関係とはまったく別のことです。両者にある種の相関はあるかもしれませんが、因果関係となると別です。
 2 この因果関係が成立するためには、いくつかの前提条件が必要です。その中で最も重要な点だけを示します。
  a)V=一定(Vがふらふら変動しては、上の因果関係は成立しません)
  b)貨幣の中立性(貨幣量がT、つまり産出量に影響を及ぼさないという前提)
  c)貨幣需要は商品(財とサービス)の取引にもとづく需要だけである。
  d)貨幣の外生性(貨幣は、経済の必要性から「内生的に」生まれるのではなく、中央銀行が裁量的に決定できる)
 実は、この4つはまったく成立しないことが分かっています。
  a) Vは、長期的にも短期的にも変化しています。論より証拠、下の図を見てください。


  b)貨幣の中立性も成立しません。これは特にケインズが『貨幣論』や『一般理論』で明らかにした点です。ケインズは、現代の「企業家経済」(資本主義経済)では、貨幣は単に実体経済をおおうベールのようなもの(貨幣ベール説)ではなく、価格現象だけでなく実体経済(景気、雇用、所得分配など)に深く相互的に関わっていることを見抜きました。
  ところで、貨幣数量説に立つリフレ論者は、インフレーションを起こすと、景気がよくなると言っているわけですから、インフレーションを起こすという点では「貨幣の中立性」に依拠しながら、他方では景気をよくするという点ではそれを否定していることになります。この矛盾に気づいていないのか、あるいは気づいているけど、もともとがミックスだから、どうでもよいのか? この点もあとで詳しく検討します。
  c)貨幣需要(貨幣に対する需要)が商品取引需要だけというのも、現実世界の経済学からは現実離れした理論です。というのは、これもケインズが強調しているように、貨幣需要には資産取引需要も含まれているからです。実際、1980年代後半の資産バブルの時には資産取引需要が急速に拡大し、資産価格の引き上げに貢献しました。
  d) 貨幣の外生性も成立しません。実はこの問題は、19世紀以来の論争の的でした。イギリスでは、銀行学派(banking school)と通貨学派(currency school)が激しい論争を繰り広げましたが、結局、Tookeなどの銀行学派が正しいことが誰の眼にも明らかとなりました。つまり、簡単に言えば、中央銀行は市中銀行に対する貨幣供給を増やすように影響力を行使することは可能かもしれませんが、市中銀行は企業や家計に対する貨幣供給(つまり貸出)を自動的に増やすことはできないということです。その理由は簡単です。企業は投資などの資金需要(上の c) がなければ、銀行から借りようとしないからです。
 ふたたび日本の例を見てみましょう。

 図は、日銀が市中銀行に供給するマネタリーベースと市中銀行が経済に供給するM2の前年比(%)を示します(資料は、日銀の短観、月次)。1999年〜2006年と2008年のリーマン・ショック後、日銀は金融を大幅に緩和し、マネタリーベースを急激に増やしましたが、M2はそれほど増えていません。これまでに日銀は、世界で最も高い水準にまねたリーベースを増やしているのです! しかし、貨幣賃金が低下し、購買力と有効が低下し、企業が投資意欲をなくしている状況で、貨幣需要が生まれるわけがありません。(この貨幣需要の低下と投資の抑制の本当の関係については、後日、詳しく説明することにします。)

 かくして貨幣数量説はまがい物の理論であることが理解いただけたと思います。
 日銀総裁候補の一人(本命ではありませんが)とされていると聞く高橋洋一という人がデタラメの本(新書)を書いています。彼は貨幣数量説が欧米では正しい理論として扱われていると述べています(わずか数行!)が、確かに貨幣数量説を信奉している人もいます。しかし、私が知っているまともで、偉大な経済学者はすべてそれを否定しています。
 ただし、貨幣量と一般物価水準の間には何らかの高い相関が成立している可能性はあります。しかし、そうだとしても因果関係は逆です。

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