2017年7月18日火曜日

安倍氏の経済政策の経済的帰結 17 「賃金単位」と労働生産性、他の指数の推移に見る

 「長期停滞」、「デフレ不況」といわれてきたものの実態を分析するために、最初に分析の道具を紹介しておきたい。 

 その道具は、ケインズの「物価の理論」にある。
 J・M・ケインズは、『一般理論』第21章「物価の理論」の最後の文(結論)で次のように述べている。

 物価が長期的に見て安定的になるか不安定的になるかは、賃金単位(もっと正確に言えば、費用単位)が生産体系の能率の上昇率に比してどの程度の上昇傾向を持つかに依存している。

 この文章は、ちょっと読んだだけではわかりにくいかもしれないけれども、物価、つまり商品(財やサービス)の価格が長期的にみて上昇するか、下落するかは、「賃金単位」と「生産体系の能率」の変化によって決まるという趣旨である。
 これは、ケインズが「貨幣数量説」を根本的に否定している一節でもあり、重要なので、少し詳しく説明しておきたい。彼は、物価が所得・費用と密接に関係していると考えていたが、この観点からは物価の式が次のように説明できる。

  P=(M+D+E+R)/Q     (/は割り算、または分数を示す)

 ここで示した記号の意味は次の通り。
 Pは物価を表す。個々の商品の物価と考えてもよく、社会全体の全商品の平均、つまり物価水準と考えてもかまわないが、以下のM、D、E、R、Qもそれに応じて使い分けなければならない。ここでは、社会全体を考ええる。
 Mは、商品を生産するために使用した原材料、エネルギー費用などの流動費を表す。
 Dは、同じく生産に使用した固定資本の費用、すなわち減価償却費を表す。
 Eは、その商品を生産するのに支出した人件費、つまり賃金総額を示す。
 Rは、その商品の生産・販売によって実現される利潤を示す。
 Qは、その商品の生産量を表す。

 ここで、MとDは物的費用だが、外国との取引を考えない閉鎖経済を前提とすると、基本的には国内の賃金と利潤に還元される。(原材料も機械も企業によって生産される商品であり、その費用も終局的には賃金と利潤に分解される。)
 そこで上の式はさらに縮めて次のようになる。
  P=(E+R)/Q
 ここで利潤Rを賃金総額Eの一定割合α(<1 となるのが普通)で示すと、
  P=(E+αE)/Q=E(1+α)/Q
 さらに、ここで賃金総額Eをケインズの意味する「賃金単位」で示すと、彼の定義では、「賃金単位」Wは、賃金総額Eを雇用量(つまり時間や人数で計測した雇用量)Nで割ったものに等しいので(つまり「賃金単位」とは一種の平均賃金率のことです)、
  W=E/N
 よって E=WN となる。
 これを上の式に代入すると、
  P=WN(1+α)/Q =W(1+α)/(Q/N)

 ところが、この式で Q/N とは、「生産体系の能率」あるいは労働生産性(雇用一単位あたりの生産量)のことに他ならないので、この労働生産性をβで示すと、最終的に次の式が導かれる。
  P=W(1+α)/β

 これは α が一定とすると、まさに「生産体系の能率」(労働生産性)よりも「賃金単位」のほうがより上がれば、物価が上がることを示し、逆は逆であることを示す。
 もちろん、α は一定とは限らず、利潤率も変化するかもしれないので、上の文では「もっと正確に言えば、費用単位」という表現が出てきたのである。

 このことからも、ケインズが「貨幣数量説」を否定し、所得・費用をめぐるコンフリクト(紛争・摩擦)中心に据えた「物価の理論」を構築していたことがよくわかる。(ただし、現実の経済では、外国との取引が行われているので、物価の上昇が外国における賃金単位の上昇の影響をうけていたり(輸入インフレ)、逆に物価の低下が外国における賃金単位の低下の影響を受けている(輸入デフレ)可能性もある。)
 
 ところで、日本では、1997年から長期停滞が生じ、それを「デフレ不況」と呼ぶ人もいた。デフレとは、物価水準が持続的に低下することを言う。
 したがってケインズの「物価の理論」からすれば、賃金単位の長期にわたる低下が生じていたことになるが、これは実際に統計的に示すことがでる。
 いま政府の「国民経済計算」から、賃金総額(E)、実質GDP(Q)、「法人企業統計」から企業の経常利潤(R)*を、労働力統計から雇用量(雇用者数、N)を得て、そこからさらに労働生産性(β)、価格指数(P)、賃金に対する利潤の割合(α)を推計すると、次のような図が得られる。
 *企業の利潤総額を示すことは難しいが、さしあたり概数を得るために、法人企業統計の税引き前利潤に1.2をかけ、金融業を含む全産業の利潤とした。
 以上の数値はたしかに概数であり、より正確な数値に変えることが望ましいが、現在の日本の統計の状況では難しい。
 



 まず上図は、労働生産性(β)が2007年頃まで上昇しているのに、賃金単位(W)が1998年から着実に低下していることを示している。これは、下図に示すような、物価水準の低下と連動している。ただし、2002、2003年頃からは物価水準(P)がわずかに上昇しているが、これは α (したがって利潤)の急上昇によって説明される。α は利潤を賃金総額に対する割合で示したものである。それが上昇していることは、言うまでもなく利潤シェアが拡大し、利潤(R)そのものも増加したことを意味している。当時の小泉構造改革の下で、賃金単位(W)が低下するのを尻目に、大企業は利潤を増やし、内部留保を拡大していたのである。
 そして、その後の米国・欧州金融崩壊の中で、賃金総額はさらに下落する。
 だが、この頃から企業の設備投資が停滞しはじめ、労働生産性(β)も停滞の様相を色濃くしはじめる。労働生産性の低下は、安倍政権の下でも続いており、むしろ労働生産性の停滞が安倍政権時代の特徴だといってもよい。
 一方、物価水準(P)の動向を見ると、低下が見られない(!)ばかりか、上昇傾向を示している。だが、これは次のように説明される。
 第一に、労働生産性の停滞の状況下で、円安・ドル高による輸入インフレが生じた。このとき、もし貨幣賃金率がそのままであれば、実質賃金の大幅低下は免れない。しかし、安倍首相は経営者団体との談合によって大企業の一定度の引き上げを実施した。だが、すでに明らかにしたように、それは大企業自体の実質賃金を引きあげるにも足りなかった。
 第二に、それ以上に注目されるのは、巨大企業の利潤の増加である。それは図では α の増加(2012年から2013年にかけての再度の上昇)にはっきりと示されている。要するに、企業所得=費用の増加が価格低下を「ふせぐ」という構造である。これは、安倍政権で格差が拡大していることや、企業の内部留保が拡大していることを説明するものでもある。

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