2017年7月9日日曜日

安倍氏の経済政策の経済的帰結 5 

 これまで「アベノミクス」を「新自由主義」政策の枠組みの中で把握できると説明してきたが、正直に言うと、安倍氏がそのような政策の哲学を理解しているかどうかも、かなり怪しい。むしろ安倍氏の頭の中にあるのは、激しい「思い込み」にすぎないようである。これについては、伊東光晴氏が倉重篤郎著『日本の死に至る病 アベノミクスの罪と罰』(河出書房新社、2016年)の中で述べていることが事実であろう。ちなみに、少し引用すると、

 「祖父(岸信介元首相)を神様のように思っている。思い込みが激しい。改憲をやりたがっている・・・・・」 
 「思い込みの激しさが、希望的な観測を現実だと思わせている節がある。その好例が五輪招致の際の福島原発汚染水『アンダーコントロール』(完全制御)発言だ。ただこれは幻想です。経済政策でも同様だ。現実の経済は成長していないし、人々の家計も潤っていない。」

 幻想か現実か、論より証拠、とにかく現実を見ておこう。
 下段に、1995年から2016年までの経済成長率(実質GDPの対前年比、%)を示す。(服部茂幸氏が公式統計データから作成した図があったので、それを利用させてもらうことにする。)
 この図からも明らかなように、アベ政治=「アベノミクス」期の成長率は、それ以前の成長率と比べても低い。首相就任前の成長率が比較的高いのは、2008~09年のリーマン危機(米国金融崩壊)や欧州の金融危機後の大不況からの回復期のみかけけのことだから、措くとしても、あの小泉構造改革時より低い。ちなみに、小泉構造改革時も初発の時点では自ら招いた景気後退があったため、2003~2007年が比較的好調の時期であったにもかかわらず、それほど高い成長率を達成していない(平均して年1%ほどにすぎない)。それより低い数値である。
 もっとも、より詳しく見ると、たしかに成長率は上がっている。しかし、それは消費増税直前の駆け込み消費需要増のためにすぎない。したがって消費増税が実施された後にはマイナス成長を記録し、その後は暫くしても(駆け込み購入の効果が薄れてからも)、実質成長率は1パーセントにも達しないというミゼラブルな率にとどまっている。
 
 出典)服部茂幸『偽りの経済政策ーー格差と停滞のアベノミクス』岩波新書、2017年、11ページより。

 だが、安倍晋三氏は、租税問題では幸運だったはずである。彼は、政権について、「税収21兆円増」を実現したことを誇っている。だが、もちろん、そのうちの8兆円は、民主党政権時代に(野田政権によって)決定されていた消費増税を実施しただけであり、安倍氏は国民大衆からの非難を浴びずに、増税を実現することができたにすぎない。
 残りの13兆円はどうか? これも伊東光晴氏が明らかにしているように、アベノミクスの果実とは到底いえない(重倉前掲書参照)。
 1)金融機関の法人税収の増加
  従来、金融バブル崩壊によって生じた不良債権の処理のために、その処理費を毎年の利益から償却することが認められてきたが、その特典制度が満了したため。
 2)リーマンショックによってトヨタなどのメーカーが深刻な負債を抱え込んだが、安倍政権の成立とほぼ同時にその償却を終え、法人税を払えるようになったため。トヨタなどが巨額の利益をあげながら、しばらく法人税を支払っていなかったことは、しばしば批判の対象となっていた。
 3)金融資産のキャピタルゲイン(差益)やインカムゲイン(利子)に対する金融所得課税が10%の軽減措置から本則の20%に戻ったため。

 実際、日本の巨大企業がいかに税制上の特典(特権)を受けていたかは、私のこれまでのブログでも紹介してきた。
 ところが、「安倍氏は自分でやっていないことを自分の功績にしてしまう」というわけである。
  

 しかし、安倍政権が誕生してからすでに4年以上が経過している。それにもかかわらず、約束した高成長は実現しないだけでなく、惨めな結果に終わっている。それは何故なのか? 
 その最大の理由が消費税の増税にあることは、後でも説明するが、まったく明らかである。グラフが示すように、それは国民大衆から8兆円もの可処分所得を奪ったのである。この増加分は国民全体の消費需要の3%、またはGDPの1.6%(=8÷500)に相当する。したがって、この消費需要の縮小を補う何らかの需要増加をもたらす要因がない限り、激しいデフレ効果をもたらすことは明らかである。
 
 しかし、これに対して、経済学者の中には、異なる主張をする人もいる。
 例えば吉川洋氏は、安倍政権が選挙政策の一環として、再度の消費増税(8%→10%)を延期したことに関して、それを「消費増税を財政健全化のために行っても、国民の消費性向を下げ、景気を悪化させ、結果的に税収を減らし、かえって財政健全化を疎外する、というアベノミクス論者が得意とする議論」に反論するという形で、次のように述べている。

 「単純な誤解だ。なぜならば、消費増税は駆け込み需要とその後の落ち込みをもたらすが、平均すると消費トータルの落ち込みはなく、当然のことながら税収は安定的で増税分がそのまま上乗せされる。税収の中で減るものがあるとすればそれは消費税収ではなく、所得・法人税収である。そして、それは消費増税が原因によるものではない。」

 だが、この説明は意味不明であり、そもそも説明になっていない。どのような理由から「平均すると消費トータルの落ち込みはなく、当然のことながら」と言うことができるのだろうか? また何故所得税や法人税が減少するのだろうか?

 吉川氏は、一般的には良識的なケインズ派(およびシュンペーター総合)とみられており、所得分配と消費需要との関係などには敏感なはずであるが、あまりにもシュンペーターの「技術革新」説に傾くあまり、知らずとセイ法則を認めてしまっているのだろうか?
 もっとも別の箇所で、吉川氏は、「長期的課題(社会保障・税財政政策)と短期的課題(景気動向)を切り分けて考えるべきところを混同、消費税が一時的に景気に与える影響に目を奪われ、長期的課題解決の好機をみすみす犠牲にした」と述べてているので、長期的な課題、とりわけ社会保障の充実のために、消費税増税がやむをえない措置と考えているのかもしれない。
 しかし、それならば、消費税だけでなく、法人税や所得税もともに合わせて総合的に考えるべきであり、逆累進性を特徴とする消費税だけを引きあげるかのような発言は、おおいに疑問である。
 実際、1990年年代から一貫して自民党政府は、法人税率と所得税の限界税率の引き下げと消費税率の引き上げという「税制のフラット化」に邁進してきたが、安倍政権の下でもこの動きはすすめられている。下図は、法人税率の動きである。所得税の限界税率の減税については、おそらくよく知られていることであり、ここでは省略しよう。
 このような減税が消費増税と合わせて所得と富の格差を拡大し、長期にわたって消費性向を引き下げ、社会保障制度の基礎をくずすことは明らかであるように思われる。
 



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